これはキセキコレクション!

花泳

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collect 2.髪型はリボンパフェ

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7月になって手袋をする人ってこの日本にどれだけいるかな。わたしの周りには一人もいない。

両手に手袋をつけて、それでもって半袖で…ある意味奇抜。なんてね。あほか。


暑い…。



「これ勝手に落としたら一生付きまとうから」



鬼の言葉だった。昨日あの天才に言われたこと。


一生あんなふうに付きまとわれたら…なんて想像しただけで耐えられない。

人を見下すような言い方、自己中心で自分勝手。他人を振り回しても平気な顔してて、あんな人とは関わりたくない。だいたい関わる理由がこれっぽっちも見つからないのに。


「はあああ…」


学校の前まで来て、思わずしゃがみこむ。嫌だなあ。今日から1日置きにプロデュース科に顔を出さなきゃいけないなんて。

そして今日はその日。昨日は無効だって。これもあの天才が決めた。自分のことが世界の中心だとでも思っているんじゃないのか。努力がそんなに偉いのか。


バイト先に電話で休むかもしれないことを言うと、ちょっと残念そうに「学園祭がんばってね」と言われた。

もちろん、自分の作品はマロンをモデルにするからには頑張りたい。でも、バイトを休むほど熱中する気はなかったのに…。


あれもこれもそれも、ぜんぶ天木千歳のせいだ。

ぜったいに、「こいつはだめだ」ってあきらめさせて自由を手に入れるんだ。早くこの手袋から解放されるんだ。


天木千歳は天才であることで有名だけど、他にも、イケメンだとか声がいいとか性格なんて二の次で目の保養にはもってこいだとか、そういうふうにも言われてる。

そんな人と関わってしまったのが地味顔の目立たない女だったからか、予想通り、学校中大騒ぎになっていた。


一番すごかったのが、あの天木千歳直々にモデルを依頼したのが何の取り柄もなさそうなブスだったって話題。当の本人であるわたしが近くにいることにも気づかずに、うらやましそうに言っている女の子たちの輪の横をこそこそと抜ける。


自分の教室までが遠い…。

でも自分の教室が安全だって保障もない。

きっとクラスみんなこの話題で持ち切りだと思う。ジミーちゃんがなんでって。ジミーのくせにって、思ってるかもしれない。


行きたくないなあ。


やっぱり何が何でも断ればよかったのかな。それはそれで反感をくらいそうだ。


意を決して教室のドアを開ける。



「お、おはよう」


クラスメイトの目が一斉にこっちを向いた。背中がひんやりとする。

ブスのくせに── って、みんな、思ってるよね。さっきの人たちも言ってた。何より自分が一番そう思ってるんだ。シラけるとか、そんなの世間を納得させる理由にならない。



「あ、うわさのジミーちゃんだ」

「おはよー!なんだ、きっとこんなにうわさになったことなさそうだから心配してたんだよー。キョーカなんて駅まで迎えに行ってるはずだけど一緒じゃないの?」

「へ…!?」


いそいで携帯を見ようとジーパンのポケットに手を入れる。だけど手袋のせいで上手くとれない。でも手袋は外したくなくて苦戦しているとクラスメイトのマイリンがけらけらと笑いながら取り出してくれた。


