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第16話 誕生日会をしよう
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秋斗と希は午前中、百貨店で待ち合わせをしていた。誕生日プレゼントはいらないと春樹は言っていたが、二人でなにかあげようと考えていたのだ。
「おはよー」
「はよ。プレゼント、形に残らない方が良いと思うか?」
スマホで色々検索をしてみたが、友人への誕生日プレゼントはなにがいいのだろう。ミニマリストの春樹は形に残らないもののほうが喜ぶだろうか?
「うーん、お菓子の詰め合わせ……とか。実用品ならタオルとか?」
「なるほど……」
夏休みとあって百貨店の中は混雑しており、秋斗は首を伸ばしてフロアマップをのぞいた。
希もスマホを片手に調べているようだ。秋斗が「なんか良さそうなのあったか?」と聞くと、彼女は画面を見たまま口を開く。
「三人でケーキ作るのってどう?」
手作りケーキか。秋斗は腕を組んだ。
変に形に残る物をプレゼントするより良いかもしれない。
このあとケーキ屋に行く予定だったが、手作りケーキならスーパーで材料を買っていくことになる。
「いいかもな。ケーキ作るってなったら春樹は喜びそうだ」
友人の笑顔を想像し、秋斗の口角は自然と上がった。
早速二人はスーパーで材料を調達し、春樹のアパートへ向かう。
「いらっしゃ~い」
いつにも増して笑顔が輝いている春樹に迎えられ、秋斗と希は部屋に入った。秋斗は買ってきたものをローテーブルに置きながら言う。
「今日は手作りケーキだ」
「おお~! やった!」
春樹は万歳をしながらはしゃいだ。
大きな平たい皿の上に、半分に切った市販のスポンジケーキを乗せる。春樹は使い捨て手袋を装着してスポンジに触れた。
「ふかふかだ! このままでも食べたいね」
「このままは美味しくないと思うよ」
希はいつも通りにマジレスをかまし、ホイップクリームを手に取った。
秋斗は買ってきたキウイをキッチンで手際よく切っていった。本当はイチゴが欲しかったのだが、この時期は売っていないので代わりにキウイを買ったのだ。
希はホイップクリームをスポンジの上に適量出す。クリームを塗るときに使うパレットナイフはさすがにアパートにないとのことで、春樹はキッチンからバターナイフを持ってくる。
ムラがないようにまんべんなくクリームを塗ったあと、秋斗が切ったキウイをその上に敷きつめていく。
再び希はホイップクリームを絞り出し、その上に残りのスポンジケーキを乗せた。そして全体にクリームを塗っていく。
「俺がやる~!」
と、急に春樹が名乗り出たので、希はバターナイフを彼に渡した。春樹は皿を少しずつ回しながらケーキ全体にクリームを塗っていく。
「そういえば、春樹って夏生まれなのに春がつくんだな」
今日の主役である春樹が自分の誕生日ケーキを作っている姿を眺めながら、秋斗は気になっていたことを訊ねた。
「言われてみればそうだね。秋斗は名前通り秋生まれだし」
希も作り途中のケーキから顔をあげる。
作業の手をとめることなく、春樹は苦笑した。
「三人兄ちゃんがいるって話、前したじゃん? 上から夏樹、秋樹、冬樹なんだよね。俺が春に生まれれば完璧だったんだけど」
秋斗は「へぇ」と声をあげる。
「四兄弟で春夏秋冬なんだな」
「そういうこと。倉田さんはきょうだいいるんだっけ?」
春樹は一度顔をあげ、希に問いかける。
「姉と兄が一人ずつ」
「意外! 下にいるかと思った」
それは春樹の末っ子感がしっくりきすぎて、希にお姉さん感が出ているだけなのではないか?
