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家族になる為の一撃
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ヘジスの朝は、師匠であるノルベルトの寝込みを襲うことから始まる。
そーっと慎重に音を立てないようにノルベルトの私室のドアを開け、助走をつけて飛び上がり、仰向けに寝転がって豪快な鼾をかいているノルベルトの鳩尾を狙って、肘を叩き込もうとした。いける!と思った次の瞬間、ヘジスの腹にノルベルトの足裏が激しく打ち込まれ、ヘジスの身体が吹っ飛んだ。腹に感じた蹴りの強い衝撃に、がはっと息が詰まり、ヘジスはべしゃっと床に落下した。蹴られた腹を押さえて低く呻くヘジスを、ベッドに寝転がったままノルベルトが眺めて、大きな欠伸をした。
「甘いんだよ。ばーか」
ヘジスを馬鹿にするように、ぶっとノルベルトが屁をこいた。もぞもぞと布団の中に潜り込んだノルベルトに腹が立つ。ヘジスはギリギリと歯軋りをしながら、よろよろと立ち上がった。
「師匠。起きろ。朝飯できてる」
「あと5時間」
「阿呆か。あと1時間で仕事だ」
「はぁー。めんどくっせ」
ノルベルトが怠そうにのろのろと身体を起こした。癖っ毛の薄茶色の髪は爆発しており、ここ数日剃るのをサボっている髭が伸びて、完全に小汚い無精髭になっている。顔立ちそのものは悪くない。地味に整っている。真っ直ぐな眉に、タレ目なので、おっとりした印象を受ける顔立ちだ。今は小汚いおっさんだけど。曇天のような鈍い灰色の瞳が、ヘジスを見た。
「朝飯なに?」
「目玉焼きをパンに乗っけたやつ」
「おー。食うわ」
「うん」
ベッドから下りて、よれよれのトランクス1枚の姿でトイレに向かうノルベルトを見送り、ヘジスは少し汚れたエプロンを叩いてキレイにしてから、台所へと移動した。
ヘジスも師匠であるノルベルトも魔法使いである。魔物の討伐を主としている騎士団に所属している。ノルベルトは医療魔法が専門で、医者の資格も持っている。医者とは思えない程武闘派で、喧嘩っ早く、口も悪い。ヘジスも医療魔法の修行を続けながら、医者の資格をとる為に、働きながら日々勉強に励んでいる。ヘジスは頭がいい方ではないから、人よりもずっと頑張らないとできない。ヘジスは今年で22歳になるが、未だに医者の資格が取れていない。早い者だと18歳、普通でも20歳くらいで資格を取る者が多い。医者を目指す者は、だいたい10歳くらいから勉強を始めるらしい。ヘジスは医者になる勉強を始めたのが15歳と遅かったし、元々の頭の出来がそんなにいい方じゃないから時間がかかっている。医療魔法の修行と医者になる勉強、それと同時進行でノルベルトから徒手空拳を習っている。
ヘジスは11歳の時にノルベルトに拾われた。
ヘジスの故郷である小さな村は、魔物の大群に襲われ、壊滅した。ヘジスの両親もまだ小さかった妹もその時に死んだ。生き残ったのはヘジスを含めた数人だけだ。
ヘジスが生き残ったのは、ただ運がよかっただけだ。ヘジスは妹を抱きしめて、自宅の地下にある食糧庫に隠れていた。両親はヘジス達を食糧庫に押し込めると、家の中にまで入ってきた魔物の囮になりに行った。微かに聞こえてくる両親の叫び声を耳にしながら、暗闇の中で、ヘジスは幼い妹を強く抱きしめていた。完全に静かになって、不安に押し潰されそうになり、ヘジス達は食糧庫から出てしまった。家の中には、食い散らかされた両親の残骸と魔物がいた。魔物はすぐにヘジス達を襲った。ヘジスは魔物に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。魔物は先に妹を食い始めた。朦朧とした意識の中、ヘジスは可愛くて堪らなかった妹が食われるところを、ただ見ていることしかできなかった。妹をすぐに食い終えた魔物が、ヘジスに近寄ってきた。不思議と怖いとは思わなかった。食い散らかされた両親も妹も、もっとキレイに食えよ、と訳が分からないことを考えながら、魔物の牙が迫るのをただ眺めていた。肩に食いつかれた瞬間、魔物の身体が吹っ飛んだ。バタバタと騎士が何人もやって来て、魔物を殺した。誰かに医療魔法をかけられながら、ヘジスは生き残ってしまうのだと察した。
生き残ったヘジスは、ヘジスを治療した男ノルベルトに引き取られることになった。無気力になり、何もできなくなったヘジスを、ノルベルトは熱心に世話した。時間が薬になったのだろう。ノルベルトのお陰もあって、ヘジスは数年かけて立ち直り、ノルベルトと同じ医者になりたいと思えるようになった。幸い、ヘジスには医療魔法の適正があった。
ヘジスはノルベルトを師匠と呼び、ノルベルトに鍛えられる日々を送っている。
20歳の頃に、ノルベルトと賭けをした。ヘジスがノルベルトから1本取ったら、ヘジスの願いを1つだけ叶えてやると。勿論、ノルベルトが叶えてやれることだけだ。ヘジスは賭けに乗った。
ヘジスの願いは、ノルベルトと家族になることだ。ヘジスが16歳になり、成人を迎えた頃から、ノルベルトはヘジスの結婚のことを口に出すようになった。ヘジスはそれが嫌で堪らなかった。女になんか興味はない。男にも興味はない。ヘジスはノルベルトだけが好きなのだ。これがどんな種類の好意なのかは分からない。分からなくてもいい。ただ、ヘジスはずっとノルベルトと一緒に暮らして、側にいたかった。結婚してノルベルトの家を出ろという言葉を、まだ修行中の半人前だからとのらりくらりと躱していたが、ノルベルトの口からその言葉が出てくるのが嫌で堪らなかった。
ヘジスにとって、家族はノルベルトだけだ。ヘジスの世界は、ノルベルトを中心に回っている。ノルベルトの側から絶対に離れたくない。『そろそろ師匠離れしろよ』と言ってくる輩もいるが、余計なお世話だ。ノルベルトは師匠であると同時に、ヘジスの唯一の家族だ。家族だと思っているのはヘジスだけかもしれないが、それでもいい。ノルベルトの側にいられれば、関係の名前なんてどうでもいい。
ヘジスは毎日、隙あらばノルベルトを襲撃して、必死に賭けに勝とうと奮闘している。
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ノルベルトは襲ってきたヘジスの足を払い、地面に叩きつけた。べしゃっと地面に伏したヘジスの背中にどっかりと座り込み、胸ポケットから煙草の箱を取り出して、煙草を咥えて、魔法で小さな火を起こして煙草に火をつける。深く煙を吸い込み、ふぃーっと細く長く吐き出した。
「重い。おっさん」
「このまま腕立て伏せ50回な」
「できるかぁ!!」
「がんばれー」
「くそぉぉぉぉ!!」
ノルベルトがヘジスの大きくなった背中の上で胡座をかくと、ヘジスがひぃひぃ言いながら、腕立て伏せを始めた。ものすごくヘジスの身体がぷるぷるしている。それでも頑張って腕立て伏せをやろうとしているのだから、ノルベルトの弟子は根性とやる気だけはある。
ノルベルトはヘジスの短く刈り上げた後頭部を見た。ヘジスの髪は麦穂のような色合いで、今は見えていないが、穏やかな水面のような澄んだ青い瞳をしている。顔立ちはすっかり幼さが無くなり、しゅっとした鋭い顔つきになった。ちょっと爬虫類っぽい感じがする。割と好き嫌いが分かれる感じの顔立ちだ。完全に声変わりが終わって久しい。すっかり低くなった声で奇妙な唸り声を上げながら、なんとか頑張って10回は腕立て伏せができた。11回目で、ヘジスはノルベルトを背中に乗せたまま、べしゃっと地面に潰れた。
ノルベルトはクックッと笑いながら、愛弟子の汗まみれの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「まだまだだな。ヘジス」
「う、うっせぇ……すぐに追い越すし」
「がんばれー」
「今に見てろ!」
「はいはい。今日の晩飯はシチューがいい」
「うん」
ノルベルトはヘジスの背中にどっかり座ったまま、2本目の煙草に火をつけた。
足音が聞こえてきたので、音がする方を見れば、腐れ縁の友人であるアデマールが呆れた顔をして此方に近づいてきた。
すぐ側に来たアデマールが、ノルベルトを見下ろし、呆れを隠さない大きな溜め息を吐いた。
「お前ら、またやり合ってたのかよ。飽きねぇなぁ」
「賭けは続行中だからな」
「あっそ。勤務時間内は自重しやがれ」
「ヘジスに言え。俺は返り討ちにしただけだ」
「へージースー。次に勤務時間中にノルベルトと遊びやがったら、ノルベルトの飯に下剤を仕込むからな」
「はぁ!?……すんません……」
「よろしい。2人とも、団長が呼んでる」
「おう」
「はい」
ノルベルトはどっこらしょっと立ち上がった。ヘジスも立ち上がり、地面について汚れた制服をパタパタと手で叩いてキレイにしている。
