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強いお姉さんは好きですか?
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平穏を愛し、諍いを嫌う、忍耐強い人間。
軽率な考えや感情主体で動く事など無い、理性的な女性。
それが、今まで認識していた、『自分』。
けれどここ数か月の私はどうだったろう。
レオと距離を置く為に、自分が男だなんて突拍子も無い嘘をついたり。
レオが兄かもしれないと思うと食事も喉を通らず、痩せてしまったり。
レオの事を非難出来ない位、鬼気迫る愛の告白をしてしまったり。
自分の知らない自分が、『愛』という鍵により開かれた扉の向こうから、次々と現れて――。
レオがいなくなって、3度目の恵みの日。
私は委員の3人から聞いた。
レオはクリスと再会して間もなく、クリスティーナがクリスと同一人物であると気付いていた事。
それによって自分が無罪であり、いつかは王都に戻る事も可能であると希望を見出した彼は、かつて委員会で話題に上がっていた村人の異変について調査を始めた事。
その調査には、医師であるクリスの協力が必要と考え、生活を共にし始めた事。
野菜売りとしてレオの偵察に行っていたジェニーを見つけ、連絡係にして、アラン君とグランヴィル伯爵の協力も得、村人と同じ生活を送りながら体調の変化を記録、報告し続けてきた事――。
真実を知った後、レオへの恨みや悲しみは嘘のように消えて行った。
代わりに私の心を占拠したのは、クリスへの怒り。
私がレオを助けなかった事も、全部レオのせいだと彼を罵っていた事も、すぐさま棚の上に上げて、全力で彼女を憎んだ。
自分にそんな単純で身勝手な一面がある事も、その時初めて知ったのだ。
そして、今現在も思い知っている。
『愛』という力の、強さと……恐ろしさを――。
「へ、陛下!! 落ち着いて下さい! 女クリスは女ですから! んな乱暴したら……!」
青い顔で止めに入るアラン君にかまう事なく、私はクリスの胸ぐらをつかみ、壁に背を叩き付けた。
クリスの顔が苦痛に歪む。
「よくも……よくもレオをたぶらかしてくれたわね!!」
「もう彼は私のものよ! 二人でここで新しい暮らしを始めてるの! 確かに、始まりは卑怯なやり方だったかもしれないけど……でも……!」
キっと、鋭い目つきで睨み返してくるクリス。
至近距離で眺めると一層美しい、まるで作り物のような美貌。そして、荒い息遣いに合わせて上下する、豊満な胸。
それらが燃え上がる怒りに、更に油を注いだ。
「レオは私のものよ! レオの優しさも笑顔も愛情も、全部全部、私だけのもの! レオが愛しているのは私だけなの! たとえ私が男でも妹でも構わないって言ってたもの! わかる!? 私は貧乳にも関わらず、それほどに愛されてるの! ちょっと胸が大きいだけのあなたが、レオをモノにしただなんて……恥ずかしい程ばかばかしい勘違い女ね!!」
言い終えた所で、クリスが着ている洋服のデコルテ部分が裂けた。
私があまりに強く掴み上げるものだから。
名家の貴族令嬢が着るとは到底思えない、地味で質素な、ドレスとも言い難いワンピース。
けれどクリスの女神のようなボディラインに見事にフィットする丁寧な縫製から、オーダーメイドの逸品だという事がわかる。
この村での、レオとのつつましい暮らしに合わせて、彼女が作らせたのだろうか。
そう思うと一層腹が立って……一瞬、隙が出来てしまった。
その反撃のチャンスを逃す事無く、私の胸元を掴み、背負い投げるクリス。
ダン! と大きな音と共に、粗末な造りの木の床に私の体が叩きつけられる。
「きゃあ――!! 女王様!」
すぐさま、クリスは私に馬乗りになろうと前傾姿勢を取って来たけれど。そうはさせますかと、仰向けから横に転がるような体勢で、蹴りを繰り出した。
けれど、スエードで覆われたパンプスのつま先は、クリスの頬をかすめはしたものの、クリーンヒットする事は無く。
後面にのけぞるように避けたクリスは、暖炉近くに落ちていた灰かき棒を手に取った。
私目がけて、全力でそれを振り下ろすクリス。
それを両手で挟み受け止め、思い切り回転させてやる私。
手首をおかしな方向に曲げられた彼女は、たまらず棒を床に落として――
「え、え!? なにこの武闘派な修羅場! ちょ、伯爵もアラン君もボサっと見てないで止めてよ!」
「いや無理!! 女クリスは元々トップクラスの騎士だし、陛下はレオから剣術体術を叩き込まれた手練れだし! 下手に間に入ったら死ぬわ!」
「アラン君の言う通り! 情けない限りだが、我々にお二人は止められない! 私には愛する婚約者がいるし、ここで死ぬわけにはいかないんだ! ジェニー君も危険だから離れて!」
共にサロイド村に来てくれた同志3人は、それぞれに声を荒げているけれど……私とクリスは攻防の手を止めはしない。
私とクリスの『武闘派な修羅場』は、その後30分に渡って続き……
私は持ちうる全てを力を投じて、美しい元護衛騎士と戦った。
