大家族のお兄ちゃんは恋なんかしてる暇はない!

丸井まー(旧:まー)

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12:今必要なもの

 リードが再び目覚めると、部屋に一人だった。
 のろのろとベッドから下り、部屋を出て階下に向かえば、ふわふわと美味しそうな匂いが漂っていた。
 くぅっと小さく腹の音が鳴った。そういえば、昨日は朝から何も食べていなかった。

 おずおずと台所を覗き込めば、デイビッドが鍋をかき混ぜていた。
 リードに気づいたデイビッドが、ニッと笑った。


「おはよう。雑穀粥なら食えるかもーと思ってさ。白身魚と卵たっぷりにした!」

「あ、ありがとう。……マリアンナさんは?」

「ばあちゃんは買い物。よし! できた! 熱々のうちに食おうぜ」

「あ、うん」


 デイビッドが深皿に雑穀粥を注ぎ、小鍋で温めていたミルクをマグカップに注いだ。
 居間のテーブルで向かい合って座り、とりあえずミルクを一口飲んでみた。
 ほんのり甘くて美味しい。優しい甘さがじわぁっと身体に染み込んでくる気がした。
 白身魚と卵がたっぷりの雑穀粥もすごく美味しくて、優しい味がした。なんとなくほっとしながら食べていると、先に食べ終えたデイビッドがマグカップ片手に口を開いた。


「今日から一週間休みだから」

「……え? 一週間?」

「一週間」

「一週間!? そんなに休めないよ!?」

「朝一で事務長から許可もらったから大丈夫!」

「朝一? え? 今何時?」

「もうそろそろ昼過ぎだな」

「僕そんなに寝てたの!?」

「それはもうぐっすり。そんだけ疲れてるんだよ。身体もだけど、心が」

「……帰らなきゃ。下の子達の世話をしないと」

「だーめ。帰しませーん」

「は?」

「朝一で魔術協会に行ったらハルト君に遭遇してな。着替え預かってる。『父さんと母さんが反省するまで帰ってこなくていい』って言ってた」

「……あの二人が反省なんてする筈ないじゃないか」

「『家のことは気にせず休んできて』ってさ。この際だから、弟君達に甘えておけよ。そんで、お前の両親にお前の存在のありがたみを思い知らせろ」

「……ほんとに一週間も休んでいいのかな」

「いいに決まってるだろー。ついでだから俺も一週間休むことにしたわ。街にいると、お前のことだから家のことが気になって逆に落ち着かないだろうから、明日から旅行に行こう」

「はいっ!? なんで旅行!?」

「魔導列車で片道半日のところに温泉が有名な町があるんだってさ。そこに行く!」

「いやでも! お金もないし!」

「あ、金のことは気にするな。なんか気づいたら貯まってたから俺が全額出すし。色々気になるかもだけど、とにかく休んで普通に笑えるようになってくれたらそれだけで十分だ」

「……僕、笑えてなかった?」

「ここ暫くお前の笑顔を見てないって事務長が言ってた。事務長も心配してんだよ」

「……自分が情けなくて吐きそう」

「情けないなんてことはないだろ。むしろ何年も頑張りすぎてたんだよ。今のお前に必要なのは、しっかりした睡眠! 美味しい飯! ゆっくりぼんやりできる時間! 以上だ!」

「え、えぇ……」

「ばあちゃんが旅行に必要なものを買ってきてくれるから、ばあちゃんが帰ってきたら旅行の準備な。俺も普通の旅行ってしたことねぇし、この際だからめちゃくちゃ楽しもうぜ!」

「……ほんとにいいのかな……」

「いーいーの! 細かいことは気にするな! 今のお前がやるべきことは一つ!」

「え? なに?」

「俺と一緒に観光雑誌を眺めることだな!」

「え、えぇ……」

「あ、食いきれないなら食うぞ」

「あ、うん。ごめん。お願い。すごく美味しいんだけど、食べきれないや……」

「無理のない程度に食えばいいんだよ」

「後片付けは一緒にするよ。その……なんか落ち着かないから」

「ん。じゃあ、一緒にやろう」


 デイビッドがどこか嬉しそうにニッと笑った。
 後片付けをしてから、本当にソファーで観光雑誌を眺めている。温泉なんて話に聞いたことがあるだけで、実際に入ったことはない。『お肌がすべすべになる美人の湯!』とか書いてあるけれど、普通のお湯とはそんなに違うものなのだろうか。


「温泉のお湯で茹でた卵だってさ。美味いのかな」

「普通のお湯で茹でるのと何が違うんだろ」

「さぁ? あ、ここ行ってみたい。『かき氷』なるものを食べてみたい」

「これも気になる。『冷やし飴』。飲む飴なのかな?」

「面白そうなものが存外多いな。泊まる宿はできたらここがいい。内風呂もあるし、露天風呂なるものがあるらしい」

「露天風呂……外でお風呂に入るの? 今は暑いからいいけど、冬場は寒そう」

「山間の町だから、鹿肉とか猪肉が食えるんだってさ。どっちも試してみたいな」

「この街にはないものばっかりだ」

「なー」


 観光雑誌を眺めながら喋っていると、マリアンナが帰ってきた。
 大荷物を持っているマリアンナから慌てて荷物を受け取り、汗をかいているマリアンナに、デイビッドが冷たい珈琲を淹れてくれた。