ノルベルトはヘジスの頭をわしゃっと撫でてから、ヘジスを連れて団長室へと向かい、歩き始めた。
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ノルベルトは眠っているヘジスを背負い、月明かりに照らされた道を歩いていた。つい先程まで、魔物討伐遠征の慰労会が行われていた。約3ヶ月の任務で、気前のいい団長が討伐メンバー全員に酒を奢ってくれた。ノルベルトとヘジスも同行したので、がっつり酒を飲んだ。酒に弱いヘジスは慰労会開始1時間で潰れ、会場の隅っこに転がって寝ていた。今もぐっすり寝ていて、起きる気配がない。
「くそ重てぇなぁ」
拾った頃に比べたら格段に重くなったヘジスの身体に、ノルベルトは小さな笑みを浮かべた。
遠征先でヘジスを拾ったのは、単なる気まぐれだ。魔物に親を殺された子供なんて、いくらでもいる。ノルベルトもそうだった。ノルベルトの場合は、運良くまともな孤児院に入れて、国の奨学金を貰えたから、騎士団所属の医者になれた。魔物に親を殺された子供をいちいち拾っていたらキリがない。普段なら怪我の治療をして近場の孤児院に連れて行くだけなのだが、ヘジスはなんとなく拾ってしまった。自宅へ連れ帰り、ぼんやりと生きる気力がないヘジスの世話をした。
ヘジスは拾った当初、全然泣かなかった。ガラス玉みたいな虚ろな目をしていて、ピクリとも表情が動かなくなっていた。魔物に襲われていたヘジスを騎士達と救出して治療した時も、ただぼんやりとしていた。
ヘジスが初めて泣いたのは、ノルベルトがヘジスを風呂に入れる時に、ペニスの皮を剥いて洗った時だ。拾った当初から気になってはいたのだが、身体がとにかく弱っていたので、ペニスの皮を剥いて洗うのは後回しにしていた。拾って3ヶ月くらい経った頃に、そろそろいいかと思い、ヘジスの皮被りのペニスの皮を剥いて、皮と亀頭の間に溜まっていた恥垢をがっつり洗い落とした。皮を剥いて洗うのがよほど痛かったのか、いつだってぼんやりとした無表情で声を出さなかったヘジスが、泣き叫んだ。ノルベルトは容赦なくしっかりとヘジスのペニスを洗い、ひんひん泣くヘジスに、ペニスの皮を剥いて洗うことの重要性をしっかりと説明した。暫くは風呂に入れる度に逃亡しようとしていたヘジスだったが、毎回ノルベルトが捕獲して、問答無用でペニスの皮を剥いてしっかりと洗ってやっていたら、そのうち慣れたのか、諦めたのか、大人しく風呂に入り、自分でペニスも含めた身体を洗うようになった。それまでは、ノルベルトが身体や髪を洗ってやらないと、ただぼんやりしているだけだったのだ。きっかけがペニスの皮とはなんとも言えないが、結果良ければ全て良しである。それから、少しずつだが、ヘジスは生き返った。自発的に食事をしようとしていなかったのに、自分で食事を取るようになり、部屋の隅っこに蹲っているだけだったのに、外に散歩に出るようになり、ノルベルトが教えてやれば読み書きの練習をしたり本を読むようになった。
少しずつ時間をかけて、ヘジスは元気になっていった。
ヘジスが医者になりたいと言い出した時は嬉しかった。生きる気力が無かったヘジスが、やりたいことを見つけてくれたことが何よりも嬉しかった。
ノルベルトは自分が遠征の時は、知人の医者をしている老爺にヘジスを預け、帰ってきたら、ヘジスに医療魔法と医術、それから身を守る為の体術を教えるようになった。ヘジスは、ひぃひぃ言いながらも、しっかりとノルベルトの教えに従い、日々努力を重ねている。子供が望めないノルベルトにとって、ヘジスは我が子のような存在である。
ノルベルトには子種がない。不能ではなく、ちゃんと勃起して射精できるが、ノルベルトの精液には子種が含まれていない。18歳の時に結婚して、嫁もノルベルトも子供が欲しかった。しかし、中々子供ができず、結婚して2年目に、自分の精液を調べた。そうしたら、ノルベルトには子種がないことが分かった。嫁と話し合い、ノルベルトは離婚することを選んだ。嫁は同じ孤児院の出で、子供が好きで、自分の子供を産んで育てることが夢だった。嫁はまだ当時20歳で、まだまだ再婚できる歳だし、健康になんの問題もない。実際、ノルベルトと離婚して半年後に再婚した後は、その半年後には妊娠していた。
ノルベルトは自分の家族を持つことを諦めた。歳を取って騎士団を引退したら、小さな診療所でもやりながら、犬でも飼おうと思っていた。そんなノルベルトに、思わぬ形で家族ができた。
ヘジスはノルベルトの弟子だが、同時にノルベルトの大事な家族だ。照れ臭くて本人に言ったことはないが、ヘジスの幸せを何よりも願っている。気立てのいい娘と結婚して、子供をつくって、平凡な温かい家庭をつくってほしいと思っている。何故か本人にその気がないのが、とても残念である。ヘジスが成人してから、一度娼館に連れて行って放り込んだ事があるのだが、ヘジスはすくに帰ってきて、本気で怒った。『好きでもない相手に興味はない』と。
何度かヘジスに内緒で見合いもさせているのだが、全然上手くいかない。最近は、ヘジスは男が好きなんじゃないだろうかと思うようになってきた。世の中には、少ないが、同性同士で愛し合う者達もいる。ノルベルトの知り合いにも、1人だけいた。そいつは、戦闘中に恋人だった男を庇って死んだ。庇われた男は、そいつを殺した魔物を殺した後、そいつの後を追って死んだ。それだけ深く愛し合っていたのだろう。男同士の愛は酷く重いのだと、ノルベルトはその時、少し怖いと思った。
ヘジスが男が好きなら、それでも構わない。しかし、相手を後追いをするような苛烈な愛し方はしないでほしい。仮に愛する者を失っても、生きてほしい。これはノルベルトの親心のようなものだ。エゴだと言ってもいい。
それでも、それだけヘジスはノルベルトにとっては大事な存在なのである。
自宅に帰りつくと、ノルベルトはヘジスの部屋に入り、適当にヘジスをベッドに放り投げた。間抜け面で寝ているヘジスの寝顔は、拾った頃と変わらない。ノルベルトは小さく口角を上げ、静かにヘジスの部屋を出た。
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今朝も奇襲に失敗したヘジスは、蹴られて痛む腹を擦りながら、手早く朝食を作り、半分寝呆けているノルベルトを急かしながら朝食を食べ、やる気のないノルベルトの身支度を手伝ってから、ノルベルトの手を握って引っ張って走り、職場へ向かった。なんとかギリギリ遅刻せずに済んだヘジスは、漸くシャキッとしたノルベルトの指示に従い、騎士団の朝稽古で怪我をした者達の治療を始めた。
慌ただしい一日を終えると、ヘジスはノルベルトと一緒に市場で買い物をして、家へと向かって歩いた。歩きながら、あっ、とノルベルトが声を上げた。
「なに?買い忘れ?」
「ちげぇよ。明日、お前の誕生日じゃねぇか」
「え?そうだっけ?」
「そうだよ。忘れてたのかよ」
「この歳で誕生日とか気にしねぇし」
「引き返して酒を買うぞ。ちょうど明日は休みだ。1日、祝いの酒盛りすんぞ」
「師匠が酒飲みてぇだけだろ」
減らず口を叩きながらも、ヘジスは本当に嬉しくて堪らなかった。ノルベルトは毎年ヘジスの誕生日を祝ってくれる。ヘジスが生まれた事に感謝して、『幸多き一年を』と祈ってくれる。
ヘジスはノルベルトと一緒に酒屋へ向かって歩きながら、こっそり笑みを浮かべた。
ヘジスの誕生日当日の朝。ヘジスはいつも通り、こそーっとノルベルトの部屋に侵入して、ノルベルトをベッドから蹴り落とすべく、助走をつけて飛び上がった。いけるっ!と思った瞬間、ノルベルトの大きな手がヘジスの足首をガッと掴み、そのままヘジスは床に叩きつけられた。衝撃で、がはっと息が詰まる。また失敗した。
ノルベルトがベッドからヘジスを見下ろし、小馬鹿にするように笑った。
「ばーか。気配がダダ漏れなんだよ」
「くっそ……」
「おらよ。すかしっぺ」
「くっさ!!おえっ!くっさ!!」
ヘジスがベッドから下りて、床に這いつくばるヘジスの前に拳を突き出し、ぱっと掌を開いた。もわぁと屁の匂いがして、ヘジスはおっさんの屁の臭さに鼻を抑えて悶えた。床をゴロゴロと転げ回るヘジスを見てゲラゲラ笑っていたノルベルトが、またヘジスの頭元にしゃがんだ。また、すかしっぺを臭わされるのかとヘジスが身構えていると、ノルベルトがヘジスの頭を優しくぽんと叩き、ふっと笑みを浮かべた。
「誕生日おめでとう。ヘジス。幸多き一年を」
「……ありがと。師匠」
「あ、プレゼントはさっきの屁な」
「これ以上ない最悪のプレゼントがきたっ!?」
「冗談だ。ばーか。ちゃんと用意してあらぁ」
「あ、ありがと」
クックッと楽しそうに笑うノルベルトを見上げて、ヘジスもゆるく笑った。
