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10:不思議な家政夫さん

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 ダンテは、いつもの時間に目が覚めた。庭の方から、微かにピエリーのご機嫌な声が聞こえてくる。今朝もまたショーヘイにくっついているようだ。

 ダンテは、のろのろと起き上がると、大きな欠伸をしてから、そのまま伸びをした。半月の任務後の連休が終わり、今日から通常勤務だ。
 ダンテは、寝間着姿のまま、ベッドから下りて、床の上で日課の筋トレを始めた。今は夏の暑い時期だ。空調をつけていても、寝ているだけで汗ばむ。筋トレをすれば、尚更汗をかく。

 ダンテは、二階の自室から、階下の脱衣場にある洗面台に向かった。顔を洗って髭を剃ると、随分とスッキリする。寝癖は、朝食の後でシャワーを浴びるから、そのままでいい。

 居間に行くと、ショーヘイが朝食をテーブルの上に並べていた。今朝もいい匂いがしている。いつものナータの粥とアルモンのジュース、それに、今日は挽肉入りの大きなオムレツがあった。くぅっと小さく自分の腹から音が聞こえた。ちょっと恥ずかしいので、ショーヘイには聞こえていないことを祈る。
 ダンテは、軽く腹を手で押さえながら、こちらに背を向けているショーヘイに声をかけた。


「おはよう。ショーヘイ。ピエリー」

「あ、おはようございます。ダンテさん。ちょうど朝飯の準備ができたとこです。ピエリーちゃんも手伝ってくれたもんねー」

『まぁね! 私の可愛いショーヘイの為だもの!』


 いつからショーヘイはピエリーのものになったのか。色々と突っ込みたいが、今は腹が減っている。ダンテが椅子に座ると、正面にショーヘイが座った。ショーヘイが、いつものように手を合わせ、『いただきます』と呟いてから、ナータの粥を食べ始めた。ダンテも食べ始めながら、チラッとショーヘイを見た。
 ショーヘイの食べ方は、庶民にしては、かなりキレイだ。きっと、故郷では、それなりにいい家で生まれ育ったのだろう。はぐはぐと大口を開けて食べているが、粗野には見えない。
 今日も美味しい朝食を残さず食べると、ダンテは出勤の準備をする為に、まずは風呂場に向かった。

 シャワーを浴びて、横着して風の魔法で髪と身体を乾かすと、制服に着替える。今日は訓練が無いから、訓練着は持っていかなくてもいい。ちょっと苦手な書類仕事で1日が終わるだろう。

 ダンテは、竜騎士の中では中堅に位置しており、一応、班長という立場で、数名の部下がいる。竜騎士は、全体でも、50人程度しかいない。飛竜は、卵の頃から育てないと、人間には従わない。竜騎士の飛竜同士で番わせたりもするが、野生の飛竜の卵を探しに行くこともある。飛竜の出生率は基本的に低いので、50人近く竜騎士がいる自国は、竜騎士が多い方だ。

 ダンテの相棒であるピエリーは、同じく竜騎士だった祖父の飛竜の子供だ。卵の頃から、話しかけながら自分の魔力を卵に注ぎ、卵の中の飛竜に自分という存在と魔力を馴染ませる。そうすることで、飛竜は人間を唯一無二の相棒として見てくれる。
 飛竜は基本的に、自分の相棒以外の人間には懐かない。竜騎士同士ならば、同じ飛竜同士で交流をしたりもするが、ピエリーは生まれた頃から気難しくて、気位が高く、ダンテ以外の存在は、基本的に完全無視していた。

 そのピエリーが、何故かショーヘイには、ものすっごく懐いている。『神様からの贈り人』だからだろうかとも思ったが、ショーヘイと同じ『神様からの贈り人』の少女には見向きもしなかった。何故かは分からないが、ショーヘイのことを相当気に入ったらしい。

 ショーヘイは不思議な人だと思う。『神様からの贈り人』なのだから、望めば、わざわざ働かなくても、高貴な身分の者と結婚して悠々自適に暮らせたりするし、働きたいのなら、苦労が多い市井ではなく、王城や神殿等で好きな仕事ができる筈だ。好き好んで、市井で『普通に』暮らしたいというショーヘイが、ダンテには不思議に思える。