秋斗はそんなことを考えた。
作業に戻った春樹はクリームを塗り終えると、「よし! じゃああとはキウイを上に乗せよ~」と楽しそうに笑った。
秋斗が手際よくキウイを乗せる横で、希はエコバックからロウソクを取り出す。19と書かれた数字のロウソクをケーキの真ん中に立てた。窓から太陽の光が差し込んできて、ケーキを照らす。
「わ~! 良い感じだね!」
笑顔を見せる春樹に、二人は頷いた。
早速カーテンを閉めて部屋を暗くし、ロウソクに火をつけた。希はスマホでカメラを起動し、ケーキと春樹を画角におさめる。
「誕生日おめでとう、後藤くん」
「おめでと」
二人の言葉に、春樹はちょっと不満そうに口を尖らせた。
「ちゃんと歌も歌ってよ~」
「「いやだ」」
「ケチ!」
そう言いながらも楽しそうに笑う春樹。
ふぅっと火を消すと部屋の中は暗くなるが、カーテンの隙間から光が入ってくる。昼間からケーキを食べるのはなんだか贅沢な気分だ。
丸いケーキを三等分(春樹の分を少し大きめに)し、三人で美味しく平らげた。
「はい、これ」
ケーキを食べ終えると、希は突然カバンの中からなにかを取り出し、春樹の掌に乗せた。
「カレーだ! 食品サンプルだね!」
春樹が目の高さに「おお~」と掲げたのはカレーのキーホルダーだ。福神漬けとらっきょうもしっかりトッピングされている。
手先が器用な希は食品サンプルを作るのが趣味の一つだ。自身のカバンにもクロワッサンのストラップを付けている。
「そ、プレゼント」
希は得意げに笑った。
「抜け駆けしたのかよ」
秋斗はじとっとした目で希を見たが、すぐさまふっと笑った。そしてトートバッグの中からガサゴソと箱を取り出す。
「ほい、春樹」
箱を受け取った春樹は商品名を見て再び「おお~!」と声をあげた。さきほどよりも彼の反応が良くて、秋斗は勝ち誇ったかのように口角をあげる。希も横から箱をのぞき込んだ。
「うなぎパイじゃん! 二人ともありがとう~!」
春樹はうなぎパイが大好きなのだ。はしゃぐ春樹を見て秋斗まで嬉しくなった。
「いつの間に買ってたの?」
希は秋斗の脇腹を肘で小突いた。
「希がトイレ行ってる間」
「うわー、抜け駆けじゃん」
――日が傾いてきたので、三人はアパートを出て花火大会の会場に向かった。
いまにでもスキップしそうな春樹はふと立ち止まると、くるりと向きを変え、希の前に立つ。首を傾げる彼女に、春樹は思い切って言葉を出した。
「誕生日ってことでさ、一つお願いがあるんだけど……」
「うん? なに?」
春樹は一度口を引き結んでから、ゆっくりと吐き出した。
「……名前で呼び合いたい、な……って」
いつもの勢いはどこへやら。また自分で言って自分で照れている。秋斗は肩をすくめた。基本グイグイいくのに急に恥ずかしそうにするイケメン。きっとこういうギャップに惚れる人が多いのだろう。
希は春樹の申し出に目を瞬き、首をひねった。
「そんなことでいいの? お願いするほどのことでもないと思うけど」
正直な希の意見に秋斗はプッとふきだした。
「たしかにな」
春樹は困ったように秋斗と希を見る。
「だ、だって! タイミング難しくないっ?」
「そうか?」「そう?」
きょとんとする秋斗と希。
三人の中では春樹が一番コミュニケーション能力が高いはずなのに、なぜ名前呼びするだけでこんなに消極的になるのか。
希は一度目を伏せて笑うと、目の前に立つ春樹に一歩近づき、上目遣いに言った。
「じゃあ改めてよろしく、春樹」
絶対わざとやってんな……秋斗は心の中で呟く。
希があざといを習得して実践している。春樹は急に距離をつめられ、目を見開いた。希の色っぽい(?)囁きに頭が追いついていない春樹は、右手で顔を覆いながら一歩下がった。
春樹が照れている姿がそんなに面白いのか、希は秋斗の横でずっとクスクス笑っている。口元を手で隠しながら、またも彼女は意地悪なことを言った。
「ほらほら、私のことも名前で呼んでみてよ」
春樹は顔から手をはずし、むっとした表情で秋斗の方を見てきた。秋斗が呆れた笑みを返すと、春樹は希の方に顔を向け、少しだけいじけたようにこぼす。
「……希」
「はい、よくできました」
楽しそうに笑う希に春樹は頬を膨らませた。
自分から言い出したことなのに、やり返されている様子が面白おかしくて、秋斗も笑いをこらえる。
花火大会に向かう人の群れに飲まれないよう、三人は仲よくまとまって歩いた。
花火大会の会場は人で溢れかえっていた。
「花火まで時間あるし、屋台でなにか買って食べておくか」
秋斗は腕時計を見ながらそう提案する。
