大家族のお兄ちゃんは恋なんかしてる暇はない!

丸井まー(旧:まー)

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13:温泉町へ

 早朝。デイビッドは大きな鞄を持ち、マリアンナに見送られてリードと一緒に家を出た。
 駅へと向かい、窓口で乗車券を買う。魔導列車に乗るのは二回目だ。
 初めて乗ったのは仕事の出張で、王都に行った。王都までは片道二日だから、地味に尻と腰が痛くなった覚えがある。

 キョロキョロしているリードの手を握って魔導列車に乗り込む。乗車券を見て座席を探し、窓側にリードを座らせた。
 今回は指定席を買った。少し割高だが、のんびり座って車窓から見える景色をリードに楽しんでもらいたい。

 リードは窶れているし、顔色もよくない。それでも、初めての魔導列車にワクワクしているのか、久しぶりに明るい表情を浮かべている。
 伊達眼鏡を外しており、ぱっちりとした目やキラキラ輝く淡い水色の瞳が見えている。マリアンナが持たせてくれた水筒から木のコップに珈琲を注いで手渡すと、リードが嬉しそうに小さく笑った。


「マリアンナさんの珈琲に慣れたら、売店の珈琲で満足できなくなりそう」

「わかるー。なんか物足りないんだよなぁ。いやまぁ、売店の珈琲も悪くはないんだけど。そろそろ出発時間だな」

「わっ。動き出した。……思ってたより揺れないんだね」

「なー。俺も初めて乗った時、同じこと思った。昼過ぎに到着するけど、向こうで昼飯食う? 朝飯が早かったから、車内販売で軽めに食う?」

「列車の中でも食べ物を売ってるの?」

「うん。食い物の他にも、飲み物とか土産ものとか?」

「へぇー。すごいなぁ。んー。せっかくの旅行だし、現地で食べない?」

「んっと……じゃん! ばあちゃんが買ってきてくれた旅行雑誌最新版。温泉町特集! 昨日眺めたのは割と古いやつだったんだってさ。これ見て、何を食べるか参考にしよう」

「うん。……ん? わぁ! すごい! 景色がびゅんびゅん流れていく」

「おっ。本格的に走り出したな」

「窓の外も気になるけど、先に雑誌を見てみよう。あっという間に到着しちゃいそうな気がするしね」

「それは確かに。えーと、俺達が行く温泉町は……ここ。マルシンって町」

「山の中腹にあるんだ。あ、大きな湖があるんだって。泳げるのかな? 泳いだことないけど」

「俺もないなー。魚も新鮮なのが食えるっぽいな」

「宿屋以外に、立ち寄り湯っていうのもあるんだね。足湯……足だけお湯に浸けて気持ちいいのかな?」

「試してみようぜ。三泊四日だし、小さな町らしいから色々見て回れるな。おっ。森林浴がオススメだってさ。森の中を歩くのか。楽しそうだ」

「街生まれの街育ちだもんねぇ。森なんて本の挿絵でしか見たことないや」

「俺もだ。あ、山がいっぱい見えてきた」

「わぁ! すごいな。絵本の絵みたいだ。緑がきれい」

「手前の方は畑か? 緑のやつ」

「町の側だから畑かなぁ? なんか動物もいっぱいいる。なんだろ? 山羊? 牛? 遠目じゃ分からないね」

「自分が街っ子だと改めて自覚したわ。俺」

「ははっ。僕も」


 車窓から見える景色を眺めるリードは、穏やかな顔をしていた。
 思い切って事務長に直談判して休みをもぎ取り、旅行に行くことにして正解だったかもしれない。
 デイビッドは窶れたリードの横顔を見て、旅行中はとにかく少しでも多く食べさせようと決めた。

 昼過ぎにはマルシンの町に到着した。
 鞄を持ち、リードのほっそりとした手を握って魔導列車から降りる。嫌がる素振りがないのをいいことに手を繋いだまま、駅のすぐ側にあった観光案内所へ向かった。

 観光案内所で評判のいい宿屋の話を聞いて、オススメの観光スポットも教えてもらった。
 まずは宿屋へ向かい、無事に部屋がとれたので、荷物を置きに宿の者の案内で部屋に向かった。

 泊まることになった宿屋は大きな平屋で、部屋に内風呂と露天風呂があった。
 それ以外に、大きなベッドが二つ並んでいる部屋と狭めだがソファーがある居間っぽい部屋の二部屋があった。トイレも洗面台もちゃんとあるし、割と値が張る宿屋だが、たまの贅沢にはちょうどいい。

 鞄を置いて部屋の中や内風呂にあるドアから出たところにある石造りの露天風呂を見てちょっとはしゃいでから、肩掛け鞄に財布と部屋の鍵を入れて宿屋を出た。
 観光案内所で聞いたこの町の名物料理を食べに行く。
 しれっとリードの手を握ると、リードがこちらを見てから首を傾げ、『まぁいいか』と呟いた。

