障王

泉出康一

文字の大きさ
62 / 211
第1章『チハーヤ編〜ポヤウェスト編』

第62障『先生』

しおりを挟む
昼、ポヤウェスト城下町、広場にて…

「「「オロオロ…オロオロ…」」」

ナツカ,パエーザ,ナドゥーラの3人は、エッチャとエナバラが急に消えた事に動揺し、オロオロしていた。

「おい、どうすんダよ!もう10分以上も戻って来ねぇぞ!」
「うろたえるな、ナツカ・チハーヤ。奴らは必ず戻ってくる。」
「(さっきまでオロオロ言ってたくせによぉ…)」

すると、ナドゥーラはパエーザに尋ねた。

「どうしてそう思うの?」
「連れ去られたのはエッチャ1人。奴は障王の末裔でも何でもない。つまり、連れ去るメリットが無いからだ。私の考えだと、エッチャを連れ去ったのは偶然だ。あの時、エナバラはタレントを使った。そして、そのタレントは、エナバラと一緒に私達の中からランダムで1人転送されるというタレントだろう。でなければ、エッチャを連れ去る理由がわからん。」

それを聞いたナツカはパエーザに尋ねた。

「人質とかは?障王と交換ダぁ~、みたいな。」
「それなら、さっきの時点でお前を連れ去っていただろ。」
「あ、そうか。」

その時、ナドゥーラがパエーザに話しかけた。

「でも、ココにじっとしていても仕方がないわ。カメッセッセさんを加勢しに行った方がいいんじゃない?」
「いや、それよりも今は国民の避難が先。城下町にいる人を急いで城に…」

次の瞬間、ナツカ達の頭上から直径5m、高さ10m程の寸胴鍋が落下してきた。

「んダぁぁぁあ⁈」

ナツカ達は飛び退いてそれを回避した。

「ななな何ダ⁈」

鍋は何かを煮込んでいるようで、蓋がカタカタ動いている。しかし、鍋の中身は見えない。

「ペナルティや。」

その時、ナツカ達は背後にエナバラがいる事に気がつき、構えた。

「まぁまぁ、今は休戦や~。ペナルティ見ようぜぇ~ぇえ~⤴︎」

エナバラはその巨大な鍋に触れた。
すると次の瞬間、鍋の側面が透明になり、中の状態が見えた。

「「「ッ⁈」」」

ナツカ達はその鍋の中を見て驚愕した。
鍋の中に入っていたのは沸騰した大量の水。そして、もがき苦しむ姿のエッチャ。

「エッチャ!!!」

ナツカは鍋を剣で叩いた。しかし、鍋はビクともしない。

「ッッッ!!!?!?!??!!!」

エッチャは鍋の底に足を拘束されており、逃げられない。

「ほぉ~!肌赤なってきたなぁ~!ハゲやから茹でタコみたいやわぁ~ぁあ~⤴︎」

エッチャは沸騰した湯の中。当然、全身は酷い火傷を負う。その姿を、エナバラは嘲笑っていた。

「テメェェェェ!!!」

ナツカはエナバラに斬りかかった。
しかし、エナバラはそれを軽くあしらい、ナツカの全身を軽く斬りつけた。

「ぐあッ!!!」

ナツカは倒れた。

「このペナルティは10分。まぁ、大人しく見ときぃ~。」

エナバラはパエーザとナドゥーラの方を向いた。

「アンタらもなぁ~ぁあ~⤴︎」

パエーザ達は動く事ができない。明らかに、エナバラに気圧けおされているのだ。

巨大寸胴鍋の中にて…

「(痛い痛い痛い痛いッ‼︎全身が熱いッ‼︎皮膚が焼けるッ‼︎目が溶けるッ‼︎)」

10分間、沸騰した湯の中に人間を入れたら、どうなるのか。
エッチャはPSIを身に纏い、ダメージを緩和していた。しかし、この苦痛に耐えられるはずもない。

「(苦しいッ……死ぬッ………)」

エッチャの意識が遠のく。

「(死にたく…ない………)」

エッチャは薄れゆく意識の中、とある人物の言葉を思い出していた。

「(先生………)」

今から約6年前(エッチャ13歳)、チハーヤ城下町にて…

「おい、聞いたか?またエッチャが悪事を働いたらしいぞ。」
「あの不良め…」
「ロット修道士は一体何をなさっているのか…」

エッチャは捨て子であった。親に捨てられ、幼い頃から修道院で育ったエッチャ。そんな彼がグレて不良になるのは、不自然な事ではなかった。そして誰も、エッチャの生い立ちを責める事などできない。咎められるのはいつも、エッチャを保護した修道僧、エルシャ・ロット修道士であった。