ヘジスが作った朝食を食べると、ノルベルトが台所に篭った。いつもはヘジスが料理をするが、誕生日のご馳走だけは、ノルベルトが作ってくれる。ヘジスはノルベルトからプレゼントとして貰った淡い青色の硝子ペンを光に透かして眺めたりしながら、胸の中がぽかぽかする感じに目を細めた。
ノルベルトが作ってくれたご馳走をたらふく食べた後、ヘジスは目の前の愉快な酔っ払いを呆れた顔で眺めた。ノルベルトは朝からいつもより上機嫌で、酒を飲むペースも早かったから、まだ夕方にもなっていないのに、もう完全な酔っ払いになっている。ヘジスは食前酒をほんの少し飲んだだけだ。ヘジスは酒に弱く、飲んだらすぐに寝てしまうので、誕生日の日は、食前酒を一口しか飲まないと決めている。折角、ノルベルトが祝ってくれるのに、すぐに寝てしまっては勿体無い。
ノルベルトがだらしない顔でヘラヘラ笑いながら、ビシッとヘジスを指差した。
「おい馬鹿弟子!そろそろ結婚しろ!」
「いや」
「なんでだよー。俺に孫を抱かせろよー」
「いや」
「何でそんなに嫌がるんだよ。いいぞー。結婚は。可愛い嫁さんが毎日一緒なんだぞー」
「……師匠って結婚したことあんの?」
「ん?おぉ。離婚したけど」
「なんで?」
「俺が種無しだったから」
ノルベルトがゆるい笑みを浮かべて、ぐっとグラスの酒を一息で飲み干した。ヘジスは予想外の答えに、どう反応を返したらいいのか分からなかった。
「嫁さんは子供が好きでよ。魔物に家族皆殺されて、自分1人が生き残ったから、尚更失った家族ってもんに憧れを持ってたんだよ。俺じゃあ、嫁さんの夢を叶えてやれねぇから、話し合って別れた」
「……師匠はそれでよかったのかよ」
「ははっ。嫁さんに心底惚れてたからなぁ。惚れた女にゃ幸せになってほしいだろ?」
「じゃあ、師匠は?師匠の幸せはいいのかよ」
「んあ?あー。まぁ、今はお前がいるしなぁ。俺の今の夢はお前の子供を抱っこすることかねぇ」
穏やかな顔で笑うノルベルトに、ヘジスは泣きたくなった。ノルベルトは既にヘジスを家族だと思ってくれている。それは素直に嬉しい。でも、違う。違うと、今分かった。ヘジスが欲しいのは、家族じゃなくて、ノルベルトだ。ノルベルトと共に生きる人生が欲しい。
ヘジスはガタッと音を立てて勢いよく椅子から立ち上がり、きょとんとヘジスを見上げているノルベルトの胸ぐらを掴んで、ノルベルトの下唇に勢いよく噛みついた。
「いっ!?」
「……1本、とった」
「はぁ!?これはねぇだろ!!」
「1本は1本。賭けは俺の勝ち」
「おいおい。待て待て。これは狡いぞ」
「うっせぇ。俺の願いは師匠とずっといることだ。結婚なんてしない。女になんて興味がない。師匠だけが欲しい」
「……はぁぁぁぁ!?」
驚いたように目を剥いて叫ぶノルベルトの膝に乗り上げ、ヘジスはまたノルベルトの唇に噛みついた。うっすらノルベルトの血の味がする。どうやら強く噛みすぎたようである。ノルベルトの唇の傷を舐めていると、ノルベルトがヘジスの肩を両手で掴み、ぐいっと自分の身体からヘジスを離した。
酔いが覚めたのか、ノルベルトが怖いくらい真剣な目でヘジスを見つめていた。
「おい。それはあれか。俺が好きとかそういうやつか」
「うん」
「落ち着け。冷静になれ。どれだけ年の差があると思ってんだ。俺、今年で40だぞ」
「知ってる。おっさん」
「誰がおっさんだ。てめぇこの野郎。……俺なんかと一緒になったところで、何も残せねぇだろうが」
「残せる。俺にとっての幸せな記憶は死んでも残る」
「……この馬鹿弟子」
ヘジスの言葉に、ノルベルトが顔をくしゃっと歪ませた。ノルベルトが低く唸り、低い声でヘジスの名前を呼んだ。
「ヘジス。俺にはお前が息子のようにしか思えねぇ」
「息子から恋人に昇格してくれ。今すぐ」
「無茶言うなぁ!?」
「願い事1つ叶えてくれる約束だろ」
「いや確かに約束しましたけど!?こんなん予想してる訳ねぇだろ!?」
「師匠。……ノルベルト。俺はアンタがまるごと欲しい」
「…………」
ノルベルトは暫くの間、無言で眉間に深い皺を寄せ、なにやら考えていたようだが、そのうち、とても大きな溜め息を吐いた。
「ちゃんとお前をそっちの意味で愛せるようになるか分からんぞ」
「大丈夫。すぐになる」
「その自信はどこからくるの?なんなの?」
「俺の師匠は約束は破らない」
「……その信頼が今は地味に辛い……お前、俺を抱きたいのか」
「おっさんのだらしねぇゆるいケツ穴は流石にちょっと……」
「おい!?待て待て。お前、俺が好きなんだよな!?」
「好きだけど」
「好きな相手にあんまりな言い草じゃない!?」
「事実だろ。屁ばっかこきやがって。くせぇんだよ」
「屁ぐれぇ好きにこかせろ」
「ノルベルトが俺を抱けばいいだろ」
「え、えぇ……勃つかな……」
「勃つ」
「その自信はどっからくんだよ!本当に!!」
ヘジスはノルベルトの首に両腕を絡め、ノルベルトの薄い唇にねろーっと舌を這わせた。
「男なんて単純だから、舐めれば勃つって、騎士団のおっさん達が言ってた」
「確かにそうですけどね!!くっそ!いらん知恵をつけやがって」
「つーことで、舐める」
「今っ!?」
「今」
ヘジスはノルベルトの唇に自分の唇を重ねて、ちゅくっと軽く下唇を吸うと、ノルベルトに止められる前にノルベルトの膝の上から下りて、床に跪いた。慌てた様子のノルベルトの股間をズボンの上から鷲掴みすれば、ノルベルトが諦めたような顔で溜め息を吐いた。
「馬鹿ヘジス。やり方は知ってるのか」
「知らない。でも、できる」
「その自信はどこからくるのかなぁ。本当に。……俺の部屋に行くぞ。実際にやったことはねぇけど、一応知識としては男同士のやり方も知ってる」
「よっしゃ!」
「わー。素敵な笑顔ー。この野郎」
ヘジスは満面の笑みを浮かべ、バッと立ち上がり、ノルベルトの両手を掴んで引っ張って、ノルベルトを椅子から立たせた。ノルベルトの気が変わらないうちにと、ノルベルトの腕を掴んで、ノルベルトの部屋まで足早に移動する。
微妙に小汚いノルベルトの部屋に入るなり、ヘジスは勢いよくノルベルトをベッドに押し倒した。ノルベルトの身体に跨り、今日も小汚い無精髭面の愛おしい男の顔を見下ろして、ヘジスはにんまりと笑った。
いそいそとそのまま服を脱ぎ始めたヘジスを見上げて、ノルベルトが呆れた顔をした。
「色気もクソもねぇな」
「そんなもん知らねぇよ」
「はぁ……ほら。いい子だから、ちょっとどけ。俺が脱げないだろ」
「逃げない?」
「逃げない。約束は守るもんだろ」
「うん」
ヘジスはノルベルトの言葉に、にへっと笑って、そっとノルベルトの身体の上からどき、脱いだシャツを適当に放り投げ、ズボンとパンツもまとめて脱ぎ捨てた。ノルベルトも服を脱ぎ、全裸になった。ノルベルトの身体は、医者とは思えないくらい逞しく鍛えられていて、胸板が厚く、腹筋もバキバキに割れていた。もう40歳になるのに、一緒に風呂に入っていた頃と、然程変わらない身体つきである。ヘジスはなんとなく自分の身体を見下ろした。自分も日々頑張って鍛えているので、それなりに胸筋もついているし、腹筋もしっかり割れている。それでも、全体的な厚みは、まだノルベルトには敵わない。なんとも悔しい。
ノルベルトがベッドから下りて、ごちゃごちゃと色んなものが置いてある棚の所に行き、何かを手に持って戻ってきた。
「それ何?」
「傷薬の軟膏。本当は専用の香油の方がいいんだが、無いからしょうがねぇ。中は清浄魔法でキレイにする。自分でできるか?」
「それくらい普通にできる」
「じゃあ、やってみろ」
「うん」
ヘジスは自分の腰の辺りに手を当て、清浄魔法を発動させた。ちゃんと発動できたと思う。これで中はキレイになった筈だ。
ノルベルトがパァンと自分の頬を両手で強く叩き、真剣な顔でヘジスを見た。
「今からお前を抱く。多分、痛いだろう。それてもいいのか」
「いいよ。ノルベルトと一緒になれるなら、なんでもいい」
「……そうかよ」
「あ、先に舐める?」
「いよいよ勃たなかった時でいい。……触るぞ」
「触って」
ヘジスはノルベルトにベッドに押し倒された。ノルベルトを見上げ、ヘジスがにひっと笑えば、ノルベルトが小さく溜め息を吐いた。
「頑張れ。俺。この色気のない奴を抱いてやろうじゃねぇの」
「頑張れ。ノルベルト」
「おー」
やる気があるような無いような微妙な声と共に、ヘジスの唇にノルベルトの唇がくっついた。優しく下唇や上唇を何度も吸われて、ノルベルトの舌がヘジスの唇を突いた。ヘジスが口を開けると、ぬるりとノルベルトの舌がヘジスの口内に入ってきた。歯列をゆっくりとなぞられ、上顎をぬるぬると擦られると、腰の辺りがぞわぞわする。ヘジスはノルベルトの首に両腕を絡め、自分からノルベルトの舌に自分の舌を擦りつけた。経験はないが、下世話な話を聞いたことくらいあるので、多少の知識はある。ノルベルトの酒臭い唾液を飲み込み、ノルベルトの熱い舌の感触に酔っていると、ノルベルトの大きな手がヘジスの身体を撫で始めた。首筋や肩、二の腕辺りを撫で回され、胸筋を揉むようにふにふにと胸元を触られる。不思議とぞわぞわと気持ちがいい。下腹部にどんどん熱が溜まっていく。
