大家族のお兄ちゃんは恋なんかしてる暇はない!

丸井まー(旧:まー)

文字の大きさ
5 / 51

4:デイビッドにとってのいい日

 デイビッドは窓の外の空が完全に明るくなると、椅子に座ったまま、んーっと伸びをした。
 研究中の新たな障壁魔術の魔術陣の完成まであと少しだ。この二日研究室に泊まっていたので、今日は祖母が待つ家に帰る予定である。
 できるだけ祖母を一人にさせたくないので研究に熱中していても家に帰るように心がけているが、昨日一昨日はついつい熱中しすぎた。

 朝食を買いに行こうと魔術協会の建物から出ると、どことなく疲れた顔をしたリードを見かけた。
 デイビッドはリードに片想いをして早十年である。つい最近まで男に惚れるなんて自分はおかしいとずっと思っていたが、リードが色んな男から告白されていることを知り、漸く開き直ることができた。
 デイビッドは朝からリードに会えたことが嬉しくて、うきうきとリードに声をかけた。


「おはよう! 好敵手ともよ! 朝日が眩しすぎるな!」

「あ、おはよう。デイビッド。もしかして、研究室に泊まってたの?」

「あぁ。徹夜で魔術陣を弄ってた」

「お疲れ。今から帰るの?」

「いや、朝飯を調達しに行くだけだ。今日は定時で帰る予定だがな。昼飯も買ってくるから、今日も一緒に食べようじゃないか!」

「え、やだ」

「なんでだぁ!」

「……今日の僕は口を開いたら愚痴しかでないから絶対に嫌だ」

「愚痴でもなんでもどんどこいっ! 溜め込むとよくないぞ!」

「はいはい。お気遣いどうも。徹夜したんなら、昼休憩の時はご飯食べて仮眠すれば? 目の下に隈があるよ。お祖母さんが心配するんじゃない?」

「むっ。しまった。二徹しなきゃよかった」

「二徹かよ。尚更仮眠しなよ」

「んー。でもリードと一緒に昼飯食いたいから一緒に食う。そんでちょっと寝る。昼休憩の時間になったら迎えに行くな!」

「いや、来なくていいから」

「じゃあ! 後でなー!」


 デイビッドは軽やかな足取りでお気に入りのパン屋へ向かった。
 お気に入りのパン屋で朝食と昼食を買い、近くの菓子屋でジャムクッキーを買う。
 リードはジャムクッキーが好きだから、きっと喜ぶ筈だ。
 昼食用のパンはリードの分も買った。リードは痩せている。いつも少ないサンドイッチしか食べていないようだから、少しでも食べさせて健康的に太らせたい。

 リードとの昼食を楽しみに、デイビッドは研究室へ戻った。

 昼休憩の時間まで集中して魔術陣を弄り、昼休憩を知らせる鐘が鳴ると、いそいそと事務室へ向かった。
 事務室のカウンターの側にいた事務員に声をかけると、露骨に顔を顰めたリードがやって来た。


「今日は一緒に食べないって」

「オススメのパンとジャムクッキーを買ってきたんだ。特にパンはお前が食べないと誰も食べないぞ?」

「……食べ物を粗末にするのは嫌いだ。はぁ……しょうがない。弁当持ってくるから待ってて」

「あぁ!」


 少しだけ待っていると、布に包まれた小さめの箱と水筒を持ったリードがやって来た。
 二人で中庭に移動して、木の下に腰掛ける。
 デイビッドはリードに売店で買った珈琲を手渡した。


「まだ熱々だぞ」

「あ、ありがとう」

「馴染みのパン屋のオススメパン! 黒胡椒がきいてる揚げた鶏肉と野菜と卵サラダが挟んであるんだ。俺の一番のお気に入り」

「……もらう。ありがとう。……あ、美味しい。ソースもちょっとピリッとしてていいね」

「だろ? こういう惣菜パンの種類が多い店なんだ。こっちの腸詰め肉をのせたパンもオススメ。腸詰め肉自体がめちゃくちゃ美味い上にふわふわのパンと相性抜群」

「もらう。……んっ! ほんとに美味しい」


 今日はしかめっ面しか見ていなかったリードが、ふわっと笑った。
 口の中のものを飲み込み、珈琲を一口飲んだリードはほぅと息を吐いた。


「珈琲も美味しい。家じゃ誰も飲まないから飲めないんだよね」

「親父さんも珈琲飲まないのか?」

「苦手らしいよ。お祖父ちゃん達も皆、紅茶派」

「へぇー。美味いのにな。ばあちゃんが淹れた珈琲は最高だぜ。飲みに来ないか?」

「魅力的だけどやめとく。そんな時間に余裕なんてないし」

「下に成人済みの弟がいただろう。休みの日に半日くらい家のことを任せてもいいんじゃないか?」

「んー。結婚が決まったからなぁ。恋人との時間も必要だろうし、中々ねー」

「その下の双子は? 来年あたり成人じゃなかったか? 確か」

「うん。今は図書館司書の資格試験と就職試験の勉強に集中させたいから無理だね」

「むぅ。お前が休める日がないじゃないか」

「まぁ、いつものことだから慣れてるし」


 疲れた顔で笑うリードは、なんだか自分のために生きることを諦めているように見えた。
 家族は大切だ。デイビッドだって、育ててくれた祖母のことをとても大切に思っている。
 しかしである。今のリードは家族のために生きているようなものだ。少しくらい、自分のために生きてもいいんじゃないかと思う。

