好きだからセックスはしたくない

丸井まー(旧:まー)

文字の大きさ
1 / 25

1:フィガロ

しおりを挟む
 フィガロ・カルバン少年は途方にくれていた。
 先週引っ越してきたばかりであるが故に土地勘が全くない場所で、迷子らしき幼児に遭遇し、現在めちゃくちゃ泣いている幼児にしがみつかれていて動けない。隣には自称・同級生で隣の席だという赤毛の美少女がいる。フィガロは、美少女アンジェリーナの重い荷物を両手に持っていた。


「ねぇ、フィガロ。どうする? この子を放っては帰れないわ」

「……領軍の詰所どこ?」

「詰所に連れていくの?」

「迷子なら地域課の軍人が親を探してくれる」

「へぇ。そうなのね。でもね、残念なお知らせがあるの」

「なに」

「私、詰所の場所知らないのよね。詰所に行ったことないもの」

「……マジで?」

「マジよ」

「まぁぁまぁぁぁぁ!! あぁぁぁぁ……」


 フィガロはこの状況をどうしたらいいのか思い浮かばず、現実逃避をするように空を見上げた。いっそ憎々しい程澄み渡った雲一つない青空を見上げながら、どうしてこうなったんだっけ……と自分の記憶を振り返った。








ーーーーーー
 フィガロは今年で10歳になる。土の宗主国サンガレア領の中で一番大きな街である通称・中央の街から、一週間前にバーバラの街に引っ越してきた。フィガロは父親であるガイナと2人で、小さな一軒家に住んでいる。

 この世は男女比が平等ではなく、6:4で男の方が多い。土の宗主国では複婚や同性婚が認められており、土の宗主国王都とサンガレア領の中央の街には男同士でも子供をつくることができる施設が存在する。

 フィガロの両親は男夫婦だった。三ヶ月前に離婚をしたので過去形である。もう1人の父親バーナードは女と浮気をした挙げ句、相手の女に子供ができ、ガイナとフィガロを捨てて、浮気相手の女と結婚をした。離婚の話し合いを隠れてこっそり覗いていた時に、『俺の子供はこれから増えるからさ。別にいらねぇし、フィガロはお前にやるよ』というバーナードの台詞を聞いた瞬間から、バーナードのことを父親とも家族とも思わなくなった。フィガロの父親はガイナだけだし、家族もガイナだけだ。

 ガイナはサンガレア領軍に勤める軍人だ。離婚が決まってから、別の街への異動を希望し、フィガロと2人でバーバラへ引っ越した。ガイナは口が悪いし、すぐに手を出すし、顔が怖いが、少なくともフィガロを捨てたバーナードなんかよりも、ずっと優しい。泣くことなんて無縁そうな厳つい大男なガイナが、フィガロがバーナードに捨てられたことを悲しんで、こっそり泣いていたことを知っている。自分が裏切られて捨てられたことよりも、フィガロが捨てられたことの方が憐れで悲しかったらしい。
 フィガロはそもそも、何をしてもいい加減で仕事が休みの日でも全然構ってくれないバーナードよりも、口煩いが仕事が忙しくてもいつも全力で構ってくれるガイナの方が好きだったから、別にバーナードがいなくてもガイナがいればいい。フィガロは自分のことを可哀想だなんて全然思っていない。自分がガイナに愛されてることを知ってるから、全く可哀想なんかじゃない。

 中央の街からバーバラの街へ引っ越すことが決まった時、ガイナは『ダチと別れることになってわりぃ』と辛そうな顔をしたが、フィガロは特に仲がいい友達はいなかったので、何の問題もない。

 昨日初めて登校したバーバラの小学校は、一言で言うと不愉快だった。授業が始まる前に担任の先生から言われて、教室の前の方で自己紹介をさせられた。多分30人以上いる生徒達からじろじろ見られて、ざわざわひそひそされた。そもそも、転校生というもの自体が珍しいらしい。なんだか見せ物にされたみたいで気分が悪かった。話しかけてくる生徒もいたが、ムカムカしていたので、普通に無視した。『感じが悪い』とひそひそ話をされたが、フィガロはまるで気にしなかった。ひそひそ話をする方が感じが悪い。言いたいことがあるなら直接ハッキリ言えばいい。

 今日も学校で誰とも話すことなく、授業が終わるなり、フィガロは真っ直ぐに住み始めたばかりの家に帰った。帰ってすぐに洗濯物を取り込み、夕食を作ろうと台所でごそごそしている時にガイナが帰ってきた。まだ午後のお茶の時間だ。今日は早く帰れたらしい。
 帰って来たガイナに、台所で何をしていたのかと聞かれたから、フィガロは素直に『今から晩飯作る。家のことは俺がやるよ。父さんは仕事あんじゃん』と答えた。そして、ガイナから拳骨をくらった。『子供は食って寝て遊ぶのが仕事だ。職務放棄すんじゃねぇ。家のことは俺がやっから、つまんねぇ気ぃ使ってねぇで、お前はちゃんと遊んでこい。暗くなる前には帰れよ』と言って、ガイナに玄関から放り出された。フィガロはもうすぐ10歳だ。別に外で遊びたい歳なんかじゃない。
 
 フィガロはぶすっとしたまま適当に歩き出した。バーバラに来て、まだ近所の飲食店と小学校くらいにしか行ったことがない。適当に街を歩いて帰るかと思って、とりあえず大通りがあるという方向へと歩いた。

 賑やかな大通りを歩き、適当に脇道に入ってみると、道の隅っこにしゃがんで俯いている赤毛の少女がいた。少女の両脇に置かれた二つの手提げの袋からは野菜や瓶が覗いている。フィガロは本当に小さい頃から、『女子供と年寄りには優しく親切にしろよ』と、ガイナから言い聞かせられている。フィガロは一応赤毛の少女に声をかけることにした。


「何してんの」

「あら。フィガロ」


 俯いていた赤毛の少女が顔を上げた。かなりの美少女である。しかし、初対面の筈なのに何故フィガロの名前を知っている上に馴れ馴れしく名前を呼ぶのか。


「誰」

「アンジェリーナ・ヒューストンよ。隣の席じゃない。昨日自己紹介したでしょ」

「覚えてない」

「あらそう」

「何してんの」

「サンダルが壊れたの。買ったばかりなのに。おつかいから帰る途中なんだけど……」


 アンジェリーナが脱いだ右足のサンダルを見せてきた。靴底がべらっと中途半端に剥がれてしまっている。


「家どこ。親は?」

「家は喫茶店よ。ここからじゃ小一時間はかかるの。お父さん達はお仕事中。端末を忘れちゃったから、迎えに来てもらうのも無理なのよ」

「ふーん。……ん」


 フィガロはその場で自分のサンダルを脱いで、アンジェリーナにずいっと差し出した。別にフィガロは裸足でも問題ない。今は春になったばかりだし、夏のように地面が火傷しそうな程熱いって訳でもない。アンジェリーナが驚いたように目をパチパチさせた。


「なに?」

「履いて帰れば?」

「貴方はどうするのよ」

「別に問題ねぇし」

「……本当に借りていいの?」

「ん」


 アンジェリーナがおずおずといった様子でフィガロのサンダルを受け取った。アンジェリーナがほっとしたように頬を緩めた。


「ありがとう。本当に助かるわ。どうしたらいいのか全然思いつかなくて、困ってたの」

「別に」

「ねぇ。貴方は何をしてたの? 家は近くなの?」

「……暇だから適当に歩いてただけ」

「じゃあ、うちのお店に来てよ。お礼にフルーツサンドをご馳走させて。フレディおじいちゃんのフルーツサンドは街で一番美味しいのよ!」

「別に礼とかいいし」

「サンダルも返さなきゃいけないもの。それに助けてもらったのにお礼をしないなんてあり得ないわ。貴方が私の立場だったら何もしないの?」

「……するけど」

「でしょ?」


 フィガロはにっこりと笑ったアンジェリーナに頷くことしかできなかった。本当に礼なんていいのだが、アンジェリーナの言うことは一理あるし、サンダルは一足しか持っていないので、返してもらわねば少し困る。こんなことなら、バーバラに引っ越した次の日に買い物に出た折、『ついでに新しいサンダルも買うか?』と、ガイナに聞かれた時に頷いておけばよかった。