「さんせ~い! じゃあ俺は焼きそばとお好み焼きとからあげ買ってくる!」
春樹はテンション高めに颯爽と出店に走っていく。希は久しぶりの花火大会にわくわくしているのか、きょろきょろと忙しなく辺りを見回していた。
浴衣姿の人、かき氷を食べ歩きしている人、お面をつけている人。あちこちの屋台から香る美味しそうな匂い。
「俺らはどうする? デザート系買うか?」
「だねー、ってデザート系ってなに? チョコバナナしかパッと思いつかないんだけど」
希は小首を傾げ、顎に手を添えた。
秋斗は高校のころクラスメイトと来た花火大会を思い出しながら口を開く。
「りんご飴とかは? デザートっぽくね?」
「んー、微妙なところだけどまあいっか」
とりあえず二人はチョコバナナとりんご飴を買いに行くことにした。途中、希の要望で射的屋に立ち寄ると、ふいに声をかけられた。
「のんちゃん?」
振り向くと、浴衣を着たカップルが一組いた。希はすぐさま「わあ」と手を振る。
「やっほー、唯。まさかこの人の多さで遭遇するとはね」
仲が良さそうなカップルの姿に希は微笑んだ。唯と呼ばれた子の彼氏(だろう人物)と秋斗はバチッと目が合い、二人で苦笑いを浮かべる。
すると、急に彼女の方は秋斗のことを見てニコニコし始め、下から上までなめ回すように見た。
「これが噂の秋斗くんかぁ」
満足そうに顎をなでる彼女は意味深な笑顔を見せた。
噂?
秋斗が訝しげに希を見ると、希は笑いながら秋斗を手で示し、カップルに紹介した。
「そ、これが噂の葛城秋斗」
「あれ、もう一人は? 春樹くんは一緒じゃないの?」
「焼きそば買いに行ってる」
「なぁんだ。挨拶したかったのに」
残念そうにそうこぼした彼女は、改めて秋斗に顔を向けた。
「はじめまして、経済学部の本間唯。のんちゃんと高校が一緒だったの。んで、彼氏の久保寺岳」
本間に急に腕を引かれた久保寺はちょっとよろけながら会釈をした。
秋斗は、よく希が話している経済学部の友人のことを思い出した。彼女がその友人だったのか。
希と久保寺は面識があったようで、一言二言言葉を交わした。
秋斗は本間に「どうも」と軽く頭を下げる。
「希から話は聞いてたけど会うのは初、ですね」
「敬語じゃなくて良いよ~、同い年だし。それにしてものんちゃんがどんな風にわたしのこと説明してるのか気になるなぁ」
小柄な彼女は希を見上げ、にやりと口角をあげた。
「それじゃ、また。今度は春樹くんにも会わせてね!」
そう言って本間は手を振り、久保寺と手をつないで歩いて行った。
秋斗と希は屋台でチョコバナナとりんご飴、たい焼きを買い、春樹と合流した。有料観覧席のチケットは取っていないので、無料観覧スペースの空いているところを探し、レジャーシートを引く。
少し経つと会場アナウンスがかかった。いよいよ花火が打ち上がるようだ。
ヒュードンッという大きな音が鳴り、夜空に大輪の花が咲く。一発上がるたびに見物客の歓声が上がり、辺りは熱気に包まれた。スマホを掲げた人たちの画面にはたくさんの花火が映し出される。緑、黄色、赤、青。
「きれいだね!」と空を見上げる春樹の横で、秋斗はふと高校の理科で習った炎色反応を思い出していた。たしか黄色がナトリウムで青が銅だった気がする。あとは……覚えていない。
そんなムードのないことを考えている秋斗の横で、これまたムードを気にしていない希はもぐもぐとたい焼きを食べていた。
「希はしっぽ派なんだな」
と、秋斗が言うが、花火のあがる音や歓声でどうやら届いていないようだ。「え?」と聞き返す彼女の耳元に近づき、秋斗は口元に右手を当てた。
「希はしっぽ派なんだな」
「うん。秋斗は頭派?」
「いや、俺は真ん中派」
希は秋斗の答えに食べていた手をとめ、食べかけのたい焼きを見下ろす。
「真ん中から食べる人はじめて会った」
「俺の家族はみんな真ん中派だぞ」
「へぇ、なんか面白いね」
秋斗と希が二人でそんな会話をしていると、それに気づいた春樹が目を細めた。
「二人でなんの話してるの?」
「たい焼きの食べ方について」
希が最後の一口を食べながら応えると、春樹は腰を少し浮かせ、夜空を指さした。
「花火を見なさいって!」
ちょっと怒ったような春樹の横顔が花火に照らされる。
「そうだな」
秋斗はふはっと笑い、一度目を伏せてから、顔を上げた。
スマホをかまえて写真を数枚。一生忘れない夏の思い出になりそうだ。
「おはよー」
「はよ。プレゼント、形に残らない方が良いと思うか?」
スマホで色々検索をしてみたが、友人への誕生日プレゼントはなにがいいのだろう。ミニマリストの春樹は形に残らないもののほうが喜ぶだろうか?