6年前、エッチャが育った修道院にて…

テーブルを挟んでエッチャの前には、ロット修道士が椅子に座っていた。

「何やねん、いきなり呼び出しやがって…」
「エッチャ君。そこに座りなさい。」

エッチャは渋々、椅子に座った。

「…」

ロット修道士は黙り込んでいる。
次の瞬間、エッチャはテーブルを叩き、立ち上がった。

「早よ話せや!うっとぉーしぃねん!」

その時、ロット修道士はテーブルの上に大金を置いた。
エッチャはそれを見て、驚嘆した。

「この修道院、そして、私の全財産です。今からこのお金は全て、貴方のものとなります。」

エッチャは怪訝な顔をした。

「どういうつもりやねん…」
「私の後を継ぎ、子供達の世話を頼みます。」

すると、エッチャは声を荒げた。

「はぁ⁈何でやねん⁈訳わからん!」
「この修道院は貴方に任せます。まだ子供である貴方に任せるのも、酷な話ですが…」

静かに話を続けるロット修道士に対し、エッチャはさらに声を荒げた。

「何で俺がやらなアカンねん!絶対やらんからな!」
「エッチャ君。貴方にならできます。私は信じているのです。」
「そんなん知らんわ!2度と俺に話しかけて来んな!」

エッチャは部屋を出ようとした。
するとその時、ロット修道士はエッチャに言った。

「私は知っています。貴方が、本当は誰よりも優しい心の持ち主だと。しかしそれ故、自分にも甘い。貴方の生い立ちがどのようなものであれ、自分を甘やかし、辛い現実から逃げようとしてはいけません。」

エッチャは部屋のドアノブに手をかけ、止まって話を聞いている。

「辛い時こそ、一歩踏みとどまれる人間になりなさい。そうすれば、きっと、辛かった現実にも希望が見えてくるでしょう。」
「…知らんわ。」

エッチャは部屋を出た。

その数ヶ月後、チハーヤの病院にて…

ロット修道士はベッドの上で横になっている。
ロット修道士は肺がんを患っていたのだ。そして、もう長くない。

その時、ロット修道士の元へ、エッチャがやってきた。

「来てくれたんですね。」
「お前が呼んでんやろ。」

ロット修道士はエッチャの顔を見るなり、真剣な表情をした。

「話があります。」
「言っとくけど、俺、修道院継ぐ気なんか無いから…」

その時、ロット修道士はエッチャの話を遮り、話し始めた。

「本当に辛い時は逃げても良いんです。」
「は…?」
「しかし、やりもしないで諦めてはいけません。やった上で、本当に辛いと思ったのなら諦めて下さい。」

ロット修道士は話を続けた。

「ですが、エッチャ君。貴方にはやはり、そんな時こそ、一歩踏みとどまれる人間であって欲しい。」

すると、エッチャが反論した。

「言ってる事めちゃくちゃやな。頑張って欲しいんか欲しくないんかどっちやねん。」

エッチャのその言葉を聞いたロット修道士は少し微笑んだ。

「そうですね。紛らわしい言い方をしてごめんなさい。」

すると、ロット修道士は言った。

頑張って下さい。」
「は?」

その時、ロットは人差し指を立てた。

です。ニ歩も三歩も踏みとどまる必要はありません。辛い時こそ、、踏みとどまってみて下さい。そうすればきっと、何かが見えてくるはず…」

すると、ロット修道士はエッチャの手を握った。

「強く…そして、幸せになりなさい。」

それがロット修道士の最後の言葉であった。
ロット修道士の死後、エッチャは様々な事に気づいた。エッチャが悪事を働いた時、代わりにロット修道士が謝罪をしていた事を。今までどれだけロット修道士に守られていたかを。恩人に、礼を言えなかった事を。

それから1年後、エッチャはロット修道士の後を継いだ。後を継いだエッチャの生活はとても忙しかった。修道院の維持費や子供達の養育費などを一人で稼がなくてはならなかったからだ。しかし、エッチャは決して逃げ出さなかった。ロット修道士からの教えである『辛い時こそ、一歩踏みとどまれる人間になれ』を貫いたのだ。

