大家族のお兄ちゃんは恋なんかしてる暇はない!

丸井まー(旧:まー)

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10:助けてくれる人達

 今日も遅刻ギリギリで走って事務室に向かうと、何故か事務室の前でデイビッドが仁王立ちして待ち構えていた。
 急がないと朝礼に間に合わないのだが、デイビッドがつかつかと近寄ってきたかと思えば、無言でリードの手を握り、そのままカウンター内に入って事務長の机へと向かった。


「事務長。今日はリードは休みということで!」

「いいよ」 

「はいっ!? ちょっ、デイビッド!?」

「リード君」

「あ、はい。事務長」

「しっかり休んでおいで」

「え?」

「リード。帰るぞ。俺の家に」

「なんで!?」

「自分の家に帰っても休めないだろ。俺も二徹明けだから帰って寝る」

「いやでも仕事……」

「最近鏡見たか? 本気で酷いぞ。顔が」

「…………」


 リードはデイビッドに手を引かれて事務室から出た。
 そのまま一度だけ行ったことがあるデイビッドの家へと向かって歩き始めた。
 仕事自体は別にリードが休んでもなんとでもなる。でも、休むと来月貰える給料が少し減る。それは避けたい。それに定時になったらちびっ子達を迎えに行かなきゃいけないし、休んでいる場合ではない。

 ちゃんとそれをデイビッドに伝えて仕事をしなくてはいけないのに、睡眠不足と溜まった疲労のせいで頭がぼんやりして口に出せない。
 ただ、デイビッドのゴツい手は温かいな……とぼんやり思っていると、デイビッドの家に着いた。

 マリアンナが出迎えてくれたが、リードの顔を見るなり驚いたように声を上げた。


「まぁまぁ! 大変! リード君。ご飯は食べてるの?」

「あ、えっと、今日はまだ……」

「すぐに消化のいいものを作るわね。ちょっとだけ待っていて。食べたらすぐに寝ること! デイビッドもよ!」

「うん。ばあちゃん。ありがと」

「え、あ、ありがとうございます?」

「二人ともとりあえず温かいミルクを飲んでなさい!」


 マリアンナがバタバタと家の奥へ向かっていった。
 リードはデイビッドに手を握られたまま、ソファーに座った。
 困惑してすぐ隣のデイビッドを見れば、デイビッドが眉間に深い皺を寄せ、ぶすっとした顔をしていた。


「ちびっ子達の迎えの時間まで寝てろ。どんだけまともに寝てないんだよ。研究が忙しくて、ちょっと顔見てない間にめちゃくちゃ窶れてるし。すげぇ顔色悪いし」

「……妹の世話で寝れなくて……」

「うん」

「生まれて一か月経つのにミアも赤ちゃん返りしたまんまだし」

「うん」

「おばあちゃんも疲れてるから、家のこともしなきゃいけないし」

「うん」

「僕が働かないと弟の結婚のためのお金も用意できないし」

「うん。リード」

「なに?」

「今は何も考えずに寝ろ。ひたすら寝ろ。昼飯の時間になったら起こしてもらうから、昼飯食った後も寝ろ」

「……でも……」

「リード」

「な、なに……」

「食ったら寝ろ」

「…………うん」


 何故か額に青筋を浮かべているデイビッドの笑顔の妙な圧に負けた。
 マリアンナが温かいミルクを持ってきてくれたので、お礼を言ってマグカップを受け取った。
 蜂蜜入りの甘いミルクを飲むと、なんだかほっとした。
 当然ながら赤ちゃんの泣き声は聞こえない。隣で無言でミルクを飲んでいるデイビッドをちらっと見てから、ちびちびと甘いミルクを飲んだ。

 卵と鶏肉が入った美味しい雑穀粥を食べると、一気に眠くなってきた。
 ここ最近食欲が落ちていて一日食べない日もあったりしたから、雑穀粥はすごく美味しかったのに半分も食べられなかった。
 残した分はデイビッドが食べてくれた。
 食べ終えるとデイビッドに手を握られて、デイビッドのものだという部屋に移動した。

 ベッドに寝転がらされたかと思えば、デイビッドが隣に寝転がり、夏物の薄いブランケットを二人の身体にかけた。
 リードは久しぶりに満腹になり、何も考えられなくてそのまますとんと寝落ちた。

