大家族のお兄ちゃんは恋なんかしてる暇はない!

丸井まー(旧:まー)

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36:こんなの初めて……

 リードは軽いものが腹の上にぽすんと乗っかってきた振動で目覚めた。
 しぱしぱする目を開ければ、デイビッドの顔が見えた。
 腹の方を見れば、ミアがご機嫌な様子で乗っかっている。


「おにいちゃん。おーきーてー」

「おーきーたー。今何時? デイビッド」

「晩飯の時間!」

「はいっ!? 寝すぎた! 晩ご飯の支度!!」

「それはもう俺と双子君で作ってある。鶏と豆の煮込み。アンナちゃんが好きなんだろ? 双子君と一緒に作ったからちゃんとできてるはず!」

「起こしてよ……」

「起こすのはその目の下の隈がマシになってからだ! まったく。いくら修羅場明けとはいえ、酷いぞ。顔が」

「慣れてるから大丈夫だよ」

「大丈夫じゃない! なー。ミアちゃん」

「ねー。デーおにいちゃん」

「『デーおにいちゃん』?」

「『デイビッド』ってちょっと言いにくいそうだったから『デーおにいちゃん』!」

「なるほど?」

「さっ! 晩飯を食うぞー!」

「くうぞー!」

「あ、駄目だ。食べるぞー!」

「たべるぞー!」

「よし!」


 いつの間にやら仲良くなったみたいだ。
 リードは起き上がって伸びをした。昼食前にデイビッドとマリアンナが大荷物を抱えてやってきたかと思えば、問答無用でベッドに直行させられた。
 睡眠不足と疲労が溜まっていたこともあり、ベッドに横になった瞬間に寝落ちた。
 自分の家で昼間にこんなに爆睡したのは初めてかもしれない。重かった身体がちょっと軽くなっている。

 ご機嫌なミアを真ん中に手を繋いで階下の居間に行くと、マリアンナがシェンリーにミルクを飲ませていた。
 リードは慌ててマリアンナに声をかけた。


「マリアンナさん! 僕がやります! 流石に申し訳ないにも程があります!!」

「あら。いいのよー。赤ちゃんを抱っこしてミルクをあげるなんて久しぶりだもの。シェンリーちゃんは可愛い子ねぇ。よく飲むこと。健やかに育っている証拠だわ。リード君達が頑張ったお陰ね」

「……ありがとう、ございます」


 マリアンナの言葉はどこまでも真っ直ぐだった。だからだろう。なんだか泣きそうになってしまった。
 リードがぐっと奥歯を噛みしめて泣くのを堪えていると、ミアが声をかけてきた。


「おにいちゃん。ごはーん」

「あ、うん。晩ご飯食べようね」

「おにく! いっぱい!」

「あ、マリアンナさん。げっぷはさせます。シェンリー、げっぷが下手くそですぐに吐いちゃうんです」

「あらあら。その時はその時よー。デイビッドもね、げっぷが下手でそれはもう頻繁に吐いてたのよ」

「え? そうなの? ばあちゃん」

「そうよ。だからいつも肩にタオルを置いてげっぷさせてたわ。あ、飲み終わったわね。ほら。げっぷ。げっぷ。あらー。上手にできたわねぇ」

「す、すごいっ! シェンリーが一発でげっぷした!? どんな魔法使ったんですか!? マリアンナさん!」

「んー。こう……ゆーっくり背中を下から撫でてあげるというか……感覚的にやってるから言葉で説明するのがちょっと難しいわねぇ。デイビッドの時と同じようにしただけなのよ。生後半年くらいまではそりゃあもう吐いていたのだけど、なんとなーくげっぷのさせ方を変えたら上手くげっぷができるようになったのよねぇ。不思議」

「デイビッド。げっぷをしてた感覚を思い出してくれ。今すぐに」

「思い出せるかーい! 赤ちゃんの頃の話だろ!」

「ふふっ。大丈夫よ。多少吐いても意外とすくすく育つから」

「マリアンナ先生……っ! 弟子になりたいですっ!」

「リード君も下のご兄弟も立派にやってるじゃない。大丈夫よ。親御さんには一言物申したいところではあるのだけど。まぁ、やめておきましょう。下手なことを言って、あなた達に害があるといけないもの」

「……お気遣いありがとうございます」

「さっ! シェンリーちゃんもご機嫌だし、今のうちにご飯を食べましょうね! そしてリード君は早めにお風呂に入って寝ること! 年越しパーティーを楽しみたいのなら、その目の下の隈をマシにしてからよ!」

「あ、はい」

「さぁて。皆! ご飯だー!」


 デイビッドの一声で夕食が始まった。デイビッドと双子が作ってくれた料理はどれも美味しくて、アンナは勿論、ミアもご機嫌に食べてくれる。
 和やかに喋りながらの食事は穏やかで、でも賑やかで楽しいものだった。
 今まで、自分の家でこんなに心底楽しい食事をしてことがあっただろうか。いつも、どこかギスギスしていた気がする。
 デイビッドとマリアンナのお陰だな、と思って、心から二人に感謝すると共に、なんとしてでも恩返ししたいと強く思った。

