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ジジイとジジイの日向ぼっこ
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ぽかぽかとした陽射しが心地よい冬の日。
ハーゲンは家の近所の公園のベンチに座り、のんびりと水筒に入れてきた珈琲を飲んでいた。
ハーゲンは今年で62になる。去年までは家具職人として働いていたが、若い頃のように目や手が動かなくなってきたので、今は引退して、暇な毎日を送っている。女房は3年前に病気で他界している。2人の息子はとうの昔に嫁をもらい、ハーゲンには5人の孫がいる。再来月くらいに1番上の孫に子供が生まれる。ハーゲンは曾祖父さんになる。曾孫が生まれたら賑やかになるのだろうが、ハーゲンが子育てをする訳ではないので、きっと暇な日々が続くだろう。ずっと仕事ばかりをしてきた。家族を養う為に頑張っていたつもりだったが、仕事を辞めれば本当にやることがなくなった。趣味らしい趣味もない。酒は嗜む程度にしか飲まないし、遊びらしい遊びも思いつかない。煙草は吸うが、同居している長男が嫌がるので、たまに外でこっそり吸うくらいだ。老眼で細かい字が読みにくいので、本も読まない。そもそも、読書を楽しむような学なんてない。晴れた日は、こうして1人で公園に来て、日がな1日ベンチに座り、日向ぼっこをしている。
ハーゲンがなけなしの小遣いで買った煙草を取り出し、ライターで火をつけていると、老人が真っ直ぐにこちらに向かい歩いてきた。この辺りじゃ少し珍しい褐色の肌に、真っ白な髪を丁寧に撫でつけ、品のいい駱駝色のコートを着ている。背筋をピンと伸ばしていて、歩く姿勢がいい。
ハーゲンは煙草の煙を深く吸って、ぶはぁと吐き出し、老人に向かって軽く右手を上げた。
「よぉ。ジジイ」
「おぅ。ジジイ」
品のある見た目に反した、ざっくばらんな返事が返ってきた。いつものことである。
老人がハーゲンのすぐ隣に腰掛け、コートのポケットから煙草の箱を取り出した。
「ジジイ。火ぃ貸してくれ」
「また忘れたのか。ジジイ。耄碌してんなぁ」
「うるせぇ。そういうお前は灰皿持ってんのか」
「……忘れた」
「お前だって耄碌してんだろ。ジジイ」
「うるせぇ」
ハーゲンは老人ヘンドリックにライターを手渡し、代わりに携帯灰皿を受け取った。ヘンドリックとは半年程の付き合いになる。公園で日がな1日日向ぼっこをするようになって、毎日のように顔を合わせていたら、自然と話すようになった。
ヘンドリックは学校で教員をしていたらしい。生まれはハーゲン達が暮らす町よりも、ずっと南の町なんだそうだ。若い頃はモテたに違いないと思える程、整った顔立ちをしている。今はもう皺くちゃだけど。ハーゲンよりも2つ歳上だ。
煙草の煙を美味そうに細く長く吐き出して、ヘンドリックが切れ長の目でハーゲンを見て、片手を差し出してきた。
「珈琲くれ」
「ほらよ。つーか、自分で持ってこいや」
「お前んとこの嫁さんの珈琲うめぇじゃねぇか」
「まぁな。馬鹿息子にゃ過ぎた嫁さんだぜ」
「下の孫の足は治ったのか?怪我したんだろ?」
「ん?おぉ。骨にひびが入ってたけどよ。もうすっかり良くなって、外を走り回ってるぜ」
「そりゃよかったな」
「来年には学校に通いだすんだぜ。こないだ生まれたばっかなのによぉ」
「そういうもんだぜ」
「2番目の孫娘も結婚が決まりそうだわ」
「そいつはめでたい。よかったな」
「おう。相手は小間物屋の倅でよ。気弱そうっつーか、ちと大人しそうだが、まぁ性格も穏やかなんじゃねぇの」
「いいじゃねぇの。気性が荒い奴よか、よっぽどいい」
「まぁな」
水筒の温くなった珈琲を回し飲みしながら、ポツポツと日暮れまで2人で話す。毎日のように会っているが、意外と話すネタに尽きない。2人とも黙って、ただ柔らかい陽射しを浴びながら、ぼーっとしていることも割とある。沈黙は別に嫌じゃない。特に気まずさも感じない。
冬は日が落ちるのが早い。孫娘の結婚の話などをしていたら、あっという間に夕暮れ時になった。少しずつ冷えてくる。
ヘンドリックが立ち上がったので、ハーゲンも水筒を鞄に入れて、ベンチから立ち上がった。
「またな。ジジイ」
「おう。風邪引くなよ。ジジイ」
「お前もな」
公園の入口まで2人で並んで歩き、適当に手を振ってヘンドリックと別れた。家路をのんびり歩きながら、ハーゲンは草臥れたコートのポケットに両手を突っ込んだ。今日はまだマシだが、寒いと、昨年傷めた膝がじくじく痛む。ついでに腰も痛い。歳はとりたくないものだ。年々不自由さを感じるようになっている。
ハーゲンは小さく溜め息を吐いて、家の玄関のドアを開けた。
------
「よぉ。ジジイ」
「おぅ。ジジイ」
ハーゲンは側にやって来たヘンドリックに軽く右手を上げた。どっこいしょ、と、ヘンドリックが隣に座る。ヘンドリックがごそごそと自分のコートのポケットを探り、拳をハーゲンに突き出した。
「やるよ」
「あ?」
「飴」
「もらう」
「おぅ」
ハーゲンはヘンドリックがくれた飴の包み紙を開け、鼈甲色の飴を口に放り込んだ。柔らかな甘みが口いっぱいに広がる。飴を食べるのは久しぶりだ。まだ幼い孫に買ってやることはあるが、自分は食べない。ころころと口の中で飴を転がして味わう。
自分の口にも飴を放り込んだヘンドリックが、右手を差し出してきた。
「珈琲くれ」
「ん」