「うーん、お菓子の詰め合わせ……とか。実用品ならタオルとか?」
「なるほど……」
夏休みとあって百貨店の中は混雑しており、秋斗は首を伸ばしてフロアマップをのぞいた。
希もスマホを片手に調べているようだ。秋斗が「なんか良さそうなのあったか?」と聞くと、彼女は画面を見たまま口を開く。
「三人でケーキ作るのってどう?」
手作りケーキか。秋斗は腕を組んだ。
変に形に残る物をプレゼントするより良いかもしれない。
このあとケーキ屋に行く予定だったが、手作りケーキならスーパーで材料を買っていくことになる。
「いいかもな。ケーキ作るってなったら春樹は喜びそうだ」
友人の笑顔を想像し、秋斗の口角は自然と上がった。
早速二人はスーパーで材料を調達し、春樹のアパートへ向かう。
「いらっしゃ~い」
いつにも増して笑顔が輝いている春樹に迎えられ、秋斗と希は部屋に入った。秋斗は買ってきたものをローテーブルに置きながら言う。
「今日は手作りケーキだ」
「おお~! やった!」
春樹は万歳をしながらはしゃいだ。
大きな平たい皿の上に、半分に切った市販のスポンジケーキを乗せる。春樹は使い捨て手袋を装着してスポンジに触れた。
「ふかふかだ! このままでも食べたいね」
「このままは美味しくないと思うよ」
希はいつも通りにマジレスをかまし、ホイップクリームを手に取った。
秋斗は買ってきたキウイをキッチンで手際よく切っていった。本当はイチゴが欲しかったのだが、この時期は売っていないので代わりにキウイを買ったのだ。
希はホイップクリームをスポンジの上に適量出す。クリームを塗るときに使うパレットナイフはさすがにアパートにないとのことで、春樹はキッチンからバターナイフを持ってくる。
ムラがないようにまんべんなくクリームを塗ったあと、秋斗が切ったキウイをその上に敷きつめていく。
再び希はホイップクリームを絞り出し、その上に残りのスポンジケーキを乗せた。そして全体にクリームを塗っていく。
「俺がやる~!」
と、急に春樹が名乗り出たので、希はバターナイフを彼に渡した。春樹は皿を少しずつ回しながらケーキ全体にクリームを塗っていく。
「そういえば、春樹って夏生まれなのに春がつくんだな」
今日の主役である春樹が自分の誕生日ケーキを作っている姿を眺めながら、秋斗は気になっていたことを訊ねた。
「言われてみればそうだね。秋斗は名前通り秋生まれだし」
希も作り途中のケーキから顔をあげる。
作業の手をとめることなく、春樹は苦笑した。
「三人兄ちゃんがいるって話、前したじゃん? 上から夏樹、秋樹、冬樹なんだよね。俺が春に生まれれば完璧だったんだけど」
秋斗は「へぇ」と声をあげる。
「四兄弟で春夏秋冬なんだな」
「そういうこと。倉田さんはきょうだいいるんだっけ?」
春樹は一度顔をあげ、希に問いかける。
「姉と兄が一人ずつ」
「意外! 下にいるかと思った」
それは春樹の末っ子感がしっくりきすぎて、希にお姉さん感が出ているだけなのではないか?