 思ったことを言おうとしたら、ジャムクッキーを食べて珈琲を飲んだリードが嬉しそうに小さく笑った。


「なんかちょっと元気出た。ありがと。デイビッド」

「これくらいのこと別に構わんさ。さぁ! 愚痴るがいい!」

「それは嫌。食べ終わったなら寝たら? 昼休憩が終わる前に起こしてやるから」

「膝枕を所望する」

「調子に乗るな」

「木の根っこを枕にしろと?」

「……それは微妙だな。しょうがないなぁ。昼休憩が終わる前までだよ」

「言い出しておいてなんだが、そうやって人を甘やかすから相手がつけあがるのでは?」

「ははは……余計なこと言ってないでさっさと寝な」

「あぁ」


 デイビッドはリードの太腿の上に頭をのせた。柔らかいが肉付きが薄い感じがするので、やはりもっと太らせたい。
 デイビッドはくわぁっと欠伸をしてから、すやぁっと寝落ちた。

 昼休憩が終わる少し前にリードに起こしてもらったデイビッドは、軽やかな足取りで自分の研究室に戻った。
 膝枕をしてもらえたし、少し寝たら頭がスッキリした。午後から捗りそうである。
 魔術陣完成を目指して、午後も集中して魔術陣を弄った。

 定時に研究室を出ると、買い物をしてから家へと帰った。
 家に帰り着くと、祖母のマリアンナが笑顔で出迎えてくれた。


「おかえり。デイビッド。今日の晩ご飯は豚肉と春キャベツの重ね蒸しよ」

「ただいま。ばあちゃん。俺それ好きー。あっ。そうそう。材料買ってきたから挽肉のパイの作り方教えてくれよ。明日の弁当にして、リードに食わせたいんだ。ばあちゃんの挽肉のパイは絶品だから!」

「あら。いいわよ。晩ご飯を食べたら一緒に作りましょう」

「うん。よろしく!」

「ふふっ。いいことを教えてあげるわ。男の心を掴むには、まずは胃袋を掴むのが一番いいのよ」

「なるほど! 明日は魚を買ってくるから、魚のパイ包み揚げも教えて欲しい!」

「ふふっ。いいわよ。リード君をうちに連れてきたらいいのに」

「んー。誘っても駄目なんだ。リードの家は大家族で、リードはいつも家事と育児に追われてるみたい」

「あら。それは大変ねぇ」

「再来月にはまた兄弟が増えるらしい。……絶対にリードが更に疲れる予感しかしない」

「おやまぁ。親御さんは?」

「父親は役所勤め。母親は専業主婦だけど、あまり家のことはしないみたいだ」

「そう……再来週はデイビッドの誕生日でしょう? その日にうちでお茶会をしない? 苺のパイとジャムクッキーを焼くわ」

「やった! 誘ってみる! そのためにもまずは明日の挽肉のパイを成功させねば!」

「ふふっ。とびきり美味しいパイを作りましょうね」


 マリアンナが作る苺のパイは絶品で、デイビッドの好物の一つだ。
 美味しい夕食を楽しんだ後、デイビッドはマリアンナに教えてもらいながら、一生懸命丁寧に挽肉のパイを作った。
 リードが『美味しい』と笑ってくれたらすごく嬉しい。
 デイビッドは後片付けまでしっかりしてから、温かいミルクを飲みつつ少しだけマリアンナとお喋りをして、自室に引き上げた。

 リードのことが恋愛感情で好きだと自分の中で認められてすぐに、マリアンナにはそのことを言ってある。『男同士なんて気持ち悪い』と言われるかもしれないとドキドキしていたが、マリアンナは『人を好きになるってそれだけで素敵なことよ。あなたの気持ちを大事にしてあげなさい』と言って優しく笑ってくれた。
 器が大きいマリアンナに心から感謝した。

 布団の中で明日のリードの笑顔を想像して、くふっと笑い、すやぁっと寝落ちた。

感想 13

あなたにおすすめの小説

嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する

SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する ☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた

歩人
ファンタジー
侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。

年下で可愛い旦那様は、実は独占欲強めでした

由香
恋愛
政略結婚で嫁いだ相手は―― 年下で、可愛くて、なぜか距離が近すぎる旦那様でした。 「ねえ、奥さん。もうちょっと近く来て?」 人懐っこく甘えてくるくせに、他の男が話しかけただけで不機嫌になる彼。 最初は“かわいい弟みたい”と思っていたのに―― 「俺、もう子供じゃないよ。……ちゃんと男として見て」 不意に見せる大人の顔と、独占欲に心が揺れていく。 これは、年下旦那様にじわじわ包囲されて、気づいたら溺愛されていた話。

繋ぎの婚約を契約通り解消しようとしたら、王宮に溺愛軟禁されました

こたま
BL
エレンは子爵家のオメガ令息として産まれた。年上のアルファの王子殿下と年齢が釣り合うオメガ令息が少なく、他国との縁組も纏まらないため家格は低いが繋ぎとして一応婚約をしている。王子のことは兄のように慕っており、初恋の人ではあるけれど、契約終了時期か王子に想い人が現れた時には解消されるものと考えていた。ところが婚約解消時期の直前に王子宮に軟禁された。結婚を承諾するまでここから出さないと王子から溢れるほどの愛を与えられる。ハッピーエンドオメガバースBLです。

王太子に「戦友としか思えない」と言われたので、婚約を解消しました

明衣令央
恋愛
婚約者である王太子ヘンリーから「君のことは戦友としか思えない」と告げられた、公爵令嬢アリスティア。 十年以上の王妃教育を積んできた彼女は、静かに婚約解消を受け入れる。 一年後、幸せな結婚を迎えた彼女にとって、ヘンリーのその後は――もうどうでもいいことだった。

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります