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フィガロが熱を出した。迷子と遭遇した翌日のことである。慣れない環境で疲れが出たのだろう。ガイナは仕事を休んで、フィガロをおんぶして同僚から聞いた評判がいい町医者の元へと行った。診察をしてもらって、薬を処方してもらい、家に帰った。
熱が高いフィガロをベッドに寝かせた後、ガイナは小さな桶に入れた水に小さめのタオルを浸して絞り、フィガロの額に冷たいタオルを置いてやった。
フィガロがぼんやりとした目でガイナを見上げた。


「……父さん。仕事行っていいよ」

「阿呆ぅ。行ったって気になって仕事にならねぇよ」

「……ごめん」

「謝んな。ド阿呆。慣れねぇ環境になったのは俺のせいだろ。つーか、キツいのはお前だろ。代わってやれねぇんだから、心配くらいさせろ」

「……ん」

「飯は食えそうか?」

「……いらない」

「薬飲まなきゃいけねぇから、何か腹にいれねぇと。プリン作るわ。プリンなら食えるだろ?」

「……ん」

「作ってくるから寝とけよ」

「……ん」


ガイナはうっすら汗ばんでいるフィガロの頭を優しく撫でてから、フィガロの部屋から出た。台所に真っ直ぐに向かい、プリンを作る為に材料を魔導冷蔵庫から取り出す。フィガロが熱を出してまともな食事がとれない時は、いつもプリンを作っている。ガイナは料理上手という訳ではない。お菓子の類いはプリンしか作れない。フィガロがもっと小さかった頃、熱を出した時に料理本を片手に挑戦してみたら、何も食べようとはしなかったフィガロがプリンだけは食べてくれた。それ以来、フィガロが熱を出した時は、いつもプリンを作っている。
ボールに入れた卵を泡立て器でガシャガシャとかき混ぜていると、玄関の呼び鈴が鳴った。ガイナはエプロンを着けたまま、玄関へと向かった。

玄関のドアを開けると、そこにはアンジェリーナと赤毛の20代後半くらいの驚く程美形の男がいた。
まだ昼過ぎの時間帯で、アンジェリーナは学校に行っている筈である。ガイナは不思議に思って、首を傾げた。


「こんにちは。おじさん」

「おう。こんにちは。アンジー。学校はどうした?」

「今日はお昼までだったの。家庭訪問の時期だもの」

「……あぁ。そういや、そうだったな」

「フィガロに配布物を持ってきたの。あと、今日の授業のノートも。フィガロは大丈夫?」

「ありがとな。疲れが出ただけだ。今は寝てるわ」

「そう。あ、こっちは私のパパ」

「はじめまして。オーランド・ヒューストンです。先日は娘がお世話になりました。本当にありがとうございます」

「ご丁寧にどうも。当然のことをしただけだ。俺はガイナ・カルバン。軍人やってる」

「お礼と言うにはささやかなんですけど、これ、僕の父が作ったフルーツサンドイッチなんです。よかったら召し上がってください。今が時期の苺を使ってますし、クリームがそこまで重くないから、熱があっても食べられるかなって思って」

「お。ありがてぇ。フィガロは苺が好きなんだわ」

「それは良かった。バーバラの苺は甘くて美味しいんですよ」

「へぇ。そいつはいいな」

「フレディおじいちゃんと一緒に作ったの。フィガロ、早く良くなるといいわね」

「ありがとな。アンジー」


ガイナはオーランドとアンジェリーナの気遣いが嬉しくて、ニッと笑ってアンジェリーナからサンドイッチが入った紙の箱とノート等が入った紙袋を受け取った。


「折角来てくれたんだから、お茶でも入れてぇんだが……」

「いえ。フィガロ君が寝ているでしょうし」

「わりぃな」

「おじさん。フィガロにノートで分からないところがあったら聞いてって伝えてくれる?あと、早くよくなってねって」

「ありがとな。アンジー。伝えておくわ」

「フィガロがよくなったら、うちの喫茶店に来てね。フレディおじいちゃんの珈琲はね、とっても美味しいって評判なの」

「是非いらしてくださいね。父がお礼をしたいと張り切っていますから」

「おう。近いうちに必ず行くわ」

「それでは、そろそろ失礼します」

「またね。おじさん」

「わざわざありがとな。アンジー。オーランドさんも、心遣い感謝する」


ガイナが軽く頭を下げると、オーランドが小さく微笑んで、アンジェリーナの手を握って帰っていった。
ガイナは台所へ戻り、紙の箱を開けてみた。生クリームと大振りの苺が沢山挟まれているサンドイッチは、本当に美味しそうである。これならフィガロも食べられるかもしれない。ガイナは小さく笑って、紙の箱ごとサンドイッチを魔導冷蔵庫に入れ、プリン作りを再開した。