「パスかけてる?見てもいい?」

「あ、うん。パスはかけてないよ」

「かけなよ!あはは、ジミーちゃんはおもしろいなあ。手袋とりたくないなら見るよ?」

「お、おねがいします…」


あれ…予想していた反応とだいぶちがって困る。

もっと、嫌な目を向けられると思ってた。


「あ、ほら。今どこにいる?駅まで行くから!ってメッセージ入ってるよ」

「ほ…本当だ…」


キョーカごめん、携帯あんまり見ないから。


自分で返事をうちたくて手袋をとる。右手のほう。灰色に染まった爪が目についたけど、気にしない気にしないと呪文みたいに心の中で繰り返した。


メッセージを返すより電話したほうがいっか。

もう戻ってこないとキョーカが遅刻になってしまう。


いそいで電話をかけると、1コールで出た。



≪もしもしジミーちゃん?どこにいる?≫

「ごめん、わたしもう学校に来ちゃって…」


えー!!と大きな声が流れてきてあわてて携帯を耳から離す。みんなけらけら笑ってる。

もっと何か言われるかと思ってたのに、キョーカなんてわざわざ駅までわたしを迎えに行ってくれて…そんなやさしさが沁みる。


「ごめん今行く…!」

≪ええっ、いいよ、走っていくから教室で待ってて!これ以上人目につきたくないでしょう?一人でよくがんばって教室まで歩いたねえ≫


泣きそうになった。ごめんね、自分が恥ずかしい。


「ごめんキョーカ…」

≪いいって!うちが勝手にしたことだし!ちょっと待っててねー。昨日の天才との話し、興味あるから詳しく聞かせてっ≫

「ミーハー…」

≪そこ、うるさいぞ≫


そう言い残して電話を切られた。
教室で待ってていいって言われたけど、それはだめだと思う。

でもまず…まず、この心のもやもやを晴らしたい。



「みんな、ごめん…!」


がばっと頭を下げる。なぜか、昨日真剣にモデルを頼んできたあの天才のことが頭に浮かんだ。


「どーしたのジミーちゃん」

「あの…」


ジミーちゃんってあだ名も、愛嬌があるねって言葉も、なんだかからかわれている気分でいた。本当は、ずっと。


「もっと、嫌なこと言われるかなって思ったら…みんなやさしくって…びっくりした…」


あの天才のせいでサイアクな毎日が待ってると思ってたさっきまでの身構えていた自分を引っ叩きたいよ。

自信のない自分のせいで、みんなのことを疑ってしまった。

心配してくれたり、あっけらかんと話しかけてくれるような子たちなのに。


「ごめんね。あの、実はあの天才に「おまえのこと変えてやるよ」って言われて…何されるのかわからないけど、変わらないと思うんだけど、断れなくて、ショーモデルをすることになりました…」


これから、どうなっちゃうんだろう。そう不安だった。今も不安。


「もしかしたらやっぱおまえには無理だとか言われるかもしれないけど…」


変わらないみんなに安心した。ちょっとだけ気分が晴れやかになったよ。


「あはは、ジミーちゃんを変えられたら本当に天才だよね」

「ねー。ジミーちゃん、自分磨きあきらめちゃってるんだもん。いっぱい教わってきなよ」

「う、うん…あの、キョーカのこと迎えに行ってくるね」

「さっきと反対だ~。いってらっしゃい~」


手をひらひらと振られて見送られた。
学校を走って入口に行くまでの間、泣いてしまいそうだった。うれしかった。クラスメイトのこと大好きになった。

来るときみたいにウワサをされたけど、気にならない。

入口に行くとキョーカとちょうど鉢合わせて、天才との間にあった昨日の出来事を話すと爆笑された。「うらやましい」とも言われたけど、嫌なふうじゃなかった。



その放課後、昨日無理やり交換させられたメッセージにあの天才の名前が浮上してかなり汗をかいた。冷や汗だよ。

どこかで昨日のことは夢だとか勘違いとかだったらよかったって思っていたし、1日経って考え直してる場合もあるって希望を持ってたんだけど、そんなことなかったみたい。


指定のプロデュース科の教室に行く気になれなくて教室で学園祭に出すデザインをうだうだ描いてると、キョーカが「怒られちゃうよ~」とからかうように言ってくる。


メッセージが届いてからもう1時間経ってる。

デザイン画はあんまり進んでいない。もう行かなきゃ、絶対怒ってるよ。でも携帯を見る気になれない。


「やっぱり引き受けなければよかった」


やっぱり変えられないとあきらめてこのままのわたしでショーに投げ出されたらどうしよう。


「でももう引き受けちゃったんでしょー?それは無責任だよ」

「うーん…」


無責任、だよね。解ってるんだけど。


「こわい…」


クラスメイトは優しかったけど、他の人は違う。そして、わたしも違う。


仮にわたしが本当にショーに出ることになっちゃった時、マロンに迷惑をかけるかもしれない。がんばっていて、才能もある人たちのせっかくの舞台をだめにしちゃうかもしれない。

