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第4章 ニートと富国強兵

第14話 影武者

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《フンッ! 待たせおって! すぐに出んか発情魔王! 》

「い、いきなり掛けてきて文句言ってんじゃねえ。ク、クソ魔帝……」

「違う違う! もっと憎しみを込めて言うんだよ。コイツは浜田の母ちゃんを一時路頭に迷わせた大罪人だぞ? 俺の指示でうちの人間が迎えに行った時にお前の母ちゃんは病気を患い、それはもうひもじい生活をしていたんだぞ? それもこれも全部コイツのせいだ! 憎め! 言葉で殺すんだ! 」

 俺は執務室の机に座る浜田へと、年末に録画した魔帝とのやり取りの動画を指差しながら厳しく指摘した。

「うっ……わ、わかりました……ぶ、ぶっ殺すぞクソ魔帝! 」

「おお~今のは良かった。やればできるじゃないか。その調子で頼むぞ? あ、月一のネットでのテレビ出演の時は普段の浜田の口調でいいからな? その方が好感度上がるから」

 最近は治安も景気も良くなってきて、公爵家の評判がうなぎ登りだからな。

 報道のある程度の自由をマスコミに保証したのも好感を得たのかもしれない。どこも帝国の悪口は厳しく取り締まってるからな。それに比べてうちはテレビ以外は、よほどのデマを流さない限りは特に規制していない。

 テレビも初めの頃は俺が同じ日本人だからと調子に乗って『海外は日本よりも……』とか嘘八百の情報を元に色々とうちの他領を比べて、遠回しに俺の統治を批判するコメンテーターが結構いた。でも旧中国や旧アメリカのリアルな現状を別のテレビ局に流させたら、何事もなかったかのように黙った。それでもほとぼりが冷めた頃にあらゆる角度で批判しようとするから、そんなに日本が心配なら一族全員を特別徴用してダンジョンで身をもって貢献させてやると笑顔で提案したんだ。そしたら二度と批判しなくなった。

 戦前にさんざんテレビに騙されてきたからな。奴らの本質はわかってる。アイツらは結局は口だけで行動を伴わせようとすれば黙る。批評家なんてそんなもんだ。結局その後、ダークエルフたちにより複数のコメンテーターとテレビ局が他領から金をもらっていたのが発覚して、全員ダンジョン送りになったけど。

 日本領民も他国と比べたらどれだけ恵まれているのか理解してからは従順だ。もちろんデモも暴動もない。若い男のダンジョンへの徴用も、どの領よりも待遇が良いことから今では仕方ない事だと思ってもらえている。

 なにより俺はモンドレットとハマールにより、ずっと放置されてきた日本の皇族を尊重し厚遇しているからな。というかまさか日本の陛下が国民が貧困に喘いでいるからといって、ずっと日本中を駆け回って慰撫して回っていたなんて知らなかった。そんな領民に慕われている皇族を絶対に無下に扱ったらだめだ。尊重し厚遇すればするほど統治がうまくいく。陛下にも民に無体なことをしないようお願いされてるしな。

 あの方が帝国皇帝だったら素直に頭を下げれるんだけどな。現実は変態魔人だもんな。

 あとはニート連隊が領民に人気だな。御庭番衆と警察に調べさせた情報をもとに、日本中のマフィアを潰して回らせてるからだろう。その人気のおかげで芸能人やモデルの恋人ができた奴も多い。

 ニートだったアイツらが二次元じゃなくて三次元の芸能人とモデルとだ。そうはいってもまだ3分の1くらいは恋人がいないんだけどな。特に内勤の奴らはなぁ。また移民街の獣人とのお見合いパーティを開いてやるか。

 だがそんな人気者のニート連隊たちと違い、俺は相変わらず日本中で魔王と呼ばれている。こんなに善政を敷いているのにだ。原因はわかっている。俺がモンドレットを殺し九州と沖縄を手に入れたあのタイミングで、あのクソ魔帝が俺のことを世界中に帝国ですら恐れる悪虐非道の魔王だとかさんざん言いふらしたからだ。

 その印象を拭うのに未だに苦労している。恥ずかしながら俺への印象の世論調査もした。その結果、若い男どもからは絶大の支持を得ているのはわかった。しかしそれ以外からは怖がられているのも判明した。ちなみに男からの支持の理由は、ハーレムを築けるチャンスを与えたからだそうだ。ハッキリ言って俺の人間としての人気は皆無だ。

