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第2章『ガイ-過去編-』
第112障『不発弾でも良い』
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【4月1日、18:30、フリージア王国、城下町、港、船着場にて…】
船着場には桜田,角野,不知火,土狛江,裏日戸。そんな彼らの前にある大きな船、その船上には全身腕と眼球だらけのバケモノと化した出口の姿。
「望んだオモヒが頭ニ浮かブ……」
出口は計18本の腕で指の輪を作り、全身の眼球に添えた。
「『殺輪眼機関銃』!!!」
次の瞬間、全身の眼球に添えた指の輪から、出口のPSIが弾丸のように放たれた。
「『角箱』!!!」
「『魂の芸術人』!!!」
角野は巨大な鉄箱を創造、土狛江は土を操り、それぞれ盾を作ってPSI弾を防ごうとした。しかし、魔物化の影響で出口のPSIが増し、PSI弾は以前とは比べ物にならないほど威力が上がっている。その為、二人の創った盾はいとも容易く貫かれた。
「みんな散るんだッ‼︎」
桜田の一声で皆、PSI弾が当たらないようにそれぞれ散らばった。しかし、出口の全身の目は逃げ惑う桜田達を的確に捉え、PSI弾を追尾させる。それに痺れを切らせた裏日戸が出口の方へと走り出す。
「(逃げたって埒が無い!攻撃あるのみだッ!)」
日はまだ沈んでいない。裏日戸の『日光・攻撃』なら、今の出口でも一撃で絶命させる事ができる。自身故の行動。
「ダメだ!裏日戸!」
桜田は叫んだ。しかし、時すでに遅し。裏日戸の体はもう止まらない。桜田は叫び続けた。
「敵は一人じゃ無いッ!」
船の領域に入った裏日戸。それと同時に、突如として現れる巨大な虎のバケモノ。木森の条件獣だ。そう。この船で待ち伏せしていたのは出口だけでは無い。かつての桜田の仲間、彼を裏切った四人。
「ッ……⁈」
巨大な虎は裏日戸の体を喰らう為、口を大きく開き、裏日戸の側方から襲いかかる。避けられない。攻撃のモーションは既に出口に対してのもの。今から攻撃対象を虎に切り替えることも不可。殺される。
そう思った瞬間、裏日戸の体は虎のいる方向とは真逆に飛んだ。いや、何かの力で引っ張られたと言うべきか。
「お前…」
飛ばされた裏日戸は土狛江に抱えられた。そう。裏日戸を虎の大口から救ったのは土狛江の操る土だったのだ。
「念の為に、ね。」
土狛江は桜田に裏日戸を頼むと言われたあの時、裏日戸の服に多少の土を纏わせていたのだ。
「『火炎PSI』!!!」
その時、不知火は最大火力で出口の立つ船に火炎を放った。裏日戸の攻撃により止んだPSI弾、その隙を狙ったのだ。
船は出口や虎もろとも、不知火の業火で灰と化す。誰もがそう思ったその時、その火炎を遮るかのように海の水が突出した。間違いない。これは桜田のかつての仲間、水面のタレントだ。彼もどこかに潜んでいる。おそらくは船の中。だから船の炎上を防いだのだ。
「魔物だ!魔物が居るぞ!」
するとその時、騒ぎを聞きつけたフリージアの兵士達が船着場へとやってきた。変貌した出口の事を魔物と勘違いしているらしい。
「来ちゃダメだッ‼︎」
何も知らぬ兵士達に向かって叫ぶ桜田。しかし、出口は構わず第二波を放つ。フリージアの兵士達はもちろん、港に居た水夫達まで出口のPSI弾の餌食となる。
「(こんな開けた港じゃ身を隠す場所がない!街の方へ逃げないと…!)」
そう考えた土狛江は裏日戸を抱えたまま街の方へと走り出し、港から去る。同様に、角野や不知火も建物のある方へと走り出した。
しかし、桜田は違う。桜田は出口に向けて自身のスマホをかざし続けていた。
「秋ッ!早くッ!」
角野が桜田の身を案じ、足を止めた。
「僕に構わず行って!」
「でも…!」
出口を中心として放射状に飛んでくるPSI弾。地獄絵図と化した港で足を止める角野。そんな角野の手を不知火が引っ張る。
「秋様を信じろ!」
皆、港から去っていった。居るのは出口にスマホをかざし続ける桜田と船上の出口。
「(僕に弾は当てられないだろ、哲也。)」