デザイン画を描くために手袋を外した手を見て、深く息を吐く。

左手を見て目をキラキラさせた後「なんでこっちは灰色なの?」ってキョーカが聞いてきた。



なんだっけ…こっちもカラフルにしてほしいってわたしから言わせてやるよ、だっけ。

ぜったい言わないと思う。



その話をしようと口をひらいたけど



「俺よりこわいものがあんのかよ」



頭の裏側をさらりと撫でてくるような低い声がして話せなかった。



顔をあげると教室に入口に寄りかかっている天才の姿が少し先にあった。思わずイスを引いて立ち上がりキョーカの背中に隠れる。

まさかプロデュース科の天才がデザイン科の落ちこぼれなんかを目当てにここまで来るとは…。キョーカも目をまあるくしている。


「あ、あんたよりこわいものくらいたくさんあるし!」

「ステージがそんなに恐いかよ」

「だってわたしはあんたみたいに人に注目されたことなんてないもんっ」

「ないもん!じゃねえ、やってみなきゃわかんねーだろ」


な、なんで近づいてくるの…!

背中を借してもらってるキョーカを道連れにしてじりじりと後ろに下がっていく。でも天才は容赦なしに追いかけてくる。教室にまできて、なんなの。


「わたしじゃなくたっていいじゃない…!」


たくさんいるでしょう。キョーカだったらきっと喜んで引き受けると思う。

なのにどうして…ああ、シラけるからだっけ?なにそれ。人のことバカにしてるだけでしょう。


「昨日からうっせえな…」


棘々しい声でつぶやいてぎろりと睨みつけてくる。



その目に怖気づいたのかついにキョーカの足が止まった。

固まってる。小声で「うちを挟んで喧嘩しないで…」と言っている。ごめん……




「おまえがいいっつってんだよ」




わたしがよく見かけていたこの男は、いつも余裕しゃくしゃくなすまし顔で校舎を歩いている姿だったり、得意げに自分の作品を披露している姿だったり、たくさんの表彰状をかかげる姿しかない。


だから、こんな切羽詰まった顔もするんだと、思わずぽかんと見上げてしまった。



ぼんやりしているうちにキョーカがわたしの手から逃げ出し教室の隅っこに行ってしまった。わたしもそっちに行きたい。でも、なんだか行けなかった。

足が動かないわけじゃなくて、…だってそんなふうに言われたの、はじめてだったから。


いい加減にしろよ。何回言えばわかるんだよ。っていうような、そんな強い言い方だった。だけどその言葉は、わたしの思考をやわらかくするのには充分だった。


「後悔しても…知らないよ」

「昨日と同じこと何回も言わせんな。俺を誰だと思ってんだよ。しねえよ。どんなやつでも変えてやる」


無理だと思っているわたしと、そのあきらめの心に訴えかけてくるようなことを言う天木千歳。


「でも迷惑かけるかもしれない…」

「呼んでも来ない方が迷惑だから今日みたいなのはやめろ」

「ご…ごめんなさい」


怒った顔をしてくるから縮こまっていると、その表情のままふいに頭を撫でられた。



「な、なに」

「髪、昨日の方がまだマシだったな。ぼっさぼさ。女としてどうなの?」


昨日は髪を巻いたけど今日はあんたのせいで髪の準備をしようっていう思考にならなかったんだよ…。今日はデートもないし、別にいいんだ。


さらにぐちゃぐちゃかきまぜるようにやらないでよね。

その手を振り払いながら「気安く触らないでよ」と言うと鼻で笑われたからむかつく。


くるりと背中を向けられた。先に戻るのだろう。さすがに校舎を一緒に歩いたりはしたくないからちょうどいい。…行ってやろうじゃん。お手並み拝見してやろうじゃん。って、言ったら何様だよって言われそう。


「キョーカ、ごめんね」


へなへなと座り込んでいるから立ち上がらせると「天才マジかっこいい…」とつぶやいた。目がハートになってるよ。



「なあ、これおまえが描いたの?」

「え……あっ!」


ぎゃあ!ちょっと待ってなに勝手に見てるの!?


