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偽装結婚の筈だったのに
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アルマンドが帰り支度をしていると、普段、仕事関係の最低限の会話しかしないイサークから声をかけられた。
「アルマンド。少し話があるのだが、夕食を一緒にどうだろうか」
「え? 俺と? まぁ、別にいいけど。話ってなに? 仕事の話なら、ここでした方がよくない?」
「仕事の話ではない。ここでは話せない話だ」
「あ、うん。えーと……じゃあ、『木漏れ日亭』に行く? あそこ、個室があるし」
「あぁ」
アルマンドは、一体なんの話なのかと首を傾げながら、イサークと一緒に職場を出た。
アルマンドは騎士団で働いている。騎士ではなく事務方だ。イサークも事務方で、一応同期になるのだが、イサークは基本的に無口だし、親しいとは言えない仲だ。仲が悪いというわけではないのだが、仕事に関することしか喋ったことがない。というか、先輩や上司たちとも、イサークはあまり話さない。
アルマンドは、無言で隣を歩くイサークをチラッと見た。
イサークは、黒髪を短く整えていて、端正な凛々しい顔立ちをしている。中背中肉の身体つきで、いつでもしゃんと背筋が伸びている。深い青色の瞳は理知的で、無口だが仕事はすごくできる。
アルマンドは薄い茶髪に明るい空色の瞳をしている。騎士達から『美人だ』と言われて揶揄われることが多く、自分の中性的な顔はあまり好きじゃない。背は低い方だし、痩せているので、尚更『女みたい』と言われやすい。アルマンドは、自分の顔も貧相な身体もコンプレックスになっている。
無言のまま大通りを歩いて、『木漏れ日亭』に到着した。幸い、二階の個室が空いていたので、店員に案内してもらう。
酒と料理を適当に頼むと、酒が運ばれてきてから、ずっと無言だったイサークが口を開いた。
「結婚してほしい」
「は? なんで?」
「両親から、一か月以内に結婚をしなければ、強制的に結婚させると言われた」
「結婚すればいいじゃないか」
「相手は成人したばかりの18歳の少女だ。それに、僕は男しか愛せない」
「ふーん。で? なんで俺なんだよ」
「職場が同じだから、まるで接点がない者よりも、実は交際していたと言っても不審に思われにくい」
「まぁそうだろうけど」
「堂々と浮気されたら困るが、結婚して一年経ったら、好きに恋人をつくってもらって構わない。三年経ったら離婚する。それまで、偽装結婚に付き合って欲しい」
「えぇ……」
アルマンド達が暮らす国は、『愛こそが全て』という女神を信仰しているから、同性同士でも結婚ができる。
イサークと結婚しても、アルマンドにはなんの利益もない。断ろうと口を開こうとしたら、イサークが先に口を開いた。
「謝礼として、離婚時に500万ハナーを渡そう」
「500万!? 正気か? イサーク。そんな大金」
「金を使う趣味がないから貯金はある。離婚するまでに500万くらい貯まるだろう」
「それ、ほぼ全財産を俺にくれちゃうことになるんじゃない?」
「金はまた貯めればいい。今の仕事は給料がいいから、そのうち貯まる」
「まぁそうだろうけど」
アルマンドは現在26歳だ。今すぐに結婚をして、三年後に離婚をしても29歳。まだ余裕で再婚できる年齢である。500万ハナーもあれば、結婚資金としては十分だし、自分も貯金を頑張れば、新居を建てられるかもしれない。
一年経てば、恋人をつくってもいいようだし、なんだか悪くない話な気がしてきた。堅物を絵に描いたようなイサークが何かしてくるとも思えないし、アルマンドは女専門だから、アルマンドから何をする気もない。
アルマンドは少しだけ考えて、イサークに手を差し伸べた。
「その話、乗った」
「ありがとう。助かる」
「いえいえ。こちらこそ。結婚式はするのか?」
「一応。式場の手配は済んでいる。あとは礼服の準備だけだ」
「ふぅん。どこに住むんだ?」
「僕の家は一軒家だ。貸家で少し古いが、二階建てで狭い庭がある。お互いの生活空間を十分確保できると思う」
「じゃあ、そっちに引っ越すよ。俺の家は狭い集合住宅だから。えーと、じゃあ、三年。よろしく。イサーク」
「よろしく」
イサークがいつもの不愛想な無表情でアルマンドの手を握って、やんわりと振った。
こうして、アルマンドとイサークの偽装結婚生活が始まった。
―――――――
アルマンドは喧しい目覚まし時計の音で目覚めると、のろのろと起き上がり、目覚まし時計の音を止めた。欠伸を連発しながら、寝間着のまま階下の脱衣所にある洗面台に向かい、顔を洗って髭を剃る。寝癖を直していると、寝間着姿のイサークがやって来た。まだ寝ぼけている様子の半眼のイサークに声をかける。
「おはよう。イサーク」
「……おはよう」
「今朝の卵は目玉焼きとオムレツ、どっち?」
「……オムレツ」
「りょーかい」
イサークが心なしかゆらゆらしながら寝間着を脱ぎ、曇りガラスの引き戸の向こうにある風呂場へと入っていった。アルマンドは寝間着のまま台所へと向かい、朝食を作り始めた。
イサークと偽装結婚して、一か月近くが経とうとしている。イサークと暮らし始めてから知ったのだが、イサークは朝に弱かった。家事は交代制で分担してやっているのだが、朝食だけはアルマンドが固定で作っている。一緒に暮らし始めた最初の頃に、寝ぼけているイサークが作った微妙過ぎる朝食を食べてから、朝食だけはアルマンドが絶対に作ると決めた。
手早くオムレツと野菜スープを作り、買い置きのパンを軽く焼き直していると、仕事用の服に着替えたイサークが台所に顔を出した。目がまだ半分閉じている。朝食を食べて、食後に濃いめの珈琲を飲まないと、イサークは完全に覚醒しない。
「……洗濯、どっち」
「今日は俺。もう出来上がるから、居間で座ってろよ」
「……わかった」
イサークがふらっと台所から出ていったので、濃いめの珈琲を淹れてから、お盆に朝食をのせて居間のテーブルに運ぶ。大人しく椅子に座っているイサークは、半眼のまま、ぼーっとしていた。今にも寝落ちそうな顔をしている。
「イサーク。起きろー。飯」
「……ん」
アルマンドが声をかけ、イサークの前に皿を並べると、イサークがぼそっと食前の祈りを口にしてから、もそもそと朝食を食べ始めた。アルマンドもささっと朝食を食べ、のろのろ食べているイサークを放置して、洗濯を仕掛けに脱衣所に向かった。魔導洗濯機に洗濯物を突っ込み、洗剤を入れてからスイッチを押す。家中のカーテンを開けて回れば、一気に家の中が明るくなる。今日はよく晴れているから、洗濯物がよく乾きそうだ。自分の部屋に行って枕を窓辺に干し、布団を庭に運んで干す。スペースが空いているし、ついでだから、イサークの部屋に行って、イサークの布団も干してやる。
居間に行くと、漸く覚醒した様子のイサークが新聞を読みながら珈琲を飲んでいた。アルマンドは手早く食器類を重ねて台所に運び、ささっと洗って片付けた。
朝食の後片付けが終わったタイミングで、洗濯が終わる音が聞こえた。チラッと壁にある時計を見れば、少し急がないと間に合わない時間になっている。アルマンドはバタバタと洗濯物を庭に干し、自室で仕事用の服に着替えて、鞄を持って階段を駆け下りた。玄関でイサークが待っていたので、イサークと一緒に家を出る。
イサークは結婚しても無口だ。本当に必要最低限のことしか話さない。今日の買い物と夕食はイサーク担当だから、歩きながら今夜食べたいものをイサークに伝えると、アルマンドも無言のまま、職場へと歩いて行った。
イサークとの結婚生活は、思っていたよりも穏やかなものだ。職場では、結婚の時に一部の騎士達が『俺達の姫が結婚した!!』と騒いでいたが、アルマンドは華麗にスルーした。誰が姫だこんにゃろうとは思ったが。
