応募してない抽選に当たったら勇者が嫁に来たんだけどぉぉ!!

丸井まー(旧:まー)

文字の大きさ
17 / 51

17:春間近

しおりを挟む
 ロルフは、ゆさゆさと優しく肩を揺さぶられて目覚めた。くっついているガルバーンの体温が心地よくて、まだ寝ていたいが、起きて仕事をせねば。しかし、ガルバーンが温くて、どうにも離れがたい。
 ロルフは、抱きついているガルバーンの肩にぐりぐりと額を擦りつけてから、漸く目を開けた。


「おはようございます。ガル」

「おはよう」


 ロルフが、抱きついていたガルバーンの腕を離すと、ガルバーンが起き上がった。ロルフものろのろと起き上がり、大きく伸びをした。


「今朝はちょっと暖かいですね」

「あぁ」

「春が近いなぁ。ガル。今日は、午前中のうちに色々済ませて、午後からは森に行きませんか? 檸檬を採りたいので。多分、そろそろ採れる頃だと思うんですけど」

「構わん」

「じゃあ、動きますかー」

「俺が水汲みをしておくから、先に牛達に餌をやっていろ」

「はい。お願いします」


 ロルフは、ベッドから下りて、カーテンを開けた。まだ、朝日が昇る前である。午後から森に出かけるのなら、急いで、やる事を終わらせなければ。
 ロルフは隣の自室に向かい、寝間着から着替えると、パタパタと慌ただしく動き始めた。

 なんとか午前中にやる事が全て終わり、昼食を食べて、後片付けをした。ロルフは、大きな籠を背負って、ガルバーンと一緒に家を出た。
 本当に春が近いのだろう。ぽかぽかとした陽気が心地いい。
 のんびりと森の中を歩いて、檸檬の木が沢山生えている場所に到着した。まだ青いものの多いが、黄色く色づいているものも沢山ある。

 収穫用の鋏で黄色く色づいた檸檬を切り取り、匂いを嗅げば、ふわっと爽やかな香りがした。檸檬は、ジャム作りに使ったり、料理に使ったり、皮を砂糖漬けにしたりと、使い道が色々ある。ハンナの家やダラーの家にもお裾分けしようと、ロルフはせっせと檸檬を採った。
 棘を避けながら、檸檬を採り、背負っていた籠にいっぱいになると、ロルフは、黙々と檸檬を採っているガルバーンに声をかけた。


「ガル。今日はこれくらいで。残りは、また今度来ましょう」

「あぁ」

「あ、ガル。手の甲に血が出てます」

「あぁ。棘で擦った。このくらい、舐めてれば治る」

「駄目ですよ。念の為、傷薬の軟膏を持ってきてますから、近くの水場で傷口を洗ってから、薬を塗りましょう」

「別に問題無いが」

「だーめーでーす! ちょっと見せてください。棘は中に入ってないですよね? あ、大丈夫だ。でも、念の為、薬は塗りますよ」

「分かった」


 ロルフは、ガルバーンの手の甲の傷に触らないように、ゆるくガルバーンの手を握り、そのまま、近くの水場まで歩いていった。ちょうど近くに湧き水が出る所がある。
 冷たい湧き水で自分の手を洗い、ガルバーンの手の甲を洗ってから、ズボンのポケットに入れていた傷口の軟膏を取り出す。ロルフは、軟膏を少しだけ指で掬い取って、できるだけ優しく、ガルバーンの手の甲の傷に軟膏を塗った。


「しみる」

「ちょっと我慢です。しみるけど、すごく効くんですよ。この薬」

「街のものか?」

「いえ。僕の家と正反対の方にある村外れの家は分かります? お爺ちゃん先生の家の近く。そこのお爺ちゃんが作ってる傷口なんです。しみるし、ちょっと臭いけど、街のものよりも効くんですよねぇ」

「ふぅん。……臭い」

「我慢です。お風呂上がりにも塗りましょうね」

「あぁ」


 ガルバーンが、なんだか、ちょっと口をむにむにさせた。ロルフは、不思議に思って、ガルバーンの名前を呼んだ。


「ガル。どうしました?」

「……いや。この程度の傷で薬を塗ってもらうのが、ちょっと照れくさい」

「そうですか? ちっちゃい傷でも、ばい菌が入ったら大変なんですからね。今日の水仕事は、僕がやるから、他の事をお願いします」

「あぁ」


 2人揃ってしゃがんでいたロルフ達は、立ち上がった。ロルフが、重くなった籠を持とうとすると、ガルバーンが、さっと籠を取り上げ、軽々と背負った。


「ガル。重くないですか?」

「熊よりは軽い」

「それはそうでしょうとも。……ありがとうございます」

「ん」


 ロルフは、へらっと笑って、ガルバーンの怪我をしていない方の手を握った。ガルバーンの手は温かくて、湧き水で冷えた手がすぐに温かくなった。
 ふと、何気なく近くの木の上を見上げると、栗鼠がいた。


