前世を思い出した我儘王女は心を入れ替える。人は見た目だけではありませんわよ(おまいう)

多賀 はるみ

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32【エドワルド視点】

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【エドワルド視点】

 はぁ、婚約者が決まった。喜ばしいことだ。喜ばしいのだが、相手がリンダ嬢か……
 いや、俺みたいな男に婚約者ができた事自体奇跡で、贅沢を言ってはいけないと分かっているのだが……
 あのあからさまに見下した感が嫌なんだよな……かと言って、俺の両親の前では『婚約者になれてとても嬉しく思います』なんて、平気で言うんだから女って怖えよ。
 それに俺とは一度もまともな会話なんてしたことねぇのに。
 俺がまともな会話をした女性なんて、家族や使用人以外だとミリアリア様だけだ。

 あー、こんなことなら卑怯だろうとなんだろうと、ミリアリア様にお慕いしていますって言われたときに、外堀埋めまくって、婚約を申し込めば良かった。

 最初に会った時は、なんだこのクソガキと思ったこともあった。なんなら、リンダ嬢よりも俺への態度が悪かった気がする。

 でも、あの時。たった一回、助けただけ、しかも大した怪我もしていないのにあれほど態度が変わるなんて。

 それからは、もう可愛くて仕方がなかった。
 会えばいつも笑顔で挨拶してくれた。
 剣の訓練後には、タオルと水をアルに手渡すよりも先に俺に渡してくれた。
 もっと、俺の話が聞きたいと言ってくれた。
 うちの領地の人間は、俺ほどではないが大きくてたくましい奴らが多い。それをバカにする連中も多いが、ミリアリア様は『エドワルド様やエイガ公爵領の皆さんのお陰で、私達はみな魔物に怯えず平和に暮らせています。とても立派で素敵です』って、俺やみんなのことをバカにしない。
 今では魔法の腕で右に出るものはいないというほど実力をつけたミリアリア様は、よく魔物討伐の為に役立ちそうな魔法や魔法具を沢山開発してくださった。

 俺のこともバカにせず、エイガ公爵領のみんなのことも思ってくれる本当に良い子だ。

 今まで何度、ミリアリア様が俺のことを好きになってくれればいいのに。なんて、叶うはずのない願いを女々しく思ったことか。

 学園の卒業まで後一年となった頃に、ミリアリア様がどうしても俺に会いたいと言っていると、アルに言われて学園が長期休みの時に会いにいった事がある。










 学園に入学してからはなかなか会う機会も減っていたが、どうしたのだろうと不思議に思う。
 久々に会ったミリアリア様は少女の可愛さも備えながら、美しさも備えた成長をしていて思わず見惚れてしまった。

 ミリアリア様は久しぶりに会った俺に驚いているようだった。まぁ、そうだろうな。俺の身長はその時180cmに達していたし、今までより筋肉がつきまくってあまりのデカさに驚いたんだろう。
 怖がらせていないといいが……心配になったが、杞憂だった。

「また背が伸びたんですね!   それに立派な筋肉!   たゆまぬ訓練の証ですね」

 ニコニコとそう言ったかと思えば、ぼそっと『その筋肉触りたいなー』と聞こえた。聞き間違いかと思った。

「あ、いえ、はしたなかったですね。聞かなかったことに……」

「ミリアリア様が怖くないのなら。どうぞ」

 すっと腕をミリアリア様の前にだしたら、ミリアリア様はチラッと後ろに控えていた侍女を見る。
 侍女はいかにも『しょうがないですねぇ』といった表情をしたかと思えば、あさっての方向を見た。それを確認して、ミリアリア様は恐る恐る服の上から腕に触れる。
 ブワッと自分の体温が一気に上がったのが分かった。これはまずい。
 ちっちゃな手がさわさわと俺の腕の筋肉を確かめる。時折、優しく撫でられてくすぐったかったが、それ以上に変な気を起こしそうになって焦る。このままではまずいと思い、もうよろしいですか?   と腕を引こうとしたら、ションボリとしたミリアリア様の表情がおかしくて可愛かった。

「それで、今日はどのような件ですか」

「あの、それは……」

 もじもじと下を向いてしまったミリアリア様。うーん、つむじさえも可愛く見えるなんて重症だな。まさか、あのクソガキって思っていた女の子をこんなに可愛いと思う日がくるとは。

 こほんこほんと侍女が咳払いして、ようやく顔を上げた。
 一度深呼吸して『お慕い申しあげています』と言った。

 幻聴?   今、お慕いしていますって言ったか?   あまりの驚きに言葉に詰まる。
 本当に?    あの、ミリアリア様が俺を?   一瞬、天にも登るような高揚感に満たされる。けれどすぐに、いや、そんなことあるはずないと首をふる。

 はぁ……きっと、あれだ。俺がアルにリンダ嬢とのお茶会の愚痴なんかを言ったせいだ。このままいったら俺のことを虫のような目で見てバカにするような女が嫁になるかもしれないとこぼしてしまったからだろう。
 アルはきっとそれをミリアリア様にも話したのか……それで、未だに俺に恩があると思っているミリアリア様が、リンダ嬢の代わりに俺の婚約者になるって思ったのかもしれない。惨めだ。

 よくよく考えれば分かることだ。ミリアリア様が俺のことを好きだなんて事があるわけがない。
 ミリアリア様が笑顔で会話する人間は、ご家族以外だとごく限られている。だから周りには散々、『思い違いをするなよ』って言われ、両親にも『きちんと現実を見なさい』と言われた。
 言われなくたって、分かっているさ。

「恐縮です。ですが、むやみにそのようなことを言ってはいけませんよ。大抵の男は勘違いしてしまいますから」

 そう、これでいい。いつまでも、俺に恩を感じなくて良いんだ。
 俺は大丈夫だから、安心してください。そういう意味を込めて、笑顔で話したら、ミリアリア様はこの世の終わりのような顔をされ、今にも泣き出しそうだった。
 どうしてそんな顔をするんだ。
 俺はどうすればいいか分からず、近くにいたミリアリア様の侍女に助けを求めるように視線を移す。

 その侍女の顔がとてつもなく怖かった。
 ミリアリア様は具合が悪いようだと、侍女はミリアリア様を連れて行った。

「エド、いくら自分に自信がなくたってあれはないよ」

 どこからともなく現れたアルに驚く。

「自信がない?」

 そんな事を言われたのは、初めてだ。

 アルには負けるが、学園では常に二番の成績だ。今では剣は父親以外には負けたことがないし、魔法だって既に上位魔法を幾つも習得しているし、家に帰れば魔物の討伐の参加を認めてもらっている。
 自分はそれなりに優秀だと自信がある。

 それなのに、周りからは俺は自信がないように見えているのだろうか。

「はぁ……エド、君は女心が分かっていないね」

 むっ。アルは女心が分かるみたいな言い方をする。
 アリサ嬢へのプレゼントは何がいいだろうかとミリアリア様に相談して『お兄様、それは趣味が悪いです』って注意されていたくせに。

「ミリーを慰めに行ってくるよ。じゃぁね」

 そう言って俺は一人その場に残され、ただただ茫然とした。









 あれ以来、ミリアリア様とは会っていない。
 本当にあの時あんな事言わなければ良かったと思う気持ちもあるが、でも、同情なんかで俺と結婚するなんてしてほしくなかった。
 今はまだ会う人間が少ないから俺とも結婚してもいいかと軽く考えているかもしれないが、学園へ入学したら恋をするかもしれない。
 やっぱり無理だと言われたら、立ち直れる気がしない。

 だから、まぁ、やっぱりあの時の選択は間違っていなかったんだ。
 俺なんかと婚約してくれたリンダ嬢には誠実に向き合おう。愛はなくても、そのうち信頼関係ぐらいは築けるかもしれない。
 どうしても無理だというなら、後継者は養子を取ればいいだけなんだから。



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