結婚して一緒に暮らし始めても、イサークは変わらない。仕事中は必要最低限の会話だけだし、昼食を一緒にとるようになったが、会話らしい会話はない。家に帰っても、ほぼ喋らない。食事は一緒に食べるが、夕食を食べて風呂に入ったら、それぞれの部屋に引き上げている。一緒に酒を飲んだのは、偽装結婚の話を持ち掛けられた時だけだ。やらなきゃいけない家事が半分になったくらいしか、特に変化がない気がする。アルマンドは、騎士達に言い寄られたりすることなく、無駄に気を使わなくていい今の生活を割と気に入っている。
一日の仕事を終えてイサークと一緒に帰っていると、イサークがぼそっと口を開いた。
「夕食は魚でよかったな」
「うん。バター焼きがいい。ワインも買ってきてくれよ」
「わかった」
「あ、明日の朝の卵がないから、卵もよろしく」
「あぁ」
「あとはー、明日休みだから珈琲豆はいつもの喫茶店に買いに行くとして。ベーコンも買ってきておいてよ。あと人参」
「あぁ」
「明日の昼飯とかの材料は、明日の午前中に買いに行けばいいか。明日の朝は喫茶店で飯食わない? 珈琲豆を買いに行くし」
「構わない」
「じゃ、そういうことで。買い物よろしく。俺は洗濯物を取り込むわ」
「あぁ」
家の前で買い物に向かうイサークと別れて、アルマンドは家の中に入り、自室に鞄を置いて、庭に干していた洗濯物や布団を取り込み始めた。洗濯物を畳み終える頃にイサークが帰ってきた。台所に直行したイサークに夕食作りを任せて、夕食が出来上がるまで居間で本を読む。イサークはそこまで料理上手というわけではないが、アルマンドも似たようなものなので、何を出されても文句は言わない。どっちも、特別美味しくはないが、一応食えるものが作れるから問題ない。
イサークと無言のまま夕食を食べると、順番に風呂に入ってから、自室に引き上げた。アルマンドは寝酒を飲みながら、のんびり本を読んで、お日様の匂いがする布団に潜り込んだ。
イサークとの暮らしにも、完全に慣れてきた。イサークは家でも喋らないが、特に気にならない。そういうものだと思っている。どうせ離婚するのが前提なのだし、無理に仲良しこよしする必要もない。アルマンドは、明日の朝食は喫茶店で何を食べようかとぼんやり考えながら、穏やかな眠りに落ちた。
――――――
イサークと結婚して半年が経つ。今日の買い物と夕食はイサーク担当なので、アルマンドは先に家に帰ると、洗濯物を取り込み始めた。イサークとの生活は特になんの変りもない。イサークは必要最低限しか話さないので、アルマンドもそうしている。お互いに食事の好き嫌いくらいは把握しているが、それ以外は殆ど干渉しない生活を送っている。
洗濯物を畳み終えた頃に、イサークが帰ってきた気配がした。いつもなら台所に直行するのに、何故かアルマンドがいる居間にやって来た。イサークの手には、買い物袋と、何故か花束がある。アルマンドが近寄ってきたイサークをきょとんと見ると、イサークが無言で花束を渡してきた。
「なにこれ。どうしたのさ」
「今日、誕生日だろう」
「あ、そういやそうか。俺の誕生日なんか、よく知ってたな」
「結婚の時の書類で見た」
「あぁ。なるほど。えーと、ありがとう?」
「あぁ」
花が好きというわけでもないのだが、イサークが誕生日祝いにとくれたものだ。なんとなく嬉しくて、アルマンドは花束の華やかな匂いを嗅いで、小さく笑った。イサークが古ぼけた白い花瓶を持ってきたので、花束を活けて、テーブルに飾る。夕食は、いつも買うものより上等な肉のステーキだった。アルマンドが好きな蒸留酒もあった。アルマンドは、イサークもこういう気遣いができるのだと、ちょっと意外に思いながらも、なんとなく胸の奥が擽ったくて、ご機嫌に美味しい夕食と蒸留酒を楽しんだ。
いつもなら風呂から出たら自室に引き上げるが、なんとなくイサークともう少し酒を飲みたい気がして、アルマンドはイサークを誘って、居間で一緒に酒を飲み始めた。ぶっちゃけ断られるかと思ったが、予想外にイサークはアルマンドの誘いに乗ってくれた。
香りがいい蒸留酒をちびちび飲みながら、アルマンドはイサークに話しかけた。
「イサークってさ、好きな相手はいないの?」
「……一応、いる」
「ふぅん。そいつと結婚すればよかったのに」
「既婚者だから無理だ」
「おや。片想いか」
「あぁ」
「俺と離婚した後はどうすんの?」
「別に。一人で暮らすだけだ」
「新しい恋はしないのか?」
「その予定はない」
「ふぅん。よっぽど好きなのか。その片想い相手」
「……まぁ。……どうせ実ることがない無駄な想いだ」
「無駄ではないでしょ。人を好きになるって、それだけで素敵なことじゃん?」
「……そうだろうか」
「そうだよ。まぁ、俺も恋が実ったことなんてないけどね。『貴方を男の人として見れないの』ってフラれるばっかり」
「そうか」
「俺って、そんなになよなよして見える?」
「……美人だとは思う」
「そりゃどーも。俺もイサークみたいな顔だったらよかったのになぁ」
「……僕は君のような顔がよかった。そうしたら、告白する勇気が出たかもしれない。相手が結婚する前に」
「お互い、ないものねだりだなぁ。相手って騎士?」
「あぁ」
「ふぅん」
「……君のように美しい顔をしていても、どうせ僕なんか相手にされなかっただろう。喋るのは苦手だし、気が利くわけでもない。趣味らしい趣味もないし、つまらない男だから」
「そうかな? 君と暮らすのは割といいよ? 変に気を使わなくていいし。程よい距離感がすごく楽」
「……そうか?」
「君は人との距離の取り方が上手い方だと思うけど。まぁ、確かに無口ではあるけど、一応意思疎通はできるしさ。俺は今の生活を割と気に入ってるよ」
「僕は退屈な男なのに?」
「別に退屈とは思わないけど。俺ってさ、仕事中は愛想よくしてるじゃない」
「あぁ」
「ニコニコ愛想よくするのも、それなりに疲れるわけ。仕事だけじゃなくて、家でもそうしなきゃいけなかったら、休める時がないじゃない。君は俺がニコニコしてなくても気にしないだろ? そういうところとか、すごい気が楽」
「そういうものか。……君にずっと憧れていた。僕が持っていないものを全部持っているから」
「え? なにそれ?」
「愛想よく笑うことも、明るく喋ることも、沢山の人と仲良くなれることも、僕にはできない。君がずっと羨ましくて、そうなりたいとずっと憧れていた」
「えー。イサーク、めちゃくちゃ仕事できるじゃない」
「数字にちょっと強いだけだ。場を明るくしたりなんて芸当、逆立ちしたってできない。君が笑うと、周りまで明るくなる」
「そうかな?」
「あぁ」
「イサークって、もしかして自分に自信がない人?」
「……そんなもの、あったことがない」
「へぇ。なんか意外だなぁ。君って仕事バリバリできるから。俺は確かに愛想よくできるけど、仕事は君に比べたら遅いし。君みたいに仕事が速くできたらなぁって思ってたんだけど。うん。やっぱりお互いないものねだりだね」
「そうかもしれないな」
「イサークってモテないの?」
「……たまに声をかけられるが、どうしたらいいのか分からなくて、いつも反射的に断っている」
「ありゃ。勿体無い」
「……僕なんかが恋人になっても、間違いなく相手が楽しくない」
「それは相手次第だと思うよ? ていうか、君は結構卑屈だなぁ。顔は整ってるし、仕事もバリバリできるし、家事もそれなりにできるんだから、もうちょっと自信持ちなよ。趣味が欲しいなら、なんなら一緒に趣味になりそうなことをやってみる? 君が卑屈過ぎて、なんか気の毒になってきたし」
「例えば?」
「そうだなぁ。……あ、陶芸教室とかは? 俺の親戚が工房やってて、定期的に陶芸教室やってるんだ。試しに行ってみる? 子供の頃にマグカップとか作ったことがあるけど、結構楽しいよ。あとは、釣りとか、盤上ゲームとか? 食べ歩きも楽しそうだよね。いつも珈琲豆買う喫茶店以外に、美味しい喫茶店を探してみたりとかさ。どうせ、あと二年半は結婚したまんまなんだし、一緒に趣味探ししてみない? 休みの日は基本家事以外やることなくて暇だし」
アルマンドの提案に、イサークがきょとんとした後で、唇をむにむにさせて、こくんと頷いた。いつもとは違い、どこかおずおずとした様子で、イサークが口を開いた。
「その、付き合ってもらえるだろうか。趣味探し」
「いいよー。俺も読書以外の趣味が増えたら楽しいし。二人で色んなことをやってみよう」
「あぁ。……その、よろしく」
「うん」
アルマンドは二ッと笑って、イサークと握手をした。イサークがほんの微かに口角を上げた。なんとなく嬉しそうなイサークに、アルマンドはちょっとウキウキし始めた。イサークと趣味探しで色んな事に挑戦するのは結構楽しそうだ。今の生活はとても穏やかで気が楽だが、ちょっと退屈でもあった。楽しみが増えるのはいいことだ。日々の生活に張り合いが出てくる。
アルマンドは、イサークが買ってきてくれていた酒が無くなるまで、イサークと初めてと言っていい程、沢山お喋りをした。
イサークと酒を飲んだ次の休日。アルマンドはイサークを連れて、親戚の工房を訪ねた。親戚のおじさんに頼めば、快く陶芸教室をしてもらえることになった。イサークは、初めて体験するマグカップ作りを真剣に、でもどこか楽しそうにやっていた。アルマンドも久しぶりにマグカップを作りながら、なんとなくワクワクしていた。
次の休日は釣りに行き、その次の休日は喫茶店巡りをして、更にその次の休日は古書店巡りをした。イサークはいつも通り無表情だが、どこか楽しそうで、ほんの少しだけ口数が増えてきた気がする。
休日の今日は街の美術館に来ている。美しい湖が描かれた絵を見ながら、イサークが小さな声で話しかけてきた。
「いつか、こんな美しい所に行ってみたい」
「これ、ミニャー地方にある湖だよな。旅行で行ってみる?」
「ミニャー地方まで、片道半年はかかる。働いている間は無理だ」
「あり? そんなに遠かったんだ。ふぅん。じゃあ、仕事を引退した時に、お互い独り身だったら一緒に行こうか」
「え?」
「ん? 俺と二人旅は嫌?」
「……嫌じゃない。きっと楽しそうだ」
「こんな絶景を眺めながら飲む酒は美味そうだなぁ」
「君は存外酒好きだな」
「まぁね。美味しいからさ。酒」
「……老後が楽しみになってきた気がする」
「ははっ。俺もー。旅行なんてしたことないしね」
アルマンドがへらっと笑うと、イサークが小さく笑った。イサークは、趣味探しを始めてから、たまーーに笑うようになった。ちょっと聞いただけだが、イサークの両親は厳しい人で、学生時代はひたすら勉強ばかりをやっていたらしい。幼い頃も、友達をつくって遊びことが禁じられていて、ずっと家庭教師から勉強を習っていたそうだ。正直、どうかと思う親である。多分、イサークは触れたことがないものが多い。触れたことがないのなら、これから触れたらいいだけの話だ。アルマンドもイサークも、まだ20代である。人生まだまだ長いのだから、少しずつ色んなものに触れていけばいい。結婚している間は、それに付き合おうかなと思う程度には、アルマンドはイサークのことを気に入っている。
アルマンドは、湖の絵が収録されている画集を買っているイサークの横顔をチラッと見て、小さく笑った。
――――――
イサークと結婚して一年が過ぎた。アルマンドが朝食の後片付けを終えたタイミングで、庭に洗濯物を干していたイサークが台所に顔を出した。今日は休日である。アルマンドは地味なイサークの私服を見て、ふと思い立った。
「イサーク。今日は服を買いに行こう」
「服なら十分持っている」
「いや、そういう地味なやつじゃなくて、ちょっとお洒落なやつを買ってみよう。俺もそろそろ新しいのが欲しいし」
「……派手なのは似合わない」
「派手なのがお洒落ってわけじゃないし。落ち着いた雰囲気のお洒落服を探しに行こう。俺達、まだ若いんだし、お洒落も楽しまなきゃ。あ、なんなら、髪も弄ってみる? 俺、整髪剤持ってるよ。とりあえず前髪上げてみる?」
「……結婚式でしか髪を弄ったことがない。似合わないだろう。僕なんかに」
「そんなことはないって。ちょっと整髪剤持ってくる。今日はお洒落の日ってことで!」
アルマンドはバタバタと自室に向かい、自分が持っている洒落た服に急いで着替えて、整髪剤を片手に居間に戻った。居間にいた地味な恰好をしたイサークの髪を弄り、アルマンドはまじまじとイサークを眺めた。いつもは下ろしている前髪を上げると、男前度が少し増す。ちょっと羨ましい。秀でた額を出していた方が格好いいい。アルマンドがそう言うと、照れたのか、イサークが眉間に皺を寄せて、ほんのり頬を赤らめた。
二人で家を出て、お洒落な服を取り扱っている服屋へと向かう。アルマンドは、服屋でイサークに何着も試着させて、イサークに似合う服を探した。これだ! という服を見つけて会計する頃には、イサークがちょっとぐったりしていたが、まぁ気にしないことにする。自分の分の服も買ったアルマンドは、二人とも着て出られるように店員に頼んで、新たなお洒落服で店を出た。折角お洒落したのだから、今日はちょっといい店で昼食を食べるのもありだ。アルマンドは楽しくなってきて、心なしかぐったりしているイサークを連れて、ちょっとお高いけど美味しいと評判の飲食店に入った。
昼食後はのんびり散歩がてら色んな店を冷やかして、夕食もちょっとお高いけど美味しい店で食べた。程よく酔って店を出て何気なく空を見上げると、まん丸の月がアルマンド達を見下ろしていた。煌々と光る月がキレイだ。アルマンドは、空を見上げながらイサークに声をかけた。
「イサーク。月がキレイだ」
「あぁ。今夜は満月か」
「家に帰ったら、月を見ながら酒を飲まない? 連休だし」
「構わない」
「ふふっ。なんか楽しいなぁ」
「……僕もだ」
「おっ。それはよかった」
「君といると楽しい。目新しいものばかりに触れる。君は絵本に登場する魔法使いみたいだ」
「あはっ。なんか照れる。俺もイサークと一緒になんかするの楽しいよ」
「そ、そうか……アルマンド」
「んー?」
「その……手っ! 手を、繋いでもいいだろうか」
「別にいいけど?」
「あ、あぁ」
空を見上げてたアルマンドがイサークを見ると、月明かりでも分かる程顔が真っ赤に染まっていた。そこまで飲ませた覚えはないのだが、酔っているのだろう。アルマンドの手を握ったイサークの手は、じんわり温かかった。アルマンドはイサークと手を繋いで、ぽつぽつと他愛のないことを話しながら家に帰った。
家に帰り着くと、アルマンドは庭に椅子と小さめのテーブルを出して、イサークと一緒に酒を飲み始めた。肴は夜空に光るキレイな月だけで十分だ。アルマンドがお気に入りの蒸留酒をまったり飲んでいると、イサークが口を開いた。
「アルマンド」
「んー?」
「……その、君のことが好きだと言ったら迷惑だろうか」
「え? 別に? 多分、普通に嬉しいかな?」
「嬉しいのか」
「うん。なんか、イサークと一緒にいるのが当たり前って感じだし」
「君は女が好きなんだろう。男の僕に好かれて気持ち悪くないのか」
「いやー? 確かに女が好きだけど、イサークだし、気持ち悪くはないかな」
「……僕と、セックスできる?」
「え? さぁ。どうだろう。やってみないと分からない。ん? もしかして俺が抱かれるの?」
「いや。その……僕が抱かれたい」
「ふぅん? んーー。試してみる? セックス、できるか」
「い、いいのか?」
「んー。単純にイサークに好きになってもらえたのは嬉しい気がするし。あ。でも、勃たなかったらごめんね」
「……アルマンド」
「なに?」
「僕は君が好きだ」
「うん。ありがとう。同じだけの気持ちを返せるかは分からないけど、俺もイサークが割と好きだよ」
「あぁ」
