俺と僕とオイラの『家族ごっこ』

丸井まー(旧:まー)

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8:アキッレの休日

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 アキッレはいつもの時間に目覚めた。何気なく隣を見れば、ぐっすり寝ているキッカをゆるく抱きしめるようにして、ユキルが静かな寝息を立てている。
 アキッレは起き上がり、なんとなく2人の寝顔を眺めてから、ベッドから下りた。

 アキッレは今日は休日だ。家庭教師のマチルダに来てもらうようになってから5日経っている。ユキルとキッカは頑張っているようで、毎晩、それなりに美味しい夕食を食べている。風呂が済むと2人ともすぐに寝てしまうので、おそらく疲れているのだろう。慣れないことをしているのだから当然だ。

 アキッレは着替えてから階下の脱衣場に向かい、洗面台で顔を洗って髭を剃り、寝癖を直した。
 手早く朝食を作って、寝室にいる2人を呼びに行く。中々起きない2人を起こすと、アキッレは先に朝食を運ぶために階下に向かった。

 アキッレは騎士団で働いている。現在31歳で、騎士として働き始めて13年になる。昨年の夏頃まで隣国と戦をしており、アキッレも騎士として戦場で戦った。
 アキッレには『家族』というものがいない。アキッレは孤児だった。幸いにも国営のまともな孤児院で育てられ、騎士になることができた。

 戦場で一緒だった比較的よく喋る同僚が、戦場で何度も『家族に会いたい』『家族のために頑張って生き延びたい』などということを言っていた。
 アキッレは、『家族』とやらはそんなにいいものなのかとぼんやり思った。

 戦が自国の勝利という形で終わり、事後処理も終わると、平穏な日々が訪れた。
 平和だが、どこか退屈な日々を過ごしていると、アキッレはふと、戦場でのことを思い出した。『家族』とやらは、本当にいいものなのか。

 アキッレは数か月悩んでから、家を買った。『家族』の住処はできた。あとは『家族』を探すだけだ。
 アキッレは手っ取り早く『家族』になる者を手に入れようと花街へと向かった。娼婦でもいいかと思ったが、アキッレは女にはまるで興味がない。男娼を買ったことがあるから、どうせなら男娼の方がいい。
 そして、アキッレは声をかけてきたユキルを買い取った。

 『家族』には『子供』がいる。アキッレは貧民街に向かい、薄汚い饐えた臭いのする貧民街で、道端の隅っこに落ちていたキッカを拾って、家に連れ帰った。

 子持ちの同僚達の話を参考にしながら、ユキルとキッカと『家族ごっこ』を始めて早くも一週間以上過ぎた。
 ユキルは面倒みがいいし、キッカもユキルには懐いている。『家族』のよさは未だによく分からないが、帰宅して『おかえりなさい』と出迎えられ、温かい食事を共に食べるのも、一緒に風呂に入り、一緒に寝るのも、存外悪くない。

 アキッレは、美味しそうに朝食を食べる2人を観察しながら、今日は何をしようかと考えた。
 ふと、同僚が子供を連れてピクニックに行ったという話を思い出した。今日はピクニックとやらをしてみるか。王都の中央公園は敷地面積が広く、様々な花が植えてあり、ピクニック先として人気らしい。屋台もあるそうだから、昼食は屋台で買い食いしたらいいだろう。
 アキッレは、キッカの汚れた口元を布巾で拭いているユキルに声をかけた。


「今日はピクニックに行く」

「『ぴくにっく』……って、なんですか?」

「中央公園に行く。昼飯は屋台で食べる」

「あ、はい」

「後片付けが終わったら出かける準備をしろ」

「あ、はい」


 ユキルとキッカがきょとんとした顔で、同時に右に首を傾げた。2人ともピクニックというもの自体を知らないらしい。アキッレもふわっとしたことしか知らないので、どう楽しむものなのか分からないが、多分楽しいものなのだろう。

 朝食後。アキッレが手早く後片付けをしている間に、ユキル達に洗濯だけさせて、出かける準備をさせた。
 お揃いのコートとマフラーを巻いた2人と一緒に家を出て、キッカを真ん中に手を繋いで歩く。多分、『家族』っぽいのだろう。
 アキッレは無言のまま、中央公園へと向かった。