エッチャが剣術を磨き、ナツカ達の旅に同行する事となったのも、修道院の子供達の養育費を稼ぐ為。ロット修道士が残してくれたものを守る為である。

現在、ポヤウェスト城下町、広場にて…

「ななな…⁈何やコレはぁ~ぁあ~あああ~~~⁈」

エナバラは驚嘆している。いや、ナツカやパエーザ達も。
その理由はエッチャだ。

「(『球丸マルク』で気泡を…!)」

なんと、鍋の中のエッチャは『球丸マルク』で気泡を集め、その中に留まっていたのだ。

巨大寸胴鍋の中にて…

「(一歩踏みとどまるッ…!先生ッ!今がその時やんなッ!!!)」

熱湯内に入れられたエッチャの全身は、酷い火傷を負っていた。しかし、エッチャの策により、窒息死は免れたのだ。

次の瞬間、どうやらペナルティ開始から10分経過したらしく、エナバラの巨大寸胴鍋は消滅した。

「カハ…ッ‼︎………ッ‼︎…ハァ……ッ‼︎」

エッチャはうまく息ができていない。にも関わらず、エッチャは剣を構え、立ち上がった。

「(そんな馬鹿な⁈私の『血塗られた調理実習(ハイプリエステス)』のペナルティを喰らって生きているなんて…⁈)」

その時、エッチャはエナバラに斬りかかった。

「えッ…ぢァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!!!!!」

エナバラは完全に不意を突かれている。

次の瞬間、エッチャはエナバラの腹部を斬り裂いた。

「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!!!?!?!!!!」

エナバラの体は上半身と下半身に分けられ、地面に倒れた。

「えっちゃ……ザマァ…みろ…………」

エッチャは地面に倒れた。

「エッチャぁぁぁあ!!!」

ナツカはエッチャの元へ駆け寄った。
それと同時に、パエーザとナドゥーラは上半身だけになったエナバラを取り押さえた。

「おい!エッチャ!しっかりしろ!おい!」

ナツカはエッチャの肩をさすった。
するとその時、パエーザはエッチャの全身の火傷を見て、ナツカに言った。

「…ナツカ・チハーヤ。その火傷では…もう…」
「うるせぇぇえ!!!エッチャが死ぬ訳ねぇダろ!!!今すぐ病院に連れて行けば…」

その時、エッチャが弱々しく呟いた。

「ナツ…カ……修道院の…子供達を……頼…む………」

ナツカにエッチャの事情など知らない。それ故、修道院やそこの子供達の事など、わからない。しかしこの時、ナツカはコレがエッチャの最後の頼みである事を理解した。

「エッチャ…」

その時、ナツカの目から涙がこぼれ落ちた。
その涙はエッチャの頬に落ちた。

「えっ……ちゃ…………泣く…な……っ……て……………」

エッチャ・ロット。19歳。死亡。

???にて…

真っ白な空間に、エッチャとロット修道士が向かい合って立っていた。

「先生…ごめん…俺、子供達アイツらの事、守られへんかった…」
「良いんですよ。貴方はよく頑張りました。ゆっくり、お休みなさい。」

エッチャとロット修道士は同じ方向へと歩き始めた。

「先生。」
「はい。何ですか、エッチャ君。」
「えっちゃ、俺…幸せやったで…!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

おいでよ!死にゲーの森~異世界転生したら地獄のような死にゲーファンタジー世界だったが俺のステータスとスキルだけがスローライフゲーム仕様

あけちともあき
ファンタジー
上澄タマルは過労死した。 死に際にスローライフを夢見た彼が目覚めた時、そこはファンタジー世界だった。 「異世界転生……!? 俺のスローライフの夢が叶うのか!」 だが、その世界はダークファンタジーばりばり。 人々が争い、魔が跳梁跋扈し、天はかき曇り地は荒れ果て、死と滅びがすぐ隣りにあるような地獄だった。 こんな世界でタマルが手にしたスキルは、スローライフ。 あらゆる環境でスローライフを敢行するためのスキルである。 ダンジョンを採掘して素材を得、毒沼を干拓して畑にし、モンスターを捕獲して飼いならす。 死にゲー世界よ、これがほんわかスローライフの力だ! タマルを異世界に呼び込んだ謎の神ヌキチータ。 様々な道具を売ってくれ、何でも買い取ってくれる怪しい双子の魔人が経営する店。 世界の異形をコレクションし、タマルのゲットしたモンスターやアイテムたちを寄付できる博物館。 地獄のような世界をスローライフで侵食しながら、タマルのドキドキワクワクの日常が始まる。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...