 出勤の準備を終えて玄関に向かうと、パタパタとショーヘイが走ってきた。今日もショーヘイから離れたがらないピエリーをショーヘイが説得して、漸くピエリーがダンテの肩に乗ってきた。ショーヘイがゆるい笑みを浮かべて、ダンテを見上げてきた。


「いってらっしゃい。気をつけて」

「ありがとう。いってきます」


 毎日、仕事の時は、『いってらっしゃい』と笑顔で見送られる。ちょっと気恥ずかしくて、でも、なんだかすごく嬉しい。
 王城に向かって歩きながら、ダンテはピエリーに話しかけた。


「ピエリー。何でそんなにショーヘイを気に入ってるんだ?」

『なんとなくよ。ショーヘイの側は心地いいの。陽だまりにいるみたいよ』

「ふぅん。ドーラちゃんは?」

『誰よそれ』

「ショーヘイと仲良しの『神様からの贈り人』だよ」

『興味ないわ』

「あ、そう。不思議だなぁ」

『そうね。不思議といえば不思議ね』

「ピエリーもそう思うんだ」

『まぁね。あ、ねぇ。ダンテ』

「んー?」

『ショーヘイは、ずっとは家にいないのでしょう?』

「うん。多分、市井の暮らしに完全に慣れたら、別の仕事をするんじゃないかな」

『嫌よ』

「いや、『嫌よ』って言われても」

『あっ! そうだわ! ダンテ。ショーヘイと番になったらいいのよ。そうしたら、ショーヘイはずっと一緒だわ。そうよ! それがいいわ!』

「は!? いやいやいや。それは流石に無いから」

『なんでよ』

「雄同士だし」

『人間は雄同士でも番うことがあるじゃない』

「まぁ、確かにいるけどね」


 この国は、ざっくり言うと、『愛こそが全て』というのが主たる教義の神を信仰している者が殆どなので、数は少ないが、同性同士で結婚している者達もいる。だが、ダンテの恋愛対象は女性だし、ショーヘイの恋愛対象もそうだ。女体の裸が載っているような、いかがわしい本を買っていたくらいだから、ショーヘイは完全に異性愛者だ。


「ピエリー。私もショーヘイも、女性が相手じゃないと無理だよ」

『むぅ。いい考えだと思ったのに。じゃあ、ショーヘイがずっと一緒の別の方法を考えて!』

「えぇ……無茶言うなぁ」

『ダンテだって、ショーヘイを気に入ってるでしょ』

「そりゃあね。すごく働き者で、頑張り屋さんだから、応援したくなるよね。いや、年上の人に頑張り屋さんは失礼かな」

『さぁ? 早く仕事が終わらないかしら。早く帰りたいわ』

「まだ出勤すら終わってないよ……」

『帰ったら、ショーヘイに鱗を磨いてもらわなきゃ』

「はいはい。甘えるのも程々にね」


 ショーヘイのことが大好きらしいピエリーに少し呆れるが、ダンテもショーヘイを人として好ましく思っている。不思議な人だが、温かくて、優しくて、いつだって一生懸命だ。応援したくなるし、ダンテができることなら、手助けしてやりたくなる。

 ダンテは、今日の夕食は何だろうかとぼんやり考えながら、王城の門を通り抜けた。

 1日の仕事を終えると、『早く帰りたい!』と煩いピエリーに急かされて、ダンテは職場を後にした。足早に家に帰り、玄関のドアを開けると、すぐにパタパタと軽い足音がして、ショーヘイがゆるい笑顔で出迎えてくれた。


「おかえりなさい。お疲れ様でした」

「ただいま。ありがとう」

『ショーヘイ! 撫でて! 撫でて! 私も疲れてるの!』

「あはは。ピエリーちゃんもお疲れ様ー。ちゃんとアルモンを採ってあるよ。ちょっと前に収穫したばっか」

『素晴らしいわ! ショーヘイ!』


 日中はあまりよろしくなかったピエリーの機嫌が、ショーヘイにくっついた瞬間、いきなりよくなった。現金なものである。
 ダンテは、ピエリーに呆れながらも、ひくひくと家の中の匂いを嗅いだ。今日もすごくいい匂いがしている。今にも腹の虫が鳴いてしまいそうだ。

 ダンテは、ショーヘイが夕食を温めてくれている間に手早く自室で楽な私服に着替えると、いそいそと美味しい夕食が待つ居間へと向かった。

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