 だが! 浜田なら。この超絶お人好しの浜田なら俺の好感度を爆上げしてくれる。そして有名大学を出た浜田の頭脳なら、俺の代わりに執務をバリバリこなしてくれるはずだ。

「浜田さん、今のはコウに似てたわ。顔も声も完璧だからあとは陛下への対応だけね。それが完璧にこなせれば、もう陛下からのあの煩わしい通信でコウが居留守を使わなくて済むわ」

 執務机の向かいに俺と一緒に立っていたティナが、浜田の顔を見て感心したように言っている。

 確かに顔も声も完璧だ。

 そう、俺に擬態することを禁止する契約を浜田にだけ無効にして、影武者にした。

 俺の代わりに魔帝やマルスや、沖田からどうしても会って欲しいと頼まれた政治家の相手をさせるためだ。そうする事により俺がダンジョンに入っている間、他の貴族への牽制になるしな。何より俺が自由になれる時間が増える。

 仁科とかじゃ駄目だ。アイツらなんかを影武者にしたら間違いなくメイドたちに手を出すし、権力を悪用して俺のイメージを最悪にするだろう。俺とティナの両方がいない時に、アイツらに領政を任せるとか自殺行為だ。かといって馬場さんは俺とは性格が違いすぎるし、基本あの人は無口だ。だが浜田なら安心して影武者を任せられる。

「まだまだ遠慮があるんだよな。他の奴らは誤魔化せるけど、魔帝には気付かれるかもな。もっと憎しみを持たないと駄目だぞ。まあ今日の訓練はこれくらいでいいか。元の姿に戻っていいぞ」

 おとなしい俺なんて魔帝が気づかないわけがない。画面越しなら体調が悪いとかで何回かは誤魔化せるかもしれないが、奴が会いに来たらアウトだ。隠蔽のスキルの熟練度が低い浜田はあっさり鑑定されるだろう。魔帝はしょっちゅう俺を鑑定しようとするからな。

 ドッペルゲンガー同様に、浜田たち幻影人族もステータスを完全コピーできる。だが、魔帝なら普段なら隠蔽のスキルが邪魔をして鑑定をできないはずの俺へ、鑑定ができたことをいぶかしむはずだ。そしてドッペルゲンガーを見破る方法として以前魔帝に話した、装備やマジックアクセサリーを鑑定されたら終わりだ。空間収納の腕輪なんて俺しか持ってないしな。肌身離さず付けているこれと指輪は、俺の恋人たちが浜田と俺を見分ける方法でもあるし。

「憎しみって……よく分からないです。でも怒ればいいというのはわかりました。母のことを思えば腹が立ちましたから」

 浜田は元の姿に戻りながらそう言った。

「うーん、まあいいか。そうだな。魔帝相手には常に怒っていればいい。いいか? 彼女ができないのも、浜田が童貞なのも全部魔帝のせいだ。怒れ! その怒りをぶつけるんだ! 」

「あ、阿久津さん! エスティナ室長の前でバラさないでくださいよ! ヒドイです! 」

「あっ! いけねっ! 悪い浜田! 」

 木更津にいたニートたちなら全員知ってるからついうっかりバラしちゃった。

「ふふふ、別にその年で気にすることはないわ。エルフなら普通よ。それに政務室で浜田さんは人気よ? アイナとグローリーなんて可愛い可愛いって言ってたわ。ほんと可愛い顔をしてるもの。すぐに恋人ができるわよ」

「え? そうなの!? 確かに童顔だけど……かわいいか? 」

 うーん、まあかわいいと言われればそうかもしれないが、決して若い男性アイドル的なそれじゃないよな。幼いだけなように見える。

「あら? この垂れた目なんてすごく可愛いじゃない。顎も丸くて抱きしめたくなるくらいよ」

「かわいいって……僕はもう26……いえ、今は30歳になるんですけど……」

「まあ見た目は死んだあの時と同じ26の時のままだし、エルフの美的感覚は違うって言ったろ? ティナが可愛いって言うならそうなんじゃないか? 良かったじゃないか。二次元のファンタジー物好きだったし。頑張って彼女を二人作れよ」

 エルフの百合物も好きだって言ってたしな。百合カップルのエルフを落とせば完璧だな。難易度高いなオイ。

 でも悪魔城にある政務室は女性のエルフだらけだから、見た目がクリアされてるなら可能性がないわけではない。20人もいるんだし、誰か浜田の特殊な性癖を受け入れてくれるエルフがいるかもしれないな。