「あ、栗鼠」

「狩るか?」

「いいです。まだ猪肉が残ってますし。ふふっ。本当に春が近いんだなぁ」

「そうだな」


 ロルフは、なんだかうきうきした気分になってきた。春は大忙しだが、暖かくなって、花々が咲き、春の果物や野菜が採れる。春は一番好きな季節だ。ロルフが生まれたのも春だった。ふと、ロルフはガルバーンがいつ生まれなのかが気になった。ロルフは、繋いだ手をゆるく振りながら、ガルバーンを見上げて聞いてみた。


「ガル。ガルはいつの生まれですか? 僕は春です」

「秋のはじめ頃」

「結婚記念日と近いですね。今年はお祝いしなきゃ」

「その前にお前の誕生祝いだ」

「ははっ! じゃあ、ハンナおばさんにおねだりして、ケーキを焼いてもらいますか。林檎のケーキ以外、僕、作れないですし。木苺が採れる頃だから、木苺のケーキを作ってもらいましょう」

「あぁ。……俺の誕生日は林檎のケーキがいい」

「はい。頑張って作ります!」

「ん。誕生日に欲しいものはあるか」

「えー……特に無いですねぇ。ガルが一緒にお祝いしてくれたら、それで十分です」

「む。……次に商人が来た時に、何かいいものを探す」

「え? ありがとうございます。えーと、お気持ちだけで十分ですよ?」

「絶対に何か買う」

「あ、はい。……えへへ。楽しみにしてます」

「あぁ」


 何故か、やる気いっぱいな空気を発しているガルバーンに、少しだけ驚きながらも、ロルフは嬉しくて、へらっと笑った。
 今年は、ガルバーンに誕生日を祝ってもらえる。誕生日を祝ってもらうなんて、いつぶりだろうか。ロルフは、ご機嫌に、ガルバーンと繋いだ手をゆるく振りながら、軽やかな足取りで家に帰った。

 夕食を終え、風呂から出ると、ロルフは、顔に保湿剤の軟膏を塗り、手には馬油を塗った。ガルバーンが買ってくれた保湿剤の軟膏と馬油のお陰で、今年は肌がガサガサに荒れたり、あかぎれができたりしなかった。毎年のことで慣れていたが、顔や手が痛くないと、どれだけ寒くても、なんだか随分と気持ちが明るくなる。
 先に風呂から上がったガルバーンにも、手の甲に傷口の軟膏を塗った。浅い傷だから、数日で治るだろう。

 ロルフがほこほこの状態で居間に行くと、ふわっとワインのいい香りがした。匂いの元を辿って台所に行くと、ガルバーンが小鍋で何か作っていた。
 小鍋の中を覗いてみれば、ワインに肉桂の皮と薄切りにした檸檬が入っていた。ふわふわと甘い匂いもするから、多分、砂糖も入っている。ガルバーンが、小鍋からマグカップに温かいワインを注いだ。
 無言で差し出されたマグカップを受け取り、ふぅーっと息を吹きかけて、一口飲んでみると、ふわっと肉桂の香りと爽やかな檸檬の香りが、ワインの香りと共に鼻に抜け、ほんのりとした甘さが口に広がる。素直に美味しい。ロルフは、へらっと笑って、ガルバーンを見上げた。


「美味しいです。お腹の中から温まりますねぇ」

「ん。昔、母が作っていたものを思い出したから作ってみた」

「へぇー。お母さんの味なんですね」

「あぁ。……随分と久しぶりに飲む」

「里帰りしたいですか?」

「……いや。俺はお前の嫁だ。この村の暮らしも気に入っている。わざわざ旅をして里帰りする気はない」

「そうですか? 里帰りしたくなったら、いつでも言ってくださいね。僕も一緒に行きますから!」

「ん?」

「ガルの故郷を見てみたいです。山って、見たことがないので」

「あぁ……それなら、少し金を貯めて、来年あたりに行くか。片道半年以上かかるが」

「遠いですね!? んー。その間は、親戚とかご近所さんに、牛達の世話だけ頼もうかなぁ」

「まぁ、ある程度、金を稼いでからだ」

「はい! 今年も頑張って働きましょう!」

「あぁ」


 ガルバーンが、ほんの微かに口角を上げた。なんだか、ほわほわとした空気を発しているガルバーンに、ロルフもほっこりした気分になった。
 来年の目標ができた。なんとしても、今年は頑張らなければ。
 ロルフは、温かいガルバーンの故郷の味をのんびり味わって飲むと、ガルバーンと一緒に二階に上がった。ロルフは、今夜もガルバーンと一緒にベッドに上がって、ガルバーンにくっついて、穏やかな眠りに落ちた。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)  インスタ @yuruyu0   Youtube @BL小説動画 です!  プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです! ヴィル×ノィユのお話です。 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました! 時々おまけのお話を更新するかもです。 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【完結済】「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます

大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。 オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。 地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

処理中です...