完全に息が上がる頃に、ノルベルトがヘジスの口から口を離し、ねっとりと首筋に舌を這わせ、どんどん下へと向かい始めた。鎖骨を舐め、胸毛の生えていない胸筋の谷間を舐め、ちょこんとした淡い茶褐色のヘジスの乳首に舌を這わされる。乳首に熱くぬるついたノルベルトの舌の感触を感じただけで、身体が勝手にぶるりと震え、興奮がより高まっていく。
ヘジスは腰をくねらせて、大きく熱い息を吐いた。
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ノルベルトは四つん這いになったヘジスを見下ろし、むっきりした尻肉を両手で掴んで、大きく広げた。ヘジスは体毛が薄い方で、大人になった今でも、陰毛はまだ生えかけの子供のようだった。アナルの周りにも当然毛など生えていない。赤みの強い窄まりが、皺を大きくしたり小さくしたりしながら、ひくひくと小さく収縮している。意外とキレイなものだ。元嫁のアナルなんてセックスの時にしこたま見たものだが、ヘジスのアナルは元嫁よりもキレイかもしれない。
ノルベルトはむにむにと弾力のある尻肉を揉みながら、ヘジスのアナルに舌を這わせた。ビクッと小さくヘジスの腰が跳ねる。ねっとりとアナル全体を舐め、舌先を尖らせて、チロチロと皺の隙間をなぞるように舐めれば、ヘジスがくぅーんと犬の鳴き声のような声を上げた。アナルで気持ちよくなれる奴となれない奴がいるとは聞いている。どうやらヘジスは気持ちよくなれる方らしい。
ノルベルトは小さく口角を上げて、ヘジスのアナルが自然と綻ぶまで、熱心にしつこい程ヘジスのアナルを舐めた。
また拾った頃は完全に皮被りの子供ペニスだったヘジスだが、今ではすっかり勃起すれば自然と剥けるようになっていた。それでも下の方に残る皮を優しく手で剥いてやれば、亀頭と皮のほんの隙間に、ごくごく微かにだが、恥垢があった。舌で丁寧に恥垢を舐め取ってやれば、ヘジスは半泣きで喘ぎながら、勢いよく射精した。ノルベルトは、思いっきりヘジスの精液を顔にかけられた。
いきなり顔射はどうかと思うというか、若干イラッとしたので、責任持って、ヘジスにノルベルトの顔についた自分の精液を舐めとらせた。ちょっと興奮したのは秘密である。
息子のように思っていたヘジスのアナルを舐め回している訳だが、困った事に、ノルベルトも何故か興奮して勃起してしまっている。自分は息子同然の男に欲情する変態だったのかと凹みたい一方、大事なヘジスの望む通りにしてやれると嬉しくも思う。
ノルベルトはヘジスがひんひん喘いで『もうイキたい』と懇願してくるまでアナルを舐め回し、漸くヘジスのアナルから口を離した。傷薬の軟膏を自分の指とヘジスのアナルにたっぷりと塗りつけ、ゆっくりとヘジスのアナルに中指を押し込んでいく。前立腺さえ見つけてしまえば、ヘジスはもっと気持ちよくなれる筈だ。ヘジスのアナルは熱く、括約筋がキツくノルベルトの指を締めつけ、その奥はぬるついた柔らかい腸壁が指を包み込んでくる。正直、かなり興奮する感触である。これはペニスを挿れたら絶対に気持ちがいい。女のそことは違う締めつけの強さに、興奮して背筋がゾクゾクする。
ノルベルトはゆっくりと中指を抜き差しして、ヘジスのアナルに軟膏を馴染ませ、ゆっくりとした動きで、腸壁を傷つけないよう指の腹でヘジスの前立腺を探し始めた。これでも医者の端くれである。ヘジスの前立腺はすぐに見つかった。微かに痼のようになっている所を指の腹ですりすりと擦ってやれば、ヘジスが驚いたような裏返った声を上げて、腰をビクビクッと震わせた。
ノルベルトはぬこぬこと指を動かし、時間をたっぷりかけて、慎重にヘジスのアナルを解した。
ノルベルトの指が3本スムーズに抜き差しできるようになる頃には、ヘジスはだらしなく俯せに寝転がった状態になっていた。前立腺は勿論、アナルの入り口あたりの敏感な所を指で刺激してやる度に、泣き濡れた喘ぎ声を上げ、ビクンビクンッと身体を震わせる。
そろそろいいかと思ったノルベルトは、ずるぅっとヘジスのアナルから指を引き抜いた。自分の勃起したペニスにも軟膏を追加でたっぷり塗りつけ、ぽこっと口を開け、大きく収縮しているヘジスのアナルにペニスの先っぽを押しつける。
俯せに寝転がった状態のヘジスに覆い被さってぴったりとくっつき、ノルベルトはゆっくりと腰を動かして、ヘジスのアナルに自分のペニスを押し込んだ。
解しても尚狭くてキツい括約筋がノルベルトのペニスを締めつけ、熱くゆるついた柔らかい腸壁が優しくノルベルトのペニスに絡みついてくる。ちょっとこれはヤバいくらい気持ちがいい。ノルベルトは、ふーっと大きく息を吐き、下腹部にぐっと力を込めて射精を堪えながら、根元近くまでヘジスのアナルに自分のペニスを押し込んだ。
少し馴染むまで動かずにいようと思っていたノルベルトだったが、先にヘジスが動き出した。腰をくねらせ、小さく自分のアナルにノルベルトのペニスを抜き差ししている。おそらく、シーツに自分のペニスを擦りつけているのだろう。
痛くないのなら、好都合だ。ノルベルトは、ゆっくりとした動きで、腰を動かし始めた。ペニスの先っぽギリギリまで引き抜き、前立腺を擦るよう意識しながら、根元近くまでペニスを深く押し込む。
枕に顔を埋めているヘジスのうなじに優しく噛みついてから、ノルベルトはヘジスの名前を呼んだ。
「ヘジス」
「は、ぁ、あぁっ、んっ」
「こっち向け」
ヘジスは素直に枕から顔を上げ、首を捻るようにしてノルベルトの方を見た。ヘジスの顔は汗と涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃで、真っ赤に染まり、とろんと蕩けた目をしていた。ノルベルトが腰を動かしながら舌を伸ばせば、ヘジスも舌を伸ばして、ノルベルトの舌に自分の舌を絡めた。
ぐっぐっと小刻みに腰を動かしながら、めちゃくちゃに舌を絡め合う。酷く気持ちがいい。溢れ落ちるノルベルトの低い掠れた喘ぎ声も耳に心地いい。
「あ、あ、あ、またっ、でるっ、でるっ」
「イケよ。おら。ここが気持ちいいだろ?」
「あぁっ!?あっ!あっ!あっ!っ、あぁぁぁぁっ!!」
「は、あぁっ、くっそ……」
「あぁ!?いっ!?」
「もうちょい、がんばれ、俺も、出す」
「あ!あっ!あーーっ!あっ!ひぃぃっ!!」
「はっ、~~~~っあぁっ……」
イッてビクビク小刻みに震えるヘジスの身体を押さえつけ、ノルベルトは小刻みに腰を速く強く動かし、自分もヘジスの奥深くに思いっきり精液をぶち撒けた。
はぁ、はぁ、と荒い息を吐きながら、ノルベルトはヘジスの身体を抱きしめた。ヘジスがノルベルトを目だけで見上げて、へらっと笑った。
「これで、ノルベルトは俺の家族だ」
「……もうとっくの昔に家族だろ」
「違う。新しい家族」
「……そうだな」
嬉しそうに笑うヘジスに小さく笑い返し、ノルベルトは関係性が変わった愛し子の唇に、優しくキスをした。
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ヘジスは洗濯物を干し終えると、診察室を覗きに行った。診察室では、ノルベルトが馴染みの近所の老爺と世間話をしながら、膝を診てやっていた。
ヘジスが無事医者の資格を取ると、ノルベルトはヘジスも連れて騎士団を辞め、自宅を改築して、小さな診療所を始めた。魔物を討伐する騎士団に同行するのは、どうしても危険が伴う。ノルベルトはヘジスが危険な環境にいるのを嫌がり、引き止める騎士団の者達を振り払って、退職金を使って診療所を開いた。
診療所には毎日近くの住人達が訪れ、意外と忙しい毎日を送っている。ヘジスもノルベルトの助手として経験を積みながら、穏やかな日々を満喫していた。
ちょうど昼時に患者がいなくなったので、ヘジスは大急ぎで昼食を作り、ノルベルトと一緒に食べ始めた。ノルベルトが昼食をガツガツと勢いよく食べた後、お茶を飲みながら、ボソッと呟いた。
「俺の墓の土地を買った」
「は?」
「お前も一緒に入れてくれるよう頼んである」
「……」
「俺の後は追うなよ。医者として、できるだけの事を精一杯やってから来い」
「……まだまだ先の話だろ」
「まぁな。100まで生きるつもりだしな。俺」
「介護は任せとけよ。爺」
「誰が爺だ。爺になるのはまだまだ先だ。馬鹿弟子」
ポンポン軽口を叩きながら、ヘジスは嬉しくて、へらっと笑った。どうやら死んだ後も、ノルベルトの側に置いてくれるらしい。ノルベルトが先に逝った後は、ノルベルトに沢山の土産話をしてやれるよう、精一杯1人で生きよう。ノルベルトとの幸せな思い出が数え切れないくらいあるから、きっと大丈夫だ。