 仕方がないので、フィガロはアンジェリーナの家の喫茶店に行くことにした。フィガロは裸足のまま、無言でアンジェリーナの荷物を持ち、歩き始めた。アンジェリーナが少し慌ててサンダルを履いてフィガロを追いかけてきた。歩いていると、アンジェリーナとは歩く速さが微妙に違うことに気づいて、フィガロはアンジェリーナに合わせて歩く速さを緩めた。アンジェリーナはサイズが合わないサンダルを履いているから仕方がない。

 脇道を道なりに5分も歩かないうちに、今度は道のど真ん中で蹲っている小さな子供を見つけた。フィガロが声をかけると、多分5歳か6歳くらいの男の子が泣きながらフィガロの腹に頭突きをするように勢いよく抱きついてきた。『ママ』と何度も言いながら大声で泣くだけで、幼児の名前を聞いても、親の名前を聞いても答えない。多分間違いなく迷子なのだと思う。そして冒頭に戻る。

 フィガロは暫く考えて、自分が端末を持っていることを思い出した。
 端末とは、遠隔地同士でも会話や文章のやり取りができる便利な魔導製品だ。今時、小学生でも持っている程広く普及している。フィガロの端末には、ガイナの連絡先しか入っていない。連絡先を交換するような友達なんていなかった。

 フィガロは一度両手に持っていた荷物を地面に置き、泣きまくっている幼児をくっつけたまま、尻ポケットに入れていた端末を取り出して操作した。

『迷子発見。詰所の場所が分かんないし、現在地も分かんない。助けて』

 それだけの文章を端末に打ち込んで、ガイナに送った。
 ガイナなら多分フィガロを見つけてくれる。多分だけど。ガイナが来てくれたらなんとかなる。
 フィガロはアンジェリーナにその事を伝えて、泣いている幼児をくっつけたまま、道のど真ん中から道の端っこに移動した。迷子になった時はその場から動かない方がいいとガイナに言われている。ガイナならフィガロを見つけてくれるし、助けてくれる。だって、ガイナだから。
 フィガロはめちゃくちゃ泣いている幼児の頭をやんわり撫でた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

泣き虫だったはずの幼なじみが再会したら僕を守るために完璧超人になっていた話。

ネギマ
BL
気弱で泣き虫な高校生、日比野千明は、昔からいじめられっ子体質だった。 高校生になればマシになるかと期待したが状況は変わらず、クラスメイトから雑用を押し付けられる毎日を送っていた。 そんなある日、いつものように雑用を押し付けられそうになっている千明を助けたのは、学校中が恐れる“完璧超人”の男子生徒、山吹史郎だった。 文武両道、眉目秀麗、近寄りがたい雰囲気を纏う一匹狼の生徒だったが、実は二人は、幼い頃に離れ離れになった幼なじみだった――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。 これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。 無自覚両片想いの勇者×親友。 読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。

婚約破棄させた愛し合う2人にザマァされた俺。とその後

結人
BL
王太子妃になるために頑張ってた公爵家の三男アランが愛する2人の愛でザマァされ…溺愛される話。 ※男しかいない世界で男同士でも結婚できます。子供はなんかしたら作ることができます。きっと…。 全5話完結。予約更新します。

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

どこにでもあるBL小説の悪役になったけど、BLする気なかったのにBLになった。

了承
BL
どこにでもある内容のビー小説に入った20歳フリーターがいつのまにかBLしてしまった短編です。

処理中です...