護身用にとレオから習った技術を、まさか彼を奪った泥棒猫相手に披露するハメになるとは。と……内心で自分自身を皮肉りながら。
軽率な考えや感情主体で動く事など無い、理性的な女性。
それが、今まで認識していた、『自分』。
けれどここ数か月の私はどうだったろう。
レオと距離を置く為に、自分が男だなんて突拍子も無い嘘をついたり。
レオが兄かもしれないと思うと食事も喉を通らず、痩せてしまったり。
レオの事を非難出来ない位、鬼気迫る愛の告白をしてしまったり。
自分の知らない自分が、『愛』という鍵により開かれた扉の向こうから、次々と現れて――。
レオがいなくなって、3度目の恵みの日。
私は委員の3人から聞いた。
レオはクリスと再会して間もなく、クリスティーナがクリスと同一人物であると気付いていた事。
それによって自分が無罪であり、いつかは王都に戻る事も可能であると希望を見出した彼は、かつて委員会で話題に上がっていた村人の異変について調査を始めた事。
その調査には、医師であるクリスの協力が必要と考え、生活を共にし始めた事。
野菜売りとしてレオの偵察に行っていたジェニーを見つけ、連絡係にして、アラン君とグランヴィル伯爵の協力も得、村人と同じ生活を送りながら体調の変化を記録、報告し続けてきた事――。
真実を知った後、レオへの恨みや悲しみは嘘のように消えて行った。
代わりに私の心を占拠したのは、クリスへの怒り。
私がレオを助けなかった事も、全部レオのせいだと彼を罵っていた事も、すぐさま棚の上に上げて、全力で彼女を憎んだ。
自分にそんな単純で身勝手な一面がある事も、その時初めて知ったのだ。
そして、今現在も思い知っている。
『愛』という力の、強さと……恐ろしさを――。
「へ、陛下!! 落ち着いて下さい! 女クリスは女ですから! んな乱暴したら……!」
青い顔で止めに入るアラン君にかまう事なく、私はクリスの胸ぐらをつかみ、壁に背を叩き付けた。
クリスの顔が苦痛に歪む。
「よくも……よくもレオをたぶらかしてくれたわね!!」
「もう彼は私のものよ! 二人でここで新しい暮らしを始めてるの! 確かに、始まりは卑怯なやり方だったかもしれないけど……でも……!」
キっと、鋭い目つきで睨み返してくるクリス。
至近距離で眺めると一層美しい、まるで作り物のような美貌。そして、荒い息遣いに合わせて上下する、豊満な胸。
それらが燃え上がる怒りに、更に油を注いだ。
「レオは私のものよ! レオの優しさも笑顔も愛情も、全部全部、私だけのもの! レオが愛しているのは私だけなの! たとえ私が男でも妹でも構わないって言ってたもの! わかる!? 私は貧乳にも関わらず、それほどに愛されてるの! ちょっと胸が大きいだけのあなたが、レオをモノにしただなんて……恥ずかしい程ばかばかしい勘違い女ね!!」
言い終えた所で、クリスが着ている洋服のデコルテ部分が裂けた。
私があまりに強く掴み上げるものだから。
名家の貴族令嬢が着るとは到底思えない、地味で質素な、ドレスとも言い難いワンピース。
けれどクリスの女神のようなボディラインに見事にフィットする丁寧な縫製から、オーダーメイドの逸品だという事がわかる。
この村での、レオとのつつましい暮らしに合わせて、彼女が作らせたのだろうか。
そう思うと一層腹が立って……一瞬、隙が出来てしまった。
その反撃のチャンスを逃す事無く、私の胸元を掴み、背負い投げるクリス。
ダン! と大きな音と共に、粗末な造りの木の床に私の体が叩きつけられる。
「きゃあ――!! 女王様!」
すぐさま、クリスは私に馬乗りになろうと前傾姿勢を取って来たけれど。そうはさせますかと、仰向けから横に転がるような体勢で、蹴りを繰り出した。
けれど、スエードで覆われたパンプスのつま先は、クリスの頬をかすめはしたものの、クリーンヒットする事は無く。
後面にのけぞるように避けたクリスは、暖炉近くに落ちていた灰かき棒を手に取った。
私目がけて、全力でそれを振り下ろすクリス。
それを両手で挟み受け止め、思い切り回転させてやる私。
手首をおかしな方向に曲げられた彼女は、たまらず棒を床に落として――
「え、え!? なにこの武闘派な修羅場! ちょ、伯爵もアラン君もボサっと見てないで止めてよ!」
「いや無理!! 女クリスは元々トップクラスの騎士だし、陛下はレオから剣術体術を叩き込まれた手練れだし! 下手に間に入ったら死ぬわ!」
「アラン君の言う通り! 情けない限りだが、我々にお二人は止められない! 私には愛する婚約者がいるし、ここで死ぬわけにはいかないんだ! ジェニー君も危険だから離れて!」
共にサロイド村に来てくれた同志3人は、それぞれに声を荒げているけれど……私とクリスは攻防の手を止めはしない。
私とクリスの『武闘派な修羅場』は、その後30分に渡って続き……
私は持ちうる全てを力を投じて、美しい元護衛騎士と戦った。
護身用にとレオから習った技術を、まさか彼を奪った泥棒猫相手に披露するハメになるとは。と……内心で自分自身を皮肉りながら。
応援ありがとうございます!
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