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20:恋の季節

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 ダンテの案内で、広い庭の中にある東屋に入ると、丸いテーブルの椅子に座って、3人同時に溜め息を吐いた。


「ねぇ。マジで私達、お邪魔虫する為だけに来た感じじゃない?」

「それなー。あの胃が痛かった日々は何だったのかと」

「ははっ。まぁまぁ。さっきは飲む暇も無かったから、とりあえずお茶でも飲もうか。キリル。お茶とお菓子を頼むよ」

「かしこまりました。ぼっちゃま。すぐにご用意いたします」


 いつの間にか、そこにいた老紳士が、すっといなくなったかと思えば、すぐにワゴンを押して現れた。さっき嗅いだ花の匂いがするお茶と、何種類ものお菓子がのった皿をテーブルに置き、大きめのポットも置いて、すっと去っていった。
 沈丁花の花みたいな匂いがするお茶は、ほんのり甘くて、美味しい。香りがふんわりと優しいので、飲みやすく、香りの好みで言えば、カカット茶よりも好きな風味だ。花の形をした干菓子みたいなお菓子は、口に入れるとさらっと溶けて、ふわっと上品な甘さが口の中に広がる。花の匂いがするお茶とも存外合う。素直に美味しい。


「このお茶、すごく美味しいわ」

「ねー。カカット茶より、俺はこっちの方が好き」

「隣国でよく飲まれてるラーリオ茶だね。うちの国内にはあまり流通していないけど、ショーヘイが好きなら取り寄せようか」

「えっ。いいですよ。そこまでしなくて」

「えー。ショーヘイ、カカット茶はそんなに得意じゃないでしょ。遠慮しなくて取り寄せてもらえば?」

「カカット茶にも慣れたから大丈夫だよ」

「近いうちに取り寄せておくよ」

「え? マジで? お高いんじゃないですか?」

「ラーリオ茶もピンキリだろうから、こういう高級茶葉じゃなくて、手頃な普段飲みしやすいものを選べば、そこまでないよ。私もこれ好きだしね」

「あ、なるほど。んー。じゃあ、ありがたく」

「うん。あ、この近くにキットルが植えてあるんだけど、食べる? 今がちょうど美味しい季節なんだけど」 

「それは、木とかに生ってる系ですか?」

「いや、土の中から掘り出す感じ」

「市場で探して買って食います。この格好で土を弄ったらマズいでしょー。流石にー」

「まぁ、確実に汚れるわよねー」

「あ、そうか。残念。キットルは採れたてが一番美味しいのだけど。お昼ご飯は、多分一緒だろうから、流石に駄目か」

「テーブルマナーなんて知らないんだけど。俺。どうするよ。ドーラちゃん」

「私も知らないわ」

「普通に食べれば大丈夫だよ。2人とも、食べ方がキレイだし。料理長のご飯は美味しいよー」

「2人のあまーーい空気で、食べた気がしないに一票」

「あの様子だと、そんな感じよねー」

「ははっ。まぁ、今は恋の季節だから、仕方がないかな」

「「恋の季節」」

「うん。来月の半ばに、祝祭があるのは知ってる? 冬華祭っていう。別名、恋祭り」

「何それ。知らないわ」

「俺も」

「あれ? 冬華祭は、神殿主体の祭事なんだけど……あ、ドーラちゃんはまだ未成年だし、ショーヘイは去年来たばかりだからかな?」

「どんなお祭りなの?」

「ショーヘイ。うちの国の神殿の一番大事な教義はなーんだ」

「え、えーと……『愛があれば何でもいいじゃん?』的な?」

「まぁ、正解。冬華祭っていうのは、言わば、恋人達のお祭りなんだよ。お互いに花を贈り合うんだ。王城で大規模なパーティーが開かれるし、街でも、大規模なイベントがあるよ。冬華祭は、基本的に恋人や、恋人になりたい人と参加する祭りだからね。この時期は、皆、祭りのパートナー探しで忙しいよ」

「「へぇーー」」

「2人は、今年はどうする? 祭りでパートナーを探す人も割といるけど」

「私はいいわ。未成年だし。素敵なお祭りだとは思うけど、普段は勉強が忙しいから、恋人ができても面倒だもの」

「俺もいっかなー。恋人なんかつくる余裕、まだ全然無いし。ダンテさんは?」

「私? 私もいいかなぁ。ピエリーが威嚇しない相手を探すのが一苦労だし」

「え? ショーヘイと行けばいいじゃない」

「「ん?」」

「ピエリーちゃんは、ショーヘイが大好きじゃない。ショーヘイと2人で祭りに参加してきたら? イベントがあるなら、普段は食べられない美味しいものとかあるんじゃないの?」