隣に座るイサークを見れば、イサークは顔が真っ赤になっていた。月明かりでぼんやり照らされているイサークの横顔をじっと見れば、耳まで赤くなっている。アルマンドは、男に抱かれるのは流石に嫌だが、抱くならまだありかなぁとぼんやり思った。顔を真っ赤に染めて、どこか嬉しそうに頬をゆるめているイサークは、なんだかちょっと可愛い気がする。とりあえず試しにキスをしてみるかと思い、アルマンドはグラスをテーブルの上に置いて、イサークの手を握り、イサークの顔に顔を寄せた。無言で唇にキスをすると、間近に見えるイサークの目が驚いたように見開かれた後で、嬉しそうにキラキラと深い青色の瞳が輝いた。やっぱりちょっと可愛い気がする。
唇を触れ合わせたまま、イサークが囁いた。
「初めて、キスをした」
「そっかー」
「アルマンド。僕の部屋に来てくれるか」
「いいよ」
アルマンドは深く考えずに頷いた。イサークが照れたように小さく笑って、アルマンドの手を握ったまま立ち上がった。そのまま、手を繋いで二階のイサークの部屋に向かう。アルマンドはイサークの部屋に入ると、ベッドに腰かけ、服を脱ぎ始めたイサークをぼんやり眺めた。
「俺、男同士のセックスの仕方、知らないんだけど」
「僕が知っている」
「セックスしたことあるの?」
「……その、本で読んだ。じ、自分でもしている」
「あ、なるほど。じゃあ、今日は任せていい?」
「あぁ。その、頑張る」
「うん。一緒に気持ちよくなろうか」
アルマンドは自分も着ていた服を全て脱ぐと、ベッドに仰向けに寝転がった。全裸のイサークがアルマンドの身体に跨って、アルマンドの唇に触れるだけのキスをした。はぁっと熱いイサークの吐息が唇にかかる。イサークの顔を見上げれば、どこかとろんとした顔をしていた。なんだかちょっと色っぽい。アルマンドは、ぎこちなく触れてくるイサークの好きにさせた。
イサークの意外と柔らかい尻肉を揉みしだきながら、アルマンドはイサークのアナルにペニスを抜き差ししていた。きつい締めつけも熱くて柔らかい中の感触も、酷く気持ちがいい。腹側を意識してペニスで擦ると、イサークが背をしならせて、控えめに喘ぐ。イサークの気持ちよさそうな低い喘ぎ声が妙に興奮を煽ってくる。既に一度、イサークの中に射精している。イサークの中は狭くてきつくて気持ちがいい。気持ちよさそうに顔を歪めて喘ぐイサークは、なんだか可愛くて、いやらしくて、ぐっとくるものがある。
アルマンドは、イサークの尻肉から手を離し、イサークの腰を掴んで、パンパンパンパンッと肌同士がぶつかり合う音が響く程激しく下腹部をイサークの尻に打ちつけ、イサークの奥へ奥へとペニスを激しく抜き差しし始めた。
「あっ! あっ! あっ! あ、あるまんどっ! いっ、いくっ!」
「はっ、はっ、イッて。イサーク。俺も、やばいっ」
「あ、あ、あーーーーっ!」
イサークが裏返った声を上げながら、ビクンビクンと身体を大きく震わせた。ぎゅうっときつくアナルでペニスを締めつけられて、アルマンドもイサークの中に精液を吐き出した。
はぁー、はぁー、と荒い息を吐きながら、ゆっくりと萎えたペニスをイサークのアナルから引き抜くと、アルマンドはどさっと腰を下ろした。休憩なしの二発はちょっと疲れる。
四つん這いだったイサークがのろのろと身体を動かし、アルマンドと向かい合って胡坐をかいた。イサークが手を伸ばしてアルマンドの頬を包み、身体ごとアルマンドに近寄って、アルマンドの唇にキスをした。アルマンドは、ぎこちないけれど情熱的なキスに応えながら、汗ばむイサークの身体をやんわりと撫でた。
なんだか意外と普通にイサークとセックスができてしまった。イサークが自分でアナルを解すところを眺めるのは割と興奮したし、イサークのアナルにペニスを突っ込むのもそんなに抵抗がなかった。一緒に暮らして、なんだかんだで楽しい日々を送って、イサークに情が湧いたのかもしれない。
アルマンドはイサークの身体を抱きしめて、キスをしながらイサークの身体を押し倒した。気が済むまで舌をねっとりと絡ませてから、唇を離して、イサークの顔を見下ろす。イサークがとろんとした顔で嬉しそうに笑った。ちょっと可愛いじゃないか。アルマンドは、イサークの熱い頬にキスをして、再びイサークの身体を撫で回し始めた。ちょっと疲れているが、イサークのキスでペニスがまた元気になってしまった。控えめに喘ぎながら身を捩るイサークが正直どうにも可愛い。これはハマるなーと思いながら、アルマンドはイサークの熱と快感に溺れた。
――――――
アルマンドが目覚めると、イサークがすぐ隣で布団の中で丸くなっていた。がばっと布団を剥ぐと、イサークは両手で顔を覆っていた。耳まで真っ赤になっている。お互い全裸のままである。アルマンドは大きな欠伸をしてから、起き上がって、ちんまりになっているイサークに声をかけた。
「イサーク。おはよう」
「……お、おはよう」
「身体、大丈夫?」
「……ちょっと腰と尻が痛いだけだ」
「ありゃ。今日の家事は俺がするから、イサークはゆっくりしてなよ」
「いや、僕もやる」
「そう? イサーク」
「……なに」
「気持ちよかったね」
「……あぁ」
「イサーク」
「……なに」
「キスしたい」
イサークが暫しの沈黙の後で、のろのろと顔から手を離し、顔を上げた。イサークの顔は真っ赤になっている。のろのろと伏せていた身体を起こしたイサークの唇にキスをすると、イサークの深い青色の瞳が嬉しそうに輝いた。
アルマンドは、ちょっとだけ考えて、イサークと向かいあって胡坐をかき、イサークの両手を握った。
「イサーク。三年で離婚の予定だったけどさ、予定変更しない?」
「……いいのか?」
「うん。なんかイサーク可愛いし」
「か、可愛くはない」
「可愛いよ。イサークに好かれてるの嬉しいし、セックスできちゃったし、こうなったら死ぬまで一緒にいよう。一緒に楽しいことをいっぱいして、仕事を引退したら旅行して、のんびり暮らそうよ」
アルマンドの言葉に、イサークの目が潤んだ。今にも涙が零れ落ちそうになっているイサークがこくんと頷き、アルマンドの身体に抱きついてきた。イサークがアルマンドの耳元で囁いた。
「愛している」
「うん。俺も同じだけ愛してるって思ったら、その時に言うよ」
「あぁ。アルマンド」
「んー?」
「ありがとう。君を好きになれて本当によかった」
「うん。俺も君が好きだよ。もう一緒にいるのが当たり前だからさ。このままずっと一緒にいようね」
「あぁ」
アルマンドはイサークの身体を抱きしめて、すんと小さく鼻を鳴らしたイサークの頬に頬ずりをした。
偽装結婚の筈だったが、イサークと一緒にいるのは心地いいし、アルマンドのことが好きなイサークはなんだか可愛い。このまま一生二人で過ごすのもありかな、と思う程度には、イサークに対して情が湧いている。
アルマンドはイサークの頬にキスをして、顔を離して見つめ合い、小さく笑った。イサークに『愛してる』というまで、多分そう時間はかからない気がする。
アルマンドはイサークと手を繋いでベッドから下り、風呂場に向かいながら、まだ頬が赤いイサークにぴったりと寄り添った。
(おしまい)
「アルマンド。少し話があるのだが、夕食を一緒にどうだろうか」
「え? 俺と? まぁ、別にいいけど。話ってなに? 仕事の話なら、ここでした方がよくない?」
「仕事の話ではない。ここでは話せない話だ」
「あ、うん。えーと……じゃあ、『木漏れ日亭』に行く? あそこ、個室があるし」
「あぁ」
アルマンドは、一体なんの話なのかと首を傾げながら、イサークと一緒に職場を出た。
アルマンドは騎士団で働いている。騎士ではなく事務方だ。イサークも事務方で、一応同期になるのだが、イサークは基本的に無口だし、親しいとは言えない仲だ。仲が悪いというわけではないのだが、仕事に関することしか喋ったことがない。というか、先輩や上司たちとも、イサークはあまり話さない。
アルマンドは、無言で隣を歩くイサークをチラッと見た。
イサークは、黒髪を短く整えていて、端正な凛々しい顔立ちをしている。中背中肉の身体つきで、いつでもしゃんと背筋が伸びている。深い青色の瞳は理知的で、無口だが仕事はすごくできる。
