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2 寂しい懐

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山を下りると
行きで気づかなかったが
山下には神社があった。
そしてラッキーなことに今日はお祭りのようだ。

ガヤガヤと人は集まり、
明るかった空はもう薄暗く
屋台の電球がまぶしく見える


「神社あったのかぁ…気がづかなかったなー
 もしかしてお狐様の神社だったりして」

クスリと
さっきのことを思い出して笑う

「…せっかくだし、よって行こうかな」

それにしても人・人・人
昼間の閑散とした観光地が嘘みたいだ。

屋台もたくさん出ている

「おおっ!おいしそーなもんばっか!
 でも先に拝んでこないとな、さっきはお賽銭
 入れる場所なかったしね」

本殿に着くと
5円玉を多めにばらまき拝む

(お狐様、また来たよ!大丈夫もう恋愛相談はしないから安心して!
 どうかこの旅が無事終わりますように!…またねお狐様)

深々と頭を下げて
凛はニッコリと笑い立ち去った。

「さーてさて、まずビールに焼き鳥買いますか!」

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ふー買った買った!

凛は人気の少ない
参道わきの木の下に腰を下ろした

参拝者の流れを見ながら焼き鳥をかっ食らい
キンキンのビールで流し込む

「かぁー!!うめぇ」

何度も言おうか、ほんと残念な女である。

参拝者はやはり若者が多い
初々しいカップル…彼女は緊張で顔を上げることはできないが
しっかりとつながれた手を見て嬉しそうに頬を染める

「…乙女だねぇ もう、見てるこっちが恥ずかしいわ」

グビっとビールをあおる

祭りってのは恋人たちの大イベント
今日だけは大目に見てやろーじゃないの!

今日の日のためにめかし込んだ乙女達の
晴れ舞台だ存分にいちゃつけばいいさ!!

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ビールが残り一口となったころ
事件は起きた

通る人をジーと人間観察していたのだが
ひときわ目立つ二人組が現れたのだ

「うはぁーやっぱり外国人さんはスタイルいいし
 可愛いし、色気がすごいなー」

髪の毛が金色に輝いている
一人は淡いピンクに大人な朝顔の絵がついてる浴衣
もう一人は群青に控えめなひまわりの絵がついてる浴衣

しかも浴衣か、いいね いいね!
袖がひらひらと蝶みたいだ。
蝶はあまりの人ごみにしり込みしている

「まぁ、慣れないとそーなるわな
 でも、何事にも冒険は必要さ!
 冒険は思い出のスパイスだからね」

心配ではあるがとりあえず見守ることにした。
…が、やはり綺麗な蝶には悪い虫が付くようで

すぐにガラの悪い男どもに
捕まってしまった。

「あーあ、困ってんじゃん蝶々ちゃん達
 …可哀そうに」

ガラの悪い男達は全部で5人
真っ向から戦うなんて女の私一人じゃ無理な話し、


――――――――でもまぁ なんとかなるでしょっ

さてさて、蜘蛛の巣に引っかかった可憐な蝶々ちゃんを
助けますかね。

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「グへへ、可愛いね君たち
えっ?どこの国なの?
慣れない日本で大変だねぇ?
お兄さん達が一緒に見て回ってあげるよ!」

「いいえ、結構です。私達で好きにまわりますから。」

群青の蝶が凛としで拒否した。意外と流暢な日本語で
声も低くもなく高くもない中世的な声だった。

「んあ?そんなつれないこと言うもんじゃねーぜ
 ねーちゃんよ?いいから一緒に来なって!」

ぐいっ!

「痛っ!やっやめてください!!」
ピンクの蝶が悲鳴を上げる

すかさず群青の蝶はキッ!と男を睨むが
そんなことでは男たちは引かないだろう。

「あら、あら、せっかちなこと」
凛は呆れながらも意を決して騒ぎの中に飛び込んだ

…そう飛び込んだのだ。

「はーい、どーーん!
 アリスとマリーったら約束の場所にいないんだもん
 びっくりしちゃった!!」

凛は勝手に群青の蝶をアリスと呼び
仲のいい友人のように前から抱き着いたのだ。
アリスに抱き着いた時多少ふらつくかと思いきや
驚きながらもしっかりと抱きとめられた。
マリーことピンクの蝶も突然のことで驚いている。

凛は男どもに割って入り
アリスの正面から抱きついた
そのため、今ガラの悪い男達がどんな顔をしてるかわからないが
たぶん同じように驚いているだろう。


アリスは私をどうしたらいいかわからず
見下ろす。

そんなアリスに凛は
(ここは任せといて!)
との意味を込めて微笑んだ。


「もー他の留学生は集まってるよ!
 ほらっ先生達もあそこでまってるし!」

鳥居の下で、如何にも生徒たちを見張ってますって感じの
中年の男を指差した。

実際のところ彼が教師をしているなんてことは
凛にはわからない。

ガラの悪い男達も凛の指差す方向に目を向けると

――――――――――チッと舌打ちをした。

どうやら状況を呑み込めたようだ。

「お兄さん達この子らが迷ってると思って心配して
 声かけてくれたんですよね?ありがとうございました」

凛は深々と頭を下げた

「でも、もう先生達もいるので大丈夫です!
 ほら、アリス・マリーもお礼言って!」

ごめんここは頭下げてと
アリスに目をやる

「「…ありがとうございました。」」

バツが悪そうな男どもはもはや何も言えず

「おっおう、気を付けてな!」

と言うと人ごみに消えて行った…。

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すっかり男達の姿が見えなくなるまで見守った後
私は蝶々達と向き合った。