 優しく肩を揺さぶられて、はっと目覚めた。
 見慣れない部屋にここはどこなのかと一瞬混乱したが、デイビッドの家だと思い出した。
 頭がぼんやりする。まだ寝ていたい。


「リード。昼飯。食ったらまた寝る。ちびっ子達の迎えの時間ギリギリまで寝るぞ」

「……うん」


 デイビッドに手を引かれて居間に行けば、テーブルの上に美味しそうな匂いがしているシチューがあった。ほわほわと湯気が立つパンもある。
 マリアンナが心配そうな顔でリードの額にやんわりと触れた。
 マリアンナの手はかさついていたが温かい。


「熱はないわね。食べられるだけ食べて、しっかり寝なさい」

「は、はい。……あの……ありがとうございます」

「いいのよ。今は何も考えないこと! さぁ、冷めないうちに食べましょう」

「はい」


 魚と旬の野菜のシチューは柔らかい味わいで、素直に美味しかった。パンもふわふわで美味しい。『珈琲はまた今度ね』と言って差し出してくれた温かいミルクもまた蜂蜜が入っていて甘くて美味しい。
 半分食べると、眠たくて仕方がなくなった。


「リード。あとちょっとだけ頑張れ。すぐに食い切る」

「……うん」


 デイビッドが、リードが残した分まで食べきると、また手を引かれて部屋に移動してベッドに上がった。
 もう夏のはじめ頃で、デイビッドとくっついているとちょっと暑いのだが、デイビッドの体温が妙に落ち着く。
 温かいな……と思いながら、リードはまたすとんと寝落ちた。

 次に起こされた時には、随分と頭がスッキリしていた。睡眠不足と疲労でずっと重かった身体が、心なしか軽くなっている気がする。
 デイビッドに手を引かれて居間に行けば、マリアンナが蜂蜜入りの甘いミルクとジャムクッキーを用意してくれていた。

 頭が少しスッキリすると、自分はものすごく厚かましいことをしてしまったんじゃないかと思い始めた。
 人様の家で食事をご馳走になるだけでなく、爆睡してしまうだなんて。
 申し訳なくて、恥ずかしくて、リードがおずおずと謝罪すると、マリアンナには笑顔でやんわり頬を摘まれて優しく引っ張られ、デイビッドにはやんわりデコピンされた。


「リード君。大変なのは想像がつくけれど、助けてもらいたい時はちゃんと『助けて』って言わなきゃ駄目よ。お家の手伝いはできないけれど、こうしてあなたを少しでも寝かせてあげることくらいはできるんだから」

「そういうこと。ここ二年がかりでやってた研究が落ち着いたから暫くは余裕があるし、明日から昼休憩は一緒に食って昼寝するぞ。リードの分まで弁当用意するから」

「えっ!? そんな、厚かましいよ!」

「いいんだよ。俺がしたくてするんだから。で、週に一回は出勤するフリして休め。そんでうちで寝ろ」

「週に一回も休めないよ!?」

「事務長には話をつけてある。『繁忙期じゃないから少なくとも二か月くらいはそれでいいよ』って言ってた」

「いやでも! 今は稼がなきゃいけない時期だし!」

「おぉん? リード。このまま本格的に身体を壊して身動きとれなくなるのと、適度に休んで今の生活続けるの、どっちがマシだ?」

「うっ……でも……」

「リードは頑張りすぎの背負いすぎなんだよ。しれっと休んでもバチは当たらないんだからな!」

「なんで……」

「ん?」

「なんで、ここまでしてくれるの」

「そりゃあ、『好敵手』と書いて『とも』と呼ぶし。俺だけじゃなくて、事務室の人達も心配してんだよ。人の厚意は素直に受け取れ。申し訳ないと思うなら、心配してくれてる人が困ってる時に手助けしてやったらいいだけだろ」 

「…………うん」


 何故だか、ぽたっと涙が零れ落ちた。
 ぽたぽたと落ちていく涙を手の甲で乱暴に拭うと、デイビッドが『目を擦るなー』と言って、ハンカチで優しくそっとリードの目元を拭った。

 助けを求められる人なんていないと思いこんでいたが、助けてくれる温かい人達がいっぱいいた。
 胸がぎゅーっとなって、涙がとまらない。リードは幼い子どものように泣きじゃくった。
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