アルマンドは薄い茶髪に明るい空色の瞳をしている。騎士達から『美人だ』と言われて揶揄われることが多く、自分の中性的な顔はあまり好きじゃない。背は低い方だし、痩せているので、尚更『女みたい』と言われやすい。アルマンドは、自分の顔も貧相な身体もコンプレックスになっている。
無言のまま大通りを歩いて、『木漏れ日亭』に到着した。幸い、二階の個室が空いていたので、店員に案内してもらう。
酒と料理を適当に頼むと、酒が運ばれてきてから、ずっと無言だったイサークが口を開いた。
「結婚してほしい」
「は? なんで?」
「両親から、一か月以内に結婚をしなければ、強制的に結婚させると言われた」
「結婚すればいいじゃないか」
「相手は成人したばかりの18歳の少女だ。それに、僕は男しか愛せない」
「ふーん。で? なんで俺なんだよ」
「職場が同じだから、まるで接点がない者よりも、実は交際していたと言っても不審に思われにくい」
「まぁそうだろうけど」
「堂々と浮気されたら困るが、結婚して一年経ったら、好きに恋人をつくってもらって構わない。三年経ったら離婚する。それまで、偽装結婚に付き合って欲しい」
「えぇ……」
アルマンド達が暮らす国は、『愛こそが全て』という女神を信仰しているから、同性同士でも結婚ができる。
イサークと結婚しても、アルマンドにはなんの利益もない。断ろうと口を開こうとしたら、イサークが先に口を開いた。
「謝礼として、離婚時に500万ハナーを渡そう」
「500万!? 正気か? イサーク。そんな大金」
「金を使う趣味がないから貯金はある。離婚するまでに500万くらい貯まるだろう」
「それ、ほぼ全財産を俺にくれちゃうことになるんじゃない?」
「金はまた貯めればいい。今の仕事は給料がいいから、そのうち貯まる」
「まぁそうだろうけど」
アルマンドは現在26歳だ。今すぐに結婚をして、三年後に離婚をしても29歳。まだ余裕で再婚できる年齢である。500万ハナーもあれば、結婚資金としては十分だし、自分も貯金を頑張れば、新居を建てられるかもしれない。
一年経てば、恋人をつくってもいいようだし、なんだか悪くない話な気がしてきた。堅物を絵に描いたようなイサークが何かしてくるとも思えないし、アルマンドは女専門だから、アルマンドから何をする気もない。
アルマンドは少しだけ考えて、イサークに手を差し伸べた。
「その話、乗った」
「ありがとう。助かる」
「いえいえ。こちらこそ。結婚式はするのか?」
「一応。式場の手配は済んでいる。あとは礼服の準備だけだ」
「ふぅん。どこに住むんだ?」
「僕の家は一軒家だ。貸家で少し古いが、二階建てで狭い庭がある。お互いの生活空間を十分確保できると思う」
「じゃあ、そっちに引っ越すよ。俺の家は狭い集合住宅だから。えーと、じゃあ、三年。よろしく。イサーク」
「よろしく」
イサークがいつもの不愛想な無表情でアルマンドの手を握って、やんわりと振った。
こうして、アルマンドとイサークの偽装結婚生活が始まった。
―――――――
アルマンドは喧しい目覚まし時計の音で目覚めると、のろのろと起き上がり、目覚まし時計の音を止めた。欠伸を連発しながら、寝間着のまま階下の脱衣所にある洗面台に向かい、顔を洗って髭を剃る。寝癖を直していると、寝間着姿のイサークがやって来た。まだ寝ぼけている様子の半眼のイサークに声をかける。
「おはよう。イサーク」
「……おはよう」
「今朝の卵は目玉焼きとオムレツ、どっち?」
「……オムレツ」
「りょーかい」
イサークが心なしかゆらゆらしながら寝間着を脱ぎ、曇りガラスの引き戸の向こうにある風呂場へと入っていった。アルマンドは寝間着のまま台所へと向かい、朝食を作り始めた。
イサークと偽装結婚して、一か月近くが経とうとしている。イサークと暮らし始めてから知ったのだが、イサークは朝に弱かった。家事は交代制で分担してやっているのだが、朝食だけはアルマンドが固定で作っている。一緒に暮らし始めた最初の頃に、寝ぼけているイサークが作った微妙過ぎる朝食を食べてから、朝食だけはアルマンドが絶対に作ると決めた。
手早くオムレツと野菜スープを作り、買い置きのパンを軽く焼き直していると、仕事用の服に着替えたイサークが台所に顔を出した。目がまだ半分閉じている。朝食を食べて、食後に濃いめの珈琲を飲まないと、イサークは完全に覚醒しない。
「……洗濯、どっち」
「今日は俺。もう出来上がるから、居間で座ってろよ」
「……わかった」
イサークがふらっと台所から出ていったので、濃いめの珈琲を淹れてから、お盆に朝食をのせて居間のテーブルに運ぶ。大人しく椅子に座っているイサークは、半眼のまま、ぼーっとしていた。今にも寝落ちそうな顔をしている。
「イサーク。起きろー。飯」
「……ん」
アルマンドが声をかけ、イサークの前に皿を並べると、イサークがぼそっと食前の祈りを口にしてから、もそもそと朝食を食べ始めた。アルマンドもささっと朝食を食べ、のろのろ食べているイサークを放置して、洗濯を仕掛けに脱衣所に向かった。魔導洗濯機に洗濯物を突っ込み、洗剤を入れてからスイッチを押す。家中のカーテンを開けて回れば、一気に家の中が明るくなる。今日はよく晴れているから、洗濯物がよく乾きそうだ。自分の部屋に行って枕を窓辺に干し、布団を庭に運んで干す。スペースが空いているし、ついでだから、イサークの部屋に行って、イサークの布団も干してやる。
居間に行くと、漸く覚醒した様子のイサークが新聞を読みながら珈琲を飲んでいた。アルマンドは手早く食器類を重ねて台所に運び、ささっと洗って片付けた。
朝食の後片付けが終わったタイミングで、洗濯が終わる音が聞こえた。チラッと壁にある時計を見れば、少し急がないと間に合わない時間になっている。アルマンドはバタバタと洗濯物を庭に干し、自室で仕事用の服に着替えて、鞄を持って階段を駆け下りた。玄関でイサークが待っていたので、イサークと一緒に家を出る。
イサークは結婚しても無口だ。本当に必要最低限のことしか話さない。今日の買い物と夕食はイサーク担当だから、歩きながら今夜食べたいものをイサークに伝えると、アルマンドも無言のまま、職場へと歩いて行った。
イサークとの結婚生活は、思っていたよりも穏やかなものだ。職場では、結婚の時に一部の騎士達が『俺達の姫が結婚した!!』と騒いでいたが、アルマンドは華麗にスルーした。誰が姫だこんにゃろうとは思ったが。
結婚して一緒に暮らし始めても、イサークは変わらない。仕事中は必要最低限の会話だけだし、昼食を一緒にとるようになったが、会話らしい会話はない。家に帰っても、ほぼ喋らない。食事は一緒に食べるが、夕食を食べて風呂に入ったら、それぞれの部屋に引き上げている。一緒に酒を飲んだのは、偽装結婚の話を持ち掛けられた時だけだ。やらなきゃいけない家事が半分になったくらいしか、特に変化がない気がする。アルマンドは、騎士達に言い寄られたりすることなく、無駄に気を使わなくていい今の生活を割と気に入っている。
一日の仕事を終えてイサークと一緒に帰っていると、イサークがぼそっと口を開いた。
「夕食は魚でよかったな」
「うん。バター焼きがいい。ワインも買ってきてくれよ」
「わかった」
「あ、明日の朝の卵がないから、卵もよろしく」
「あぁ」
「あとはー、明日休みだから珈琲豆はいつもの喫茶店に買いに行くとして。ベーコンも買ってきておいてよ。あと人参」
「あぁ」
「明日の昼飯とかの材料は、明日の午前中に買いに行けばいいか。明日の朝は喫茶店で飯食わない? 珈琲豆を買いに行くし」
「構わない」
「じゃ、そういうことで。買い物よろしく。俺は洗濯物を取り込むわ」
「あぁ」