ヘジスとノルベルトは、急患が駆け込んで来るまで、のんびりと食後のお茶を楽しんだ。
(おしまい)
そーっと慎重に音を立てないようにノルベルトの私室のドアを開け、助走をつけて飛び上がり、仰向けに寝転がって豪快な鼾をかいているノルベルトの鳩尾を狙って、肘を叩き込もうとした。いける!と思った次の瞬間、ヘジスの腹にノルベルトの足裏が激しく打ち込まれ、ヘジスの身体が吹っ飛んだ。腹に感じた蹴りの強い衝撃に、がはっと息が詰まり、ヘジスはべしゃっと床に落下した。蹴られた腹を押さえて低く呻くヘジスを、ベッドに寝転がったままノルベルトが眺めて、大きな欠伸をした。
「甘いんだよ。ばーか」
ヘジスを馬鹿にするように、ぶっとノルベルトが屁をこいた。もぞもぞと布団の中に潜り込んだノルベルトに腹が立つ。ヘジスはギリギリと歯軋りをしながら、よろよろと立ち上がった。
「師匠。起きろ。朝飯できてる」
「あと5時間」
「阿呆か。あと1時間で仕事だ」
「はぁー。めんどくっせ」
ノルベルトが怠そうにのろのろと身体を起こした。癖っ毛の薄茶色の髪は爆発しており、ここ数日剃るのをサボっている髭が伸びて、完全に小汚い無精髭になっている。顔立ちそのものは悪くない。地味に整っている。真っ直ぐな眉に、タレ目なので、おっとりした印象を受ける顔立ちだ。今は小汚いおっさんだけど。曇天のような鈍い灰色の瞳が、ヘジスを見た。
「朝飯なに?」
「目玉焼きをパンに乗っけたやつ」
「おー。食うわ」
「うん」
ベッドから下りて、よれよれのトランクス1枚の姿でトイレに向かうノルベルトを見送り、ヘジスは少し汚れたエプロンを叩いてキレイにしてから、台所へと移動した。
ヘジスも師匠であるノルベルトも魔法使いである。魔物の討伐を主としている騎士団に所属している。ノルベルトは医療魔法が専門で、医者の資格も持っている。医者とは思えない程武闘派で、喧嘩っ早く、口も悪い。ヘジスも医療魔法の修行を続けながら、医者の資格をとる為に、働きながら日々勉強に励んでいる。ヘジスは頭がいい方ではないから、人よりもずっと頑張らないとできない。ヘジスは今年で22歳になるが、未だに医者の資格が取れていない。早い者だと18歳、普通でも20歳くらいで資格を取る者が多い。医者を目指す者は、だいたい10歳くらいから勉強を始めるらしい。ヘジスは医者になる勉強を始めたのが15歳と遅かったし、元々の頭の出来がそんなにいい方じゃないから時間がかかっている。医療魔法の修行と医者になる勉強、それと同時進行でノルベルトから徒手空拳を習っている。
ヘジスは11歳の時にノルベルトに拾われた。
ヘジスの故郷である小さな村は、魔物の大群に襲われ、壊滅した。ヘジスの両親もまだ小さかった妹もその時に死んだ。生き残ったのはヘジスを含めた数人だけだ。
ヘジスが生き残ったのは、ただ運がよかっただけだ。ヘジスは妹を抱きしめて、自宅の地下にある食糧庫に隠れていた。両親はヘジス達を食糧庫に押し込めると、家の中にまで入ってきた魔物の囮になりに行った。微かに聞こえてくる両親の叫び声を耳にしながら、暗闇の中で、ヘジスは幼い妹を強く抱きしめていた。完全に静かになって、不安に押し潰されそうになり、ヘジス達は食糧庫から出てしまった。家の中には、食い散らかされた両親の残骸と魔物がいた。魔物はすぐにヘジス達を襲った。ヘジスは魔物に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。魔物は先に妹を食い始めた。朦朧とした意識の中、ヘジスは可愛くて堪らなかった妹が食われるところを、ただ見ていることしかできなかった。妹をすぐに食い終えた魔物が、ヘジスに近寄ってきた。不思議と怖いとは思わなかった。食い散らかされた両親も妹も、もっとキレイに食えよ、と訳が分からないことを考えながら、魔物の牙が迫るのをただ眺めていた。肩に食いつかれた瞬間、魔物の身体が吹っ飛んだ。バタバタと騎士が何人もやって来て、魔物を殺した。誰かに医療魔法をかけられながら、ヘジスは生き残ってしまうのだと察した。
生き残ったヘジスは、ヘジスを治療した男ノルベルトに引き取られることになった。無気力になり、何もできなくなったヘジスを、ノルベルトは熱心に世話した。時間が薬になったのだろう。ノルベルトのお陰もあって、ヘジスは数年かけて立ち直り、ノルベルトと同じ医者になりたいと思えるようになった。幸い、ヘジスには医療魔法の適正があった。
ヘジスはノルベルトを師匠と呼び、ノルベルトに鍛えられる日々を送っている。
20歳の頃に、ノルベルトと賭けをした。ヘジスがノルベルトから1本取ったら、ヘジスの願いを1つだけ叶えてやると。勿論、ノルベルトが叶えてやれることだけだ。ヘジスは賭けに乗った。
ヘジスの願いは、ノルベルトと家族になることだ。ヘジスが16歳になり、成人を迎えた頃から、ノルベルトはヘジスの結婚のことを口に出すようになった。ヘジスはそれが嫌で堪らなかった。女になんか興味はない。男にも興味はない。ヘジスはノルベルトだけが好きなのだ。これがどんな種類の好意なのかは分からない。分からなくてもいい。ただ、ヘジスはずっとノルベルトと一緒に暮らして、側にいたかった。結婚してノルベルトの家を出ろという言葉を、まだ修行中の半人前だからとのらりくらりと躱していたが、ノルベルトの口からその言葉が出てくるのが嫌で堪らなかった。
ヘジスにとって、家族はノルベルトだけだ。ヘジスの世界は、ノルベルトを中心に回っている。ノルベルトの側から絶対に離れたくない。『そろそろ師匠離れしろよ』と言ってくる輩もいるが、余計なお世話だ。ノルベルトは師匠であると同時に、ヘジスの唯一の家族だ。家族だと思っているのはヘジスだけかもしれないが、それでもいい。ノルベルトの側にいられれば、関係の名前なんてどうでもいい。
ヘジスは毎日、隙あらばノルベルトを襲撃して、必死に賭けに勝とうと奮闘している。
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ノルベルトは襲ってきたヘジスの足を払い、地面に叩きつけた。べしゃっと地面に伏したヘジスの背中にどっかりと座り込み、胸ポケットから煙草の箱を取り出して、煙草を咥えて、魔法で小さな火を起こして煙草に火をつける。深く煙を吸い込み、ふぃーっと細く長く吐き出した。
「重い。おっさん」
「このまま腕立て伏せ50回な」
「できるかぁ!!」
「がんばれー」
「くそぉぉぉぉ!!」
ノルベルトがヘジスの大きくなった背中の上で胡座をかくと、ヘジスがひぃひぃ言いながら、腕立て伏せを始めた。ものすごくヘジスの身体がぷるぷるしている。それでも頑張って腕立て伏せをやろうとしているのだから、ノルベルトの弟子は根性とやる気だけはある。
ノルベルトはヘジスの短く刈り上げた後頭部を見た。ヘジスの髪は麦穂のような色合いで、今は見えていないが、穏やかな水面のような澄んだ青い瞳をしている。顔立ちはすっかり幼さが無くなり、しゅっとした鋭い顔つきになった。ちょっと爬虫類っぽい感じがする。割と好き嫌いが分かれる感じの顔立ちだ。完全に声変わりが終わって久しい。すっかり低くなった声で奇妙な唸り声を上げながら、なんとか頑張って10回は腕立て伏せができた。11回目で、ヘジスはノルベルトを背中に乗せたまま、べしゃっと地面に潰れた。
ノルベルトはクックッと笑いながら、愛弟子の汗まみれの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「まだまだだな。ヘジス」
「う、うっせぇ……すぐに追い越すし」
「がんばれー」
「今に見てろ!」
「はいはい。今日の晩飯はシチューがいい」
「うん」
ノルベルトはヘジスの背中にどっかり座ったまま、2本目の煙草に火をつけた。
足音が聞こえてきたので、音がする方を見れば、腐れ縁の友人であるアデマールが呆れた顔をして此方に近づいてきた。
すぐ側に来たアデマールが、ノルベルトを見下ろし、呆れを隠さない大きな溜め息を吐いた。
「お前ら、またやり合ってたのかよ。飽きねぇなぁ」
「賭けは続行中だからな」
「あっそ。勤務時間内は自重しやがれ」
「ヘジスに言え。俺は返り討ちにしただけだ」
「へージースー。次に勤務時間中にノルベルトと遊びやがったら、ノルベルトの飯に下剤を仕込むからな」
「はぁ!?……すんません……」
「よろしい。2人とも、団長が呼んでる」
「おう」
「はい」
ノルベルトはどっこらしょっと立ち上がった。ヘジスも立ち上がり、地面について汚れた制服をパタパタと手で叩いてキレイにしている。
ノルベルトはヘジスの頭をわしゃっと撫でてから、ヘジスを連れて団長室へと向かい、歩き始めた。