秋斗はそんなことを考えた。
作業に戻った春樹はクリームを塗り終えると、「よし! じゃああとはキウイを上に乗せよ~」と楽しそうに笑った。
秋斗が手際よくキウイを乗せる横で、希はエコバックからロウソクを取り出す。19と書かれた数字のロウソクをケーキの真ん中に立てた。窓から太陽の光が差し込んできて、ケーキを照らす。
「わ~! 良い感じだね!」
笑顔を見せる春樹に、二人は頷いた。
早速カーテンを閉めて部屋を暗くし、ロウソクに火をつけた。希はスマホでカメラを起動し、ケーキと春樹を画角におさめる。
「誕生日おめでとう、後藤くん」
「おめでと」
二人の言葉に、春樹はちょっと不満そうに口を尖らせた。
「ちゃんと歌も歌ってよ~」
「「いやだ」」
「ケチ!」
そう言いながらも楽しそうに笑う春樹。
ふぅっと火を消すと部屋の中は暗くなるが、カーテンの隙間から光が入ってくる。昼間からケーキを食べるのはなんだか贅沢な気分だ。
丸いケーキを三等分(春樹の分を少し大きめに)し、三人で美味しく平らげた。
「はい、これ」
ケーキを食べ終えると、希は突然カバンの中からなにかを取り出し、春樹の掌に乗せた。
「カレーだ! 食品サンプルだね!」
春樹が目の高さに「おお~」と掲げたのはカレーのキーホルダーだ。福神漬けとらっきょうもしっかりトッピングされている。
手先が器用な希は食品サンプルを作るのが趣味の一つだ。自身のカバンにもクロワッサンのストラップを付けている。
「そ、プレゼント」
希は得意げに笑った。
「抜け駆けしたのかよ」
秋斗はじとっとした目で希を見たが、すぐさまふっと笑った。そしてトートバッグの中からガサゴソと箱を取り出す。
「ほい、春樹」
箱を受け取った春樹は商品名を見て再び「おお~!」と声をあげた。さきほどよりも彼の反応が良くて、秋斗は勝ち誇ったかのように口角をあげる。希も横から箱をのぞき込んだ。
「うなぎパイじゃん! 二人ともありがとう~!」
春樹はうなぎパイが大好きなのだ。はしゃぐ春樹を見て秋斗まで嬉しくなった。
「いつの間に買ってたの?」
希は秋斗の脇腹を肘で小突いた。
「希がトイレ行ってる間」
「うわー、抜け駆けじゃん」
――日が傾いてきたので、三人はアパートを出て花火大会の会場に向かった。
いまにでもスキップしそうな春樹はふと立ち止まると、くるりと向きを変え、希の前に立つ。首を傾げる彼女に、春樹は思い切って言葉を出した。
「誕生日ってことでさ、一つお願いがあるんだけど……」
「うん? なに?」
春樹は一度口を引き結んでから、ゆっくりと吐き出した。
「……名前で呼び合いたい、な……って」
いつもの勢いはどこへやら。また自分で言って自分で照れている。秋斗は肩をすくめた。基本グイグイいくのに急に恥ずかしそうにするイケメン。きっとこういうギャップに惚れる人が多いのだろう。
希は春樹の申し出に目を瞬き、首をひねった。
「そんなことでいいの? お願いするほどのことでもないと思うけど」
正直な希の意見に秋斗はプッとふきだした。
「たしかにな」
春樹は困ったように秋斗と希を見る。
「だ、だって! タイミング難しくないっ?」
「そうか?」「そう?」
きょとんとする秋斗と希。
三人の中では春樹が一番コミュニケーション能力が高いはずなのに、なぜ名前呼びするだけでこんなに消極的になるのか。
希は一度目を伏せて笑うと、目の前に立つ春樹に一歩近づき、上目遣いに言った。
「じゃあ改めてよろしく、春樹」
絶対わざとやってんな……秋斗は心の中で呟く。
希があざといを習得して実践している。春樹は急に距離をつめられ、目を見開いた。希の色っぽい(?)囁きに頭が追いついていない春樹は、右手で顔を覆いながら一歩下がった。
春樹が照れている姿がそんなに面白いのか、希は秋斗の横でずっとクスクス笑っている。口元を手で隠しながら、またも彼女は意地悪なことを言った。
「ほらほら、私のことも名前で呼んでみてよ」
春樹は顔から手をはずし、むっとした表情で秋斗の方を見てきた。秋斗が呆れた笑みを返すと、春樹は希の方に顔を向け、少しだけいじけたようにこぼす。
「……希」
「はい、よくできました」
楽しそうに笑う希に春樹は頬を膨らませた。
自分から言い出したことなのに、やり返されている様子が面白おかしくて、秋斗も笑いをこらえる。
花火大会に向かう人の群れに飲まれないよう、三人は仲よくまとまって歩いた。
花火大会の会場は人で溢れかえっていた。
「花火まで時間あるし、屋台でなにか買って食べておくか」
秋斗は腕時計を見ながらそう提案する。
「さんせ~い! じゃあ俺は焼きそばとお好み焼きとからあげ買ってくる!」
春樹はテンション高めに颯爽と出店に走っていく。希は久しぶりの花火大会にわくわくしているのか、きょろきょろと忙しなく辺りを見回していた。
浴衣姿の人、かき氷を食べ歩きしている人、お面をつけている人。あちこちの屋台から香る美味しそうな匂い。
「俺らはどうする? デザート系買うか?」
「だねー、ってデザート系ってなに? チョコバナナしかパッと思いつかないんだけど」
希は小首を傾げ、顎に手を添えた。
秋斗は高校のころクラスメイトと来た花火大会を思い出しながら口を開く。
「りんご飴とかは? デザートっぽくね?」
「んー、微妙なところだけどまあいっか」
とりあえず二人はチョコバナナとりんご飴を買いに行くことにした。途中、希の要望で射的屋に立ち寄ると、ふいに声をかけられた。
「のんちゃん?」
振り向くと、浴衣を着たカップルが一組いた。希はすぐさま「わあ」と手を振る。
「やっほー、唯。まさかこの人の多さで遭遇するとはね」
仲が良さそうなカップルの姿に希は微笑んだ。唯と呼ばれた子の彼氏(だろう人物)と秋斗はバチッと目が合い、二人で苦笑いを浮かべる。
すると、急に彼女の方は秋斗のことを見てニコニコし始め、下から上までなめ回すように見た。
「これが噂の秋斗くんかぁ」
満足そうに顎をなでる彼女は意味深な笑顔を見せた。
噂?