 観光案内所で貰った地図を頼りに飲食店に入ると、昼過ぎの時間帯だからか、客は少なめだった。
 二人がけのテーブル席に座り、メニュー表を見てみる。


「猪の炙り焼きが名物って言ってたよね。あ、香草茶だって。香草をお茶にするんだ。珍しい」

「どっちも頼もう。あとはー、おっ。山羊の煮込み! 山羊って食ったことないな。これも頼んでみよう」

「うん。地元野菜の煮込みも気になる」

「それも頼むか。パンはどうする?」

「んー。いっぱい頼むから、お腹に入りそうだったら?」

「そうだな。甘味屋とか軽食屋も多いらしいから、ここだけじゃなくて色んな店に行ってみよう!」

「うん。既にすごい贅沢してるなぁ」

「ふふん。本当の贅沢はこれからだ! 今日はとりあえず温泉に入ってまったりするぞ! まったり!」

「のんびりお風呂に入るって贅沢ー」

「食い終わったら試しに立ち寄り湯に行ってみようぜ。んで、晩飯の時間まで昼寝」

「宿屋って晩ご飯と朝ご飯がでるんだよね?」

「そう! 町でとれた色んなものを使った料理が絶品らしい! しかも部屋に届けてくれるらしいぜ」

「贅沢感が半端ない」

「分かる。自分で食器下げたり洗ったりがないって、めちゃくちゃ贅沢」  

「ほぁー。旅行ってすごい」

「まだ始まったばかりだぜ!」


 ニッと笑うと、リードも小さく笑った。
 少し久しぶりにリードが笑う顔を見た。なんだかちょっと安心する。
 デイビッドは近くにいた店員に注文を頼むと、観光案内所で貰った地図を眺めながら、リードとわちゃわちゃお喋りをした。

 初めて食べる猪肉や山羊肉は、ちょっと癖があるが美味しかった。
 香草茶も香りがよくて、口の中がサッパリしていい。売っていれば香草茶をマリアンナへの土産に買って帰ると決めた。
 リードが食べきれなかった分まで食べたので、しっかり満腹である。眠い。が、初めての温泉を楽しまねば。

 店から出ると、またしれっとリードの手を握って今度は立ち寄り湯へ向かった。
 立ち寄り湯は男専用と女専用に建物自体が分かれていた。
 リードと一緒に入ると、カウンターにいた老爺が『女湯は隣だよ』とリードを見て言った。
 リードが苦笑して、自分は男だと言っていた。ダサい伊達眼鏡をかけていないと、かなり可愛らしい顔立ちがよく分かるので、間違えた老爺を責める気にはならない。

 カウンターで入浴料を払い、ついでに有料の貸し出しタオルも借りた。
 ワクワクしながら広い脱衣場へ入れば、ちらほらと客がいた。
 大きな棚に大きめの籠が入っていたので、どうやらここに脱いだ服などを入れるらしい。
 財布と宿の鍵はカウンターの老爺に預けてある。信用問題に関わるから、金を盗まれたりはしないだろう。

 無造作に服を脱ぎ、何気なく隣のリードを見て、デイビッドは思わず小さく叫んだ。


「ほっそ!!」

「え? そう?」

「うっすら肋が浮いてるじゃないか!」

「えー。デイビッドだって痩せてるじゃない」

「リードほど痩せてない。絶対に太らせる。絶対にだ」

「なんの宣言? ……まぁ、シェンリーが生まれてから確かにちょっと痩せたけど……」

「ちょっとどころじゃなくガリガリに痩せてるから、めちゃくちゃ食わせる! 無理のない範囲内で!」

「あ、うん? それより、早く入ってみようよ」

「あ、そうだな。この町の温泉は肌にいいらしいぞ。その他にも疲労回復や腰痛肩こりにいいらしい。あそこに色々書いてある」

「あ、ほんとだ。温泉の入り方も書いてある。えっと……身体を洗って、温泉を一度身体にかけてから、浴槽に入ると。タオルはお湯につけちゃ駄目なんだ」

「へぇー。それでは! いざ! 温泉!」

「うん」 


 引き戸を開けて広い浴室に入れば、身体を洗うところがあり、ものすごく大きな浴槽があった。
 ちょっと独特な匂いがしているが、嫌いじゃない匂いだ。
 洗い場でしっかり身体を洗い、木桶で広い浴槽のお湯を掬って身体にかけ、恐る恐る温泉に入ってみる。

 ちょっと熱めのお湯でじわぁっと一気に身体が解れていく感覚がした。
 お湯はほんのりぬるぬるしている感じで、何気なく腕に触れれば、つるつるしている。


「リード! お肌がつるっつるになった!」

「え? あ、ほんとだ。わー。すごい。つるつるすべすべ感。温泉すごいな。すごく気持ちいいし、贅沢ー」

「身体の芯から温もる感じがいいな」

「うん。ほんとに気持ちいい」


 のんびり温泉に浸かってから、絞ったタオルで身体をざっと拭いて、脱衣場にて乾いたタオルでしっかり身体を拭いた。
 ぽかぽか身体が温かい。冷たいものが飲みたくて、とりあえず下着だけ穿いて、脱衣場内にあった売店で冷やし飴なるものを買った。支払いはカウンターでするらしい。

 冷やし飴は、ひんやり冷たくて甘くて美味しい。生姜が入っているようで、風味がよくて、甘くても口の中がサッパリする。
 脱衣場内の椅子に座ってのんびり冷やし飴を堪能してから、服を着て立ち寄り湯から出た。

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