「ごめんね、勝手に名前付けたりして
 しかもお姉さん達悪くないのに謝らせちゃって」

凛が申し訳なさそうに話す。

「いえ、正直助かりましたよ。
 こんなとこで暴力沙汰なんてできないですから」

群青の蝶が話す
暴力沙汰?意外にこの蝶はアグレッシブなのだろうか?
凛は首をひねった。

「レイったら、いつキレるかと僕
 はらはらしちゃった。お姉ーさんありがとね」

ピンクの蝶は甘い笑顔でお礼を言った。
それにしても、外国人で僕っこか…萌える。

「もっとうまく助けれればよかったんだけど
 私一人だとね。…二人ともここからすぐにでも
 離れた方がいいよ?辻褄が合わなくなっちゃうから
 何か見るならそれまで私も一緒にいてあげるけど?」

「いいえ、大丈夫ですよ。私たちも
 もう帰るところでしたから、それより御嬢さんは
 これからどちらへ?」

凛の今夜の予定はこの旅でも一大イベント!!
川の流れがすぐ真下にあるという料亭での酒盛りだ。

「ふふふっ今夜はいい景色を見ながら
 酒盛りよ!あー楽しみっ!」

美味しい川魚の塩焼きをつまみに
日本酒を流す…涎でそう、だなんて凛はニヤニヤする。

「クスッそれは楽しそうだ、
 よければ私達もご一緒させてもらえませんか?
 御嬢さんのお連れ様がよろしかったらですが」

群青の蝶はさっきまでの
氷を思わせる冷たい態度はどこへやら
凛には甘い笑みを見せる

うわー美人が笑うと最強だな
男達が欲しがるのもわかるわ

「んー連れはいないからいいんだけど
 お姉さん達が来るような場所じゃないよ
 男ばっかだし、さっき見たいなことがまた起きるかも
 だから、連れて行けないなー」

料亭だが、本格的な酒が飲める場所とあって
大人の男たちの家と化してるのだ。

凛は残念な美人のため問題はないが
その話を聞いて、驚いたように
目を見開きそして眉間にしわを寄せる
群青の蝶。

「…そんな男ばかりのところに
 貴方は一人で行こうとしてたのですか?」

まるで恋人をとがめるような言い方に
少し居心地の悪さを覚える

「そうだよ、僕たちも危ないなら
 おねーさんも危ないじゃないの?」

ピンクの蝶も口調は優しいが
眉間にしわをよせている。

「いや、私は貴方たち見たく可愛げもないし
 残念な美人なんていわれるくらいだから大丈夫よ
 …それに一回宿に帰ってからだし、疲れてたら
 今日は行かないかもしれない予定だよ?」

「…疲れてるなら、行かないでください。」

なぜ私が叱られてるんだ?
心配してくれるのは嬉しいけど
なんか、面倒になってきたな
ここは適当にまくか…。

「んーじゃあ今日は行かないかな!
 どこか行きたいなら明日一緒に観光しない?
 もちろん、お姉さん達の時間があればだけど」

「えー!おねーさんと一日デート?
 いく、いくいく!!」

いつ私が一日と言ったんだ?
まぁ、こんな美人さん達と一緒に
過ごせるなんて役得か、

「もちろん喜んでご一緒させていただきます。
 …では、今夜はおとなしく宿に帰りましょうね?」

…宿まで送りますと
有無を言わせない笑顔で言われた。

鳥居の少し離れたところに
高そうな黒塗りの車が一台止まっていた。

群青の蝶とピンクの蝶に挟まれ
手をつながれ歩く

そしてその車の前へ…
運転手が恭しくドアを開け
それに乗り込む私達。

助手席が開いてるというのに
後ろにぴったり3人座る

もちろん凛が真ん中だ。

時折ピンクの蝶に頭を撫でられ
群青の蝶には手を握られ熱い瞳で微笑まれる。

外国人の女の子ってスキンシップが
激しいな…とアホな凛はそれぐらいにしか
考えてなかった。

――――車は宿に向けて淡々と進む

「御嬢さん、貴女のお名前を聞いても?」

握られてる手を親指で
ゆっくり撫でる…

ビクッ
いやらしいような動きに
つい反応してしまう

…そういえば手が大きいな、
まるで男の人みたいだ、いや
背の高い女の子だからこんなもんか?

ふと不思議に思った疑問を
隅にやり、質問に答える

「もちろん!私は山藤凛
良ければお姉さん達の名前も教えてよ!」

凛ちゃんか いい名前だね
真直ぐゆるぎない心の美しさ
そのものだね、と群青の蝶が褒める。

「ええ、喜んで私の名前はレイグリード・アズロット
 凛ちゃんには愛称でレイって呼ばれたいな」

「レイグリードさん、なんか男らしい名前だね
 …レイね。わかったじゃあ私のことも凛でいいよ!」

「じゃぁ、じゃぁ次僕ね!僕の名前は
 ロイル・アズロットだよ!ロイって読んでね凛!」


…二人とも顔に似合わず男らしい名前だった
そんな違和感を思えながらも、外国人の中では
珍しくないのだろうと片づけた。

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