秋斗が訝しげに希を見ると、希は笑いながら秋斗を手で示し、カップルに紹介した。
「そ、これが噂の葛城秋斗」
「あれ、もう一人は? 春樹くんは一緒じゃないの?」
「焼きそば買いに行ってる」
「なぁんだ。挨拶したかったのに」
残念そうにそうこぼした彼女は、改めて秋斗に顔を向けた。
「はじめまして、経済学部の本間唯。のんちゃんと高校が一緒だったの。んで、彼氏の久保寺岳」
本間に急に腕を引かれた久保寺はちょっとよろけながら会釈をした。
秋斗は、よく希が話している経済学部の友人のことを思い出した。彼女がその友人だったのか。
希と久保寺は面識があったようで、一言二言言葉を交わした。
秋斗は本間に「どうも」と軽く頭を下げる。
「希から話は聞いてたけど会うのは初、ですね」
「敬語じゃなくて良いよ~、同い年だし。それにしてものんちゃんがどんな風にわたしのこと説明してるのか気になるなぁ」
小柄な彼女は希を見上げ、にやりと口角をあげた。
「それじゃ、また。今度は春樹くんにも会わせてね!」
そう言って本間は手を振り、久保寺と手をつないで歩いて行った。
秋斗と希は屋台でチョコバナナとりんご飴、たい焼きを買い、春樹と合流した。有料観覧席のチケットは取っていないので、無料観覧スペースの空いているところを探し、レジャーシートを引く。
少し経つと会場アナウンスがかかった。いよいよ花火が打ち上がるようだ。
ヒュードンッという大きな音が鳴り、夜空に大輪の花が咲く。一発上がるたびに見物客の歓声が上がり、辺りは熱気に包まれた。スマホを掲げた人たちの画面にはたくさんの花火が映し出される。緑、黄色、赤、青。
「きれいだね!」と空を見上げる春樹の横で、秋斗はふと高校の理科で習った炎色反応を思い出していた。たしか黄色がナトリウムで青が銅だった気がする。あとは……覚えていない。
そんなムードのないことを考えている秋斗の横で、これまたムードを気にしていない希はもぐもぐとたい焼きを食べていた。
「希はしっぽ派なんだな」
と、秋斗が言うが、花火のあがる音や歓声でどうやら届いていないようだ。「え?」と聞き返す彼女の耳元に近づき、秋斗は口元に右手を当てた。
「希はしっぽ派なんだな」
「うん。秋斗は頭派?」
「いや、俺は真ん中派」
希は秋斗の答えに食べていた手をとめ、食べかけのたい焼きを見下ろす。
「真ん中から食べる人はじめて会った」
「俺の家族はみんな真ん中派だぞ」
「へぇ、なんか面白いね」
秋斗と希が二人でそんな会話をしていると、それに気づいた春樹が目を細めた。
「二人でなんの話してるの?」
「たい焼きの食べ方について」
希が最後の一口を食べながら応えると、春樹は腰を少し浮かせ、夜空を指さした。
「花火を見なさいって!」
ちょっと怒ったような春樹の横顔が花火に照らされる。
「そうだな」
秋斗はふはっと笑い、一度目を伏せてから、顔を上げた。
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