出口の『殺輪眼機関銃』は目視した箇所にPSI弾を放つタレント。今、桜田は『死ね』と表示されたスマホをかざしていた。つまり、出口がその文字を見てしまったが最後、桜田の『誤謬通信』が発動し、即座に死に至る。故に、出口は桜田を見る事ができない、撃ち殺す事ができないのだ。
「(謂わば、僕のタレントはキミに取ってアンチタレント。魔物化による身体強化がなされていようが、一対一なら僕に分がある…そう。一対一なら…)」
その時、出口のPSI弾の雨が止み、同時に船の中からかつての仲間たち、如月,水面,木森の三人が現れた。三人はまだ人間の姿だ。
「わざとかしら?」
木森が桜田にそう問いかけた。
「何がですか?」
「とぼけても無駄よ。わかってるんだから。あえて、ココで貴方が一人になった事。そんなに友達が大事?」
そう。ここまでは全て桜田の予想通り。船に陽道が居ない事。そこには出口が待ち構えている事。裏日戸の暴走を土狛江が止める事。騒ぎを聞きつけて兵士がやってきて、出口が辺りにPSI弾を乱射する事。仲間を一時的に逃す事。そして、ココで彼ら四人を一掃する事。
桜田はスマホをかざす手とは逆の手を自身のポケットに突っ込み、ポケット内のもう一つのスマホの画面をタップした。次の瞬間、大音量でこう流れた。
〈眠れ。〉
桜田の『誤謬通信』だ。勿論、この場の全員桜田を含め、誰も耳栓などしていない。この音声は確実にこの場全員の耳に届いた。
「うッ……!」
桜田自身も例外では無い。強烈な眠気が桜田を襲った。そしてそれは、出口たちも同じ。いや、同じでなくてはならない。しかし、そうではなかった。
「な…に……⁈」
なんと、出口たちは桜田の『誤謬通信』が効いていないようだ。
「何故…だ……ッ‼︎」
桜田の予想なら、自身もろとも敵全員を眠らせ、その隙に隠れていた角野たちに敵を始末させようとしていた。しかし、いつまで経っても彼らに睡魔など襲ってこないではないか。
「不思議?わからない?滑稽ね!桜田くん!貴方のそんな姿見れるなんて嬉しいわ!そうね。教えてあげる。」
木森が自信満々にその理由を発言する。
「私たち、既に洗脳されてるの。」
「なッ…⁈」
「貴方の『誤謬通信』は比較的精度の悪い洗脳。既に精度の高い洗脳に堕ちた人間に対する上書きの洗脳はほぼ不可能。」
「そういう…事……か……」
木森たちは桜田対策の為、既に白鳥組のある人物により洗脳されていた。いや、してもらったと言った方が正しい。
「洗脳の内容はこう。『桜田秋とその仲間に殺意を覚えろ』よ。どう?これなら自我を保てたまま動けるって訳。貴方の無能タレントじゃ、こんな複雑な設定はできないでしょう?」
桜田のタレントはその発動簡易性・拡散性から精度の高い洗脳は望めない。せいぜい『眠れ』や『止まれ』などといった単純な命令のみ。
「残念だったわね!桜田くん!私たちの勝ちよ!」
その時、出口は再びPSI弾の雨を降らせた。しかし、それは建物に隠れた角野たちに向けてのもの。桜田の救出を拒む為。そして、木森は懐から拳銃を取り出し、眠気に襲われる桜田に向けた。
「如月くん。水面くん。他の雑魚共の始末は任せたわ。」
木森の命令に従い、如月と水面は港から少し離れた建物に居る角野達の元へと向かった。それを確認したと同時に、出口はPSI弾を撃つのをやめ、木森にこう言った。
「待ってくレ。」
出口は船上から飛び降り、桜田の前、木森の隣に立った。
「俺ガ殺る。」
「えぇ。そうね。」
木森は拳銃を下ろし、出口に桜田の正面を譲った。
「最後に言イタイ事はあるカ?」
出口は桜田にそう問いかけた。両膝を地面に着き、今にも深い眠りに陥ってしまいそうな桜田に対して。
「背理法……」
桜田はそう呟いた。それを聞いた出口と木森は首を傾げる。
「知ってるだろ……ある命題を証明したい時…その命題が間違いであると仮定して……そう…矛盾を見つけて裏付けるアレだ…」
「何ヲ…」
「僕は矛盾を見つけた……僕の洗脳が…上書き不可かどうか…」
桜田は話を続ける。
「洗脳は効かないと木森さんは豪語した…じゃあどうして…哲也…キミは僕を撃たなかった…?」