自分の机に置きっぱなしだったデザイン画を天才に見られてしまった恥ずかしさに倒れそうになった。

駆け寄って奪うように取り上げると「へえ」と低くつぶやかれる。

なに、その含んだような言い方。
どうせ「才能ねえなこいつ」とか思ってるんだろう。


「まあいいや。さっさと支度しろよ」

「へ?いやいやいや、あんたと歩くなんて無理だって!」


先に行ってくれると思ったのに律儀に待ちはじめた。



支度と言ってもデザイン画とえんぴつをバッグに入れるくらいだ。

でもまだ残ってる生徒だってたくさんいるだろうし、そんな中でこの人と歩いたらいっそう好機な目で見られることになる。


「なに迷ってんの!ほら支度したから早く行きな!」

「え、ちょっとキョーカ…っ」


なに勝手に準備してくれちゃってるの!?

トートバッグを押し付けるように渡される。


「明日は一緒に学園祭の準備しようね。というか、なるべく早くモデルのほうとの両立に慣れたほうがいいよ。手先は器用でも性格はとっても不器用なんだからさ」


にこりと笑みを向けられる。渋々バッグを受け取ると背中を押されて天木千歳の近くまで勢いまかせに足が進んだ。

ちらりと振り向くと「ジミーちゃん。自分の好きなもの、取り戻しておいで」って言われた。そして手を振られる。


胸のなかにじんわりと広がる友達のやさしさ。

ジミーちゃんって本当にただの愛称だったんだなって思った。


「…また明日ね、キョーカ」

「うん。じゃあ天才さま、うちの子をよろしくお願いします」


ぺこりと頭を下げるから、ちょっとはずかしい。



───…自分の好きなもの。


もうわすれちゃった気がする。どこかに置いてきたまま。



「おー。さんきゅ」


何がさんきゅ、なんだろう。

わからないけど、天木千歳はキョーカにそう言って、それからわたしの腕を引いて歩き始めた。

やっぱり強引だな!



思った通り校舎の中にはまだたくさんの人が残っていた。

廊下ですれ違うたびに振り向かれたり、「え、天才と誰!?」「なにあの地味な子」なんて声も聞こえる。


なるべく隠れたくて天木千歳の高い背に埋もれるように視線を落とす。


「これくらいの視線で俯いてんなよ」

「う、うるさい、だからあんたと歩きたくなかったのに…っ」

「ちがう。みんなおまえを見てんだよ」


だから、それは地味なわたしが天才と歩いてるからで。

わたしのチカラなんかじゃない。


「どんな視線であれ、浴びろ。慣れろ。本番はもっとずっとすげーぞ」


なんだか楽しそうな声をしている。嫌がってるわたしの気持ちに寄りそおうとなんてぜったいしない人なんだな。わたしもあんたには何があっても寄り添えなさそうだ。


「慣れろなんて簡単に言わないでよ…」

「慣れるまで前にいてやるから、がんばれ」


何を言っても通じてない。どっと疲れる。

がんばれって、今までそれができなかったからこんなわたしになったんじゃん。


腹立つ。なのにどうしてこんなに、こいつが放つ言葉に泣きそうになるんだろう。もっと怒りたいのに、何も言えなくなる。



「辛くなったら息を深く吸って、みんなの視線をすくって食え」

「は…?」

「本番までにおいしく思えるようにしてやるから」


天才の思考回路はよく解らないな。

もういいや。これ以上何言ったってどうせ届きはしないんだから。


自分の意見と思考以外は一蹴りにするそのスタンスとか、自分に相当な自信を持っているところとか、かっこつけた態度とか、実際にどこをとってもできないところがなさそうな感じとか、わたしと全然違う。違うから、苦手。


はあと息を吐いてやった。息を深く吸って、と言われたばかりなのに逆のことをしてやった。しかも聴こえるように。

だけど天木千歳はばかにしたように鼻で笑うだけで、よけい苛々した。


昨日ぶりの格上クラスの教室は、やっぱりどこか場違いで落ち着かない。


「あ、やっと来た。遅いんだけど」

「マロン~~~!強引すぎて耐えられない!」


助けを求めるように飛びつくとすぐに突き放される。そして「引き受けたからにはちゃんとやってよ」と言われた。確かにそうだ。


「ごめんなさい…これからはちゃんと時間に来るね。迷惑もかけません」


なんて。そっちのみんながわたしじゃダメだと思う可能性だってあるんだからね。そうしたらわたし、いろんな人から大笑いされるんだろう。

そうならないようにしたいけど、そんなふうになる気しかしない。



「うん、期待してるからね。じゃあグループの子紹介するね。まずあたしは天木と同じ全体プロデュース担当。このショーでこいつの評価以上の評価を残すつもりだからよろしく」


マロンの強気な発言に対して、顎で指された天木千歳は「上等」と微笑んだ。

なにこのオーラ…。才能と才能がぶつかるような大事なショーのモデルとか、恐ろしすぎて今すぐ降りたい。


「で、この子が堀川ちゃん。ネイルやボディーメイク担当」

「ほーりーですっ!よろしくね!」


あ、ネイル道具を貸してくれた子だ。ロリータファッションといい異味でアンバランスな明るい笑顔と弾んだ声に思わずつられて笑ってしまった。


「おお、笑った。かわいーじゃん」


え、わたしのこと!?

びっくりして声の主を見ると、髪の毛がベージュの色をした男の子がいた。


「か…かわいい!?」

「かわいーよー。あ、オレは星野ほしの。だからほっしーって呼んでねー」

「ほっしー…!」


癒しキャラだ。かわいいって言われた…!これもまた恐れ多い。

「ほっしーはヘアとメイク担当ね」とマロンが付け加える。今日はヘアをやるってさっき天木千歳が言ってたけどこの人がやってくれるのかな。


「で、最後にイチ。オネエだけどどっちもイケないから安心して」

「イチでえす」

「え、男の人なの!?」


確かに背は高いけど、すらっとしてて髪はふわふわな甘栗色でお化粧もナチュラルでかわいい…女の人かと思った。

男じゃないわよう、と言われて、素直にうなずいた。まさに中性。世の中って不公平だ…美しい。


「イチは服制作担当。以上5人班であんたをプロデュースするから」


てきぱきサラリと紹介されたメンバーがけっこう濃くて緊張してきた…。そしてその中にひと際おかしな存在として中心に立たされていることは重々理解している。

肩身が狭いってこういう時の言葉だと思う。


「おまえ、食いもんでなにが好き?」

「へ…?」

「なんだよそのとぼけた返事は。食わねえの?」


いや、食うけどさ。天木千歳っていつも唐突なんだよね。

好きな食べ物かあ。嫌いなものを探すほうがむずかしいくらい食べることは好きだ。


好きな食べ物…。そう言われて浮かんできたのは、言ったらなんだかばかにされそうで言いたくない。



「あ、今思いついただろ。言えよ」


くう…!なんでバレた!?


「パ…パプリカとパフェ…」



ああ、ばかにされる。チンジャーロースとか言っておくべきだった。

じいっと見下ろされて身構える。ばかにしてこい。逃げ場はないしこの際受けて立ってやる。

そう思っていたけど天木千歳は「そ、おまえは実は色ものとかわいいもの好き」って言った。確かにそうつぶやいた。


指摘されたことにかあっと顔が熱くなる。


「ち、違う!わたしはただ好きな食べ物を言っただけで…」

「…確かに、あんたのブラとパンツって生地が黄色でリボンは水色でカワイイって思ったことあったかも」

「ぎゃー!ちょっとマロン!何バラしてんの!?」


信じられない!