ハーゲンは珈琲が入った水筒をヘンドリックに手渡した。長男の嫁アメリーは珈琲を淹れるのが抜群に上手い。安い珈琲豆でも、まるで喫茶店で飲むような味と香りになる。時間が経って温くなっても、十分美味い。
ヘンドリックが美味しそうに目を細めながら、チビチビと水筒の珈琲を飲んでいる。水筒から口を離したヘンドリックが、ほぅと満足そうな吐息を吐いた。
「嫁さん、喫茶店でも始めたらいいのにな。そしたら常連になるぜ」
「ははっ。馬鹿息子にゃ店を開けるような甲斐性ねぇよ」
「勿体ねぇなぁ。これでこんだけ美味いんなら、淹れ立ては最高だろうな」
「最高だぜ?毎朝淹れてくれるんだわ」
「贅沢だなぁ」
「……飲みに来るか?ジジイ」
「いいのか?ジジイ」
「嫁さんがいいって言えばな。まぁ、昔から気のいい娘だからよ。いいって言うと思うぜ。子育てもすっかり落ち着いてるしな。まぁ、毎日パタパタ働きながら、孫の世話とかもしてっけど」
「働きもんだな」
「おぅよ」
ヘンドリックが水筒を渡してきたので、受け取って、今度はハーゲンが珈琲を飲んだ。飴で甘くなった口に爽やかな珈琲の苦味が嬉しい。ハーゲンは、ほぅと小さく息を吐いた。
「ジジイ」
「なんだ。ジジイ」
「お前、再婚しないのか?」
「するわけねぇだろ。この歳で」
「じゃあ恋は?」
「しねぇよ。老い先短けぇジジイが恋なんぞしてどうすんだよ」
「老いらくの恋っていうだろ」
「そういうお前はどうなんだよ」
「俺か?恋ならしてるぞ」
「マジか。誰だよ」
「ジジイ」
「あん?」
「俺が恋してんのはお前だよ。ジジイ」
ハーゲンはポカンとヘンドリックの横顔を見つめた。呆然としているハーゲンに構わず、ヘンドリックは煙草を取り出して咥えた。ヘンドリックが切れ長の目だけでこちらを見ながら、右手をすっと出してくる。
「火ぃ貸してくれ」
「……また忘れたのかよ」
「お前がいつも貸してくれるからな」
「わざとか」
「ちげぇ。ただ持ち歩かなくても問題ねぇってだけだ」
「あっそ」
ヘンドリックがハーゲンが手渡したライターで煙草に火をつけた。ハーゲンはガシガシと短く刈っている頭を掻くと、自分もコートのポケットから煙草を取り出した。煙草を咥え、美味しそうに煙草を吸っているヘンドリックに手を差し出す。
「火」
「ん」
ヘンドリックがハーゲンのライターを手渡してきた。長年愛用していて古ぼけたライターで煙草に火をつける。深呼吸をするように、深く煙草の煙を吸い込み、大きく吐き出した。
「で?」
「あ?」
「返事は?」
「なんの?」
「俺の愛の告白への返事」
「どこが愛の告白だよ」
「この上なく愛を囁いてるじゃねぇか」
「どこがだ」
ハーゲンが煙草を咥えたまま渋い顔をすると、ヘンドリックが楽しそうにクックッと小さく笑った。
ヘンドリックが真っ直ぐにハーゲンを見た。ヘンドリックの灰色がかった青い瞳に、厳つい老人の顔が映っている。
「俺と恋しようぜ。ジジイ」
ハーゲンは眉間に深い皺を寄せた。
「男は範疇外だ。女になって出直してこい。ジジイ」
「細けぇことは気にすんなよ。ジジイ」
「細かくねぇわ」
「とりあえず一発ヤッとこうぜ?」
「なに『珈琲飲もうぜ』みてぇな軽いノリで言ってやがんだ。スケベジジイ」
「あ?枯れてんのか?」
「まだギリギリ枯れてねぇわ」
「それならいいじゃねぇか」
「全然よくねぇだろ。即物的過ぎんだろ」
「先が短けぇからなー。若い頃みたいにのろのろした恋なんてできねぇのよ」
「歳食ってるからこそ落ち着いた恋をしろよ」
「ジジイ」
「あん?」
「俺ん家で一緒に夜明けの珈琲飲もうぜ」
「誘い文句がベタ過ぎんだろ」
「ははっ。分かりやすくていいじゃねぇか」
ハーゲンは何故か楽しそうなヘンドリックに呆れつつ、少しだけ考えた。
男は範疇外だが、老いらくの恋とやらは、ちょっとしてみたい気はする。毎日が暇で、朝食の珈琲とヘンドリックと一緒に日向ぼっこをするのだけが楽しみである。恋をすれば、もっと毎日が輝くのだろうか。いや、そもそも、恋とはしようと思ってできるようなものなのだろうか。ハーゲンは首を傾げた。
見合いで結婚した女房のことは自分なりに大事にしていたが、恋をしていたかというと、疑問である。家族として愛していたが、多分恋はしていない。ハーゲンは気づきたくないことに気づいてしまった。60をとうに越えているのに、自分は恋をしたことがない。何気にショックな事実である。1度しかない人生で、恋をしたことがないなんて、なんだか損をしている気がする。ハーゲンはボソッと呟いた。
「……俺、初恋もまだだわ」
「マジかよ。ジジイ」
「やべぇぞ。ジジイ。なんか人生損してる気がしてきた」
「よし。俺と恋しようぜ、ジジイ」
「マジか。ジジイ」
「マジだ。ジジイ。とりあえず一発ヤろうぜ」
「恋ってそういうのだっけ」
「最終到着地点にすっ飛ぶだけだ」
「マジか」
妙に真面目くさった顔で断言したヘンドリックを放置して、ハーゲンは頭を抱えて考え始めた。
ヘンドリックとは結構気が合う。生まれも育ちも歩んできた道も全然違うが、不思議と上手く噛み合っている。ヘンドリックと過ごすのは単純に楽しく、気分が落ち着く。別に家族に蔑ろにされている訳ではないが、働かなくなってから、家ではなんだか肩身が狭くて正直辛い。
少し俯いていたハーゲンは、チラッと隣のヘンドリックを見た。厳ついだけで顔がいい訳じゃない爺である自分に恋をするなんて、ヘンドリックはものすごく悪趣味な気がする。気が合うとは思っているが、楽しい気の利いた会話ができる訳でもない。
ハーゲンは思ったことを口に出した。
「俺のどこがいいんだ。ジジイ」