「ッ…⁈」
「撃たなかったんじゃない…撃てなかったんだ……きっと…キミ達に洗脳をかけた人がこう言ったから……『洗脳階級も覆してしまう洗脳がある』と…だから…キミは俺を…あの文字を…見れなかったんだ……」
桜田の言うあの文字、それは『死ね』。そう。この命令だけはいかなる洗脳がかかっていても、既に高度な洗脳で他の洗脳を防ごうとしても優先される。脳機能のシャットダウン。
「洗脳はプログラミングと一緒…いくら高度なプログラムを組んだとしても…電源落とせば全部消える…」
その時、出口は桜田の顔部から血が滴るのを目にした。と同時に、桜田は立ち上がった。それに驚く木森と出口。
「ど、どうして…⁈」
「木森さん。貴方の言う通り、僕の洗脳はザルだ。だからこうやって、洗脳を解く事もできる。『止まれ』じゃなくて『眠れ』にしたのはこの時の為さ。」
なんと桜田は自身の舌の先端を噛みちぎり、痛みで洗脳を解いたのだ。もし、桜田が『止まれ』と音声を流していたのなら、この手は使えなかった。
覚醒した桜田を前にして、出口と木森は身構え、こう言った。
「ねぇ、桜田くん?勝ち誇ってるみたいだけど、依然貴方の不利は変わらないわ?この引き金を少し引けば、貴方の頭は吹き飛ぶ。」
木森は桜田の頭部に向けて拳銃を向けていた。出口も同じ。いつでもタレントを発動できる構えだ。しかし、桜田は微笑む。
「キミらこそわかってない。既に僕の術中だって事を。」
「はぁ⁈はぁあ⁈何言ってんのよ!まさか、流そうとしてるの⁈『死ね』の音声を⁈」
冷や汗をかき、慌て始める木森。その時、木森はそんな心の弱さを誤魔化すかのように笑った。
「あはは!う、嘘でしょ!出来るわけないわ!そんな事したら、貴方だって死ぬのよ!」
「元より、死ぬつもりだったらどうします?」
そんな木森を桜田は嘲笑うかのようにそう答えた。
「哲也、木森さん。キミ達は賢い。今僕を殺さないのは、確証が得られないからでしょ?僕を殺しても、僕が残した仕掛けはまだ残ってるかもしれない。僕を殺すには近すぎる。そう思ってるから、僕が死を覚悟するまでキミらは僕を殺さない。それに、目を覚ました今の僕なら、逃げようと思えばすぐ逃げられる。けど、そうはしないよ。キミらとはココで決着をつける。」
そう。出口達が何故さっさと桜田を殺さないのか。それは過大評価。出口や木森など、桜田のかつての仲間たちは桜田の実力を身近で味わっている。学力・知力は勿論、覚悟・魅力・順応性・運など、あらゆる面で桜田の凄さを感じてきた。彼らに取って桜田は『勝てない相手』という印象が強くある。そんな桜田が窮地に追い込まれても、なお、見せた無邪気な笑顔。それが何より怖かった。全て、見透かされているような、全て桜田の思う壺のような。単に、出口達は動けなかったのだ。
そして、そんな彼らの予想はズバリ的中していた。桜田はスマートウォッチとヘルスケアアプリを連動させ、自身の死後、脈拍が無くなれば自動的に『死ね』の音声がスマホから流れるように設定していた。いや、これだけではない。他にも桜田は自身の死後を予想し、要所要所で活用できるものをスタンバイさせている。
「不発弾でも良い、それが地雷に変わりさえすれば、ね。でも大丈夫。僕はまだ死ぬ気はない。」
桜田はポケットに突っ込んだままの左手でスマホを操作した。勿論、出口達に気づかれぬように。
次の瞬間、桜田の腰の部分から背後の空中に向けて光が射出された。それはプロジェクターの光だ。桜田は小型プロジェクターを隠し持っていたのだ。そして、それをスマホで操作した。
「言ったでしょ、僕の術中だって。」
空中にプロジェクションは表示できない。しかし、問題はない。先程の不知火の火炎で蒸発した海水柱、空中に漂うその水分子。そう、霧だ。桜田はミストスクリーンの要領でその霧に文字を投影したのだ。文字は勿論、あの言葉。
「哲也。木森さん。」
全ての洗脳を中断させるアレを。
「死ね。」
船着場には桜田,角野,不知火,土狛江,裏日戸。そんな彼らの前にある大きな船、その船上には全身腕と眼球だらけのバケモノと化した出口の姿。