あの下着はマロンが急に家に来ていきなり泊まるって言いだして勝手に一緒にお風呂に入るって押し切ってきたから隠せなかっただけなのに…うわあ、人に言われたくなかった…。

だって似合わないもん。だから、普段服で隠れる下着だけは好きなものを着ていただけ。


それなのに…それなのにさ…。

はずかしさで顔を手で覆う。キャラじゃないって言われるであろうから何を言われても平気なように心臓をセメントで固めておこう。



「じゃあやっぱテーマはアレでいくから各自作業開始して」


偉そうな天木千歳の台詞に、誰も、マロンさえ文句を言わずに各自の持ち場に散らばり始める。

え、わたしの下着については無反応?キャラじゃないとか似合わないとか言わなくて平気?相当似合ってないことくらい自分で気づいてはいるよ?というか。


「テーマって…?」

「おまえにはいずれ言うよ。サプライズ」

「こわいんだけど…」

「は?うるせーよ」


初めて知ったけどさ、天才、言葉遣い悪いね。


…でも誰も、言われるって予想していたことは言わないでいてくれる。

優しいひとたちなのかもしれない。マロンが仲良いってことはそうなんだと思う。


「おーい、こっちこっち。今日はヘアとメイクだよー」


ほっしーが手招きしてくる。さわやかでにこやかな雰囲気に引き寄せられる。


「はっ!」

「どうした?」

「わたしの髪、今日ごわごわなんだった!急にモデルになんか誘ってくるから眠れなかったし髪にまで気をまわせなかった…」

「その汚ねえの俺のせいかよ」


きた…汚いって…。キャラじゃないとか似合わないとかよりすごいことを言われてしまった。

じろりとにらみつけると、なぜか勝ち誇ったように笑われた。わたし怒ってるんですけど。


「じゃあ星野」

「んー?」


天才の手が髪を撫でてくる。



「こいつのこと、かわいくしてやって」


──── どきりと、心臓が跳ねた。



「承知ー」


何言ってんの。かわいくなんて、なるわけないのに。

ただの言葉。確証なんてどこにもない。この専門学校で習うことはすべて結果が出るものであって、結果がすべて。


だけど天才の言葉は、妙に強くて、すがりたくなる。


「こっち座ってねー」


そう言って美容室みたいに用意されたドレッサーに座らされる。服飾の学校にドレッサーって…と言うと「これはイチのとっておきだよ。みんな愛用中なんだ」と返ってきた。イチくん…イチちゃん?…イチってなんかダイタンなんだね。


正面に鏡。その中には立って髪の毛を触り始めたほっしーとイスに座ったわたしが映っている。ほっしーは犬みたいな顔をしていてかわいい。

こういう、顔がめいっぱい映る鏡って苦手。巻く時は手のひらを広げたくらいのサイズのものに毛先だけを映して巻く。


美容院に行かずに伸ばしっぱなしでいるのもそれが理由だったりする。


「そんなうつむいてたら髪いじりにくいじゃねえかよ。やる気あんのか」


うるさいなあ。ほっしーに言われるならまだわかるけど、天木千歳がアレンジしてくれるわけじゃないじゃん。


「ほっといてよ…」

「ほっとくか。大事なショーなんだよ」


だからさ。そんな大事ならもっとちゃんとモデルらしい子を連れてくればよかったじゃんって。…言ったらまた何か言われるんだろうから言わないけど。


「いいよあまちー。大丈夫」


ほっしー…あまちーって天木千歳のこと?似合わない…!


「どんなカッコしててもできるからオレに任せて!ねっ」


キラキラスマイルの先にいるのは鏡に映ったわたしだった。天木千歳に言ったわけじゃない。


「う、うん」

「よーし。オレがんばっちゃおー」


こんなわたしのために時間を割いて、がんばろうとしてくれることに感動する。


天木千歳は心なしか心配そうな表情で「よろしく」とつぶやき、マロンのところへ行ってしまった。

ほっとかれたのかな。…ううん。きっと違う。


「オレがんばるから、一緒にがんばろーね」


その言葉に、ほんの少しだけ、顔をあげることができた。


鏡に映った天木千歳がたまに送ってくる心配そうな視線からは、なんとなく逃げた。

…なんだよ、腹立つのに、なんだかなあ。



プロデュース科の人ってすごい集中力で作業するんだなあ。

わたしはミシンで縫うのでさえキーッてなっちゃって生地を針に刺したまま辞めて帰ったりもする。そういうところが違うのかな、ってちょっと思った。


ほっしーはわたしの髪を自由自在に扱った。ロットで巻いて、逆毛を立てて、黒ゴムで結わいてゴムを髪で覆い隠す。

たまに登場する細めのストレートアイロンは真っ直ぐするのに使うんじゃなくて巻きが足りない箇所に使ってた。技が高度。美容院に来てるみたいだった。うつむいたままでもいいって言ってくれる、優しい美容院。