「強いて言うなら、一緒にいて気楽なとこかなぁ。俺の死んだ嫁さんはとにかく気が強くてな。完全に尻に敷かれた訳なんだが、家じゃ嫁さんの機嫌を窺ってたことの方が多くてなぁ。惚れた腫れたで結婚した訳じゃないから仕方がないのかもしれないけどよぉ。正直、死んだ時ほっとしたんだよなぁ。あぁ、もうこれで毎日心を磨り減らさなくてすむなって。でもよぉ、1人はやっぱ寂しいし。死ぬ前くれぇ一緒にいて気持ちが安らぐ相手に側にいて欲しいだろ」
「あ?どっか悪いのか?ジジイ」
「いや?全然。あ、腰は悪いな。去年3回目のぎっくり腰やってる」
「あ、俺も腰わりぃんだよな。ぎっくり腰ヤベェよな。痛ぇ!より、ヤベェ!って思わねぇ?」
「分かるわー。もう、ちょっとでも重いもん持つ時はビクビクしちゃうんだよな」
「中々治らねぇもんな」
「そうなんだよ。……って、話ずれてるぞ。ジジイ」
「……何の話だったっけ?」
「呆けたフリすんな、ジジイ。俺と恋人になるかどうかっつー話だ」
「一発ヤリてぇって話だっただろ」
「恋人同士、触れ合いも大事だろ」
「ものは言いようだな」
「ジジイ」
「あ?」
「俺と短けぇ春を楽しもうぜ」
「今冬だぜ」
「例えだっつーの」
「そんぐらい分かってらぁ」
ハーゲンは結局殆ど吸っていない火の消えた煙草をヘンドリックが差し出した携帯灰皿に放り込んだ。深く考えるのは得意じゃない。鳥肌が立つ程心底嫌という感じでもない。
ハーゲンは、とりあえずヘンドリックの家に行くことにした。
------
ヘンドリックの家は小高い丘の上にあった。公園から小一時間は歩いている。これから男はセックスをするかもしれないというのに、ハーゲンは不思議と落ち着いていた。並んで歩くヘンドリックが普段通りだからかもしれない。ふと沈黙が下りても、気まずさは感じない。
ヘンドリックは1人暮らしである。娘が1人いるが、隣町に嫁いでおり、滅多に帰ってこない。初めて入るヘンドリックの家は、紙やインクのような匂いがした。多分、沢山ある本の匂いだろう。
ハーゲンはキョロキョロと品のいい雰囲気の家の中を見回しながら、すたすたと歩くヘンドリックについていった。
ヘンドリックが2階の奥の部屋の前で立ち止まり、部屋のドアを開いた。ヘンドリックに促されて部屋に入れば、そこは明らかに寝室だった。
「マジでヤるのかよ」
「おぅ」
「どっちがどっちだ」
「俺は腰がやべぇから抱きたい」
「奇遇だな。俺も腰がやべぇわ」
「とりあえず抜きっこでもするか?」
「マジか」
「ケツは追々で」
「マジか」
ヘンドリックが楽しそうに笑いながら、部屋の入口で棒立ちになっているハーゲンの手をゆるく握った。ヘンドリックのかさついた手は温かい。
「ハーゲン」
「……なんだ。ヘンドリック」
「一緒に恋しよう」
「……ん」
ハーゲンは迷いながらも、小さく頷いた。男とどうこうなるのも、恋をするのも、正直躊躇いがある。しかし、同時に好奇心もある。そして、ヘンドリックと一緒にいるのが心地よいのも事実だ。多分、物語にあるような燃える恋にはならない。熾火のような静かな恋になるだろう。それはそれでいい気がする。
ハーゲンは近づいてきたヘンドリックの唇を素直に受け入れた。かさついた唇の感触に、少しだけドキリとする。反射的に閉じた目を開ければ、すぐ間近にあるヘンドリックの灰色がかった青い瞳が笑っていた。ヘンドリックの瞳に、凡庸な茶色い瞳が映っている。
唇を触れ合わせたまま、ヘンドリックが小さく囁いた。
「嫌か?」
「意外とそうでもねぇ」
「そいつは重畳。服を脱ごうぜ」
「シャワーもなしかよ」
「俺は気にしねぇ」
「あっそ」
もうこの際だ。なるようになれ。
ハーゲンは草臥れたコートをその場で脱ぎ捨てた。
ヘンドリックと全裸で布団に潜り込んで、お互いの老いた身体を撫で回しながら、何度もキスをしている。不思議と嫌悪感はない。肌に触れるヘンドリックの体温が心地よい。お互いにペニスも触りあえば、久しぶりにハーゲンのペニスが勃起した。ヘンドリックのペニスも固く大きくなっている。枯れていないとは思っていたが、本当に枯れていなくてよかった。ペニスに誰かの手が触れるなんて、いつぶりだろうか。50になる頃には、亡くなった女房とセックスをしなくなった。確か、『疲れているのにしたくない』と、女房が嫌がったのが切っ掛けだ。一緒のベッドで寝ていたが、熱を分け合うことはしなかった。
久しぶりの他人の熱が心地よく、じわじわと興奮してくる。男同士で恋人なんて、ハーゲンは聞いたことがない。なんとなく、これはしてはいけないことなんだろうと思うと、背徳感が更に興奮を煽ってくる。
先走りでぬるつくペニスの先っぽ同士をくっつけて、2人で一緒に2本のペニスをまとめて弄る。久しぶりの快感が楽しい。
「ハーゲン。舐めてみていいか?」
「……俺も舐める」
「お。平気なのか?」
「さぁな。お前は平気なのかよ」
「さてな。やったことがない」
「ないのかよ」
「ないな。男を好きになったのは、お前が初めてだ」
「……あっそ」
ヘンドリックがペニスから手を離し、被っていた掛け布団をどけた。褐色の肌が、まだ明るい窓からの光で露わになる。白いものが混ざった黒い陰毛もゆるい角度で勃起しているペニスも丸見えである。ハーゲンは自分の股間を見た。茶色い陰毛の下にあるペニスは、若い頃のような勢いはないが、確かに勃ち上がっている。
