障王

泉出康一

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第2章『ガイ-過去編-』

第140障『猫の手を借りる』

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【4月2日、19:50、永久氷地、神殿付近にて…】

カフは左手を捻じ切られた秀頼にゆっくりと近づいていく。

「もういい。飽きた。」

カフの目は殺し屋の瞳に変わっていた。完全に秀頼を殺すつもりだ。そんなカフに向けて、秀頼はこう言った。

「散々舐メた真似シた挙句、飽キたとは随分ト自分勝手ナ奴ダ。」
「……」

カフは無視だ。それを見た秀頼は確信した。

「(恐ロしいマデに身勝手。一体何人がコイツの高ミの踏ミ台ニされた事カ…)」

カフの強さの秘訣、それは彼女の自分勝手さにあった。強くなる為なら手段を厭わない。師であろうと恩人であろうと、自身の経験の為ならば殺しもする。他に一切影響されぬが故の孤高の強さこそ、彼女を物語っていた。

「クッ……‼︎」

カフから放たれる異様な殺気にやや怯みながらも、秀頼は構える。
瞬間、秀頼はふらつき、地面に膝をついた。

「エ……?」

自分でも驚いた。何故、急に膝をつく程の眩暈がしたのか。その理由に気がついた時、秀頼の目の前には、右手を伸ばしたカフが立っていた。

「(マさか…『倡歩しょうほ』…⁈)」

倡歩しょうほ』とは歩行術の一つ。歩き方に微妙な緩急をつけることで、凝視する相手の動向を揺さぶり、眩暈や吐き気などを与える事ができる。周防封極拳の超高等技の一つだ。

「封極拳ぐらいアタシも使える。」

秀頼はまだ立ち上がる事が出来ずにいた。それ程までに、カフの『倡歩しょうほ』が完璧だという事。きっと並の相手なら、気を失っている程であろう。

「(動ケッ…‼︎)」

カフの腕は秀頼の顔面寸前まで迫っていた。しかし、体の自由が効かず、指一本たりともまともに動かす事が出来ない。回避など不可。一秒も経たずして首を捻じ切られる。そんな映像が秀頼の頭の中で再生された。

「ッ!!!」

その最中、とある影が秀頼の映像に映り込んだ。その影は小さく、人の形をしていなかった。

「(ヤブ助…⁈)」

それはヤブ助だった。ヤブ助は目を覚ましていたのだ。そして、ずっと機をうかがっていた。全てはカフを殺す為に。
ヤブ助はカフの背中に触れた。

「キャットマ……」

瞬間、ヤブ助がタレントを発動するよりも早く、カフは背後のヤブ助に肘を入れた。

「にゃぐッ…‼︎」

カフは魔物化していない。その為、ヤブ助の『人間化猫化キャットマン』なら、触れてタレントを発動するだけでカフを無力化できる。しかし、触れてタレントを発動するまでのコンマ数秒、カフが待ってくれるワケもない。

「(反応が早過ぎるッ…‼︎)」

ヤブ助は右方へ大きく突き飛ばされてしまった。しかし、すぐさま受け身を取り、またもや超スピードでカフに突っ込んでいった。

「(やメろ…‼︎ヤブ助…‼︎)」

声を出せない秀頼は心の中でそう叫んだ。カフはヤブ助を認知している。そんなカフに対して、ただ真っ直ぐに突っ込むのは自殺行為。カウンターを入れられ、ヤブ助は即リタイア。

「『人間化猫化キャットマン』!!!」

次の瞬間、ヤブ助はカフの目の前で半猫人化した。それにより、一気に間合いを詰める事に成功したのだ。

「んなッ…⁈」

これにはさすがのカフも動揺した。タイミングを見計らってカウンターをするつもりが、急にヤブ助の体積が大きくなった事で、間合いを詰められてしまったからだ。

「『睆凪かんなぎ』ッ‼︎」

ヤブ助はカフの顔面に右手を押し当て、両目の破壊を試みた。『人間化猫化キャットマン』では間に合わないと考えての好手だ。
しかし、無理な体勢から繰り出した『睆凪かんなぎ』は、カフの視界を完全に奪う事はできなかった。

