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33:まさかの押しかけ弟子

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 祥平がいつものように、ミミーナと分担して掃除をしていると、玄関の呼び鈴が鳴った。
 手紙でも来たのかと思って、パタパタと玄関に向かい、ドアを開けると、ダンテの祖父・パラスがいた。驚いて、ぽかんと間抜けに口を開けている祥平に向かって、パラスが軽く手を上げた。


「やぁ。孫の恋人。確か、ショーヘイだったか。貴殿に弟子入りしに来た」

「……はい?」


 訳がわからないが、祥平は、とりあえずパラスを居間に通し、台所の掃除をしていたミミーナに急いで話しかけた。


「ミミーナさん。ヤバいです。ダンテさんのお祖父ちゃん来ちゃいました」

「はいっ!? まぁ! 大変! お、お茶をお出しすればいいのかしら!? ラーリオ茶しか無いのだけど……」

「と、とりあえずラーリオ茶で! お茶菓子なんかあったかな……俺のおやつのペッタはマズいですよね……昨日作ったやつ」

「他に無いから、それを出すしかないわ……旦那様がいらっしゃったらよかったのだけど……」

「ミミーナさん。一緒に来てください」

「えぇ!? まぁまぁ。どうしましょう。多分、貴方に会いに来たのではないの?」

「いや、なんか弟子入りするとか意味分かんないこと言ってました」

「……うん。女は度胸よ。さっ! ショーヘイ! お待たせする訳にもいかないから、大急ぎでお茶を淹れるわよ!」

「はい! ペッタを持ってきます!」


 ミミーナがお湯を沸かし始めたので、祥平は自室に置いてあるペッタを取りに走った。
 緊張している様子のミミーナと一緒に、居間へお茶を運べば、パラスは優雅に足を組んで座っていた。パラスが、差し出したお茶のカップを手に取り、ふっと笑った。



「ラーリオ茶か。気に入ったのか」

「あ、はい」

「まぁ、座りなさい。ご婦人も」

「は、はい」


 祥平は、おずおずと、ミミーナと並んで椅子に座った。


「実は、ニーとの結婚が決まってな」

「おぉ! おめでとうございます」

「ありがとう。結婚後は、神殿のニーの部屋で暮らすことになった。神官長の許しも得ている」

「わぁ。ニー先生が喜びますねぇ」

「うむ。で、だ。ニーはまだまだ治癒魔法士として多くの者達に必要とされている。私と一緒に気ままな隠居生活は難しい。私としても、働いているニーは格好いいし、誇りに思うので、仕事は続けて欲しい。そこでだ。結婚するまでの一ヶ月で、家事を完璧に習得しようと思ってな。自分のことは、必要最低限はできるが、市井の家事には疎い。そこで、孫の恋人兼家政夫に家事を習えばよいと思い立ったのだ」

「なるほど?」

「ということで、今日からよろしく。師匠。結婚までは、此処に住んで、家事の修行をしつつ、ニーに会いに行く。この家からの方が、神殿に近いしの」

「はぁ……事情は分かりました。とはいえ、俺も、主に料理の修行中の身なので、大ベテランのミミーナさんから習うのが、一番よろしいかと」

「ふむ。では、ご婦人。ショーヘイと共にご指導頼む」

「は、はい。ミミーナと申します。よろしくお願いいたします」

「堅苦しいのは好きではない。市井に慣れる為にも、2人とも、私のことは『お祖父ちゃん』と呼ぶように。市井の言葉で気軽に話してくれ。市井の話し方を覚えたい」

「うーー。わっかりました! こうなったら、とことんやります! ニー先生にはお世話になってるし、ダンテさんのお祖父ちゃんだし、全面協力します!」

「え、えぇ。それでは、まずは服を買いに行った方がいいわ。今、お召しになっているものでは、掃除や炊事はできないもの」

「お。ありがたい。そうか。では、服を買いに行こう。昼時が近いな。庶民向けの店で食べてみたい」

「りょーかいでーす。じゃあ、先に買い物行っちゃいますか? ミミーナさん。掃除の続きは、帰ってから早速一緒にやるってことで」

「えぇ。そうしましょうか。エプロンも買わなきゃね」

「ふふっ。一ヶ月、よろしく頼むぞ。先生方」


 パラスが機嫌よく笑った。
 3人で早速庶民向けのやや高めの服を扱う店に行き、パラスの服を買った。パラスは、ものすごく格好いいお爺ちゃんで、ついでにお洒落さんなのか、庶民の服もお洒落に着こなしていた。エプロンも何枚か買って、庶民の服に着替えたパラスと共に、ミミーナとたまに行く安くて美味しい飲食店に向かった。

 腹が膨れたら、家に帰って掃除の続きである。パラスは、魔導掃除機を使うのは初めてのようなので、祥平が使い方を教えた。掃除を終えたら、庭の手入れをして、布団と洗濯物を取り込んでから、夕食の支度である。
 まずは、簡単なものから練習していくということで、バーナンの卵つけ焼きを作ることになった。それと、野菜たっぷりのスープを作って、ナンみたいな薄いパンを焼く。

