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遠回しな言い方は遠回しに言われたのだと気付かれたら逆効果

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 「父はいつもアリシア女王とローラ王女の事ばかり考えていた。……母より、兄より、私よりも彼女達を大切にしていたのよ」

 ブチ……。ブチ……。ブチ……。

 次から次へと……容赦なくコスモスの花をちぎり取るクリスティーナ嬢。

 「御父上は、王室の侍医でいらしたのでしょう? 君主たる王族方に忠義を尽くすのは当然なのでは?」

 「でもあなたの父親は、自分の妻や子供をちゃんと愛したでしょう?! だからローラ王女に嫉妬する事もなかった! 違う!?」

 嫉妬? 俺が? ローラ様に?
 まるで覚えが無い感情について尋ねられ、無意識に瞬きを繰り返してしまう。

 「あなたは、嫉妬していたんですか? ローラ様に?」

 悔しそうな、悲しそうな。まさに嫉妬という言葉が良く似合う表情で、彼女は手に取ったコスモスの花を無造作にほうった。

 「パパはローラ王女が咳をしたってだけですっ飛んでいくくせに、私が高熱で寝込もうが、学校で一番の成績を取ろうが、バイオリンのコンクールで優勝しようが、ちっとも私を見てくれなかった。いつもローラ王女の事ばかり。同い年の女に父親を奪われる気持ち、わかる? 私はずっと寂しかった。だから大嫌いなの。世間知らず苦労知らずで……にも関わらず、皆に愛されて、優しくされている、女王が」

 『それはお辛かったですね』

 今にも泣き出しそうに、声を震わせる彼女には、そんな言葉が必要なのかもしれない。
 でも……いかんせん俺は、思っていない事は口に出来ないタチだから。

 「そんな風に陛下を憎むのは……親不孝だとは思いませんか?」

 「は?」

 思いもよらぬ言葉を掛けられ、驚いた様子のクリスティーナ嬢は、コスモスをちぎる手を止めた。

 「親不孝? どういう意味よ」

 「愛している人の愛している人は、愛するべきです」

 言葉遊びのような言い回しで俺が始めたお説教を、鼻で笑う隣の美女。
 
 「ふっ……なにそのクソみたいなキレイ言。あなたって、そんなつまらない事言う人だった? じゃああなたは女王が他の男を好きになっても、その男を愛せるの? 例えば……クリス。私の兄と女王がイイ仲になっちゃっても、兄を殴ってやりたいとは思わないわけ?」

 「え……っ」

 予期せぬ質問返しに、今度は俺の方が戸惑ってしまう。
 ローラ様とクリス。最近までは実際に、不安を感じていた事だ。
 

 想像してみよう。

 もしローラ様とクリスがそういう関係になってしまったら?

 あの今風で気だるげなクリスが、女性に執心している姿は想像できないから……恋に溺れて、追いかける立場になるのは陛下の方かもしれない……。


 『クリス。私は書類仕事を大急ぎで片付けて、あなたとの時間を作ろうとしてるのに……あなたは仕事が終わったらいつもさっさと去ってしまって……ちっとも私と向き合ってくれないのね』

 『護衛騎士としてずっと傍にいるんだから、二人の時間とか、別にいいだろ』

 『……仮面舞踏会で、良い人でも見つけたの?』

 『はあ? あれは単に仕事の憂さ晴らしに顔出してるだけで……』

 『憂さ? そう……私の護衛はそんなに憂鬱な仕事なのね』

 『そーゆー意味じゃ……もー勘弁してよ……』

 『勘弁してほしいのは私の方です! 付き合ってからも、常に私の片思い! あなたはちっとも私に愛を示してくれない! 好きでも無いなら振ってくれてよかったのよ? こんなに苦しい想いをする位なら、いっそ別れ……』

