バツありオッサン2人の契約結婚

丸井まー(旧:まー)

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9:ミゲルのお休み

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ムートは休日の朝、カートの元気な泣き声で目が覚めた。カートは毎日元気である。カートはまだ小さいのに、どこからそんな声が出るんだっと言いたくなるほど大きな声で泣く。元気でなによりだ。か細い声より余程いい。
欠伸をしながらベッドから下りて、寝間着のまま自室を出て階段を降りると、ミゲルがバタバタと台所から出て来て居間に行った。泣き声がピタリとやんだので、カートはミルクにありつけたらしい。今日でカートが我が家にやってきて3週間目だ。ふにゃふにゃだった身体は、ほんのすこーーししっかりしてきているように思える。気のせいかもしれないが。
居間に行くと、ミゲルがカートにミルクを飲ませている。穏やかに話しかけながらミルクをあげるミゲルの目の下には隈ができている。
カートはまだ約3時間起きにミルクを飲ませなきゃならない。昼も夜もない、まとまった睡眠がとれないミゲルは平気なフリをしているが、確実に疲れている。ムートが家にいるときはできるだけムートが家事とカートの世話をするようにしているが、仕事中やムートが寝ている時間はミゲルに任せきりである。ムートもたまには夜は交代しようとミゲルに言ったのだが、ミゲルは『貴方は働いてくれているんですから、絶対寝てください』と言って、頑として受け入れない。単なる職場の部下だった頃から思っていたが、ミゲルは結構頑固だ。
カートにげっぷをさせるミゲルを眺めながら、ムートは顎を撫で、考えた。今日はミゲルの休みの日にしよう。寝るもよし、ちょっと気分転換に出かけるもよし。カートがやってきてからミゲルは全然外に出ていない。寝かせて、少し散歩でもさせたらいいのではないだろうか。ムートは朝食を作るために台所に行きながら、自分の中で決定した。今日はミゲルはお休みの日だ。







ーーーーーー
ムートが作った朝食を食べていると、味噌汁を飲み終えたムートが口を開いた。


「ミーちゃん。今日はミーちゃんお休みね」

「はい?」


いきなりのムートの言葉にミゲルが目を丸くしていると、ムートがのほほんとお茶を飲みながら話し始めた。


「ミーちゃんさ。ずっとカートの世話でろくに寝れてないでしょ。外にも出てないし。カートは僕がみてるからさ。とりあえず寝てから散歩にでも行っておいでよ。今日は君は1日のんびりする日だよ」

「いや、でも貴方だって毎日仕事で疲れているでしょう?僕は全然大丈夫です」

「いやいや。君、目の下に隈できてるからね。顔色も少し悪いし。慣れない赤ちゃんの世話でずっと気を張ってるんだからさ。あんまり最初から無理するとダメだよ。疲れるし、もたないよ。適度な息抜きは必要だって、育児書にも書いてあったでしょ」

「そうですけど……」

「子育てって君1人でするものじゃないよ。僕らは夫婦で、カートは2人の子供だ。当然僕だってカートの世話をするよ。それが当たり前だ。普段は僕は普通に寝かせてもらってるしね」