ヘンドリックに促されて、ハーゲンは仰向けに寝転がったヘンドリックの身体を跨いだ。ヘンドリックの顔の前に自分のペニスが、自分の顔の前にヘンドリックのペニスがくるようにして、ヘンドリックの身体の上で身体を伏せる。ヘンドリックの赤黒いペニスが目の前にある。ハーゲンは少しだけ躊躇した後、思い切って舌を伸ばして、ヘンドリックのペニスの先っぽを舐めた。同時に、自分のペニスが熱くてぬるぬるしたもので包まれる。ゾワゾワっと背筋を駆け上る快感に、ハーゲンは腰を小さく震わせた。ぬるぬるとヘンドリックの熱い舌がペニスに這い回っている。ハーゲンは負けじとヘンドリックのペニスを口に含んだ。歯が当たらないように気をつけながら、口内のヘンドリックのペニスを舐め回す。精液っぽい匂いがする。ついでにエグいような味が微かにする。先走りだろう。
ヘンドリックがハーゲンのペニスを舐め回しながら、むにむにとハーゲンの弛んだ尻を揉み始めた。ハーゲンは昔はそれなりに締まった身体をしていたが、今ではすっかりだらしない身体になっている。肌も張りなんてない。触っても楽しいとは思えないのに、ヘンドリックは熱心にハーゲンの尻を優しく撫でてくる。
ヘンドリックのペニスは太くて長い。これは女泣かせだな、と思いながら、ペニスを舐められる快感を味わいつつ、ヘンドリックのペニスをできるだけ深く咥え込んでいく。頭を上下に動かして、舌を這わせながら唇でペニスをしごく。すぐに顎がだるくなってきた。
お互い、いい歳である。射精するのに結構時間がかかり、2人とも口が疲れたからと、最終的に向かい合って寝転がり、手でペニスを擦って射精した。久々の射精は酷く気持ちがよくて、キスをしてくるヘンドリックの唇も心地よくて、ハーゲンは射精が終わると同時に、衝動的にヘンドリックに抱きついた。
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朝帰りをするハーゲンに、ヘンドリックもついてきた。夜明けの珈琲はハーゲンの家で飲みたいらしい。
自宅の玄関のドアを開けると、待ち構えていた息子夫婦に怒られた。更に、ヘンドリックを恋人だと紹介すると、息子が完全にキレた。
「トチ狂ったのかよ!親父!!」
「いや?老いらくの恋ってやつだ」
「阿呆か!!2人とも爺じゃねぇか!!ありえねぇ!」
自分でも常識外れのことをしている自覚はあるので、ハーゲンはポリポリと指先で頬を掻いた。
ものすごく心配したと泣いて怒ったアメリーが、ギャンギャン怒鳴る息子の後頭部をパシーンっと叩いた。
「アンタ!!言い過ぎよ!!お義父さんだって恋くらいしてもいいじゃない!」
「はぁ!?相手は男だぞ!?気持ちわりぃだろうが!」
「素敵なおじ様じゃない!お義父さんは今まで家族の為に頑張ってくれてたでしょ!自分だけの幸せを掴んでもいいじゃない!私達の結婚だって、お義母さんにも私の親にも反対されてたのに、味方してくれたのはお義父さんだけじゃない!亡くなった人をこう言うのはどうかと思うけど、お義母さんが私に意地悪した時だって、助けてくれたのお義父さんだけよ!!優しいお義父さんにはいっぱい幸せになってほしいのよ!!」
息子がアメリーの剣幕に口を閉じた。よくある話だが、亡くなった女房は息子の嫁のアメリーを割といびっていた。息子は目の前でアメリーが嫌味を言われても、ろくに助けもしなかった。恋愛結婚の筈なのに。見かねたハーゲンが、いつも女房を黙らせていた。陰でこっそり泣いているアメリーに、アメリーが好きな菓子を皆に内緒で渡したりもしていた。
アメリーがハーゲン達に真っ直ぐに近寄り、ヘンドリックの右手を両手でがっと握った。
「ヘンドリックさん!」
「あ、はい」
「お義父さんをよろしくお願いします!本当に優しい人なんです。絶対、絶対に大事にしてください」
「……はい。それは勿論。死ぬまでずっと共にあります」
「お義父さん!」
「んっ!?な、なんだ?」
「幸せになって」
アメリーが嬉しそうな、でも泣き出しそうな顔で笑い、ヘンドリックの手を離して、ハーゲンに抱きついてきた。
「あたしだけはお義父さんの味方であり続けるわ。胸を張って恋を楽しんでよ」
「アメリー……ありがとな。自慢の義娘だよ。お前は。器が並じゃねぇや」
「お義父さん程じゃないわよ」
呆然とする息子や孫達を置いてけぼりにしたまま、アメリーがハーゲン達の為に珈琲を淹れてくれた。
居間で淹れ立ての珈琲を飲む。一口飲むなり、ヘンドリックが明るい笑みを浮かべた。
「本当に最高に美味いな」
「だろ?アメリーの珈琲はこの世で1番美味いんだよ」
ハーゲンが自慢すると、アメリーが照れたように笑った。
ハーゲンはヘンドリックの家に引っ越した。アメリーが度々訪れて、掃除を手伝ってくれたり、食事を差し入れてくれたりするので、2人で穏やかに暮らせている。
3ヶ月程過ぎた頃に、ヘンドリックの何気ない仕草に、ちょっと胸が高鳴るようになり、『あ、恋してんだな』と自覚した。ヘンドリックに恋をして、なんだか毎日が少しだけ楽しくなった。
ヘンドリックと庭先に置いたベンチに並んで座り、日向ぼっこをするのが日課になっている。
「ジジイ」
「なんだ。ジジイ」
「晩飯、何にする?」
「ベーコンがまだあっただろう。シチューでいいんじゃねぇの」
「それもそうだな。アメリー直伝のシチュー、美味いよなぁ」
「アメリーはいい先生だろ」
「この上なくな」
「ヘンドリック」
「なんだ。ハーゲン」
「俺、お前に恋してるわ」
「知ってる」
「そうかよ」
「そうだよ」
初夏の風が穏やかに笑う2人の老爺の頬を撫でた。
(おしまい)
ハーゲンは家の近所の公園のベンチに座り、のんびりと水筒に入れてきた珈琲を飲んでいた。