「望んだオモヒが頭ニ浮かブ……」
出口は計18本の腕で指の輪を作り、全身の眼球に添えた。
「『殺輪眼機関銃』!!!」
次の瞬間、全身の眼球に添えた指の輪から、出口のPSIが弾丸のように放たれた。
「『角箱』!!!」
「『魂の芸術人』!!!」
角野は巨大な鉄箱を創造、土狛江は土を操り、それぞれ盾を作ってPSI弾を防ごうとした。しかし、魔物化の影響で出口のPSIが増し、PSI弾は以前とは比べ物にならないほど威力が上がっている。その為、二人の創った盾はいとも容易く貫かれた。
「みんな散るんだッ‼︎」
桜田の一声で皆、PSI弾が当たらないようにそれぞれ散らばった。しかし、出口の全身の目は逃げ惑う桜田達を的確に捉え、PSI弾を追尾させる。それに痺れを切らせた裏日戸が出口の方へと走り出す。
「(逃げたって埒が無い!攻撃あるのみだッ!)」
日はまだ沈んでいない。裏日戸の『日光・攻撃』なら、今の出口でも一撃で絶命させる事ができる。自身故の行動。
「ダメだ!裏日戸!」
桜田は叫んだ。しかし、時すでに遅し。裏日戸の体はもう止まらない。桜田は叫び続けた。
「敵は一人じゃ無いッ!」
船の領域に入った裏日戸。それと同時に、突如として現れる巨大な虎のバケモノ。木森の条件獣だ。そう。この船で待ち伏せしていたのは出口だけでは無い。かつての桜田の仲間、彼を裏切った四人。
「ッ……⁈」
巨大な虎は裏日戸の体を喰らう為、口を大きく開き、裏日戸の側方から襲いかかる。避けられない。攻撃のモーションは既に出口に対してのもの。今から攻撃対象を虎に切り替えることも不可。殺される。
そう思った瞬間、裏日戸の体は虎のいる方向とは真逆に飛んだ。いや、何かの力で引っ張られたと言うべきか。
「お前…」
飛ばされた裏日戸は土狛江に抱えられた。そう。裏日戸を虎の大口から救ったのは土狛江の操る土だったのだ。
「念の為に、ね。」
土狛江は桜田に裏日戸を頼むと言われたあの時、裏日戸の服に多少の土を纏わせていたのだ。
「『火炎PSI』!!!」
その時、不知火は最大火力で出口の立つ船に火炎を放った。裏日戸の攻撃により止んだPSI弾、その隙を狙ったのだ。
船は出口や虎もろとも、不知火の業火で灰と化す。誰もがそう思ったその時、その火炎を遮るかのように海の水が突出した。間違いない。これは桜田のかつての仲間、水面のタレントだ。彼もどこかに潜んでいる。おそらくは船の中。だから船の炎上を防いだのだ。
「魔物だ!魔物が居るぞ!」
するとその時、騒ぎを聞きつけたフリージアの兵士達が船着場へとやってきた。変貌した出口の事を魔物と勘違いしているらしい。
「来ちゃダメだッ‼︎」
何も知らぬ兵士達に向かって叫ぶ桜田。しかし、出口は構わず第二波を放つ。フリージアの兵士達はもちろん、港に居た水夫達まで出口のPSI弾の餌食となる。
「(こんな開けた港じゃ身を隠す場所がない!街の方へ逃げないと…!)」
そう考えた土狛江は裏日戸を抱えたまま街の方へと走り出し、港から去る。同様に、角野や不知火も建物のある方へと走り出した。
しかし、桜田は違う。桜田は出口に向けて自身のスマホをかざし続けていた。
「秋ッ!早くッ!」
角野が桜田の身を案じ、足を止めた。
「僕に構わず行って!」
「でも…!」
出口を中心として放射状に飛んでくるPSI弾。地獄絵図と化した港で足を止める角野。そんな角野の手を不知火が引っ張る。
「秋様を信じろ!」
皆、港から去っていった。居るのは出口にスマホをかざし続ける桜田と船上の出口。
「(僕に弾は当てられないだろ、哲也。)」
出口の『殺輪眼機関銃』は目視した箇所にPSI弾を放つタレント。今、桜田は『死ね』と表示されたスマホをかざしていた。つまり、出口がその文字を見てしまったが最後、桜田の『誤謬通信』が発動し、即座に死に至る。故に、出口は桜田を見る事ができない、撃ち殺す事ができないのだ。
「(謂わば、僕のタレントはキミに取ってアンチタレント。魔物化による身体強化がなされていようが、一対一なら僕に分がある…そう。一対一なら…)」