 ああそうそう。浜田には年明けから政務室で働いてもらっているんだ。そこで公爵家の政務を覚えてもらいつつ、俺に回ってくる仕事もしっかり把握してもらうつもりだ。浜田はさっそくその能力を発揮して、まだ10日くらいしか経っていないのに既にみんなに頼られているとティナが言っていた。

「ふ、二人って……一人で十分です。そもそも僕なんかを好きになってくれる女性なんて……」

「いる! お前ほど良いやつなんてそうそういないから! 絶対にできるから頑張れよ! 」

「そうよ。政務室のエルフはみんな浜田さんのことを目で追ってるわよ? くノ一の子たちも浜田さんのこと聞きに来ているし、すぐにできるわよ」

「た、確かに仕事中に視線を感じますが、皆さんは僕が幻影人族だから物珍しくて見ているだけですよ。くノ一の方は……多分僕と阿久津さんの関係のことを聞きたいだけでしょうし。僕も同人誌に描かれるのかなぁ……」

「それは……なんかスマン」

 静音たちか? 俺が浜田を身近に置いたからまたBL的なネタにしようと嗅ぎまわってるのか? 帝国本土のオリビアのところから、非番の時に転移装置で戻ってきてそんなことしてんのか。アイツらまだ懲りてないようだな。

 そろそろ配置転換でダンジョン攻略組に編入するか? いや、セレスティナや他の元オズボードの側室や愛人から、絶大な信頼を受けているみたいだから引き離せないか。まさかセレスティナたちまであの腐ノ一に汚染されてないだろうな? 心配だ。

「まあ空想の中のお話なので別にいいです。僕も似たような趣味がありますし」

「あら? 静音みたいな特殊な趣味を持ってるの? まあ浜田さんなら強制しないだろうし、男の人は色々特殊な趣味を持ってるしね。いいんじゃない? 」

 ティナは笑みを浮かべながら、俺の顔を見て言った。

「あはは……まあね」

 ティナも毎回ノリノリなんだけどな。スリルにハマったのか人目があるところでしたがるし、今じゃティナ自らネットで調べた色んなコスプレ衣装を用意してくるんだけどな。俺の喜ぶ顔が見たいって言いながら、一番興奮してるのはティナの方だと思うんだけど……まあ口に出しては言えないけど。

「いいなぁ。僕もそんなふうに思ってくれる恋人が欲しいなぁ」

「浜田なら大丈夫だって。見た目をクリアしてんだ。そのうちできるさ」

「そうよ。可愛い顔をしてるし仕事も真面目で誰よりも早いし。もっと自信を持ちなさいよ」

「ありがとうございます。気になる女性がいるのでがんばってみます」

「お? マジで!? 誰だよ、教えろよ」

 なんだよなんだよ。もういるのかよ。誰だ? 浜田の趣味的にアイナっぽいな。アイナとグローリーの百合プレイが希望か? あの二人は親子みたいに仲が良いからな。というか多分アイナはグローリーが施設で産んだ娘っぽいんだよな。グローリーはそれを確信してるっぽい。施設でもずっとアイナに付きっきりだったしな。つまり親子丼狙いということか? 浜田もなかなかやるな。

「あら? 政務室の子? 教えてくれれば外回りの仕事でペアを組ませてあげれるわよ? 」

「あはは、ナイショです。もう少し時間を掛けてアプローチしていきたいんです」

「そうか。まあ頑張れよ。さて、んじゃ政務室に戻っていいぞ。ティナも仕事中に呼んで悪かったよ」

 年末にアルディスさんとカーラと恋人たちにだけ悪魔のことを話してから、特にティナの仕事が激増したからな。

 アルディスさんはやっぱりガーゴイルと戦ったことがあるらしく、信じられない。こんなところまで追ってきたのねって嫌な顔をしていた。1体1体は大したことがないんだけど、数がいると速くて硬くて厄介だって言っていた。

 ティナたちは悪魔なんて御伽噺の話だと思っていたらしく、かなり驚いていた。それでもみんな暗くなることはなく、コウがいるなら余裕でしょって。カーラの同族の冥族に会えるかもねって笑ってたよ。カーラは私の今の種族はそうだけど、元は人族よって嫌そうな顔をしていたけどな。

 まあさすが一緒に古代ダンジョンを攻略した恋人たちなだけあって、みんなたくましかった。


「いいのよ。ちょうど休憩するところだったし。それじゃあ浜田さん、政務室に戻りましょ。今日は軍の増強の予算申請の決済と、ポーション製造施設の増築と人員募集とその予算を決めないといけないからお願いね」