ハーゲンは今年で62になる。去年までは家具職人として働いていたが、若い頃のように目や手が動かなくなってきたので、今は引退して、暇な毎日を送っている。女房は3年前に病気で他界している。2人の息子はとうの昔に嫁をもらい、ハーゲンには5人の孫がいる。再来月くらいに1番上の孫に子供が生まれる。ハーゲンは曾祖父さんになる。曾孫が生まれたら賑やかになるのだろうが、ハーゲンが子育てをする訳ではないので、きっと暇な日々が続くだろう。ずっと仕事ばかりをしてきた。家族を養う為に頑張っていたつもりだったが、仕事を辞めれば本当にやることがなくなった。趣味らしい趣味もない。酒は嗜む程度にしか飲まないし、遊びらしい遊びも思いつかない。煙草は吸うが、同居している長男が嫌がるので、たまに外でこっそり吸うくらいだ。老眼で細かい字が読みにくいので、本も読まない。そもそも、読書を楽しむような学なんてない。晴れた日は、こうして1人で公園に来て、日がな1日ベンチに座り、日向ぼっこをしている。
ハーゲンがなけなしの小遣いで買った煙草を取り出し、ライターで火をつけていると、老人が真っ直ぐにこちらに向かい歩いてきた。この辺りじゃ少し珍しい褐色の肌に、真っ白な髪を丁寧に撫でつけ、品のいい駱駝色のコートを着ている。背筋をピンと伸ばしていて、歩く姿勢がいい。
ハーゲンは煙草の煙を深く吸って、ぶはぁと吐き出し、老人に向かって軽く右手を上げた。
「よぉ。ジジイ」
「おぅ。ジジイ」
品のある見た目に反した、ざっくばらんな返事が返ってきた。いつものことである。
老人がハーゲンのすぐ隣に腰掛け、コートのポケットから煙草の箱を取り出した。
「ジジイ。火ぃ貸してくれ」
「また忘れたのか。ジジイ。耄碌してんなぁ」
「うるせぇ。そういうお前は灰皿持ってんのか」
「……忘れた」
「お前だって耄碌してんだろ。ジジイ」
「うるせぇ」
ハーゲンは老人ヘンドリックにライターを手渡し、代わりに携帯灰皿を受け取った。ヘンドリックとは半年程の付き合いになる。公園で日がな1日日向ぼっこをするようになって、毎日のように顔を合わせていたら、自然と話すようになった。
ヘンドリックは学校で教員をしていたらしい。生まれはハーゲン達が暮らす町よりも、ずっと南の町なんだそうだ。若い頃はモテたに違いないと思える程、整った顔立ちをしている。今はもう皺くちゃだけど。ハーゲンよりも2つ歳上だ。
煙草の煙を美味そうに細く長く吐き出して、ヘンドリックが切れ長の目でハーゲンを見て、片手を差し出してきた。
「珈琲くれ」
「ほらよ。つーか、自分で持ってこいや」
「お前んとこの嫁さんの珈琲うめぇじゃねぇか」
「まぁな。馬鹿息子にゃ過ぎた嫁さんだぜ」
「下の孫の足は治ったのか?怪我したんだろ?」
「ん?おぉ。骨にひびが入ってたけどよ。もうすっかり良くなって、外を走り回ってるぜ」
「そりゃよかったな」
「来年には学校に通いだすんだぜ。こないだ生まれたばっかなのによぉ」
「そういうもんだぜ」
「2番目の孫娘も結婚が決まりそうだわ」
「そいつはめでたい。よかったな」
「おう。相手は小間物屋の倅でよ。気弱そうっつーか、ちと大人しそうだが、まぁ性格も穏やかなんじゃねぇの」
「いいじゃねぇの。気性が荒い奴よか、よっぽどいい」
「まぁな」
水筒の温くなった珈琲を回し飲みしながら、ポツポツと日暮れまで2人で話す。毎日のように会っているが、意外と話すネタに尽きない。2人とも黙って、ただ柔らかい陽射しを浴びながら、ぼーっとしていることも割とある。沈黙は別に嫌じゃない。特に気まずさも感じない。
冬は日が落ちるのが早い。孫娘の結婚の話などをしていたら、あっという間に夕暮れ時になった。少しずつ冷えてくる。
ヘンドリックが立ち上がったので、ハーゲンも水筒を鞄に入れて、ベンチから立ち上がった。
「またな。ジジイ」
「おう。風邪引くなよ。ジジイ」
「お前もな」
公園の入口まで2人で並んで歩き、適当に手を振ってヘンドリックと別れた。家路をのんびり歩きながら、ハーゲンは草臥れたコートのポケットに両手を突っ込んだ。今日はまだマシだが、寒いと、昨年傷めた膝がじくじく痛む。ついでに腰も痛い。歳はとりたくないものだ。年々不自由さを感じるようになっている。
ハーゲンは小さく溜め息を吐いて、家の玄関のドアを開けた。
------
「よぉ。ジジイ」
「おぅ。ジジイ」
ハーゲンは側にやって来たヘンドリックに軽く右手を上げた。どっこいしょ、と、ヘンドリックが隣に座る。ヘンドリックがごそごそと自分のコートのポケットを探り、拳をハーゲンに突き出した。
「やるよ」
「あ?」
「飴」
「もらう」
「おぅ」
ハーゲンはヘンドリックがくれた飴の包み紙を開け、鼈甲色の飴を口に放り込んだ。柔らかな甘みが口いっぱいに広がる。飴を食べるのは久しぶりだ。まだ幼い孫に買ってやることはあるが、自分は食べない。ころころと口の中で飴を転がして味わう。
自分の口にも飴を放り込んだヘンドリックが、右手を差し出してきた。
「珈琲くれ」
「ん」
ハーゲンは珈琲が入った水筒をヘンドリックに手渡した。長男の嫁アメリーは珈琲を淹れるのが抜群に上手い。安い珈琲豆でも、まるで喫茶店で飲むような味と香りになる。時間が経って温くなっても、十分美味い。
ヘンドリックが美味しそうに目を細めながら、チビチビと水筒の珈琲を飲んでいる。水筒から口を離したヘンドリックが、ほぅと満足そうな吐息を吐いた。
「嫁さん、喫茶店でも始めたらいいのにな。そしたら常連になるぜ」
「ははっ。馬鹿息子にゃ店を開けるような甲斐性ねぇよ」
「勿体ねぇなぁ。これでこんだけ美味いんなら、淹れ立ては最高だろうな」
「最高だぜ?毎朝淹れてくれるんだわ」
「贅沢だなぁ」
「……飲みに来るか?ジジイ」
「いいのか?ジジイ」
「嫁さんがいいって言えばな。まぁ、昔から気のいい娘だからよ。いいって言うと思うぜ。子育てもすっかり落ち着いてるしな。まぁ、毎日パタパタ働きながら、孫の世話とかもしてっけど」
「働きもんだな」
「おぅよ」
ヘンドリックが水筒を渡してきたので、受け取って、今度はハーゲンが珈琲を飲んだ。飴で甘くなった口に爽やかな珈琲の苦味が嬉しい。ハーゲンは、ほぅと小さく息を吐いた。
「ジジイ」
「なんだ。ジジイ」
「お前、再婚しないのか?」
「するわけねぇだろ。この歳で」
「じゃあ恋は?」
「しねぇよ。老い先短けぇジジイが恋なんぞしてどうすんだよ」
「老いらくの恋っていうだろ」
「そういうお前はどうなんだよ」
「俺か?恋ならしてるぞ」
「マジか。誰だよ」
「ジジイ」
「あん?」
「俺が恋してんのはお前だよ。ジジイ」
ハーゲンはポカンとヘンドリックの横顔を見つめた。呆然としているハーゲンに構わず、ヘンドリックは煙草を取り出して咥えた。ヘンドリックが切れ長の目だけでこちらを見ながら、右手をすっと出してくる。
「火ぃ貸してくれ」
「……また忘れたのかよ」
「お前がいつも貸してくれるからな」
「わざとか」
「ちげぇ。ただ持ち歩かなくても問題ねぇってだけだ」
「あっそ」
ヘンドリックがハーゲンが手渡したライターで煙草に火をつけた。ハーゲンはガシガシと短く刈っている頭を掻くと、自分もコートのポケットから煙草を取り出した。煙草を咥え、美味しそうに煙草を吸っているヘンドリックに手を差し出す。
「火」
「ん」
ヘンドリックがハーゲンのライターを手渡してきた。長年愛用していて古ぼけたライターで煙草に火をつける。深呼吸をするように、深く煙草の煙を吸い込み、大きく吐き出した。
「で?」
「あ?」
「返事は?」
「なんの?」
「俺の愛の告白への返事」
「どこが愛の告白だよ」
「この上なく愛を囁いてるじゃねぇか」
「どこがだ」
ハーゲンが煙草を咥えたまま渋い顔をすると、ヘンドリックが楽しそうにクックッと小さく笑った。
ヘンドリックが真っ直ぐにハーゲンを見た。ヘンドリックの灰色がかった青い瞳に、厳つい老人の顔が映っている。
「俺と恋しようぜ。ジジイ」
ハーゲンは眉間に深い皺を寄せた。
「男は範疇外だ。女になって出直してこい。ジジイ」
「細けぇことは気にすんなよ。ジジイ」
「細かくねぇわ」
「とりあえず一発ヤッとこうぜ?」
「なに『珈琲飲もうぜ』みてぇな軽いノリで言ってやがんだ。スケベジジイ」
「あ?枯れてんのか?」
「まだギリギリ枯れてねぇわ」
「それならいいじゃねぇか」
「全然よくねぇだろ。即物的過ぎんだろ」
「先が短けぇからなー。若い頃みたいにのろのろした恋なんてできねぇのよ」
「歳食ってるからこそ落ち着いた恋をしろよ」
「ジジイ」
「あん?」
「俺ん家で一緒に夜明けの珈琲飲もうぜ」
「誘い文句がベタ過ぎんだろ」
「ははっ。分かりやすくていいじゃねぇか」
ハーゲンは何故か楽しそうなヘンドリックに呆れつつ、少しだけ考えた。
男は範疇外だが、老いらくの恋とやらは、ちょっとしてみたい気はする。毎日が暇で、朝食の珈琲とヘンドリックと一緒に日向ぼっこをするのだけが楽しみである。恋をすれば、もっと毎日が輝くのだろうか。いや、そもそも、恋とはしようと思ってできるようなものなのだろうか。ハーゲンは首を傾げた。
見合いで結婚した女房のことは自分なりに大事にしていたが、恋をしていたかというと、疑問である。家族として愛していたが、多分恋はしていない。ハーゲンは気づきたくないことに気づいてしまった。60をとうに越えているのに、自分は恋をしたことがない。何気にショックな事実である。1度しかない人生で、恋をしたことがないなんて、なんだか損をしている気がする。ハーゲンはボソッと呟いた。
「……俺、初恋もまだだわ」
「マジかよ。ジジイ」
「やべぇぞ。ジジイ。なんか人生損してる気がしてきた」
「よし。俺と恋しようぜ、ジジイ」
「マジか。ジジイ」
「マジだ。ジジイ。とりあえず一発ヤろうぜ」
「恋ってそういうのだっけ」
「最終到着地点にすっ飛ぶだけだ」
「マジか」
妙に真面目くさった顔で断言したヘンドリックを放置して、ハーゲンは頭を抱えて考え始めた。
ヘンドリックとは結構気が合う。生まれも育ちも歩んできた道も全然違うが、不思議と上手く噛み合っている。ヘンドリックと過ごすのは単純に楽しく、気分が落ち着く。別に家族に蔑ろにされている訳ではないが、働かなくなってから、家ではなんだか肩身が狭くて正直辛い。
少し俯いていたハーゲンは、チラッと隣のヘンドリックを見た。厳ついだけで顔がいい訳じゃない爺である自分に恋をするなんて、ヘンドリックはものすごく悪趣味な気がする。気が合うとは思っているが、楽しい気の利いた会話ができる訳でもない。
ハーゲンは思ったことを口に出した。
「俺のどこがいいんだ。ジジイ」
「強いて言うなら、一緒にいて気楽なとこかなぁ。俺の死んだ嫁さんはとにかく気が強くてな。完全に尻に敷かれた訳なんだが、家じゃ嫁さんの機嫌を窺ってたことの方が多くてなぁ。惚れた腫れたで結婚した訳じゃないから仕方がないのかもしれないけどよぉ。正直、死んだ時ほっとしたんだよなぁ。あぁ、もうこれで毎日心を磨り減らさなくてすむなって。でもよぉ、1人はやっぱ寂しいし。死ぬ前くれぇ一緒にいて気持ちが安らぐ相手に側にいて欲しいだろ」