「化粧もするね。顔触るけどへーき?」

「あ、でも、目も小さいし鼻も低いしリップ嫌いだから口もかさかさで…」

「うん、大丈夫。触るね」


前髪を上げてピンで固定され、思わずうつむいた顔をさらに低くしてしまった。心臓がバクバクしてる。こんな風に誰かに化粧をしてもらうことなんてないし、おでこを人に見せたこともない。


「肌綺麗だね。クリームに粉だけ?」

「ファンデーションの密封感が苦手で…」

「うん、塗らなくて平気だね。あとまつげも長い。くちびるだって赤くて綺麗だよ」

「あ、あの…」

「ん?」


ん、じゃなくって…。

覗き込むように見てくるから、ほっしーの顔を見る。


きみのほうがずっと可愛らしい顔をしててうらやましいよ。


「綺麗じゃないから、お世辞言わないで…」


褒められるとよけいみじめな気持ちになる。ジミーちゃんって呼ばれて下の中だと評価されたほうがマシだ。だってぜったい綺麗でもかわいくもない。地味な顔をしてる。目なんて笑うとなくなっちゃうし。


「お世辞じゃないよ」


そう言って、くちびるをスッと撫でられた。

息が止まりそうになる。



「おい星野、なに口説いてんだよ」

「あーもー!邪魔しないでよあまちー!あっち行ってろ!」

「見境ねえのやめろ。おまえも浮かれてんじゃねえ」

「な…浮かれてないし!」


急に会話に入ってきたと思ったらなんでそんな不機嫌なの?合わせるのがめんどくさい。


「嫉妬すんなよあまちー。オレは博愛主義だからダイジョーブだよ」

「……うるせえ」


うわあ、機嫌わる。そしてまた向こうにいってしまった。

なんなんだあの自己中心的な感じ…。ほっしーを見ると苦笑いをして「嫉妬しないでほしいよね」なんて言った。


「嫉妬?」

「そ、嫉妬。イケメンだけどめんどくさい人だから気を付けてね。あ、そろそろ鏡見るの禁止にしよー。いったんメイク落とすね」


なんの嫉妬なんだろうか。首をかしげてみたけどその後は特に何も言われなくて意味はわからずじまいのまま、回転式のイスを反転させられた。


化粧はあまりしないけど、ナチュラルメイクがしたいわけじゃない。本当は偽ってでもいいから可愛くなってみたい。きれいだねって言われてみたい。

だけどわたしには着飾るなんて似合わないから。

友達に似合う似合わないを見てもらうことも、雑誌を見て研究することもしない。


自分と向き合うみたいで、したくなかった。



「うっわド派手!!」


鏡を見せてもらえない代わりにマロンの驚いた顔が目の前に映る。

その反応はどう捉えればいいんだろう…とりあえずいち早く自分の顔を確認したい。もし変だったらすぐさまトイレに駆け込みたい。


「ほえ~~~。ほっしーって絵描きみたいだねえ」

「美術満点だったからな」

「やっぱり?お顔がキャンバスになっちゃったみたい~」


ほーりーとほっしーの会話に背中がヒヤリとする。

どうなんてるんだろう…。こわい。


全部の髪を頭のてっぺんに持っていかれてるから顔が全体的にひきつってる。目が吊り上がってるんじゃないかな。だとしたらもっと不細工だろうなあ…。


「鏡見てみ」


天木千歳はなんの感想も残さないままわたしが座るイスを反転させた。


「ちょ、待っ…」


まだ心の準備ができてない。見る時くらい自分のタイミングで観させてほしい。それなのにこの男は容赦なく勝手に動かしてきた。

デリカシーってものがないし、人の気持ちなんて考えたことないんだろうな。


ぶつぶつと文句を並べるわたしのおでこをぺしんと叩いてくるから手を振り払う。

すると、その手はめげずに眉間に指を這わせ、ぐいっと顔を上げさせられた。



「……っ」


うつむく暇もなく─── 視界に入ったのは、見違えるような自分の姿だった。



いつもの地味な服が浮いている。


息を飲む。

言葉が出ない。



「星野腕上げたな」