「それは貴方が働いてくれてるのだから当たり前です。僕は育児休暇中なんだし」

「休暇って名前はついてるけどさ、ぶっちゃけ前より相当ハードな生活だろ?今はさ」

「……家事は殆んど貴方にしてもらってますし」

「そりゃ当然だよ。僕達家族なんだから」

「そ、そうかもしれませんけど」

「とーにーかーく。君は今日1日休み!ご飯食べ終わったら、まずは寝ること!」

「せ、せめて炊事とか洗濯くらいは……」

「だーめでーす。やらせませーん」

「ムーちゃんの休みじゃなくなるじゃないですか」

「カートと1日一緒だから、気力はバリバリ回復するし」

「……そうかもしれませんけど」

「君は甘えることを覚えなさいよ。何度も言うようだけど、僕達は今夫婦で、家族なんだから」

「……はい」

「よろしい」


満足げに笑うムートに、なんだか腹の底がむずむずする。確かに疲れている自覚はある。カートが寝ている隙に少し仮眠をとってはいるが、まとまった睡眠がとれていないので、特にここ数日は常に身体が重怠い。それでも平気だと思うようにしていた。子供を育てている者は皆経験するものなんだから、自分にも普通にできると思っていた。なんなら家事まできっちりできると思っていた。しかし実際はカートの世話で手一杯で、殆んど家事ができていない。ムートに任せっぱなしで、ミゲルの昼食まで朝に作ってくれているくらいだ。ムートにすごく申し訳なく思っていた。でもムートはそれが当たり前だと言う。カートがやって来る前も、ムートはよくミゲルのことをみていた。ミゲルが疲れている時はさりげなくミゲル担当の家事を手伝ってくれたり、寝るよーと言って、いつもより早くベッドに連れていかれたり。そんな風に気遣ってもらったことなど今までなかった。どう反応したらいいのか、正直よく分からない。
『甘えることを覚える』というが、甘え方なんて、随分と昔に忘れてしまった。ミゲルは落ち着かない気持ちで朝食を食べ終え、食器の片付けもダメと言うムートに自室へと連れていかれ、ベッドに入るところまでしっかり見守られてしまった。


「おやすみ。しっかり寝るんだよ」

「……はい」


ムートに優しく頭を撫でられる。ムートの少しかさついた温かい手の感触に、なんだか急速に抗えない程の眠気が訪れ、ミゲルはそのまま夢もみない深い眠りに落ちた。







ーーーーーー
ふっとミゲルは目覚めた。なんだか随分と久しぶりに眠った気がする。のそっと起き上がると、ここ暫く微妙に感じていた倦怠感がない。目覚まし時計を見ると、もうそろそろ午後のお茶の時間である。完全に爆睡していた。
ベッドから下りて、小さく欠伸をしながら階段を降り、居間に行くとムートがカートのおむつを替えていた。


「うんちー。うんちー。絶好調ー」


なんつー微妙な歌だ。ミゲルはなんだか脱力してしまった。居間の入り口に立つミゲルにムートが気づいた。


「あ、おはよう。ミーちゃん。カートは今日も快調だよ。すっごいうんち出てる。見る?」

「いや、いいです」

「カートはまだ便秘にはならないね。割となる子がいるって育児書には載ってたけど」

「はい。酷い子だと1週間出なかったりするみたいですね」

「ヤバいよねー。1週間も出なかったらさ、お腹パンパンになりそう」

「あんまり想像したくないですね」

「あ、君のお昼作ってるよ。昼前に1度覗いたらさ、熟睡してるみたいだったから起きないだろうと思って軽めのを作っといたよ」

「ありがとうございます」

「食べたら、散歩がてらお使い頼んでいいかな?今夜使う砂糖が足りないんだ。他のは明日僕が買いに行くけどさ」

「分かりました」

「ついでに美味しい珈琲でも飲んでおいで。安いだけの微妙な喫茶店には行くんじゃないよ?気分転換に必要なんだから、多少高くても美味しい喫茶店に行きなさいね。必要経費だよ」

「はい」

「はーい。カートおーわり。スッキリしたね、カート」

「あー」

「あ、お返事した」

「お返事しましたね」

「ふふー。愛い奴めー。うりゃうりゃうりゃー」


ムートがニコニコ上機嫌に笑って、カートの頬っぺたを指先で優しくふにふにした。なんだか和む。ミゲルは無意識のうちに微笑んでいた。

ムートが作ってくれていたミゲルの昼食は、おにぎりと甘い卵焼きと焼いたチーズ入りのソーセージだった。甘い卵焼きもチーズ入りのソーセージもミゲルの好物である。少し子供っぽいと思って、今まで誰にも言ったことがないのだが、ムートは気づいたらしい。本当にムートはミゲルをよくみている。
優しい塩味のおにぎりも美味しく、ミゲルはあっという間に食べきってしまった。ムートがカートと戯れる楽しそうな声を聞きながら、使った食器を洗って片付け、自室へと戻って服を着替えて財布だけズボンのポケットに突っ込んだ。

