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16:結婚まであと少し

 騎士団の建物の前でアルネと別れると、足早に副団長室へと向かった。
 今日は魔物討伐遠征に向かった別の隊が帰還する予定だし、三週間後にはアルネの隊が約二か月の遠征に向かう。

 隣国との国境付近にある通称『魔の森』には凶暴な魔物が数多く生息しており、森を出て人里を襲うことも多い。
 魔物が人里を襲った時はもちろん、魔物が増えすぎないように森の中へ行って魔物を狩るのがゲオルグ達の仕事だ。

 ゲオルグが次の遠征に必要な物資リストを確認していると、団長であるエドヴァルドが部屋に入ってきた。
 すぐに椅子から立ち上がって敬礼すると、厳つい顔立ちの巨漢であるエドヴァルドが『今から殺ります』みたいな笑みを浮かべた。


「アルネとはうまくいっているようだな」

「はい。四日後に休暇をいただき、役所に婚姻届を提出してまいります」

「そうか。結婚式はいつだ?」

「結婚式は行わない予定です。子どもができませんから、老後資金はしっかりと確保しておきたいので。俺もあと十年ほどで騎士を引退しますから」

「それもそうか。では、私が全額出すから披露パーティーだけはやるか」

「え? 流石に申し訳ないのですが……」

「アルネとの結婚を隊内にしっかりと周知させておく必要がある。そうだな……来週の終わりに披露パーティーをするか。その時なら騎士団の者達が全員揃っているタイミングだ。手配は任せておけ。お前達は隊服の礼装で構わんだろう。披露パーティーの翌日から三日の休みをやるから二人でのんびり過ごせ。アルネにも伝えておけ。ではな」

「はっ! ありがとうございます!」


 エドヴァルドが颯爽と部屋から出ていくと、ゲオルグは椅子に座り、かしかしと頭を掻いた。
 ちょっと大事になりそうな気がする。騎士団全員参加の披露パーティーなんて。見世物になるのは少し億劫だ。

 アルネは隊内でも人気が高い。仕事中は冷静沈着で、的確な指揮を取りつつ、自ら先陣をきって勇敢に魔物と闘う。アルネに心酔している者や、美しくも凛々しく快活なアルネに恋をしている者も少なくない。
 アルネに手を出すと団長直々にぶっ殺されることが知れ渡っているので、皆口説くことすらできなかったのだが、ゲオルグと結婚することになり、嫉妬の嵐になりそうな予感がする。

 素だと単なるど淫乱のアホの子なんだけどなぁと思いながら、ゲオルグはサクサクと仕事の続きを始めた。

 隊長格達との会議が終わり、足早に会議室を出ようとすると、アルネに声をかけられた。


「副団長。今日は残業ですか?」

「いや。ギリギリ定時で帰れる予定だ」

「おっ。では、晩飯を一緒に作ってくださいよ。まだ慣れていないから一人だと若干不安なので」

「構わん。買い物に行ってから帰るぞ」

「了解であります。定時になったらお迎えにあがりますね」


 アルネがどこか嬉しそうにニッと笑い、足早に去って行った。
 アルネは結婚を渋っていた割に、ゲオルグとちゃんと夫婦になるつもりらしい。なんだかちょっとだけ胸の奥が擽ったい感じがする。

 ゲオルグは性犯罪の結果生まれた子どもだ。
 上に兄弟が二人いるが、兄達には無視されていた。
 父と母もゲオルグを空気のように扱った。
 唯一、同居していた祖母だけが、ゲオルグを哀れんで、なにかと世話を焼き、大切にしてくれた。

 どうせ子どもなんてできないし、ゲオルグは『罪の子』だ。
 恋をするつもりも結婚をするつもりはなかったので、正直なところ、戸惑っている。団長から頼まれたからアルネとの結婚を承諾したが、『罪の子』である自分が本当に結婚なんてしていいのだろうかと思ってしまう。

 アルネは真っ直ぐだ。ど淫乱のアホの子だが、きっとまともに愛されて育ったのだろうなと思う。そんなアルネと自分が釣り合う気がしないし、歳の差もある。
 ゲオルグは後ろ向きな思考に溜め息を吐き、定時で帰るためにサクサクと仕事を捌いた。

