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第一部――第四章 朝焼けに戸惑う夜の皇子

第二十四話 計画変更

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「……キャパシティは増えましたよ、現れたらどうですか、暴力男」
「……ぜぇっ、はぁっ」
 現れた蟹座は珍しく衣服を乱しながら呼吸を荒げていて、本気で青ざめていた。それは鳳凰座と対峙しないでひたすら逃げていたことを示している。
 その姿に水瓶座と鴉座は大笑いして、蟹座は本気の畏怖の残った眼で二人を睨み付ける。


「笑うなッ!」
「我が愛しき霊長に迫られるなんて羨ましいことこの上ないのにお前と来たら、何故逃げてしまうのだ? 彼女を虜にして操ればいいのに」
「馬鹿ッ。お前、精神年齢が幼いのに、体が凄い奴って本当厄介だぞ! 行為の意味も、その先の意味も知らない赤ん坊のような相手に、そんなことできるかっ!」
 青ざめたまま怒鳴られても何ら怖くないので、二人は逆に笑い声をあげてしまう。


「女性には優しいんだね、あ、それ以前に確か蟹って、女性恐怖症だったっけ?」
「違う! あいつ以外の女なら、普通に抱けるわッ! あいつは、……何かこう得体の知れんもんがあるんだ」
「それは多分貴方に足りない、純真さ、ではないでしょうか? 純真な子供を目の前にすると人は後ろめたくなると聞きますし」
 鴉座達はからかう姿勢をやめないので、自分から本題を聞き出すことにした蟹座。
 衣服も呼吸ももう整え終わったので、いつもの自分に戻り、二人を冷徹な瞳で見やる。
 多少はまだ青ざめているが血色は外に出たからか徐々に、良くなってくる。

「だから赤蜘蛛の周囲を探れと言ったのに」
「ただ星座を作りたくなかっただけじゃなかったのですね。そこは反省しております」
「赤蜘蛛を早く殺しておけばあんな言葉は聞かずに済んだ。それこそ死への恐怖で頭が狂ったのだと思うだろう、陽炎ならば。……今からでも間に合う。あいつを狙わせろ。お前の情報の信頼度、それに今は柘榴は休戦状態なのだから容易いだろう、し向けるのは」
「いいや、かえってし向けた方が危ないと思うけどな、僕は」
 二人は水瓶座を振り返り、どうしてだと瞳だけで問いかける。言葉はあまり、短い問いかけにはいらないのかもしれない。
 案外瞳というのは、口ほどに物を語るのだ。


「だって、多分接触しちゃうとより陽炎様の詳しいこととか話すでしょ。そしたら、陽炎様は確信しちゃうわけ」
「でもあいつは親と向き合う勇気などないし、向き合えたとしても否定で終わるだろう」
「――二人とも、忘れていない? 今の陽炎様は以前とは違う。少しずつ周りの環境で、依存が抜けつつあるんだよ? 劉桜という人間、柘榴という人間を通じて世間と関わろうとしている。そこで赤蜘蛛が関わってご覧よ」
 ――想像するのは二人とも容易かったので、息をついて考えを改める。
 あの人間さえ居なければ、と二人は苛つく思いの中、脳内で抹殺しておく。蟹座に至っては今実行してもいいような気分なのだが。


「もうそれなら、あの二人は放っておきましょう。此方により依存させることを考えましょう。あの二人の行動を利用するのも構わないです」
「蟹、鳳凰に迫られても君は現れるんだ。君が唯一、暴力や罵りで陽炎様を捕らえられる。僕は水で、鴉はその信頼度と姿勢で彼は安心するだろう。鴉は蟹を少し貶しながらもフォローしないと」
 水瓶座の言葉に二人はそんなこと百も承知だと分かり切った顔をするので、何だか水瓶座は自分を見下されていると感じ、少し怒りを感じた。
 ……だが腹の立つ二人だが今は手を組まねばならない。それを痛感してるからこそ余計に腹立たしく、それを確認するなり水瓶座は消える。大嫌いな奴の顔をいつまでも見てやる義理はない。
 鴉座は消える水瓶座ににこりと微笑んで手をふってから、蟹座を見やりため息をつく。


「全く、貴方は最低な男かと思えば、意外にも純粋だ。私ならば、鳳凰を虜にして逆に利用して此方側に引き入れてしまうね。自分を取り合う姿を見るのも面白い――」
 そう呟くと鴉座は消える。
 蟹座はその言葉にはため息をつき、ぼそりと呟いた。

「…………あいつ見てると、何かまな板の上の死んでる魚見てる気分になるんだよ」
「いや、それは変だから」
「大犬、黙れ!」

 
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