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ノルベルトは眠っているヘジスを背負い、月明かりに照らされた道を歩いていた。つい先程まで、魔物討伐遠征の慰労会が行われていた。約3ヶ月の任務で、気前のいい団長が討伐メンバー全員に酒を奢ってくれた。ノルベルトとヘジスも同行したので、がっつり酒を飲んだ。酒に弱いヘジスは慰労会開始1時間で潰れ、会場の隅っこに転がって寝ていた。今もぐっすり寝ていて、起きる気配がない。
「くそ重てぇなぁ」
拾った頃に比べたら格段に重くなったヘジスの身体に、ノルベルトは小さな笑みを浮かべた。
遠征先でヘジスを拾ったのは、単なる気まぐれだ。魔物に親を殺された子供なんて、いくらでもいる。ノルベルトもそうだった。ノルベルトの場合は、運良くまともな孤児院に入れて、国の奨学金を貰えたから、騎士団所属の医者になれた。魔物に親を殺された子供をいちいち拾っていたらキリがない。普段なら怪我の治療をして近場の孤児院に連れて行くだけなのだが、ヘジスはなんとなく拾ってしまった。自宅へ連れ帰り、ぼんやりと生きる気力がないヘジスの世話をした。
ヘジスは拾った当初、全然泣かなかった。ガラス玉みたいな虚ろな目をしていて、ピクリとも表情が動かなくなっていた。魔物に襲われていたヘジスを騎士達と救出して治療した時も、ただぼんやりとしていた。
ヘジスが初めて泣いたのは、ノルベルトがヘジスを風呂に入れる時に、ペニスの皮を剥いて洗った時だ。拾った当初から気になってはいたのだが、身体がとにかく弱っていたので、ペニスの皮を剥いて洗うのは後回しにしていた。拾って3ヶ月くらい経った頃に、そろそろいいかと思い、ヘジスの皮被りのペニスの皮を剥いて、皮と亀頭の間に溜まっていた恥垢をがっつり洗い落とした。皮を剥いて洗うのがよほど痛かったのか、いつだってぼんやりとした無表情で声を出さなかったヘジスが、泣き叫んだ。ノルベルトは容赦なくしっかりとヘジスのペニスを洗い、ひんひん泣くヘジスに、ペニスの皮を剥いて洗うことの重要性をしっかりと説明した。暫くは風呂に入れる度に逃亡しようとしていたヘジスだったが、毎回ノルベルトが捕獲して、問答無用でペニスの皮を剥いてしっかりと洗ってやっていたら、そのうち慣れたのか、諦めたのか、大人しく風呂に入り、自分でペニスも含めた身体を洗うようになった。それまでは、ノルベルトが身体や髪を洗ってやらないと、ただぼんやりしているだけだったのだ。きっかけがペニスの皮とはなんとも言えないが、結果良ければ全て良しである。それから、少しずつだが、ヘジスは生き返った。自発的に食事をしようとしていなかったのに、自分で食事を取るようになり、部屋の隅っこに蹲っているだけだったのに、外に散歩に出るようになり、ノルベルトが教えてやれば読み書きの練習をしたり本を読むようになった。
少しずつ時間をかけて、ヘジスは元気になっていった。
ヘジスが医者になりたいと言い出した時は嬉しかった。生きる気力が無かったヘジスが、やりたいことを見つけてくれたことが何よりも嬉しかった。
ノルベルトは自分が遠征の時は、知人の医者をしている老爺にヘジスを預け、帰ってきたら、ヘジスに医療魔法と医術、それから身を守る為の体術を教えるようになった。ヘジスは、ひぃひぃ言いながらも、しっかりとノルベルトの教えに従い、日々努力を重ねている。子供が望めないノルベルトにとって、ヘジスは我が子のような存在である。
ノルベルトには子種がない。不能ではなく、ちゃんと勃起して射精できるが、ノルベルトの精液には子種が含まれていない。18歳の時に結婚して、嫁もノルベルトも子供が欲しかった。しかし、中々子供ができず、結婚して2年目に、自分の精液を調べた。そうしたら、ノルベルトには子種がないことが分かった。嫁と話し合い、ノルベルトは離婚することを選んだ。嫁は同じ孤児院の出で、子供が好きで、自分の子供を産んで育てることが夢だった。嫁はまだ当時20歳で、まだまだ再婚できる歳だし、健康になんの問題もない。実際、ノルベルトと離婚して半年後に再婚した後は、その半年後には妊娠していた。
ノルベルトは自分の家族を持つことを諦めた。歳を取って騎士団を引退したら、小さな診療所でもやりながら、犬でも飼おうと思っていた。そんなノルベルトに、思わぬ形で家族ができた。
ヘジスはノルベルトの弟子だが、同時にノルベルトの大事な家族だ。照れ臭くて本人に言ったことはないが、ヘジスの幸せを何よりも願っている。気立てのいい娘と結婚して、子供をつくって、平凡な温かい家庭をつくってほしいと思っている。何故か本人にその気がないのが、とても残念である。ヘジスが成人してから、一度娼館に連れて行って放り込んだ事があるのだが、ヘジスはすくに帰ってきて、本気で怒った。『好きでもない相手に興味はない』と。
何度かヘジスに内緒で見合いもさせているのだが、全然上手くいかない。最近は、ヘジスは男が好きなんじゃないだろうかと思うようになってきた。世の中には、少ないが、同性同士で愛し合う者達もいる。ノルベルトの知り合いにも、1人だけいた。そいつは、戦闘中に恋人だった男を庇って死んだ。庇われた男は、そいつを殺した魔物を殺した後、そいつの後を追って死んだ。それだけ深く愛し合っていたのだろう。男同士の愛は酷く重いのだと、ノルベルトはその時、少し怖いと思った。
ヘジスが男が好きなら、それでも構わない。しかし、相手を後追いをするような苛烈な愛し方はしないでほしい。仮に愛する者を失っても、生きてほしい。これはノルベルトの親心のようなものだ。エゴだと言ってもいい。
それでも、それだけヘジスはノルベルトにとっては大事な存在なのである。
自宅に帰りつくと、ノルベルトはヘジスの部屋に入り、適当にヘジスをベッドに放り投げた。間抜け面で寝ているヘジスの寝顔は、拾った頃と変わらない。ノルベルトは小さく口角を上げ、静かにヘジスの部屋を出た。
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今朝も奇襲に失敗したヘジスは、蹴られて痛む腹を擦りながら、手早く朝食を作り、半分寝呆けているノルベルトを急かしながら朝食を食べ、やる気のないノルベルトの身支度を手伝ってから、ノルベルトの手を握って引っ張って走り、職場へ向かった。なんとかギリギリ遅刻せずに済んだヘジスは、漸くシャキッとしたノルベルトの指示に従い、騎士団の朝稽古で怪我をした者達の治療を始めた。
慌ただしい一日を終えると、ヘジスはノルベルトと一緒に市場で買い物をして、家へと向かって歩いた。歩きながら、あっ、とノルベルトが声を上げた。
「なに?買い忘れ?」
「ちげぇよ。明日、お前の誕生日じゃねぇか」
「え?そうだっけ?」
「そうだよ。忘れてたのかよ」
「この歳で誕生日とか気にしねぇし」
「引き返して酒を買うぞ。ちょうど明日は休みだ。1日、祝いの酒盛りすんぞ」
「師匠が酒飲みてぇだけだろ」
減らず口を叩きながらも、ヘジスは本当に嬉しくて堪らなかった。ノルベルトは毎年ヘジスの誕生日を祝ってくれる。ヘジスが生まれた事に感謝して、『幸多き一年を』と祈ってくれる。
ヘジスはノルベルトと一緒に酒屋へ向かって歩きながら、こっそり笑みを浮かべた。
ヘジスの誕生日当日の朝。ヘジスはいつも通り、こそーっとノルベルトの部屋に侵入して、ノルベルトをベッドから蹴り落とすべく、助走をつけて飛び上がった。いけるっ!と思った瞬間、ノルベルトの大きな手がヘジスの足首をガッと掴み、そのままヘジスは床に叩きつけられた。衝撃で、がはっと息が詰まる。また失敗した。
ノルベルトがベッドからヘジスを見下ろし、小馬鹿にするように笑った。
「ばーか。気配がダダ漏れなんだよ」
「くっそ……」
「おらよ。すかしっぺ」
「くっさ!!おえっ!くっさ!!」
ヘジスがベッドから下りて、床に這いつくばるヘジスの前に拳を突き出し、ぱっと掌を開いた。もわぁと屁の匂いがして、ヘジスはおっさんの屁の臭さに鼻を抑えて悶えた。床をゴロゴロと転げ回るヘジスを見てゲラゲラ笑っていたノルベルトが、またヘジスの頭元にしゃがんだ。また、すかしっぺを臭わされるのかとヘジスが身構えていると、ノルベルトがヘジスの頭を優しくぽんと叩き、ふっと笑みを浮かべた。
「誕生日おめでとう。ヘジス。幸多き一年を」
「……ありがと。師匠」
「あ、プレゼントはさっきの屁な」
「これ以上ない最悪のプレゼントがきたっ!?」
「冗談だ。ばーか。ちゃんと用意してあらぁ」
「あ、ありがと」
クックッと楽しそうに笑うノルベルトを見上げて、ヘジスもゆるく笑った。
ヘジスが作った朝食を食べると、ノルベルトが台所に篭った。いつもはヘジスが料理をするが、誕生日のご馳走だけは、ノルベルトが作ってくれる。ヘジスはノルベルトからプレゼントとして貰った淡い青色の硝子ペンを光に透かして眺めたりしながら、胸の中がぽかぽかする感じに目を細めた。