家の前で買い物に向かうイサークと別れて、アルマンドは家の中に入り、自室に鞄を置いて、庭に干していた洗濯物や布団を取り込み始めた。洗濯物を畳み終える頃にイサークが帰ってきた。台所に直行したイサークに夕食作りを任せて、夕食が出来上がるまで居間で本を読む。イサークはそこまで料理上手というわけではないが、アルマンドも似たようなものなので、何を出されても文句は言わない。どっちも、特別美味しくはないが、一応食えるものが作れるから問題ない。
イサークと無言のまま夕食を食べると、順番に風呂に入ってから、自室に引き上げた。アルマンドは寝酒を飲みながら、のんびり本を読んで、お日様の匂いがする布団に潜り込んだ。
イサークとの暮らしにも、完全に慣れてきた。イサークは家でも喋らないが、特に気にならない。そういうものだと思っている。どうせ離婚するのが前提なのだし、無理に仲良しこよしする必要もない。アルマンドは、明日の朝食は喫茶店で何を食べようかとぼんやり考えながら、穏やかな眠りに落ちた。
――――――
イサークと結婚して半年が経つ。今日の買い物と夕食はイサーク担当なので、アルマンドは先に家に帰ると、洗濯物を取り込み始めた。イサークとの生活は特になんの変りもない。イサークは必要最低限しか話さないので、アルマンドもそうしている。お互いに食事の好き嫌いくらいは把握しているが、それ以外は殆ど干渉しない生活を送っている。
洗濯物を畳み終えた頃に、イサークが帰ってきた気配がした。いつもなら台所に直行するのに、何故かアルマンドがいる居間にやって来た。イサークの手には、買い物袋と、何故か花束がある。アルマンドが近寄ってきたイサークをきょとんと見ると、イサークが無言で花束を渡してきた。
「なにこれ。どうしたのさ」
「今日、誕生日だろう」
「あ、そういやそうか。俺の誕生日なんか、よく知ってたな」
「結婚の時の書類で見た」
「あぁ。なるほど。えーと、ありがとう?」
「あぁ」
花が好きというわけでもないのだが、イサークが誕生日祝いにとくれたものだ。なんとなく嬉しくて、アルマンドは花束の華やかな匂いを嗅いで、小さく笑った。イサークが古ぼけた白い花瓶を持ってきたので、花束を活けて、テーブルに飾る。夕食は、いつも買うものより上等な肉のステーキだった。アルマンドが好きな蒸留酒もあった。アルマンドは、イサークもこういう気遣いができるのだと、ちょっと意外に思いながらも、なんとなく胸の奥が擽ったくて、ご機嫌に美味しい夕食と蒸留酒を楽しんだ。
いつもなら風呂から出たら自室に引き上げるが、なんとなくイサークともう少し酒を飲みたい気がして、アルマンドはイサークを誘って、居間で一緒に酒を飲み始めた。ぶっちゃけ断られるかと思ったが、予想外にイサークはアルマンドの誘いに乗ってくれた。
香りがいい蒸留酒をちびちび飲みながら、アルマンドはイサークに話しかけた。
「イサークってさ、好きな相手はいないの?」
「……一応、いる」
「ふぅん。そいつと結婚すればよかったのに」
「既婚者だから無理だ」
「おや。片想いか」
「あぁ」
「俺と離婚した後はどうすんの?」
「別に。一人で暮らすだけだ」
「新しい恋はしないのか?」
「その予定はない」
「ふぅん。よっぽど好きなのか。その片想い相手」
「……まぁ。……どうせ実ることがない無駄な想いだ」
「無駄ではないでしょ。人を好きになるって、それだけで素敵なことじゃん?」
「……そうだろうか」
「そうだよ。まぁ、俺も恋が実ったことなんてないけどね。『貴方を男の人として見れないの』ってフラれるばっかり」
「そうか」
「俺って、そんなになよなよして見える?」
「……美人だとは思う」
「そりゃどーも。俺もイサークみたいな顔だったらよかったのになぁ」
「……僕は君のような顔がよかった。そうしたら、告白する勇気が出たかもしれない。相手が結婚する前に」
「お互い、ないものねだりだなぁ。相手って騎士?」
「あぁ」
「ふぅん」
「……君のように美しい顔をしていても、どうせ僕なんか相手にされなかっただろう。喋るのは苦手だし、気が利くわけでもない。趣味らしい趣味もないし、つまらない男だから」
「そうかな? 君と暮らすのは割といいよ? 変に気を使わなくていいし。程よい距離感がすごく楽」
「……そうか?」
「君は人との距離の取り方が上手い方だと思うけど。まぁ、確かに無口ではあるけど、一応意思疎通はできるしさ。俺は今の生活を割と気に入ってるよ」
「僕は退屈な男なのに?」
「別に退屈とは思わないけど。俺ってさ、仕事中は愛想よくしてるじゃない」
「あぁ」
「ニコニコ愛想よくするのも、それなりに疲れるわけ。仕事だけじゃなくて、家でもそうしなきゃいけなかったら、休める時がないじゃない。君は俺がニコニコしてなくても気にしないだろ? そういうところとか、すごい気が楽」
「そういうものか。……君にずっと憧れていた。僕が持っていないものを全部持っているから」
「え? なにそれ?」
「愛想よく笑うことも、明るく喋ることも、沢山の人と仲良くなれることも、僕にはできない。君がずっと羨ましくて、そうなりたいとずっと憧れていた」
「えー。イサーク、めちゃくちゃ仕事できるじゃない」
「数字にちょっと強いだけだ。場を明るくしたりなんて芸当、逆立ちしたってできない。君が笑うと、周りまで明るくなる」
「そうかな?」
「あぁ」
「イサークって、もしかして自分に自信がない人?」
「……そんなもの、あったことがない」
「へぇ。なんか意外だなぁ。君って仕事バリバリできるから。俺は確かに愛想よくできるけど、仕事は君に比べたら遅いし。君みたいに仕事が速くできたらなぁって思ってたんだけど。うん。やっぱりお互いないものねだりだね」
「そうかもしれないな」
「イサークってモテないの?」
「……たまに声をかけられるが、どうしたらいいのか分からなくて、いつも反射的に断っている」
「ありゃ。勿体無い」
「……僕なんかが恋人になっても、間違いなく相手が楽しくない」
「それは相手次第だと思うよ? ていうか、君は結構卑屈だなぁ。顔は整ってるし、仕事もバリバリできるし、家事もそれなりにできるんだから、もうちょっと自信持ちなよ。趣味が欲しいなら、なんなら一緒に趣味になりそうなことをやってみる? 君が卑屈過ぎて、なんか気の毒になってきたし」
「例えば?」
「そうだなぁ。……あ、陶芸教室とかは? 俺の親戚が工房やってて、定期的に陶芸教室やってるんだ。試しに行ってみる? 子供の頃にマグカップとか作ったことがあるけど、結構楽しいよ。あとは、釣りとか、盤上ゲームとか? 食べ歩きも楽しそうだよね。いつも珈琲豆買う喫茶店以外に、美味しい喫茶店を探してみたりとかさ。どうせ、あと二年半は結婚したまんまなんだし、一緒に趣味探ししてみない? 休みの日は基本家事以外やることなくて暇だし」
アルマンドの提案に、イサークがきょとんとした後で、唇をむにむにさせて、こくんと頷いた。いつもとは違い、どこかおずおずとした様子で、イサークが口を開いた。
「その、付き合ってもらえるだろうか。趣味探し」
「いいよー。俺も読書以外の趣味が増えたら楽しいし。二人で色んなことをやってみよう」
「あぁ。……その、よろしく」
「うん」
アルマンドは二ッと笑って、イサークと握手をした。イサークがほんの微かに口角を上げた。なんとなく嬉しそうなイサークに、アルマンドはちょっとウキウキし始めた。イサークと趣味探しで色んな事に挑戦するのは結構楽しそうだ。今の生活はとても穏やかで気が楽だが、ちょっと退屈でもあった。楽しみが増えるのはいいことだ。日々の生活に張り合いが出てくる。
アルマンドは、イサークが買ってきてくれていた酒が無くなるまで、イサークと初めてと言っていい程、沢山お喋りをした。
イサークと酒を飲んだ次の休日。アルマンドはイサークを連れて、親戚の工房を訪ねた。親戚のおじさんに頼めば、快く陶芸教室をしてもらえることになった。イサークは、初めて体験するマグカップ作りを真剣に、でもどこか楽しそうにやっていた。アルマンドも久しぶりにマグカップを作りながら、なんとなくワクワクしていた。