「多分? どうする? ショーヘイ。冬華祭で食べ歩きする?」

「美味しいものは食べたいかなぁ。ドーラちゃんには、お土産買うよ。日保ちしそうなやつ」

「やった! 賑やかなお祭りは行ってみたい気がするけど、祭りの主旨を考えたら、私はまだ行きたくないもの。お土産、いっぱい買ってきて!」

「りょーかーい。ダンテさん。いいですか?」

「いいよ。パートナーのフリをしていれば、変に声をかけられたりしないだろうから」

「あー。ダンテさん、男前だから」

「いやいや。私じゃなくて、ショーヘイの方だよ。『神様からの贈り人』と恋人になりたい人なんて、山ほどいるよ?」

「げっ。マジですか」

「うん」

「へぇー。じゃあ、当日は、ダンテさんと恋人のフリをしてた方が無難ねぇ」

「俺は今、行くのをやめるか、美味しいものを食いに行くか、とても悩んでいる」

「あはは。お揃いの花を身に着けていたら、そういう意味で声はかけられないよ。他人のものに手を出すのはご法度だからね。略奪愛もあるにはあるけど、割と白い目で見られるものだし」

「なるほどー。じゃあ、美味しいものを食いに行きたいです」

「うん。私も冬華祭に実際に参加するのは初めてだから、ちょっと楽しみかも。屋台巡りしまくろうか」


 ダンテがおっとりと笑った。美味しいお茶を飲みながら、のんびり3人でお喋りをしていると、老紳士が再び現れた。もう昼食の時間になったらしい。

 客間に戻ると、ものすごく甘い空気が漂っていた。お邪魔虫感が半端ない。
 一緒にビックリする程美味しい昼食を食べると、祥平達は、ニーを置いて、先に帰ることにした。ニーは夕方に帰るそうだ。ニーは、恥ずかしそうにもじもじしながらも、パラスに『あーん』とかされて、なんか嬉しそうだった。完全にお邪魔虫な3人である。

 神殿に帰り着くと、服を着替えて、3人で台所に向かった。確かに、ものすごーく美味しい昼食だったのだが、甘々イチャイチャな2人の空気にあてられて、あんまり食べた気がしない。ちょっと軽めのものを作ることになった。

 いつも神殿で食べていた質素なナータの粥を作って食べると、なんだかほっとした。開き直ってはいたが、やはり緊張していたらしい。どことなく、ゆるーい空気が流れる。祥平の太腿の上でゴロゴロしていたピエリーが、ぴるるる……と、なんだか眠そうな鳴き声を上げた。


「なんか疲れたけど、ある意味いい経験になったわねー。私、貴族の人とは絶対に結婚しないわ」

「俺もー。慣れるまでが絶対に苦行」

「ねー。私達、根っからの庶民だものね。高貴な世界は、憧れだけにしときたいわ」

「うんうん」

「ははっ。まぁ、一緒にいて気が楽な人と結婚するのが一番なんじゃないかな。多分」

「ねぇ。ダンテさん。この国の結婚適齢期って何歳くらいなの?」

「女性は成人する18歳~25歳で、男性も同じくらいかなぁ」

「へぇー。ちなみに、ダンテさんって何歳?」

「もうすぐ26だね」 

「あれ? もしかして、誕生日が近いんですか?」

「うん。冬華祭の10日後」

「あら。お祝いしなきゃ」

「パーティーがしたいですねー。ダンテさんの家でパーティーしましょうよ。ドーラちゃん、まだダンテさんの家には来たことがないし。ミミーナさんを紹介したいです」

「うーん。この歳で祝ってもらうのは、少し照れくさいんだけど、パーティーはしたいね。美味しいもの食べたい」

「じゃあ、冬華祭の10日後は、ダンテさんの誕生日パーティーということで! ふふっ。やっと噂のミミーナさんに会えるわ!」

「ダンテさん。何としてでも休みをもぎ取ってくださいねー。ミミーナさんと、何を作るか相談しなきゃ」

「プレゼントも用意しないといけないわね。まだ日があるから、キリバさんに相談してみよーっと!」

「ははっ。そこまで気を使わなくていいよー」

「ダンテさんにはいつもお世話になってるし、こういうのって、準備から楽しいじゃないですか」  

「そうそう!」

「そんなものかな? ふふっ。私も楽しみになってきたよ」


 ダンテが、嬉しそうに、はにかんで笑った。
 冬華祭を楽しんだら、次はダンテの誕生日パーティーだ。これから、やる事盛り沢山な気がする。ミミーナに手伝ってもらって、どっちも全力で楽しみたい。
 祥平はワクワクしながら、2人と一緒に、食べ終わった食器類を洗った。

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