 エプロンを着けたパラスは、なんだか楽しそうに料理をしていた。意外と手際がいい。祥平は、不思議に思って、パラスに聞いてみた。


「お祖父ちゃん。料理をしたことがあるんですか?」

「あぁ。竜騎士だった頃は、任務で野営をする時は、いつもしていた。意外と忘れていないものだな。魔獣を狩って捌くこともできるぞ」

「あー。なるほど」

「まぁ。それでは、もうちょっと難易度が高いものからでも大丈夫ね。明日は揚げ物をしましょうか」

「揚げ物は流石にしたことがないな。ニーは、あっさりしたものが好みなのだが、そういった料理も覚えたい」

「あ、ミミーナさん。揚げた魚の甘酢漬けはどうです? あれ、ダンテさんも好きだし。今の時期なら、何が美味いかな」

「そうねぇ。キーキキルはあんまり揚げものに向かないから、リッテナイがいいかしら」

「リッテナイ」

「扱いやすい魚でね、手でも捌けちゃうの。明日、市場で探してみましょうね」

「へぇー。まだまだ知らない食材が多いなぁ」

「ショーヘイは、まだこちらに来て2年だろう? 知らないことが多くて当然だ」

「まぁ、そうですね」

「リアリー。味見してくれ」

「ぴるるるっ」

「お祖父ちゃんの飛竜は、リアリーちゃんって名前なんですね」

「あぁ。ピエリーの母親だ。ピエリーよりも社交的だな。竜騎士限定で。ピエリーは、他の竜騎士の飛竜とも交流しないそうだから」

「なるほどー」


 お喋りしながら、夕食を作り終わった。ミミーナが帰っていくのをパラスと見送ると、ダンテが帰ってくるまで、居間でお茶を飲むことになった。


「ショーヘイは、ダンテのどこがよいのだ。あれも少々気難しいだろう」

「え? ダンテさん、気難しいんですか?」

「変なところで頑固というか、ピエリー第一過ぎて、貴族のご令嬢は基本無視だ」

「へぇー。なんか意外。あ、お祖父ちゃんなら言っても大丈夫かな? ダンテさんとは、恋人のフリをしてるだけなんですよ」

「恋人のフリ」


 祥平が、詳しく事情を話すと、パラスが楽しそうに声を上げて笑った。


「まぁ、あれは幼い頃から食欲旺盛過ぎるくらいだったからな。ふむ。納得だ」

「ダンテさんって小さい頃は太ってたって聞いてますけど、本当なんです?」

「あぁ。ころころと丸かったな。あれはあれで可愛かった。いつだったかな。10歳以下の貴族の子供が集まる茶会があって、ダンテが、とある女の子に花を渡そうとしたそうだ」

「おや」

「『おデブちゃんは嫌いよ』と、バッサリフラレて、泣いて帰ってきた」

「あちゃー。可哀想だけど微笑ましいですねー」

「写真を見るか? リアリーの卵を渡したばかりの頃の写真を持っている」

「見たいです!」

「ちょっと待っていろ」


 パラスが手帳から取り出して見せてくれた、ちょっと古ぼけた写真には、丸々とした可愛らしい男の子が、大きな卵を持っている姿が写っていた。ぷくぷく太っていて、なんか可愛い。


「かーわいいー。抱き枕にしたい可愛さですね。柔らかそー」

「ははっ! まぁ、頬なんかぷにぷにでな。触るのが好きだった」

「うわー。そりゃ触りたくなりますよー」


 パラスから、ダンテの子供の頃の話を聞いていると、ダンテが帰ってきた。2人で玄関に向かうと、ダンテが驚いた声を上げた。ピエリーは、いつも通り、ばびゅんっと祥平に飛びついてきた。


「お祖父様!? 何故、此処に?」

「よぉ。孫。一ヶ月、此処に住むことにした。ショーヘイの弟子になった」

「はい!?」

「ダンテさん。お祖父ちゃん、ニー先生との結婚が決まったので、市井の家事修行をしに来たそうです」

「家事修行」

「働くニーの為に、やれることはやりたくてな。特に料理は気合を入れて覚える」

「はぁ……そうなんですね。 とりあえず、ご結婚おめでとうございます」

「ありがとう。結婚式は神殿でやるから、お前達も参列してくれ。馬鹿息子達は来ないから、気軽に来るといい」

「あ、はい」

「じゃあ、晩飯にしましょうか。今日は、お祖父ちゃんも一緒に作ったバーナンの卵つけ焼きです!」

「あ、うん」


 驚いたままのダンテには、夕食を食べながら、改めて、パラスが詳しい説明をした。パラスには、客室を使ってもらうことにしている。
 風呂の準備をしたら、パラスと一緒に後片付けをやった。ダンテがなんとも落ち着かないようだったが、パラスはどこか楽しそうに食器を洗っていた。

 パラスとニーの結婚式まで、あと一ヶ月。ダンテの家に、1人と一匹が増えた。


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