「あ?どっか悪いのか?ジジイ」
「いや?全然。あ、腰は悪いな。去年3回目のぎっくり腰やってる」
「あ、俺も腰わりぃんだよな。ぎっくり腰ヤベェよな。痛ぇ!より、ヤベェ!って思わねぇ?」
「分かるわー。もう、ちょっとでも重いもん持つ時はビクビクしちゃうんだよな」
「中々治らねぇもんな」
「そうなんだよ。……って、話ずれてるぞ。ジジイ」
「……何の話だったっけ?」
「呆けたフリすんな、ジジイ。俺と恋人になるかどうかっつー話だ」
「一発ヤリてぇって話だっただろ」
「恋人同士、触れ合いも大事だろ」
「ものは言いようだな」
「ジジイ」
「あ?」
「俺と短けぇ春を楽しもうぜ」
「今冬だぜ」
「例えだっつーの」
「そんぐらい分かってらぁ」
ハーゲンは結局殆ど吸っていない火の消えた煙草をヘンドリックが差し出した携帯灰皿に放り込んだ。深く考えるのは得意じゃない。鳥肌が立つ程心底嫌という感じでもない。
ハーゲンは、とりあえずヘンドリックの家に行くことにした。
------
ヘンドリックの家は小高い丘の上にあった。公園から小一時間は歩いている。これから男はセックスをするかもしれないというのに、ハーゲンは不思議と落ち着いていた。並んで歩くヘンドリックが普段通りだからかもしれない。ふと沈黙が下りても、気まずさは感じない。
ヘンドリックは1人暮らしである。娘が1人いるが、隣町に嫁いでおり、滅多に帰ってこない。初めて入るヘンドリックの家は、紙やインクのような匂いがした。多分、沢山ある本の匂いだろう。
ハーゲンはキョロキョロと品のいい雰囲気の家の中を見回しながら、すたすたと歩くヘンドリックについていった。
ヘンドリックが2階の奥の部屋の前で立ち止まり、部屋のドアを開いた。ヘンドリックに促されて部屋に入れば、そこは明らかに寝室だった。
「マジでヤるのかよ」
「おぅ」
「どっちがどっちだ」
「俺は腰がやべぇから抱きたい」
「奇遇だな。俺も腰がやべぇわ」
「とりあえず抜きっこでもするか?」
「マジか」
「ケツは追々で」
「マジか」
ヘンドリックが楽しそうに笑いながら、部屋の入口で棒立ちになっているハーゲンの手をゆるく握った。ヘンドリックのかさついた手は温かい。
「ハーゲン」
「……なんだ。ヘンドリック」
「一緒に恋しよう」
「……ん」
ハーゲンは迷いながらも、小さく頷いた。男とどうこうなるのも、恋をするのも、正直躊躇いがある。しかし、同時に好奇心もある。そして、ヘンドリックと一緒にいるのが心地よいのも事実だ。多分、物語にあるような燃える恋にはならない。熾火のような静かな恋になるだろう。それはそれでいい気がする。
ハーゲンは近づいてきたヘンドリックの唇を素直に受け入れた。かさついた唇の感触に、少しだけドキリとする。反射的に閉じた目を開ければ、すぐ間近にあるヘンドリックの灰色がかった青い瞳が笑っていた。ヘンドリックの瞳に、凡庸な茶色い瞳が映っている。
唇を触れ合わせたまま、ヘンドリックが小さく囁いた。
「嫌か?」
「意外とそうでもねぇ」
「そいつは重畳。服を脱ごうぜ」
「シャワーもなしかよ」
「俺は気にしねぇ」
「あっそ」
もうこの際だ。なるようになれ。
ハーゲンは草臥れたコートをその場で脱ぎ捨てた。
ヘンドリックと全裸で布団に潜り込んで、お互いの老いた身体を撫で回しながら、何度もキスをしている。不思議と嫌悪感はない。肌に触れるヘンドリックの体温が心地よい。お互いにペニスも触りあえば、久しぶりにハーゲンのペニスが勃起した。ヘンドリックのペニスも固く大きくなっている。枯れていないとは思っていたが、本当に枯れていなくてよかった。ペニスに誰かの手が触れるなんて、いつぶりだろうか。50になる頃には、亡くなった女房とセックスをしなくなった。確か、『疲れているのにしたくない』と、女房が嫌がったのが切っ掛けだ。一緒のベッドで寝ていたが、熱を分け合うことはしなかった。
久しぶりの他人の熱が心地よく、じわじわと興奮してくる。男同士で恋人なんて、ハーゲンは聞いたことがない。なんとなく、これはしてはいけないことなんだろうと思うと、背徳感が更に興奮を煽ってくる。
先走りでぬるつくペニスの先っぽ同士をくっつけて、2人で一緒に2本のペニスをまとめて弄る。久しぶりの快感が楽しい。
「ハーゲン。舐めてみていいか?」
「……俺も舐める」
「お。平気なのか?」
「さぁな。お前は平気なのかよ」
「さてな。やったことがない」
「ないのかよ」
「ないな。男を好きになったのは、お前が初めてだ」
「……あっそ」
ヘンドリックがペニスから手を離し、被っていた掛け布団をどけた。褐色の肌が、まだ明るい窓からの光で露わになる。白いものが混ざった黒い陰毛もゆるい角度で勃起しているペニスも丸見えである。ハーゲンは自分の股間を見た。茶色い陰毛の下にあるペニスは、若い頃のような勢いはないが、確かに勃ち上がっている。
ヘンドリックに促されて、ハーゲンは仰向けに寝転がったヘンドリックの身体を跨いだ。ヘンドリックの顔の前に自分のペニスが、自分の顔の前にヘンドリックのペニスがくるようにして、ヘンドリックの身体の上で身体を伏せる。ヘンドリックの赤黒いペニスが目の前にある。ハーゲンは少しだけ躊躇した後、思い切って舌を伸ばして、ヘンドリックのペニスの先っぽを舐めた。同時に、自分のペニスが熱くてぬるぬるしたもので包まれる。ゾワゾワっと背筋を駆け上る快感に、ハーゲンは腰を小さく震わせた。ぬるぬるとヘンドリックの熱い舌がペニスに這い回っている。ハーゲンは負けじとヘンドリックのペニスを口に含んだ。歯が当たらないように気をつけながら、口内のヘンドリックのペニスを舐め回す。精液っぽい匂いがする。ついでにエグいような味が微かにする。先走りだろう。