 『無い無い! 別れるとか、俺無理だから!』

 『……クリス……?』

 『俺は……ただお前にちゃんと休んでほしいんだ。俺と過ごす為に、徹夜で公務を片付けたりする位なら……ちゃんと寝てほしい。お前の細い腰を抱き寄せる度に……また痩せたんじゃないかって……俺がどれだけ心配してるか、お前知らないだろ……』

 『そんな風に……思っててくれたなんて……』

 『バっ……泣くな! ったく、ほんとに手がかかる女王様だな。俺がいないと困るくせに、別れるとか言ってんじゃねーよ』

 『ふふ、そうね。あなたにはこれからも、私の騎士様でいてもらわなきゃいけないものね。公私ともに……』


 

 「うわあああああああああ!!!」

 「きゃああ!!? 何よ!?」

 静かな山中で突然絶叫した俺に、クリスティーナ嬢もつられて悲鳴を上げる。

 「嫌だ無理だ!! あの二人がそんな鳥肌が立つようなやり取りをしていたら……! あの聡明な陛下が、うざさマックスな小娘に成り下がっている姿なんて、想像もしたくない! いや相手が俺なら構ってちゃんキャラも大歓迎だが! クリスが陛下をお前呼ばわりしたり、ツンデレ彼氏になって陛下を振り回したりするのは、断じて容認できない!! もし奴がそんな愚行を働こうものならば、樽の中にぶち込んで杭を打ち、それを馬に引かせて国中を走らせてやるぞ!! 俺からローラ様を奪った罪は、そうでもしないと償う事など出来ないのだから!!」

 「…………愛する人の愛する人、全然愛せてないじゃない……」

 立ち上がり、息を弾ませてクリスを断罪する俺を、茫然とした顔で見上げる憎き間男の妹君。

 「そうですね……自分に置き換えて想像すると……なんとも抑えようのない憎しみに心が支配されます」

 「だったら、私が女王を嫌う気持ちもわかってく」

 「けれど、俺は……実際には決して、クリスを傷付けたりはしない」

 彼女の言葉を遮る形で、俺は断言した。

 『そりゃそんな事したらあなたが罪人になっちゃうものね?』と……俺の考えを代弁したつもりのクリスティーナ嬢に向けて、首を横に振る。

 「違います。ローラ様が、悲しむからです」

 アリシア様と、俺の父が亡くなった時の――ローラ様のお姿が脳裏に浮かぶ。

 青白い顔色。痩せこけてしまった頬。虚ろな瞳――。

 「愛する人が悲しみ、苦しむ姿は……ただそれを見ている事しか出来ない苦痛は、想像を絶するものです。あなたがもし、御父上を愛していらっしゃるなら……どうか同じようにローラ様を愛して下さい。天国にいる御父上を、悲しませない為にも」

 「死んだ人は悲しみも苦しみもしないわ。天国なんて、残された人間が作った妄想よ。それに……私なら、愛する人の大事な人が死んだら、自分が付け入る隙ができた! って、ガッツポーズするけどね」

 嘲るような笑顔で、拳を握って見せるクリスティーナ嬢。
 
 「その気持ちは分からなくもありません。しかし……あなたはきっと、愛する人が本当に苦しむ姿を見た事が無いのです。だから、そんな事が言える」

 「なにその上から目線的な感じ」

 俺は立った状態から、かがんだままの彼女を見下ろしているから……上から目線なのは、物理的にも間違い無いのだが。クリスティーナ嬢がそういう事を言いたいのでは無いのだと、当然俺は理解していて。

 「気に障る言い方だったなら、すいません。でも――」

 「だったら、女王を殺してみようかしら?」

 「は!?」

 突然の衝撃発言に、瞳孔が全開する。

 「そうしたら、あなたが悲しみに打ちひしがれる姿を見る事が出来る……もう、愛する人が苦しむ姿を見た事が無い、なんて、小ばかにされる事もなくなるでしょう?」

 彼女のその言葉が、遠回しで分かりにくく、若干狂気めいた愛の告白だと気付くのに……俺は数十秒の時間を要してしまったのだった。
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