ノルベルトが作ってくれたご馳走をたらふく食べた後、ヘジスは目の前の愉快な酔っ払いを呆れた顔で眺めた。ノルベルトは朝からいつもより上機嫌で、酒を飲むペースも早かったから、まだ夕方にもなっていないのに、もう完全な酔っ払いになっている。ヘジスは食前酒をほんの少し飲んだだけだ。ヘジスは酒に弱く、飲んだらすぐに寝てしまうので、誕生日の日は、食前酒を一口しか飲まないと決めている。折角、ノルベルトが祝ってくれるのに、すぐに寝てしまっては勿体無い。
ノルベルトがだらしない顔でヘラヘラ笑いながら、ビシッとヘジスを指差した。
「おい馬鹿弟子!そろそろ結婚しろ!」
「いや」
「なんでだよー。俺に孫を抱かせろよー」
「いや」
「何でそんなに嫌がるんだよ。いいぞー。結婚は。可愛い嫁さんが毎日一緒なんだぞー」
「……師匠って結婚したことあんの?」
「ん?おぉ。離婚したけど」
「なんで?」
「俺が種無しだったから」
ノルベルトがゆるい笑みを浮かべて、ぐっとグラスの酒を一息で飲み干した。ヘジスは予想外の答えに、どう反応を返したらいいのか分からなかった。
「嫁さんは子供が好きでよ。魔物に家族皆殺されて、自分1人が生き残ったから、尚更失った家族ってもんに憧れを持ってたんだよ。俺じゃあ、嫁さんの夢を叶えてやれねぇから、話し合って別れた」
「……師匠はそれでよかったのかよ」
「ははっ。嫁さんに心底惚れてたからなぁ。惚れた女にゃ幸せになってほしいだろ?」
「じゃあ、師匠は?師匠の幸せはいいのかよ」
「んあ?あー。まぁ、今はお前がいるしなぁ。俺の今の夢はお前の子供を抱っこすることかねぇ」
穏やかな顔で笑うノルベルトに、ヘジスは泣きたくなった。ノルベルトは既にヘジスを家族だと思ってくれている。それは素直に嬉しい。でも、違う。違うと、今分かった。ヘジスが欲しいのは、家族じゃなくて、ノルベルトだ。ノルベルトと共に生きる人生が欲しい。
ヘジスはガタッと音を立てて勢いよく椅子から立ち上がり、きょとんとヘジスを見上げているノルベルトの胸ぐらを掴んで、ノルベルトの下唇に勢いよく噛みついた。
「いっ!?」
「……1本、とった」
「はぁ!?これはねぇだろ!!」
「1本は1本。賭けは俺の勝ち」
「おいおい。待て待て。これは狡いぞ」
「うっせぇ。俺の願いは師匠とずっといることだ。結婚なんてしない。女になんて興味がない。師匠だけが欲しい」
「……はぁぁぁぁ!?」
驚いたように目を剥いて叫ぶノルベルトの膝に乗り上げ、ヘジスはまたノルベルトの唇に噛みついた。うっすらノルベルトの血の味がする。どうやら強く噛みすぎたようである。ノルベルトの唇の傷を舐めていると、ノルベルトがヘジスの肩を両手で掴み、ぐいっと自分の身体からヘジスを離した。
酔いが覚めたのか、ノルベルトが怖いくらい真剣な目でヘジスを見つめていた。
「おい。それはあれか。俺が好きとかそういうやつか」
「うん」
「落ち着け。冷静になれ。どれだけ年の差があると思ってんだ。俺、今年で40だぞ」
「知ってる。おっさん」
「誰がおっさんだ。てめぇこの野郎。……俺なんかと一緒になったところで、何も残せねぇだろうが」
「残せる。俺にとっての幸せな記憶は死んでも残る」
「……この馬鹿弟子」
ヘジスの言葉に、ノルベルトが顔をくしゃっと歪ませた。ノルベルトが低く唸り、低い声でヘジスの名前を呼んだ。
「ヘジス。俺にはお前が息子のようにしか思えねぇ」
「息子から恋人に昇格してくれ。今すぐ」
「無茶言うなぁ!?」
「願い事1つ叶えてくれる約束だろ」
「いや確かに約束しましたけど!?こんなん予想してる訳ねぇだろ!?」
「師匠。……ノルベルト。俺はアンタがまるごと欲しい」
「…………」
ノルベルトは暫くの間、無言で眉間に深い皺を寄せ、なにやら考えていたようだが、そのうち、とても大きな溜め息を吐いた。
「ちゃんとお前をそっちの意味で愛せるようになるか分からんぞ」
「大丈夫。すぐになる」
「その自信はどこからくるの?なんなの?」
「俺の師匠は約束は破らない」
「……その信頼が今は地味に辛い……お前、俺を抱きたいのか」
「おっさんのだらしねぇゆるいケツ穴は流石にちょっと……」
「おい!?待て待て。お前、俺が好きなんだよな!?」
「好きだけど」
「好きな相手にあんまりな言い草じゃない!?」
「事実だろ。屁ばっかこきやがって。くせぇんだよ」
「屁ぐれぇ好きにこかせろ」
「ノルベルトが俺を抱けばいいだろ」
「え、えぇ……勃つかな……」
「勃つ」
「その自信はどっからくんだよ!本当に!!」
ヘジスはノルベルトの首に両腕を絡め、ノルベルトの薄い唇にねろーっと舌を這わせた。
「男なんて単純だから、舐めれば勃つって、騎士団のおっさん達が言ってた」
「確かにそうですけどね!!くっそ!いらん知恵をつけやがって」
「つーことで、舐める」
「今っ!?」
「今」
ヘジスはノルベルトの唇に自分の唇を重ねて、ちゅくっと軽く下唇を吸うと、ノルベルトに止められる前にノルベルトの膝の上から下りて、床に跪いた。慌てた様子のノルベルトの股間をズボンの上から鷲掴みすれば、ノルベルトが諦めたような顔で溜め息を吐いた。
「馬鹿ヘジス。やり方は知ってるのか」
「知らない。でも、できる」
「その自信はどこからくるのかなぁ。本当に。……俺の部屋に行くぞ。実際にやったことはねぇけど、一応知識としては男同士のやり方も知ってる」
「よっしゃ!」
「わー。素敵な笑顔ー。この野郎」
ヘジスは満面の笑みを浮かべ、バッと立ち上がり、ノルベルトの両手を掴んで引っ張って、ノルベルトを椅子から立たせた。ノルベルトの気が変わらないうちにと、ノルベルトの腕を掴んで、ノルベルトの部屋まで足早に移動する。
微妙に小汚いノルベルトの部屋に入るなり、ヘジスは勢いよくノルベルトをベッドに押し倒した。ノルベルトの身体に跨り、今日も小汚い無精髭面の愛おしい男の顔を見下ろして、ヘジスはにんまりと笑った。
いそいそとそのまま服を脱ぎ始めたヘジスを見上げて、ノルベルトが呆れた顔をした。
「色気もクソもねぇな」
「そんなもん知らねぇよ」
「はぁ……ほら。いい子だから、ちょっとどけ。俺が脱げないだろ」
「逃げない?」
「逃げない。約束は守るもんだろ」
「うん」
ヘジスはノルベルトの言葉に、にへっと笑って、そっとノルベルトの身体の上からどき、脱いだシャツを適当に放り投げ、ズボンとパンツもまとめて脱ぎ捨てた。ノルベルトも服を脱ぎ、全裸になった。ノルベルトの身体は、医者とは思えないくらい逞しく鍛えられていて、胸板が厚く、腹筋もバキバキに割れていた。もう40歳になるのに、一緒に風呂に入っていた頃と、然程変わらない身体つきである。ヘジスはなんとなく自分の身体を見下ろした。自分も日々頑張って鍛えているので、それなりに胸筋もついているし、腹筋もしっかり割れている。それでも、全体的な厚みは、まだノルベルトには敵わない。なんとも悔しい。
ノルベルトがベッドから下りて、ごちゃごちゃと色んなものが置いてある棚の所に行き、何かを手に持って戻ってきた。
「それ何?」
「傷薬の軟膏。本当は専用の香油の方がいいんだが、無いからしょうがねぇ。中は清浄魔法でキレイにする。自分でできるか?」
「それくらい普通にできる」
「じゃあ、やってみろ」
「うん」
ヘジスは自分の腰の辺りに手を当て、清浄魔法を発動させた。ちゃんと発動できたと思う。これで中はキレイになった筈だ。
ノルベルトがパァンと自分の頬を両手で強く叩き、真剣な顔でヘジスを見た。
「今からお前を抱く。多分、痛いだろう。それてもいいのか」
「いいよ。ノルベルトと一緒になれるなら、なんでもいい」
「……そうかよ」
「あ、先に舐める?」
「いよいよ勃たなかった時でいい。……触るぞ」
「触って」
ヘジスはノルベルトにベッドに押し倒された。ノルベルトを見上げ、ヘジスがにひっと笑えば、ノルベルトが小さく溜め息を吐いた。
「頑張れ。俺。この色気のない奴を抱いてやろうじゃねぇの」
「頑張れ。ノルベルト」
「おー」
やる気があるような無いような微妙な声と共に、ヘジスの唇にノルベルトの唇がくっついた。優しく下唇や上唇を何度も吸われて、ノルベルトの舌がヘジスの唇を突いた。ヘジスが口を開けると、ぬるりとノルベルトの舌がヘジスの口内に入ってきた。歯列をゆっくりとなぞられ、上顎をぬるぬると擦られると、腰の辺りがぞわぞわする。ヘジスはノルベルトの首に両腕を絡め、自分からノルベルトの舌に自分の舌を擦りつけた。経験はないが、下世話な話を聞いたことくらいあるので、多少の知識はある。ノルベルトの酒臭い唾液を飲み込み、ノルベルトの熱い舌の感触に酔っていると、ノルベルトの大きな手がヘジスの身体を撫で始めた。首筋や肩、二の腕辺りを撫で回され、胸筋を揉むようにふにふにと胸元を触られる。不思議とぞわぞわと気持ちがいい。下腹部にどんどん熱が溜まっていく。