「あまちーが班にいちゃ感化されちゃうよ」


天野千歳の上から目線につっこむこともできない。


思わず鏡に触れる。

こんなにじっと自分の顔を見つめたのは初めてだ。


「もう少しこの髪型がこうで、メイクの色味を少し変えたい」

「これから精進してくんだから急がないでよね」

「ちーくんはせっかちねえ」


イチのちーくん呼びが天木千歳に似合わないとかも、言えないくらい。


見違えたけど、わかる。目の前にいるのはまぎれもなく、他の誰でもなくわたし自身だってこと。


「パフェが好きって言ってたから、そんな感じにしてみたよ」

「……すごい……」


いつもより濃い、ビタミンカラーの化粧。

髪の毛が生クリームみたいになっている。大きなリボンも髪の毛でできていて、さらにそこにビビッドカラーの布でできた小さなリボンのピンが散りばめられている。

地味な服のほうが似合わないように、感じてしまう。



「朝焼けみたいな目してる」

「え?」


鏡を覗き込んできた天木千歳と目が合う。

彼の瞳は、どちらかというと真っ黒くて艶めかしい。


「薄くて明るい茶色。本当はアイメイクはダークブラウンよりキャメルやピンクのほうが似合う。パーソナルカラーとかやっただろ」


もちろん習った。色彩検定だって持ってる。


「…でも、付けるのがこわい。…変って思われる気がする」

「こわいもなにも、誰もいちいちおまえのメイクなんて見ねえよ」

「う…」


痛いところをつく。そうかもしれないけどさ。


「似合う色わかっててつけないほうが変」


ズバズバ刺してくるように言うから、言い返したいけど、何も言えなくてくりびるを内側に巻き込む。せっかくほっしーが塗ってくれたさくらんぼみたいな色のリップがだいなしだ。


地味な顔。だけど、今はそんな印象を受けない。こんなカラフルにされたら当たり前かもしれないけど…むしろいつもの自分よりもずっと、ぴったりに見える。

目だって奥二重で大きいわけじゃないのに大きくなったみたい。鼻も高く見える。明るくて活発な印象を受ける。最近頬にできたそばかすも消えて、描くのが苦手なまゆげもきれい。



「おまえのことを花に喩えたらチューリップ」


「なっ……」



よくそんな恥ずかしいことが言える。

春のやわらかな空気に、鮮やかに華を添えるような、そんな花。チューリップって…そんなわけないじゃん。



じっと見てくるから居心地が悪くなって目を反らした。


「気にしてるのは自分だけなんだってこと、わかってたほうがいい」

「…そんなことないから気にするんじゃん」


わかったようなこと、自信に満ちた顔して言わないでほしい。



たしかにわたしに注目する人なんていない。


クラスメイトだってみんな優しい反応をしてくれた。

このひとたちだって、こんなわたしがモデルでもいいって言ってくれた。

この男はなぜか、わたしのことを選んだ。


だけど。



「他人に評価されたことがあるから、気にしてるんじゃん…」


悪気なく呼ばれるあだ名。今日の教室までの道のり。今までの20年間。思い出すだけで悲しくて情けなくなるようなこと、いっぱい言われた。

気にしてるのは自分だけかもしれないけど、人から言われた言葉は忘れられないよ。


「天木千歳はいい評価しかされたことないから、わたしのことなんて理解できるわけない」

「卑屈だな。でも、今日で違うことが少しでもわかったんじゃねえの」

「ちがうこと?」


天木千歳の言葉は、芸術家だなって思う。

フィクションのようで、今目の前で、わたし自身に起きていること。



「かわいいよ」


「……」

「ま、ほぼ星野の実力のおかげだけどな」



それは初めて言われた言葉だらけで、なんだかなみだが出そうだった。


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