ヘンドリックがハーゲンのペニスを舐め回しながら、むにむにとハーゲンの弛んだ尻を揉み始めた。ハーゲンは昔はそれなりに締まった身体をしていたが、今ではすっかりだらしない身体になっている。肌も張りなんてない。触っても楽しいとは思えないのに、ヘンドリックは熱心にハーゲンの尻を優しく撫でてくる。
ヘンドリックのペニスは太くて長い。これは女泣かせだな、と思いながら、ペニスを舐められる快感を味わいつつ、ヘンドリックのペニスをできるだけ深く咥え込んでいく。頭を上下に動かして、舌を這わせながら唇でペニスをしごく。すぐに顎がだるくなってきた。
お互い、いい歳である。射精するのに結構時間がかかり、2人とも口が疲れたからと、最終的に向かい合って寝転がり、手でペニスを擦って射精した。久々の射精は酷く気持ちがよくて、キスをしてくるヘンドリックの唇も心地よくて、ハーゲンは射精が終わると同時に、衝動的にヘンドリックに抱きついた。
------
朝帰りをするハーゲンに、ヘンドリックもついてきた。夜明けの珈琲はハーゲンの家で飲みたいらしい。
自宅の玄関のドアを開けると、待ち構えていた息子夫婦に怒られた。更に、ヘンドリックを恋人だと紹介すると、息子が完全にキレた。
「トチ狂ったのかよ!親父!!」
「いや?老いらくの恋ってやつだ」
「阿呆か!!2人とも爺じゃねぇか!!ありえねぇ!」
自分でも常識外れのことをしている自覚はあるので、ハーゲンはポリポリと指先で頬を掻いた。
ものすごく心配したと泣いて怒ったアメリーが、ギャンギャン怒鳴る息子の後頭部をパシーンっと叩いた。
「アンタ!!言い過ぎよ!!お義父さんだって恋くらいしてもいいじゃない!」
「はぁ!?相手は男だぞ!?気持ちわりぃだろうが!」
「素敵なおじ様じゃない!お義父さんは今まで家族の為に頑張ってくれてたでしょ!自分だけの幸せを掴んでもいいじゃない!私達の結婚だって、お義母さんにも私の親にも反対されてたのに、味方してくれたのはお義父さんだけじゃない!亡くなった人をこう言うのはどうかと思うけど、お義母さんが私に意地悪した時だって、助けてくれたのお義父さんだけよ!!優しいお義父さんにはいっぱい幸せになってほしいのよ!!」
息子がアメリーの剣幕に口を閉じた。よくある話だが、亡くなった女房は息子の嫁のアメリーを割といびっていた。息子は目の前でアメリーが嫌味を言われても、ろくに助けもしなかった。恋愛結婚の筈なのに。見かねたハーゲンが、いつも女房を黙らせていた。陰でこっそり泣いているアメリーに、アメリーが好きな菓子を皆に内緒で渡したりもしていた。
アメリーがハーゲン達に真っ直ぐに近寄り、ヘンドリックの右手を両手でがっと握った。
「ヘンドリックさん!」
「あ、はい」
「お義父さんをよろしくお願いします!本当に優しい人なんです。絶対、絶対に大事にしてください」
「……はい。それは勿論。死ぬまでずっと共にあります」
「お義父さん!」
「んっ!?な、なんだ?」
「幸せになって」
アメリーが嬉しそうな、でも泣き出しそうな顔で笑い、ヘンドリックの手を離して、ハーゲンに抱きついてきた。
「あたしだけはお義父さんの味方であり続けるわ。胸を張って恋を楽しんでよ」
「アメリー……ありがとな。自慢の義娘だよ。お前は。器が並じゃねぇや」
「お義父さん程じゃないわよ」
呆然とする息子や孫達を置いてけぼりにしたまま、アメリーがハーゲン達の為に珈琲を淹れてくれた。
居間で淹れ立ての珈琲を飲む。一口飲むなり、ヘンドリックが明るい笑みを浮かべた。
「本当に最高に美味いな」
「だろ?アメリーの珈琲はこの世で1番美味いんだよ」
ハーゲンが自慢すると、アメリーが照れたように笑った。
ハーゲンはヘンドリックの家に引っ越した。アメリーが度々訪れて、掃除を手伝ってくれたり、食事を差し入れてくれたりするので、2人で穏やかに暮らせている。
3ヶ月程過ぎた頃に、ヘンドリックの何気ない仕草に、ちょっと胸が高鳴るようになり、『あ、恋してんだな』と自覚した。ヘンドリックに恋をして、なんだか毎日が少しだけ楽しくなった。
ヘンドリックと庭先に置いたベンチに並んで座り、日向ぼっこをするのが日課になっている。
「ジジイ」
「なんだ。ジジイ」
「晩飯、何にする?」
「ベーコンがまだあっただろう。シチューでいいんじゃねぇの」
「それもそうだな。アメリー直伝のシチュー、美味いよなぁ」
「アメリーはいい先生だろ」
「この上なくな」
「ヘンドリック」
「なんだ。ハーゲン」
「俺、お前に恋してるわ」
「知ってる」
「そうかよ」
「そうだよ」
初夏の風が穏やかに笑う2人の老爺の頬を撫でた。
(おしまい)
応援ありがとうございます!
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おじいさま同士の恋、めちゃくちゃ良きです…萌えます。義理の娘さんも素敵な方ですね。おじいさま同士の恋も、また機会があったら読みたいです。
感想をありがとうございますっ!!
本当に嬉しいです!!
老いらくの恋というマニアック気味なお話なのですが、お楽しみいただけたのでしたら、本当にすっごく嬉しいです!!
心の同志ーー!!とハグしたい気持ちでいっぱいですーー!!
爺ラブも大好きですので!!
お読み下さり、本当にありがとうございました!!