完全に息が上がる頃に、ノルベルトがヘジスの口から口を離し、ねっとりと首筋に舌を這わせ、どんどん下へと向かい始めた。鎖骨を舐め、胸毛の生えていない胸筋の谷間を舐め、ちょこんとした淡い茶褐色のヘジスの乳首に舌を這わされる。乳首に熱くぬるついたノルベルトの舌の感触を感じただけで、身体が勝手にぶるりと震え、興奮がより高まっていく。
ヘジスは腰をくねらせて、大きく熱い息を吐いた。
------
ノルベルトは四つん這いになったヘジスを見下ろし、むっきりした尻肉を両手で掴んで、大きく広げた。ヘジスは体毛が薄い方で、大人になった今でも、陰毛はまだ生えかけの子供のようだった。アナルの周りにも当然毛など生えていない。赤みの強い窄まりが、皺を大きくしたり小さくしたりしながら、ひくひくと小さく収縮している。意外とキレイなものだ。元嫁のアナルなんてセックスの時にしこたま見たものだが、ヘジスのアナルは元嫁よりもキレイかもしれない。
ノルベルトはむにむにと弾力のある尻肉を揉みながら、ヘジスのアナルに舌を這わせた。ビクッと小さくヘジスの腰が跳ねる。ねっとりとアナル全体を舐め、舌先を尖らせて、チロチロと皺の隙間をなぞるように舐めれば、ヘジスがくぅーんと犬の鳴き声のような声を上げた。アナルで気持ちよくなれる奴となれない奴がいるとは聞いている。どうやらヘジスは気持ちよくなれる方らしい。
ノルベルトは小さく口角を上げて、ヘジスのアナルが自然と綻ぶまで、熱心にしつこい程ヘジスのアナルを舐めた。
また拾った頃は完全に皮被りの子供ペニスだったヘジスだが、今ではすっかり勃起すれば自然と剥けるようになっていた。それでも下の方に残る皮を優しく手で剥いてやれば、亀頭と皮のほんの隙間に、ごくごく微かにだが、恥垢があった。舌で丁寧に恥垢を舐め取ってやれば、ヘジスは半泣きで喘ぎながら、勢いよく射精した。ノルベルトは、思いっきりヘジスの精液を顔にかけられた。
いきなり顔射はどうかと思うというか、若干イラッとしたので、責任持って、ヘジスにノルベルトの顔についた自分の精液を舐めとらせた。ちょっと興奮したのは秘密である。
息子のように思っていたヘジスのアナルを舐め回している訳だが、困った事に、ノルベルトも何故か興奮して勃起してしまっている。自分は息子同然の男に欲情する変態だったのかと凹みたい一方、大事なヘジスの望む通りにしてやれると嬉しくも思う。
ノルベルトはヘジスがひんひん喘いで『もうイキたい』と懇願してくるまでアナルを舐め回し、漸くヘジスのアナルから口を離した。傷薬の軟膏を自分の指とヘジスのアナルにたっぷりと塗りつけ、ゆっくりとヘジスのアナルに中指を押し込んでいく。前立腺さえ見つけてしまえば、ヘジスはもっと気持ちよくなれる筈だ。ヘジスのアナルは熱く、括約筋がキツくノルベルトの指を締めつけ、その奥はぬるついた柔らかい腸壁が指を包み込んでくる。正直、かなり興奮する感触である。これはペニスを挿れたら絶対に気持ちがいい。女のそことは違う締めつけの強さに、興奮して背筋がゾクゾクする。
ノルベルトはゆっくりと中指を抜き差しして、ヘジスのアナルに軟膏を馴染ませ、ゆっくりとした動きで、腸壁を傷つけないよう指の腹でヘジスの前立腺を探し始めた。これでも医者の端くれである。ヘジスの前立腺はすぐに見つかった。微かに痼のようになっている所を指の腹ですりすりと擦ってやれば、ヘジスが驚いたような裏返った声を上げて、腰をビクビクッと震わせた。
ノルベルトはぬこぬこと指を動かし、時間をたっぷりかけて、慎重にヘジスのアナルを解した。
ノルベルトの指が3本スムーズに抜き差しできるようになる頃には、ヘジスはだらしなく俯せに寝転がった状態になっていた。前立腺は勿論、アナルの入り口あたりの敏感な所を指で刺激してやる度に、泣き濡れた喘ぎ声を上げ、ビクンビクンッと身体を震わせる。
そろそろいいかと思ったノルベルトは、ずるぅっとヘジスのアナルから指を引き抜いた。自分の勃起したペニスにも軟膏を追加でたっぷり塗りつけ、ぽこっと口を開け、大きく収縮しているヘジスのアナルにペニスの先っぽを押しつける。
俯せに寝転がった状態のヘジスに覆い被さってぴったりとくっつき、ノルベルトはゆっくりと腰を動かして、ヘジスのアナルに自分のペニスを押し込んだ。
解しても尚狭くてキツい括約筋がノルベルトのペニスを締めつけ、熱くゆるついた柔らかい腸壁が優しくノルベルトのペニスに絡みついてくる。ちょっとこれはヤバいくらい気持ちがいい。ノルベルトは、ふーっと大きく息を吐き、下腹部にぐっと力を込めて射精を堪えながら、根元近くまでヘジスのアナルに自分のペニスを押し込んだ。
少し馴染むまで動かずにいようと思っていたノルベルトだったが、先にヘジスが動き出した。腰をくねらせ、小さく自分のアナルにノルベルトのペニスを抜き差ししている。おそらく、シーツに自分のペニスを擦りつけているのだろう。
痛くないのなら、好都合だ。ノルベルトは、ゆっくりとした動きで、腰を動かし始めた。ペニスの先っぽギリギリまで引き抜き、前立腺を擦るよう意識しながら、根元近くまでペニスを深く押し込む。
枕に顔を埋めているヘジスのうなじに優しく噛みついてから、ノルベルトはヘジスの名前を呼んだ。
「ヘジス」
「は、ぁ、あぁっ、んっ」
「こっち向け」
ヘジスは素直に枕から顔を上げ、首を捻るようにしてノルベルトの方を見た。ヘジスの顔は汗と涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃで、真っ赤に染まり、とろんと蕩けた目をしていた。ノルベルトが腰を動かしながら舌を伸ばせば、ヘジスも舌を伸ばして、ノルベルトの舌に自分の舌を絡めた。
ぐっぐっと小刻みに腰を動かしながら、めちゃくちゃに舌を絡め合う。酷く気持ちがいい。溢れ落ちるノルベルトの低い掠れた喘ぎ声も耳に心地いい。
「あ、あ、あ、またっ、でるっ、でるっ」
「イケよ。おら。ここが気持ちいいだろ?」
「あぁっ!?あっ!あっ!あっ!っ、あぁぁぁぁっ!!」
「は、あぁっ、くっそ……」
「あぁ!?いっ!?」
「もうちょい、がんばれ、俺も、出す」
「あ!あっ!あーーっ!あっ!ひぃぃっ!!」
「はっ、~~~~っあぁっ……」
イッてビクビク小刻みに震えるヘジスの身体を押さえつけ、ノルベルトは小刻みに腰を速く強く動かし、自分もヘジスの奥深くに思いっきり精液をぶち撒けた。
はぁ、はぁ、と荒い息を吐きながら、ノルベルトはヘジスの身体を抱きしめた。ヘジスがノルベルトを目だけで見上げて、へらっと笑った。
「これで、ノルベルトは俺の家族だ」
「……もうとっくの昔に家族だろ」
「違う。新しい家族」
「……そうだな」
嬉しそうに笑うヘジスに小さく笑い返し、ノルベルトは関係性が変わった愛し子の唇に、優しくキスをした。
------
ヘジスは洗濯物を干し終えると、診察室を覗きに行った。診察室では、ノルベルトが馴染みの近所の老爺と世間話をしながら、膝を診てやっていた。
ヘジスが無事医者の資格を取ると、ノルベルトはヘジスも連れて騎士団を辞め、自宅を改築して、小さな診療所を始めた。魔物を討伐する騎士団に同行するのは、どうしても危険が伴う。ノルベルトはヘジスが危険な環境にいるのを嫌がり、引き止める騎士団の者達を振り払って、退職金を使って診療所を開いた。
診療所には毎日近くの住人達が訪れ、意外と忙しい毎日を送っている。ヘジスもノルベルトの助手として経験を積みながら、穏やかな日々を満喫していた。
ちょうど昼時に患者がいなくなったので、ヘジスは大急ぎで昼食を作り、ノルベルトと一緒に食べ始めた。ノルベルトが昼食をガツガツと勢いよく食べた後、お茶を飲みながら、ボソッと呟いた。
「俺の墓の土地を買った」
「は?」
「お前も一緒に入れてくれるよう頼んである」
「……」
「俺の後は追うなよ。医者として、できるだけの事を精一杯やってから来い」
「……まだまだ先の話だろ」
「まぁな。100まで生きるつもりだしな。俺」
「介護は任せとけよ。爺」
「誰が爺だ。爺になるのはまだまだ先だ。馬鹿弟子」
ポンポン軽口を叩きながら、ヘジスは嬉しくて、へらっと笑った。どうやら死んだ後も、ノルベルトの側に置いてくれるらしい。ノルベルトが先に逝った後は、ノルベルトに沢山の土産話をしてやれるよう、精一杯1人で生きよう。ノルベルトとの幸せな思い出が数え切れないくらいあるから、きっと大丈夫だ。
ヘジスとノルベルトは、急患が駆け込んで来るまで、のんびりと食後のお茶を楽しんだ。
(おしまい)
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