その時、出口のPSI弾の雨が止み、同時に船の中からかつての仲間たち、如月,水面,木森の三人が現れた。三人はまだ人間の姿だ。
「わざとかしら?」
木森が桜田にそう問いかけた。
「何がですか?」
「とぼけても無駄よ。わかってるんだから。あえて、ココで貴方が一人になった事。そんなに友達が大事?」
そう。ここまでは全て桜田の予想通り。船に陽道が居ない事。そこには出口が待ち構えている事。裏日戸の暴走を土狛江が止める事。騒ぎを聞きつけて兵士がやってきて、出口が辺りにPSI弾を乱射する事。仲間を一時的に逃す事。そして、ココで彼ら四人を一掃する事。
桜田はスマホをかざす手とは逆の手を自身のポケットに突っ込み、ポケット内のもう一つのスマホの画面をタップした。次の瞬間、大音量でこう流れた。
〈眠れ。〉
桜田の『誤謬通信』だ。勿論、この場の全員桜田を含め、誰も耳栓などしていない。この音声は確実にこの場全員の耳に届いた。
「うッ……!」
桜田自身も例外では無い。強烈な眠気が桜田を襲った。そしてそれは、出口たちも同じ。いや、同じでなくてはならない。しかし、そうではなかった。
「な…に……⁈」
なんと、出口たちは桜田の『誤謬通信』が効いていないようだ。
「何故…だ……ッ‼︎」
桜田の予想なら、自身もろとも敵全員を眠らせ、その隙に隠れていた角野たちに敵を始末させようとしていた。しかし、いつまで経っても彼らに睡魔など襲ってこないではないか。
「不思議?わからない?滑稽ね!桜田くん!貴方のそんな姿見れるなんて嬉しいわ!そうね。教えてあげる。」
木森が自信満々にその理由を発言する。
「私たち、既に洗脳されてるの。」
「なッ…⁈」
「貴方の『誤謬通信』は比較的精度の悪い洗脳。既に精度の高い洗脳に堕ちた人間に対する上書きの洗脳はほぼ不可能。」
「そういう…事……か……」
木森たちは桜田対策の為、既に白鳥組のある人物により洗脳されていた。いや、してもらったと言った方が正しい。
「洗脳の内容はこう。『桜田秋とその仲間に殺意を覚えろ』よ。どう?これなら自我を保てたまま動けるって訳。貴方の無能タレントじゃ、こんな複雑な設定はできないでしょう?」
桜田のタレントはその発動簡易性・拡散性から精度の高い洗脳は望めない。せいぜい『眠れ』や『止まれ』などといった単純な命令のみ。
「残念だったわね!桜田くん!私たちの勝ちよ!」
その時、出口は再びPSI弾の雨を降らせた。しかし、それは建物に隠れた角野たちに向けてのもの。桜田の救出を拒む為。そして、木森は懐から拳銃を取り出し、眠気に襲われる桜田に向けた。
「如月くん。水面くん。他の雑魚共の始末は任せたわ。」
木森の命令に従い、如月と水面は港から少し離れた建物に居る角野達の元へと向かった。それを確認したと同時に、出口はPSI弾を撃つのをやめ、木森にこう言った。
「待ってくレ。」
出口は船上から飛び降り、桜田の前、木森の隣に立った。
「俺ガ殺る。」
「えぇ。そうね。」
木森は拳銃を下ろし、出口に桜田の正面を譲った。
「最後に言イタイ事はあるカ?」
出口は桜田にそう問いかけた。両膝を地面に着き、今にも深い眠りに陥ってしまいそうな桜田に対して。
「背理法……」
桜田はそう呟いた。それを聞いた出口と木森は首を傾げる。
「知ってるだろ……ある命題を証明したい時…その命題が間違いであると仮定して……そう…矛盾を見つけて裏付けるアレだ…」
「何ヲ…」
「僕は矛盾を見つけた……僕の洗脳が…上書き不可かどうか…」
桜田は話を続ける。
「洗脳は効かないと木森さんは豪語した…じゃあどうして…哲也…キミは僕を撃たなかった…?」
「ッ…⁈」
「撃たなかったんじゃない…撃てなかったんだ……きっと…キミ達に洗脳をかけた人がこう言ったから……『洗脳階級も覆してしまう洗脳がある』と…だから…キミは俺を…あの文字を…見れなかったんだ……」
桜田の言うあの文字、それは『死ね』。そう。この命令だけはいかなる洗脳がかかっていても、既に高度な洗脳で他の洗脳を防ごうとしても優先される。脳機能のシャットダウン。
「洗脳はプログラミングと一緒…いくら高度なプログラムを組んだとしても…電源落とせば全部消える…」
