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37:ちょっと落ち着かない日々

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 ダンテは、いつもの時間に目覚めると、のろのろと起き上がった。庭の方から、ご機嫌なピエリーの声が聞こえてくる。
 ダンテは、なんとなく溜め息を吐いてから、ベッドから下りて、床の上で日課の筋トレを始めた。

 ショーヘイに半ば脅される形で、ショーヘイの足で抜いてしまった事がバレた。あれから数日が経つが、ダンテは、未だに気まずい思いをしている。ショーヘイは、『変だった理由が分かってスッキリー』と、いつもの調子である。

 ショーヘイに、気持ちが悪いと思われなかったのは、不幸中の幸いな気がするが、『ズリネタにしてもいいですよー』と気軽に言うのは正直どうかと思う。ショーヘイが、ダンテの腹の上に乗り、自分で寝間着の裾を捲って太腿を見せてきた時は、うっかりまた何故か勃起するかと思った。幸いにも、ギリギリ勃起しなかったが、ショーヘイは無防備過ぎると思う。

 ダンテのことを、恋愛的な意味や性的な目で見ていないからだというのは明白なのだが、何故だか、その事にちょっともやっとする。ショーヘイの足で抜いてしまった日から、自分で自分のことが分からなくなっている。まさか、自分はショーヘイのことが、性欲込みの恋愛感情で好きなのだろうか。

 確かに、ショーヘイのことは大好きだと胸を張って断言できる。でも、それは、人としてであった筈だった。ダンテには、他に友人らしい友人がいないので、ショーヘイのことを唯一の友人のように大事に思っている。そう思っていた。それなのに、ショーヘイの足で抜いてしまった。

 ダンテは筋トレを終えると、ぐたぁと床に寝そべった。ショーヘイの足で抜いてしまった日から、どうにも落ち着かなくて、眠りが浅い日々が続いている。
 ダンテも、ショーヘイのように、サクッと切り替えればいいだけの話なのだが、それが上手くいかない。ショーヘイは、前の距離感がいいと言っていた。前の距離感とは、何気なくくっついたり、目を合わせて笑いあったりとか、そういうことを指しているのだと思う。ダンテだって、そっちの方がいい。

 ショーヘイが一緒だと、本当に楽しくて、自分の生命よりも大事なピエリーを大切にしてくれるのが本当に嬉しくて、ダンテを気遣ってくれるのが、本当に、本当に、嬉しい。

 両親とは、そんなに仲がいい訳ではない。兄達や妹とも、一線引いて接している。ゴリゴリの貴族である彼らとは、正直合わないと思っている。祖父のパラスのことは大好きだし、竜騎士の師匠だと思っている。パラスは好きだが、他の家族とは、あまり会いたいとは思わない。

 ショーヘイと一緒に暮らすようになって、毎日が楽しくなった。任務で家を空ける時は、仕事に集中しながらも、心のどこかで、早くショーヘイが待つ家に帰りたいと思うようになった。ピエリーのショーヘイ大好きっぷりが伝染したのだろうか。

 ショーヘイは、多分、家政夫として、ずっとこの家にいる訳ではない。今はまだ、市井の暮らしに完全に慣れていないから、家政夫をしてくれているだけだ。それに、ショーヘイは、望めば、どんな相手とでも結婚できる。

 なんだか素直に、嫌だな、と思った。ショーヘイが家にいてくれるのが当たり前になった。ショーヘイとお喋りをしながら、一緒に美味しいものを食べるのが当たり前になった。一緒に寝るのは、今は気まずいが、それでも、全然嫌ではない。ダンテは、ダンテの心の中に、ショーヘイの存在が深く根付いていることに気がついた。
 ショーヘイがいない暮らしに戻るのは、本当に嫌だ。この思いは、一体何なのだろう。

 ダンテは、天井を見上げながら、ぼーっと考えていたが、すぐに答えは出なかった。溜め息を吐いて、のろのろと起き上がり、着替えを出してから、階下の風呂場に向かう。
 冷たいシャワーを浴びて、服を着て、台所を覗きに行けば、ショーヘイが妙に上手い鼻歌を歌いながら、朝食を作っていた。