 定時になり、帰り支度をしていると、部屋のドアがノックされ、アルネが入ってきた。


「副団長。帰りましょうよ。今夜は肉と魚どっちがいいですか?」

「肉料理の方が難易度が低いから肉」

「じゃあ、鶏肉の香草焼きでいいですか? 料理本通りに作れば食えるものになりますよ。多分!」

「構わん。帰りに買い物して帰るぞ。明日の朝飯の分もな」


 アルネと共に部屋を出て、仕事の話をしながら並んで歩いていると、騎士団の建物から出た途端、アルネに手を握られた。


「仕事おーわり。ということでゲオルグさん。ゲオルグさんは何が好きです? 食い物とか」

「なんだ。急に」

「夫婦になるんだし、お互いに知り合った方がいっかなって。ちなみに俺は牛肉のステーキが一番好きです。レアな焼き加減のやつ」

「……ステーキは俺も好きだな。あと揚げ物。揚げ物までは自分ではしないから、もっぱら馴染みの店で食ってる」

「揚げ物……挑戦してみるかな?」

「台所を燃やすなよ」

「大丈夫ですよ。多分! 自分で言うのもなんですが、俺はかなり器用な方です。逆に嫌いなものは? 俺、生の桃がなんか苦手です。熟れてるのはまだ食えるけど、熟れきってないやつってなんか口ん中が気持ち悪くなりません? 干してるやつは普通に食いますけどね」

「そうか? 嫌いなものね……特に思いつかないな。なんでも食う」

「へぇー。すっげ。ゲオルグさんって酒に強いどころか底なしじゃないですか。晩酌ってするんです?」

「晩酌はその日の気分だな。毎日はしない。毎日好きなだけ飲んでいたら金がかかりすぎる。老後のための貯金をしないといけないしな」

「あ、それもそうですね。俺もちまちま貯金してるけど、老後のことを考えて、もうちょい毎月の貯金額増やそうかな……?」

「お前も酒に強いだろう。晩酌はするのか?」

「んー。一人で飲むのは、『なんか疲れたー!』って時だけですね。基本的に一人で酒飲むのは好きじゃないんですよ。楽しくないんで。飲み会でわいわい賑やかに飲むのは好きです」

「あ。団長が全額負担で結婚披露パーティーをしてくれるそうだ。騎士団全員参加。日程は来週の終わり。三日間の休みもくれるそうだ」

「おー! やった! タダ酒! それは楽しまなくっちゃ! あ、何を着たらいいんです? やっぱり礼服ですか?」

「隊服の礼装でいいらしい」

「礼装……隊長に就任した時以来着てねぇです。洗濯屋に頼んできれいにしてもらっとかねぇとマズいですね」

「俺も何年も着てないな。役所に行く日に洗濯屋に預けに行くか」

「うん。さて。市場到着。明日の朝飯は何を作ろうかな? さっさと買い物しないと市場が閉まりますよね」

「毎日朝飯を作るつもりなら、適当に買っておけ。パンは今夜のうちに仕込んで明日の朝焼いたらいい」

「パン作りのご指導よろしくお願いしまーす」

「あぁ」

「ちなみに甘いものは好きですか?」

「普通」

「俺はめちゃくちゃ好きです。台所での料理に慣れてきたら、菓子作りもしていいですか?」

「好きにしろ。まともに食えるものを作れよ」

「うん。ふはっ! なんか新しいことに挑戦! って感じで楽しいです」

「よかったな」


 ご機嫌なアルネと買い物をしてから、買ったものを分けて持って家に帰った。
 手を洗ってから、アルネにエプロンを貸し、台所で夕食を作り始める。
 料理本を見ながら鶏肉の香草焼きを作っているアルネの隣で、腸詰め肉と野菜たっぷりのスープを作る。買ってきたパンを軽く焼き直したら夕食の完成だ。

 それなりに美味しく出来ている夕食を喋りながら食べて、後片付けをした後で、アルネに教えながら明日のパンを仕込み始める。
 楽しそうにパン生地を捏ねているアルネを眺めながら、どこか胸の奥がむずむずと擽ったい感じがした。

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