ーーーーーー
フィガロが熱を出した翌日。多少は熱が下がったが、まだそこそこ熱が高いので、ガイナは今日も仕事を休んで家にいた。苺のサンドイッチは、昨夜と今朝に分けて、フィガロと半分こをして美味しく食べた。普段、熱がある時はプリンしか食べないフィガロが苺のサンドイッチも食べてくれたので、ガイナは心の中で改めてオーランドとアンジェリーナに感謝した。

フィガロの様子をちょこちょこ見に行きながら家事をしていると、玄関の呼び鈴が鳴った。台所で洗い物をしていたガイナは、エプロンで手を拭きながら玄関へと向かった。
玄関のドアを開けると、ラウトとニーズ、ラウトを老けさせたような老人がいた。
ラウトと老人がガイナの顔を見るなり、同時に頭を下げた。


「先日は本当にありがとうございました」

「おいおい。頭を上げてくれ。ただ当たり前のことをしただけだ」

「すぐにお礼に伺いたかったのですが、ニーズが熱を出してしまってバタバタしていたものですから……」

「ん?ニーズ坊はもう大丈夫なのか?」

「えぇ。一晩で下がりました。色々あって興奮していたからだったみたいです」

「そいつはよかったな」
 
「ニーズの祖父のバスクといいます。孫を見つけてくださって、本当にありがとうございました。いなくなったのに気づいてから、心配でずっと生きた心地がしなかったものですから、本当に何とお礼を申し上げたらいいか……」

「ガイナ・カルバンだ。ニーズ坊を見つけたのは息子だ。つーか、俺は軍人だしよ。職務内容みてぇなもんだし、そうじゃなくても迷子を見つけたら保護すんのは当然のことだろ。あんまり気にしないでくれよ」

「あの、フィガロ君にも改めてお礼を言いたいのですが、いらっしゃいますか?」

「あー……わりぃ。昨日から熱出して寝てんだわ」

「えっ!?その、大丈夫ですか?」

「疲れが出ただけだ。フィガロはそんなに身体が丈夫な方じゃねぇから」

「そうですか……あの、焼き菓子を持ってきたんです。街で評判がいいお店のもので、日保ちしますから、フィガロ君が元気になったら一緒に召し上がってください」

「わりぃな。ありがたく頂戴するわ」

「おじちゃん」

「ん?なんだ?ニーズ坊」

「あげる」


ニーズが小さな手をガイナに伸ばして、可愛らしい小さな花を差し出した。
ガイナがしゃがんで花を受け取ると、ニーズがにぱっと笑った。


「ありがとぉ」

「おう。こっちこそ、ありがとな」


ガイナはニッと笑って、ニーズの頭を優しく撫でた。
帰っていく3人を玄関先で見送り、ガイナは手の中のニーズがくれた可愛らしい黄色い小さな花を見下ろした。
バーバラの街に来て正解だったかもしれない。まだバーバラの街に引っ越してほんの少しだが、優しい人が多い気がする。職場の同僚や上司も、赴任したばかりなのに急に休むことになったガイナを気遣ってくれた。『子供のことが1番大事だろ』と言ってくれた上司には、本当に感謝の念しか感じない。

ニーズがくれた小さな花を水を入れたコップに挿し、ガイナは静かにフィガロの部屋に移動した。ベッドに横になっているフィガロの顔を覗き込むと、穏やかな顔で眠っていた。起こさないようにそっとフィガロの額に触れると、熱は殆んど下がっているようだ。今夜はちゃんとした食事がとれるかもしれない。
ガイナはフィガロの勉強机の上に花を挿したコップをそっと置くと、静かにフィガロの部屋から出た。
今夜はフィガロが好きなキャベツ沢山のシチューを作ろう。少しでも食べてくれるといい。デザートに苺を用意してやったらフィガロが喜ぶかもしれない。
ガイナは洗い物を急いで終わらせ、買い出しに出かける為に、いそいそとエプロンを外した。

 
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