 中央公園に着くと、冬に咲く花があるコーナーへ向かった。華やかに咲く花を見て、キッカが首を傾げ、ユキルを見上げて口を開いた。


「なぁ。『ぴくにっく』ってこういうのを見るもんなのか?」

「さぁ? よく分かんない。でもキレイだね」

「きれい? これ食える?」

「うーん。多分食えないかなぁ」

「ふーん。オイラは食える草の方が好き」

「分からないでもないかな。えっと、パパ。『ぴくにっく』って、花を見るものなんですか?」

「さぁ? そういうこともするらしい」

「へ、へぇ……」

「……お前達には、屋台が集まっている所の方が楽しいのだろう。移動するぞ」

「あ、はい」

「『やたい』って何」

「食い物や飲み物が売っている所だ」

「「へぇー」」


 アキッレは、いまいちピクニックを分かっていない2人を連れて、屋台が集まっているコーナーに移動した。様々なものが売られている屋台を見て、2人の目がキラキラと輝き始めた。


「すげー! なんか美味そうな匂いがする!!」

「わー! キッカ! すごいよ! 初めて見るものがいっぱい!」


 興奮しているのか、キッカがアキッレと繋いでいる手をぶんぶんと振り始めた。どうやら、屋台は2人とも気にいったようである。
 アキッレは、痩せている2人に合った、できるだけ消化のいいものを選んで屋台でいくつか買い、近くのベンチに移動した。

 焼きたての魚のパイ包み焼き、具沢山の温かいスープ、ふわふわ丸くて甘い焼き菓子、温かい果実水を買った。
 2人が涎を垂らしそうな顔をしているので、早速食べ始める。
 サクサクの魚のパイ包み焼きを食べたユキルが、赤い瞳をキラキラ輝かせながら咀嚼し、口の中のものを飲み込んでから、ふにゃっと笑った。


「美味しい! キッカ。美味しいね」

「んー! んっ。うんめぇ! すげー! 『やたい』ってすげー!」

「あっ! スープも美味しい!」

「この丸いやつも甘くてうめぇ!」

「落ち着け。2人とも慌てて食べるな。誰も盗らない」


 ガツガツと食べていく2人を宥めつつ、アキッレも魚のパイ包み焼きに齧りついた。香りのいい香草が入っていて、しっとりほこほこの魚の旨味が、バターの香りがいいサクサクのパイと共に口の中に広がって美味しい。

 買ったものは、あっという間に食べきってしまった。『まだ食べたいけど腹一杯……』と拗ねた顔をしているキッカの手を握って、ゴミをゴミ箱に捨ててから、他の屋台も見て回る。『あれも食べたい』『あれはなに?』とはしゃいでいる2人に、アキッレはちょっとだけ胸の奥が擽ったい感じがした。

 おやつに小さな揚げ菓子を買ってやり、夕方が近くなると、アキッレは興奮気味の2人と共に家へと向かって歩き始めた。


「『やたい』すげー! なぁなぁ。また行きたい!」

「構わん。俺が休みの日にまた行く」

「やった!!」

「やったねぇ。美味しそうなものがいっぱいで、見てるだけでも楽しかったねー」

「なー。なぁ。パパ」

「なんだ」

「俺、『ぴくにっく』好きー」

「僕も好きですー」

「そうか」


 初めて見る程はしゃいでいる2人に、アキッレは、次の休みも晴れたらピクニックだな、と決めた。
 家に帰り着くと、ユキルとキッカが洗濯物を取り込み始めた。
 2人で喋りながら居間のソファーで洗濯物を畳む様子をなんとなく眺める。ユキルがシャツの畳み方をキッカに教え、キッカが真剣な顔でシャツを畳んでいる。
 なんとなく、またじわっと胸の奥が擽ったい感じがした。

 洗濯物を畳み終えた2人に声をかけ、夕食の支度を始める。危なっかしい手つきで包丁を使うユキルを内心ハラハラしながら見守り、キッカにも手伝わせて、明日のパンを仕込む。

 もっと色んな料理を2人に食べさせたいところだが、2人ともかなり貧しい暮らしをしていたようで、ガリガリに痩せている。暫くは、胃の負担にならないようなシチューを中心にするしかない。

 早く2人が少しでも太ればいい。そうしたら、もっと色んなものを食べさせられる。
 アキッレは賑やかな台所で、ほんの微かに口角を上げた。
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