 フローラと一緒にシェンリーの沐浴を済ませると、まさかの一番風呂に入ることになった。しかも柔らかい花の香りがする入浴剤入り。最後に一番風呂に入ったのがいつか思い出せない。
 リードはあまりにも落ち着かなくて、デイビーと一緒に入ることにした。
 デイビーの頭と背中を洗ってやると、デイビーが嬉しそうに笑った。


「お兄ちゃんと一緒に入るの初めて!」

「そうだね。いつもハルトと一緒だったからね」

「ハルト兄ちゃんは元気なの?」

「元気だと思うよ。リリーナさんと仲良くしてるんじゃないかな」

「ふーん。ハルト兄ちゃんもパーティーに来ればいいのに」

「んー。多分、リリーナさんの家族と一緒にパーティーしてるんじゃないかな」

「ぶー」

「ははっ。ハルトがいないと寂しいね」

「うん」

「さて。そろそろ出ようか」

「髪拭いてー」 

「いいよ」

「あ、やっぱり自分でする!」

「ん?」

「僕、来年から初等学校行くもん。もうちっちゃい子じゃないし」

「そうだね。じゃあ、自分で頑張ってみようか」

「うん!」


 デイビーが自力で髪を乾かすのを見守ってから、手を繋いで脱衣場から出た。
 廊下でデイビッドが待ち構えていて、問答無用で部屋に連行され、ベッドに寝かされた。
 布団の中には湯たんぽが入れてあり、じんわり温かくてすぐに眠気に襲われる。


「まだ寝ないって」

「寝ろー。とことん寝ろー。明日は起こさないし、起きてきても寝かすからな! 双子君とフローラちゃんからも『隈が消えるまで寝かせておいて』って言われるし! ということで、寝ろ! あ、添い寝いる?」

「……さ、流石に家ではちょっと?」

「だよな。まあ、誰かに見られたら俺も気まずい。二段ベッドの上を借りるぞ。二段ベッドなんて初めてでワクワクする」

「あはっ……あー、駄目だ。寝ちゃう」

「寝ろー」

「デイビッド」

「ん?」

「ちゅーだけ」

「よしきた! ん」

「ん」


 デイビッドが触れるだけのキスをしてくれた。
 リードは眠気に抗えず、すやぁっと寝落ちた。

 次に目覚めたのは翌日の午前のお茶の時間だった。
 デイビッドとマリアンナにお礼がしたくてパーティーに誘ったのに、二人に更に迷惑をかけてしまった。
 飛び起きて寝間着のままバタバタと階下に向かえば、珈琲のいい匂いが漂っていた。

 居間を覗けば、賑やかにクッキーをお供に珈琲や紅茶を楽しんでいた。
 デイビッドがいち早く気づき、椅子から立ち上がった。


「おはよ。朝飯残してるけど、どうする? 軽めにクッキーだけ食べて昼飯がっつり食うか?」

「あ、うん。ご、ごめん! 寝すぎた!」

「いいんだよ。顔色チェック! 割とよし! 目の下の隈もちょっとマシ!」

「お兄ちゃん! マリアンナおばあちゃんから珈琲の淹れ方を教えてもらったの! お兄ちゃんの分、私が淹れてみていい!?」

「あ、うん。ありがとう。フローラ。マリアンナさんもありがとうございます」

「うふふ。いいのよー。好奇心でキラキラしてる若い子に囲まれてると若返りそうだわ」


 マリアンナが本当に嬉しそうに笑った。
 なんとなく隣のデイビッドを見上げれば、デイビッドも嬉しそうに笑っている。


「いつもは二人で静かだからさ。すげぇ新鮮で楽しい」

「そ、そう? 賑やかすぎない? 疲れない? 大丈夫?」

「大丈夫! なんの問題もないな! こうも美味しそうにもりもり食ってくれるとめちゃくちゃ作り甲斐があって楽しい!」

「そうね。ほんとにね。お昼ご飯は魚を揚げましょうか。卵ソースも作ろうかしら。お手伝いしてくれる子はだぁれ?」

「「「「はーい!」」」」

「あら! 皆ね! じゃあ、皆で一緒に作りましょうね!」

「なっ。ばあちゃんもすげぇ楽しんでる」

「……ははっ。デイビッド」

「ん?」

「ありがとう。こんなに家の中がすごく明るいの、初めてかもしれない」

「一緒に楽しもうぜ。せっかくの連休なんだ」

「うん。……ありがとう」


 リードはデイビッドに寄りかかって、デイビッドの肩に額をぐりぐり押しつけた。

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