 たくさんの袋をとりあえずソファーの隅にまとめて置いた。
 冷たい珈琲を飲んだマリアンナがふぅと満足そうな息を吐いた。


「美味しいわ。中々腕を上げてきたわねぇ。デイビッド」

「ばあちゃんの味には程遠いけどな」

「年季が違うもの。そうそう。二人の服も買ってきたのよ。せっかくの旅行でしょう? ちょっとはお洒落しなきゃね!」

「ありがと。ばあちゃん」

「あ、ありがとうございます。その、なんというか……す、すいません。その、お気を使わせてしまって……」

「細かいことは気にしないの! 二人が笑顔で『楽しかったー!』って旅行から帰ってきてくれたら私は満足よ」

「え、あ、はい」

「何度か亡くなった主人と行った温泉町なの。小さな町だけど、その分静かでゆっくりできるわ。珍しいものもあるし、ご飯も美味しいものばかりなの。温泉にのんびり浸かって、まずは疲れた心と身体を癒やすこと!」

「は、はい」

「ふふっ。おやつに桃のゼリーを買ってきてるの。ちょうどお茶の時間だし、食べましょうね。晩ご飯は塊ベーコンと野菜の煮物よ。美味しい腸詰め肉も入れちゃうわ。薄味だから、多分そんなに胃に負担はかからないと思うの」

「お気遣いありがとうございます。晩ご飯が楽しみです。……あー、あの! その……どうしても落ち着かないので、一緒に作ってもいいですか?」

「あらあら。んーー。まぁいいかしら。一緒に作りましょうね。その前に、まずはおやつよ。ゼリーがひんやりしてるから、熱い珈琲を淹れるわ。ミルクを入れた方がいいかしら?」

「あ、いえ。多分大丈夫です。マリアンナさんの珈琲、ほんとに美味しくて大好きなので、そのままを味わいたいです」

「あら! ありがとう。じゃあ、気合を入れて珈琲淹れてくるわね。ちょっと待っていて」


 マリアンナが笑顔で立ち上がり、台所へと向かった。
 然程待たずに戻ってきたマリアンナも一緒に美味しい珈琲とゼリーを楽しむと、マリアンナが買ってきてくれた服をデイビッドと一緒に見てみた。
 服のサイズが違うのでどちらのものなのかはすぐに分かったのだが、買ってもらった服を見て、リードはぽつりと呟いた。


「お洒落感がすごい」

「分かる。こんなお洒落上級者向けっぽいの、俺達に着こなせるのか?」

「分かんない。こんなお洒落な服、ほんとに似合うのかな……」

「ばあちゃんはいい笑顔で『絶対に似合うわよー!』って言ってたけどな」

「……こんなにしてもらっていいのかな」

「とう!」

「いったぁ!?」

「俺もばあちゃんも好きでやってんだよー!」

「いひゃいいひゃい」

「ちゅーしてやろうか。こんにゃろー」


 リードの頭に手刀をいれたデイビッドがリードの頬を両手で摘み、ぐにーっと引っ張った。
 鼻先に本当にキスをされた。リードが驚いてぱちぱち瞬きすると、デイビッドが照れたように笑った。


「恋文ちゃんと渡しただろ」

「あ、ごめん。読んでない」

「読んでねぇのかよ!」

「あ、うん。ごめんね?」

「まぁいいけどー。さて。そろそろ洗濯物を取り込むか」

「一緒にやるよ」

「んー。リードはこの鞄に服とか詰めといてくれよ。いやほら。下着とかあるし」

「あ、そっか。言われてみればそうだね。分かった。鞄に服と必要なものを詰めとく」

「よろしく」


 デイビッドがニッと笑って、居間から出ていった。
 買ってもらった服を畳みながら大きな鞄に入れていく。
 本当に旅行になんて行ってもいいのだろうかと不安になるが、デイビッドとマリアンナの厚意を無下にするのも気が引ける。
 旅行雑誌で見た温泉町は珍しいものばかりで、ちょっとワクワクしてきた。

 家のことはすごく心配だが、まだ帰りたくない。特にハルーアの顔を見たくない。
 リードはパンッと自分の頬を両手で叩いた。
 こうなったら開き直って初めての旅行を楽しもう。どうしても無責任なことをしている気がして、胸の奥が嫌な感じにじくじくするが、無理矢理気にしないことにした。

 リードは旅行の準備を済ませると、台所へ行ってマリアンナとデイビッドと一緒に夕食を作った。
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