次の休日は釣りに行き、その次の休日は喫茶店巡りをして、更にその次の休日は古書店巡りをした。イサークはいつも通り無表情だが、どこか楽しそうで、ほんの少しだけ口数が増えてきた気がする。
休日の今日は街の美術館に来ている。美しい湖が描かれた絵を見ながら、イサークが小さな声で話しかけてきた。
「いつか、こんな美しい所に行ってみたい」
「これ、ミニャー地方にある湖だよな。旅行で行ってみる?」
「ミニャー地方まで、片道半年はかかる。働いている間は無理だ」
「あり? そんなに遠かったんだ。ふぅん。じゃあ、仕事を引退した時に、お互い独り身だったら一緒に行こうか」
「え?」
「ん? 俺と二人旅は嫌?」
「……嫌じゃない。きっと楽しそうだ」
「こんな絶景を眺めながら飲む酒は美味そうだなぁ」
「君は存外酒好きだな」
「まぁね。美味しいからさ。酒」
「……老後が楽しみになってきた気がする」
「ははっ。俺もー。旅行なんてしたことないしね」
アルマンドがへらっと笑うと、イサークが小さく笑った。イサークは、趣味探しを始めてから、たまーーに笑うようになった。ちょっと聞いただけだが、イサークの両親は厳しい人で、学生時代はひたすら勉強ばかりをやっていたらしい。幼い頃も、友達をつくって遊びことが禁じられていて、ずっと家庭教師から勉強を習っていたそうだ。正直、どうかと思う親である。多分、イサークは触れたことがないものが多い。触れたことがないのなら、これから触れたらいいだけの話だ。アルマンドもイサークも、まだ20代である。人生まだまだ長いのだから、少しずつ色んなものに触れていけばいい。結婚している間は、それに付き合おうかなと思う程度には、アルマンドはイサークのことを気に入っている。
アルマンドは、湖の絵が収録されている画集を買っているイサークの横顔をチラッと見て、小さく笑った。
――――――
イサークと結婚して一年が過ぎた。アルマンドが朝食の後片付けを終えたタイミングで、庭に洗濯物を干していたイサークが台所に顔を出した。今日は休日である。アルマンドは地味なイサークの私服を見て、ふと思い立った。
「イサーク。今日は服を買いに行こう」
「服なら十分持っている」
「いや、そういう地味なやつじゃなくて、ちょっとお洒落なやつを買ってみよう。俺もそろそろ新しいのが欲しいし」
「……派手なのは似合わない」
「派手なのがお洒落ってわけじゃないし。落ち着いた雰囲気のお洒落服を探しに行こう。俺達、まだ若いんだし、お洒落も楽しまなきゃ。あ、なんなら、髪も弄ってみる? 俺、整髪剤持ってるよ。とりあえず前髪上げてみる?」
「……結婚式でしか髪を弄ったことがない。似合わないだろう。僕なんかに」
「そんなことはないって。ちょっと整髪剤持ってくる。今日はお洒落の日ってことで!」
アルマンドはバタバタと自室に向かい、自分が持っている洒落た服に急いで着替えて、整髪剤を片手に居間に戻った。居間にいた地味な恰好をしたイサークの髪を弄り、アルマンドはまじまじとイサークを眺めた。いつもは下ろしている前髪を上げると、男前度が少し増す。ちょっと羨ましい。秀でた額を出していた方が格好いいい。アルマンドがそう言うと、照れたのか、イサークが眉間に皺を寄せて、ほんのり頬を赤らめた。
二人で家を出て、お洒落な服を取り扱っている服屋へと向かう。アルマンドは、服屋でイサークに何着も試着させて、イサークに似合う服を探した。これだ! という服を見つけて会計する頃には、イサークがちょっとぐったりしていたが、まぁ気にしないことにする。自分の分の服も買ったアルマンドは、二人とも着て出られるように店員に頼んで、新たなお洒落服で店を出た。折角お洒落したのだから、今日はちょっといい店で昼食を食べるのもありだ。アルマンドは楽しくなってきて、心なしかぐったりしているイサークを連れて、ちょっとお高いけど美味しいと評判の飲食店に入った。
昼食後はのんびり散歩がてら色んな店を冷やかして、夕食もちょっとお高いけど美味しい店で食べた。程よく酔って店を出て何気なく空を見上げると、まん丸の月がアルマンド達を見下ろしていた。煌々と光る月がキレイだ。アルマンドは、空を見上げながらイサークに声をかけた。
「イサーク。月がキレイだ」
「あぁ。今夜は満月か」
「家に帰ったら、月を見ながら酒を飲まない? 連休だし」
「構わない」
「ふふっ。なんか楽しいなぁ」
「……僕もだ」
「おっ。それはよかった」
「君といると楽しい。目新しいものばかりに触れる。君は絵本に登場する魔法使いみたいだ」
「あはっ。なんか照れる。俺もイサークと一緒になんかするの楽しいよ」
「そ、そうか……アルマンド」
「んー?」
「その……手っ! 手を、繋いでもいいだろうか」
「別にいいけど?」
「あ、あぁ」
空を見上げてたアルマンドがイサークを見ると、月明かりでも分かる程顔が真っ赤に染まっていた。そこまで飲ませた覚えはないのだが、酔っているのだろう。アルマンドの手を握ったイサークの手は、じんわり温かかった。アルマンドはイサークと手を繋いで、ぽつぽつと他愛のないことを話しながら家に帰った。
家に帰り着くと、アルマンドは庭に椅子と小さめのテーブルを出して、イサークと一緒に酒を飲み始めた。肴は夜空に光るキレイな月だけで十分だ。アルマンドがお気に入りの蒸留酒をまったり飲んでいると、イサークが口を開いた。
「アルマンド」
「んー?」
「……その、君のことが好きだと言ったら迷惑だろうか」
「え? 別に? 多分、普通に嬉しいかな?」
「嬉しいのか」
「うん。なんか、イサークと一緒にいるのが当たり前って感じだし」
「君は女が好きなんだろう。男の僕に好かれて気持ち悪くないのか」
「いやー? 確かに女が好きだけど、イサークだし、気持ち悪くはないかな」
「……僕と、セックスできる?」
「え? さぁ。どうだろう。やってみないと分からない。ん? もしかして俺が抱かれるの?」
「いや。その……僕が抱かれたい」
「ふぅん? んーー。試してみる? セックス、できるか」
「い、いいのか?」
「んー。単純にイサークに好きになってもらえたのは嬉しい気がするし。あ。でも、勃たなかったらごめんね」
「……アルマンド」
「なに?」
「僕は君が好きだ」
「うん。ありがとう。同じだけの気持ちを返せるかは分からないけど、俺もイサークが割と好きだよ」
「あぁ」
隣に座るイサークを見れば、イサークは顔が真っ赤になっていた。月明かりでぼんやり照らされているイサークの横顔をじっと見れば、耳まで赤くなっている。アルマンドは、男に抱かれるのは流石に嫌だが、抱くならまだありかなぁとぼんやり思った。顔を真っ赤に染めて、どこか嬉しそうに頬をゆるめているイサークは、なんだかちょっと可愛い気がする。とりあえず試しにキスをしてみるかと思い、アルマンドはグラスをテーブルの上に置いて、イサークの手を握り、イサークの顔に顔を寄せた。無言で唇にキスをすると、間近に見えるイサークの目が驚いたように見開かれた後で、嬉しそうにキラキラと深い青色の瞳が輝いた。やっぱりちょっと可愛い気がする。
唇を触れ合わせたまま、イサークが囁いた。
「初めて、キスをした」
「そっかー」
「アルマンド。僕の部屋に来てくれるか」
「いいよ」
アルマンドは深く考えずに頷いた。イサークが照れたように小さく笑って、アルマンドの手を握ったまま立ち上がった。そのまま、手を繋いで二階のイサークの部屋に向かう。アルマンドはイサークの部屋に入ると、ベッドに腰かけ、服を脱ぎ始めたイサークをぼんやり眺めた。
「俺、男同士のセックスの仕方、知らないんだけど」
「僕が知っている」
「セックスしたことあるの?」
「……その、本で読んだ。じ、自分でもしている」
「あ、なるほど。じゃあ、今日は任せていい?」
「あぁ。その、頑張る」
「うん。一緒に気持ちよくなろうか」