その時、出口は桜田の顔部から血が滴るのを目にした。と同時に、桜田は立ち上がった。それに驚く木森と出口。
「ど、どうして…⁈」
「木森さん。貴方の言う通り、僕の洗脳はザルだ。だからこうやって、洗脳を解く事もできる。『止まれ』じゃなくて『眠れ』にしたのはこの時の為さ。」
なんと桜田は自身の舌の先端を噛みちぎり、痛みで洗脳を解いたのだ。もし、桜田が『止まれ』と音声を流していたのなら、この手は使えなかった。
覚醒した桜田を前にして、出口と木森は身構え、こう言った。
「ねぇ、桜田くん?勝ち誇ってるみたいだけど、依然貴方の不利は変わらないわ?この引き金を少し引けば、貴方の頭は吹き飛ぶ。」
木森は桜田の頭部に向けて拳銃を向けていた。出口も同じ。いつでもタレントを発動できる構えだ。しかし、桜田は微笑む。
「キミらこそわかってない。既に僕の術中だって事を。」
「はぁ⁈はぁあ⁈何言ってんのよ!まさか、流そうとしてるの⁈『死ね』の音声を⁈」
冷や汗をかき、慌て始める木森。その時、木森はそんな心の弱さを誤魔化すかのように笑った。
「あはは!う、嘘でしょ!出来るわけないわ!そんな事したら、貴方だって死ぬのよ!」
「元より、死ぬつもりだったらどうします?」
そんな木森を桜田は嘲笑うかのようにそう答えた。
「哲也、木森さん。キミ達は賢い。今僕を殺さないのは、確証が得られないからでしょ?僕を殺しても、僕が残した仕掛けはまだ残ってるかもしれない。僕を殺すには近すぎる。そう思ってるから、僕が死を覚悟するまでキミらは僕を殺さない。それに、目を覚ました今の僕なら、逃げようと思えばすぐ逃げられる。けど、そうはしないよ。キミらとはココで決着をつける。」
そう。出口達が何故さっさと桜田を殺さないのか。それは過大評価。出口や木森など、桜田のかつての仲間たちは桜田の実力を身近で味わっている。学力・知力は勿論、覚悟・魅力・順応性・運など、あらゆる面で桜田の凄さを感じてきた。彼らに取って桜田は『勝てない相手』という印象が強くある。そんな桜田が窮地に追い込まれても、なお、見せた無邪気な笑顔。それが何より怖かった。全て、見透かされているような、全て桜田の思う壺のような。単に、出口達は動けなかったのだ。
そして、そんな彼らの予想はズバリ的中していた。桜田はスマートウォッチとヘルスケアアプリを連動させ、自身の死後、脈拍が無くなれば自動的に『死ね』の音声がスマホから流れるように設定していた。いや、これだけではない。他にも桜田は自身の死後を予想し、要所要所で活用できるものをスタンバイさせている。
「不発弾でも良い、それが地雷に変わりさえすれば、ね。でも大丈夫。僕はまだ死ぬ気はない。」
桜田はポケットに突っ込んだままの左手でスマホを操作した。勿論、出口達に気づかれぬように。
次の瞬間、桜田の腰の部分から背後の空中に向けて光が射出された。それはプロジェクターの光だ。桜田は小型プロジェクターを隠し持っていたのだ。そして、それをスマホで操作した。
「言ったでしょ、僕の術中だって。」
空中にプロジェクションは表示できない。しかし、問題はない。先程の不知火の火炎で蒸発した海水柱、空中に漂うその水分子。そう、霧だ。桜田はミストスクリーンの要領でその霧に文字を投影したのだ。文字は勿論、あの言葉。
「哲也。木森さん。」
全ての洗脳を中断させるアレを。
「死ね。」
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mizuno sei
ファンタジー
地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。
不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。
旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。
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