ムートに声をかけて、家を出た。久しぶりの外である。とりあえず砂糖を買いに馴染みの店を目指して歩く。天気がいいし、気持ちいい風も吹いている。
ミゲルは馴染みの店までのんびり歩いて、店に着くと目当ての砂糖を手に取り、特に意味はないが店内をぐるっと見て回った。トイレットペーパーが今日は少し安い。買おうかどうか悩むが、在庫がどれくらいあるかを把握していないので買うのはやめておいた。端末を持っていればムートに連絡するところだが、端末を持ってくるのを忘れてしまっている。ムートに頼まれた砂糖だけを買って、店を出た。
何度かムートと一緒に行ったことがある、少しお値段お高めの美味しい珈琲が飲める喫茶店へと歩いていく。いつも客が多い喫茶店は、ちょうど客の切れ間なのか、客が少なく静かだった。窓際の席に座って熱い珈琲を注文し、珈琲が運ばれてくるまで、ぼーっと窓の外を眺める。静かである。小さな声で話している他の客の声が聞こえるだけで、赤ちゃんの泣き声は当然ながら聞こえない。店員が運んできた熱い珈琲を一口飲んで、ミゲルはほぅと小さな息を吐いた。香りがよく飲みやすい濃さの珈琲が美味しい。なんだか、ふっと肩の力が抜けるような感覚がした。自分はどうやら自分で思っていたよりも疲れていたらしい。半日近く熟睡して、少し外を歩いて、美味しい珈琲を飲んだら、なんだか完全にずっと張りつめていた気が抜けた。
カートを施設から引き取ってから、初めてのことだらけで、分からないことだらけで、ずっと気を張っていた。カートはずっとずっとミゲルが待ち望んでいた愛しい我が子である。本当に本当に可愛いと思っている。しかしどんなに可愛くて愛していても、疲れる時は疲れるのだ。ムートと共に通った父親教室の講師もそう言っていた。だからこそ、夫婦で協力して、お互い息抜きをすることも大切なのだと。
ミゲルはカートは自分がちゃんと育てなければと、気負っていたのかもしれない。ムートとの子供なのに。ムートが言っていたように、今はミゲルはムートと夫婦で家族だ。きっとムートにもう少し甘えてもいいのだろう。甘え方なんてよく分からないが、今日のミゲルの休みは、ムートの気遣いであり、優しさであり、ミゲルを甘やかしているということなのだろう。
ぼーっとカップの中の黒い珈琲を見つめる。カートのもう1人の父親がムートで本当によかった。ミゲル1人だけじゃ、ちゃんと子育てしなきゃいけないというプレッシャーなどで潰れていたかもしれない。ムートのお陰で、息抜きの必要性がよく分かった。ムートの優しさも改めて実感した。ムートは優しいし、器が大きい。ミゲルは自分自身とカートのことでいっぱいいっぱいなのに、ムートはそんなミゲルのことをよくみていてくれる。
ムートのことを考えると、なんだか胸がむずむずする。なんだこれ。ぼんやりムートのことがもっと知りたいな、と思った。今までは一緒に暮らして子育てをするのだから、円滑な関係でいられるよう多少なりともムートのことを知らなければならないと、必要性に迫られてムートのことを知ろうとしていた。けれど、今はもっと単純にムートのことを知りたいと思っている。自分でも何故そう思うのか、なんだかよく分からない。だが、悪い気分なんかじゃない。

ミゲルは珈琲をのんびり飲み終わると、喫茶店を出て、ある場所を目指して歩き始めた。
ムートが以前話していた、ムートが子供の頃から好きだという街で1番老舗のケーキ屋へと行き、ムートが1番好きなチョコレートケーキを2つ買う。ケーキを見せたらムートはきっと驚いて、その後喜んでくれるだろう。ムートの喜ぶ顔を想像して、ミゲルはなんだか楽しい気持ちになり、軽い足取りでムートとカートが待つ我が家への道を歩いた。
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