アルマンドは自分も着ていた服を全て脱ぐと、ベッドに仰向けに寝転がった。全裸のイサークがアルマンドの身体に跨って、アルマンドの唇に触れるだけのキスをした。はぁっと熱いイサークの吐息が唇にかかる。イサークの顔を見上げれば、どこかとろんとした顔をしていた。なんだかちょっと色っぽい。アルマンドは、ぎこちなく触れてくるイサークの好きにさせた。
イサークの意外と柔らかい尻肉を揉みしだきながら、アルマンドはイサークのアナルにペニスを抜き差ししていた。きつい締めつけも熱くて柔らかい中の感触も、酷く気持ちがいい。腹側を意識してペニスで擦ると、イサークが背をしならせて、控えめに喘ぐ。イサークの気持ちよさそうな低い喘ぎ声が妙に興奮を煽ってくる。既に一度、イサークの中に射精している。イサークの中は狭くてきつくて気持ちがいい。気持ちよさそうに顔を歪めて喘ぐイサークは、なんだか可愛くて、いやらしくて、ぐっとくるものがある。
アルマンドは、イサークの尻肉から手を離し、イサークの腰を掴んで、パンパンパンパンッと肌同士がぶつかり合う音が響く程激しく下腹部をイサークの尻に打ちつけ、イサークの奥へ奥へとペニスを激しく抜き差しし始めた。
「あっ! あっ! あっ! あ、あるまんどっ! いっ、いくっ!」
「はっ、はっ、イッて。イサーク。俺も、やばいっ」
「あ、あ、あーーーーっ!」
イサークが裏返った声を上げながら、ビクンビクンと身体を大きく震わせた。ぎゅうっときつくアナルでペニスを締めつけられて、アルマンドもイサークの中に精液を吐き出した。
はぁー、はぁー、と荒い息を吐きながら、ゆっくりと萎えたペニスをイサークのアナルから引き抜くと、アルマンドはどさっと腰を下ろした。休憩なしの二発はちょっと疲れる。
四つん這いだったイサークがのろのろと身体を動かし、アルマンドと向かい合って胡坐をかいた。イサークが手を伸ばしてアルマンドの頬を包み、身体ごとアルマンドに近寄って、アルマンドの唇にキスをした。アルマンドは、ぎこちないけれど情熱的なキスに応えながら、汗ばむイサークの身体をやんわりと撫でた。
なんだか意外と普通にイサークとセックスができてしまった。イサークが自分でアナルを解すところを眺めるのは割と興奮したし、イサークのアナルにペニスを突っ込むのもそんなに抵抗がなかった。一緒に暮らして、なんだかんだで楽しい日々を送って、イサークに情が湧いたのかもしれない。
アルマンドはイサークの身体を抱きしめて、キスをしながらイサークの身体を押し倒した。気が済むまで舌をねっとりと絡ませてから、唇を離して、イサークの顔を見下ろす。イサークがとろんとした顔で嬉しそうに笑った。ちょっと可愛いじゃないか。アルマンドは、イサークの熱い頬にキスをして、再びイサークの身体を撫で回し始めた。ちょっと疲れているが、イサークのキスでペニスがまた元気になってしまった。控えめに喘ぎながら身を捩るイサークが正直どうにも可愛い。これはハマるなーと思いながら、アルマンドはイサークの熱と快感に溺れた。
――――――
アルマンドが目覚めると、イサークがすぐ隣で布団の中で丸くなっていた。がばっと布団を剥ぐと、イサークは両手で顔を覆っていた。耳まで真っ赤になっている。お互い全裸のままである。アルマンドは大きな欠伸をしてから、起き上がって、ちんまりになっているイサークに声をかけた。
「イサーク。おはよう」
「……お、おはよう」
「身体、大丈夫?」
「……ちょっと腰と尻が痛いだけだ」
「ありゃ。今日の家事は俺がするから、イサークはゆっくりしてなよ」
「いや、僕もやる」
「そう? イサーク」
「……なに」
「気持ちよかったね」
「……あぁ」
「イサーク」
「……なに」
「キスしたい」
イサークが暫しの沈黙の後で、のろのろと顔から手を離し、顔を上げた。イサークの顔は真っ赤になっている。のろのろと伏せていた身体を起こしたイサークの唇にキスをすると、イサークの深い青色の瞳が嬉しそうに輝いた。
アルマンドは、ちょっとだけ考えて、イサークと向かいあって胡坐をかき、イサークの両手を握った。
「イサーク。三年で離婚の予定だったけどさ、予定変更しない?」
「……いいのか?」
「うん。なんかイサーク可愛いし」
「か、可愛くはない」
「可愛いよ。イサークに好かれてるの嬉しいし、セックスできちゃったし、こうなったら死ぬまで一緒にいよう。一緒に楽しいことをいっぱいして、仕事を引退したら旅行して、のんびり暮らそうよ」
アルマンドの言葉に、イサークの目が潤んだ。今にも涙が零れ落ちそうになっているイサークがこくんと頷き、アルマンドの身体に抱きついてきた。イサークがアルマンドの耳元で囁いた。
「愛している」
「うん。俺も同じだけ愛してるって思ったら、その時に言うよ」
「あぁ。アルマンド」
「んー?」
「ありがとう。君を好きになれて本当によかった」
「うん。俺も君が好きだよ。もう一緒にいるのが当たり前だからさ。このままずっと一緒にいようね」
「あぁ」
アルマンドはイサークの身体を抱きしめて、すんと小さく鼻を鳴らしたイサークの頬に頬ずりをした。
偽装結婚の筈だったが、イサークと一緒にいるのは心地いいし、アルマンドのことが好きなイサークはなんだか可愛い。このまま一生二人で過ごすのもありかな、と思う程度には、イサークに対して情が湧いている。
アルマンドはイサークの頬にキスをして、顔を離して見つめ合い、小さく笑った。イサークに『愛してる』というまで、多分そう時間はかからない気がする。
アルマンドはイサークと手を繋いでベッドから下り、風呂場に向かいながら、まだ頬が赤いイサークにぴったりと寄り添った。
(おしまい)
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騎士団で雑用係をしているアイシャは、とある休日、男も惚れる程格好いいと噂の副団長ディーゼルに声をかけられた。
アイシャとディーゼルのちょっとしたお話。
苦労性可愛い攻め✕スパダリ男前受け。
※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
率先して自宅警備員してたら宅配業者に両思い判定されてた話
西を向いたらね
BL
[配達員×実家暮らしニート]
・高梨悠斗 (受け)
実家住みのニート。常に家にいるため、荷物の受け取りはお手の物。
・水嶋涼 (攻め)
宅急便の配達員。いつ荷物を届けても必ず出てくれる受けに対して、「もしかして俺のこと好きなのでは…?」となり、そのままズルズル受けの事が好きになる。
第二の人生は珈琲の香りと共に
丸井まー(旧:まー)
BL
五十歳で騎士を定年退職したベネディクトは、同期のアーカイドに誘われて喫茶店を始めた。
第二の人生を楽しむおっさん達のささやかな幸せのお話。
男前おっさん✕男前おっさん。
※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。
死ぬまで愛せよ。相棒
丸井まー(旧:まー)
BL
警邏隊で働くセシリオには、相棒がいる。相棒のロレンソに片想いをして早三年。ロレンソへの恋心は墓まで持っていくつもりだったが、ある日、一緒に酒を飲んだ流れで、ついぽろっとセシリオの秘密をバラしてしまう。
男前✕平凡顔ガチムチふたなり♂。
※ふたなり♂受けです。
※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。
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感想をありがとうございますっ!!
本当に嬉しいです!!
温かくも嬉し過ぎるお言葉をくださり、本当に本当にありがとうございますーー!!(感涙)
嬉し過ぎて、胸がいっぱいです!
一か月程書いていなかったので、ちょっと久しぶりに書きました。
楽しく書けて、ほっとしております。
二人のささやかな幸せの物語をお楽しみいただけて、本当に嬉しいです!
お読み下さり、本当にありがとうございました!!