 台所を覗いているダンテに、ショーヘイは、すぐに気づいた。ショーヘイが、いつものゆるい笑顔で、声をかけてきた。


「おはようございます。ダンテさん。今朝は、ホロホロ鳥を甘辛い感じに煮てみました」

「……おはよう。ショーヘイ。ピエリー。美味しそうな匂いがする」

「もう出来上がりますよー。あとは皿に盛るだけ」

「お祖父様は?」

「お祖父ちゃんは、さっき帰ってきましたよ」

「はいっ!? え、朝帰り!?」

「頑張り過ぎたから、昼まで寝るって」

「え、えぇ……」

「まぁ、深く突っ込まない方向で。知ってる人のアレな話は、できるだけ聞きたくないですし」

「あ、うん」

「よーし! 完成! 運びますねー」

「あ、うん。手伝うよ」

「ありがとうございまーす」


 ショーヘイが、嬉しそうに笑った。ショーヘイと一緒に朝食を運び、テーブルの椅子に座る。今朝の朝食は、いつものナータの粥とアルモンのジュース、ふわふわいい匂いがしているホロホロ鳥の煮物である。温かい料理が、本当に美味しそうで、見ているだけで、口内に唾液が溢れてくる。

 いつも通り、『いただきます』と手を合わせて、ショーヘイが食べ始めた。ダンテも、スプーンを手に取り、ナータの粥から食べ始める。安定の美味しさに、なんだかほっとする。ホロホロ鳥の煮物も、甘辛くて、程よい味の濃さで、本当にとても美味しかった。アルモンのジュースを飲むと、口の中がサッパリする。

 今日もとても美味しかった朝食を食べ終えると、ショーヘイがラーリオ茶を淹れてくれた。ふんわりと花の匂いがする温かいお茶を飲んでいると、なんだかまったりした気分になってくる。

 出勤準備を終え、居間で今日の新聞を読んでから、ダンテは、パタパタと走ってきたショーヘイと一緒に、玄関に向かった。
 いつもの如く、ショーヘイとピエリーがちょっと戯れてから、ショーヘイが手を伸ばして、ダンテの肩にピエリーを乗せた。ダンテを見上げて、ショーヘイがゆるく笑った。


「いってらっしゃい。気をつけて。今日の晩飯は魚の予定ですよ」

「うん。楽しみにしてる。いってきます」


 見慣れたショーヘイのゆるい笑顔に、なんだか気持ちが落ち着くと同時に、どこか、そわそわしてしまうような心境になる。矛盾しているようだが、本当に、そんな感じなのだ。

 ダンテは、足早に王城へと向かいながら、なんとなく落ち着かない胸を手で押さえて、小さく溜め息を吐いた。


『どうしたの? ダンテ』

「んーー。ピエリー。私は、ショーヘイが好きなのだろうか」

『大好きでしょ? 私もショーヘイが大好きよ!』

「あ、うん。そうだね。……ショーヘイと一緒だと、楽しくて、気持ちが落ち着くけど、なんかね、そわそわもしちゃうんだ」

『なんで?』

「分かんない」

『かあ様のパラスに相談したらいいじゃない』

「あ、そっか。その手があるね。うーー。でも、あの事も話さなきゃいけなくなるよなぁ……お祖父様に相談するのは、最終手段にしたい……」

『ダンテ。それじゃあ、ショーヘイに話してみたらいいじゃない』

「いや、本人に話すのはちょっと……」

『ダンテはショーヘイが好きでしょ。好きって言えばいいだけじゃない』

「……うーん。人間の『好き』には、色々種類があるんだよねぇ。自分でも、どの『好き』なのか、分かんない」

『ふぅん。人間は複雑ね』

「そうだね」

『ねぇ。次の休みに、ショーヘイも一緒に飛んで出かけたらいいわ。場所が変われば、何かちょっと変わるかもしれないわ』

「……それは、アリだね。ショーヘイとピクニックに行ってみたいし。帰ったら、ショーヘイに持っていけるお昼ご飯をおねだりしとかないと」

『やったわ! 次の休みは、私達だけね! 久しぶりだわ!』

「それもそうだね。……なんか、楽しみになってきた」

『早く帰ってショーヘイに伝えなきゃ』

「あはは。まだ出勤も終わってないけどね」


 いつもとは違う場所で、ショーヘイとピエリーとだけで過ごすのは、本当に魅力的である。ドーラやパラス達と過ごすのも楽しいのだが、何故だか、ショーヘイといるのが一番気楽で、楽しい。

 ダンテは、自分がショーヘイのことをどう思っているのか、自問自答しながら、1日仕事をした。
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