「くそッ…‼︎」

カフの左目は完全に破裂した。しかし、右目はまだ生きている。カフは残った右目でヤブ助を捉え、ヤブ助の腹に手の平を押し当てた。

「(ま、まずいッ…‼︎)」

この構えは知っている。ヤブ助自身、コレを決め手として使っていたから。そう。周防封極拳の禁手の一つ『地天拍動ちてんはくどう』だ。喰らえば即死は免れない。

「(ヤブ助ッ…‼︎)」

秀頼は膝立ちの状態から、何とか拳を構える事ができた。しかし、リーチが足りない。このまま拳を放ったとしても、カフの体には届かない。
瞬間、秀頼は拳を放つと同時に、肩・肘・手首の関節を外した。関節を外したのは腕のリーチを伸ばす為。カフに拳が届くようにする為だ。

「ぬぐッ…‼︎」

拳はカフの腰に命中した。それにより、カフの体勢が少し歪んだ。
同時に、カフはヤブ助に『地天拍動ちてんはくどう』を放った。

「がはッ!!!!!」

ヤブ助の口や鼻、目や耳から血が溢れ出した。酷いダメージには代わりない。しかし、秀頼が体勢を崩させたおかげで、致命傷は免れた。

「くッ…‼︎」

その時、ヤブ助はダメージを受けながらも、カフの腕に捕まり、タレントを唱えた。

「キャットマ……」

しかし、カフはまたしても発動までの時間を待ってはくれなかった。ヤブ助は蹴り飛ばされ、後方の地面へと倒れ込んだ。

「ぐあッ……‼︎」

カフは倒れたヤブ助に追い打ちをかけるかと思いきや、回れ右して秀頼の方を向き直した。どうやら、先に彼女にトドメを刺すようだ。

「……」

しかし、秀頼は既にカフから距離を取っていた。

「回復が早いな。」

カフはそう言った。だが実際、秀頼はまだ体を自由に動かせずにいる。震える両足がそれを物語っていた。
その時、カフは右手で自身の潰れた左目に触れた。その手には大量の血が付着している。カフはその手を眺め、こう言った。

「二対一。内一人はタレント持ち、か……気が変わった。なんだか楽しくなってきた。」

すると、カフは服の袖を千切り、器用に眼帯を作って、それを潰れた左目の上に装着した。

「猪頭。弟子に感謝しな。もちょっとだけ伸ばしてやるよ。お前の生命カウントダウン。」

カフは笑っていた。どうやら、ヤブ助に左目を潰された事で燃えてきたようだ。その証拠に、カフの瞳は殺し屋モードからバトルモードに切り替わっていた。

「(ドこマデも勝手ナ奴だ…)」

秀頼は目を閉じ、数秒の間、瞑想した。そして、立ち上がる。どうやら、目眩を完全に回復させたようだ。そして、秀頼はカフには近づかず、ヤブ助の元まで歩いた。

「立テルか?」

全身から流血するヤブ助に秀頼は手を差し伸べる。しかし、ヤブ助はその手を振り払った。

「触るな。裏切り者。」
「すマナい…」

ヤブ助に頭を下げた秀頼。ヤブ助はそんな彼女の姿を見てこう言った。

「らしくないな。」

ヤブ助が呟いたその一言に、秀頼は静かに頷く。

「俺の知ってるお前は冷酷で残忍で…それでも恐ろしい程に強くて…逆らう気なんか起きない。クソ気に食わない奴のはずだ。さっきだって俺を軽くあしらった。それなのに今はそのザマか?ケっ。気持ちが悪い。」

ヤブ助は痛みを堪え、一人で立ち上がる。

「弟子の前くらい、ちゃんと師匠しろ。」

ヤブ助の言ったこの言葉。秀頼は泣きそうになった。自分は彼らを裏切ったというのに、この子はまだ自分の事を師だと思っている。弟子でいてくれている。そんな事実に胸が張り裂けそうだった。

「あぁ……ソウ…だな……」

涙を堪え、つい謝罪の言葉を口にしてしまうのを堪え、秀頼は言った。

「奴ヲ殺す。力を貸セ、ヤブ助。」
「猫の手でも良いのならな。」
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