「だんだん責任が重くなっていきますね……期待に応えられるようにがんばります。お給料もみんなより頂いていますし」

「頼むぞ浜田。俺の代わりができるのはティナとフォースターくらいしかいなかったんだ。マジで期待してるから。いずれは室長になって家令のティナの仕事を減らしてやってくれ」

 浜田は他の役所で働く内勤のニートたちに比べ高給だ。といっても金貨6枚、もうすぐ廃止する日本円に換算すると年収1800万円くらいだけどな。役所などの内勤で金貨3枚。900万円だから、倍の給与になる。俺の影武者もしてもらう以上は、これくらいはな。いずれはティナの代わりに政務室長になってもらい、ティナの負担を減らしてもらうつもりだ。

「僕がエスティナ室長のようにエルフの皆さんをまとめることができるとは思えませんが、阿久津さんの力になれるなら努力します。幽霊でいた時にずっとしたいと思っていたことですから」

「浜田……」

 なんていい奴なんだ。やっぱり俺には浜田が必要だ。三井は相談に乗ってくれるし俺のやることを全肯定してくれるけど、スーパーの経営が忙しくてこっちを手伝ってくれないんだよな。アイツ移民街の獣人の女の子の社員ばかり雇ってさ、モテモテらしいんだよ。俺より気楽な環境でハーレム作りやがって。なんて要領の良いやつなんだ。

「ふふふ、本当にいい人ね。浜田さんになら安心してコウの代わりを頼めるわ。さあ、行きましょ。みんなが待ってるわ」

「はいっ! 」

「がんばってな浜田! 」

 俺はそう言って執務室を出ていくティナと浜田を見送り、執務机へと腰掛けた。

 しかし本当に浜田はいい奴だな。仁科たちなんかさんざん俺に恨み言を吐いて行ったのにな。

 まあアイツらからしたら、いきなりダンジョンに放り込まれるなんて聞いてない話だからな。

 馬場さんを含め浜田以外の転生者たちは、公爵軍司令官直轄の『幻影大隊』を創設しそこに所属させた。

 大隊長は馬場大尉で、副隊長は武田中尉だ。この部隊は2個中隊と後方支援中隊で編成され、潜入工作と情報収集を主な任務として活動する。

 実働部隊である2個中隊の特殊部隊は『幻影部隊』またはPSF(Phantom Special Forces)、ファントムスペシャルフォースと呼称する。

 年明け早々に創設式を行い、そのまま弥七に預けて現在は福岡の上級ダンジョンに武者修行に行かせている。そのままいくつかの上級ダンジョンをハシゴさせて鍛えた後は彼ら全員に言語スキルを覚えさせ、帝国本土に送りオリビアの部下である元情報省の職員のもとで、情報収集の基礎から学んでもらう予定だ。

 そしてその後は実戦訓練として、弥七たちと連携して帝国本土の貴族のもとに潜入してもらう予定だ。彼らには敵対しそうな貴族や裏切りそうな貴族を調べてもらう。

 当初弥七たちは忍者の仕事である情報収集に、仁科たちを参加させることを面白くなさそうにしていた。そこで以前から要望があったハイテク忍術道具を、鹿児島の霧島市にできたばかりの魔導科学研究所で開発させることを約束することで納得してもらった。

 なんか小型の空を飛べる装置が欲しいんだそうだ。バイクといい空を飛べる魔導科学装置といい、科学忍者部隊の誕生だな。ヤッチャマンとでも名付けて子供たちに広めるか。

 そういう訳で現世に復活してまだ一週間なのに、創設式後にいきなりダンジョンに放り込まれた仁科や元自衛官の皆からは、聞いてないぞとか鬼とか悪魔とかさんざんぱら罵声を浴びせられたよ。馬場さんは事故で亡くなった奥さんと子供の墓参りを終わらせたから、どこにでも行くと言ってくれた。

 とりあえずうるさい仁科や飯塚たちには、帝国本土に研修に行ったら特殊任務扱いになるから俺に報告なしで擬態し放題だぞと言って黙らせた。帝国本土で何をやるか知らない皆の口元は緩んでいたよ。潜入先の貴族の家で好きなだけ擬態して、屋敷で働くメイドを口説いて情報を聞き出せってことなんだけどな。バレて殺されるリスクはあるが、うまくいけばオイシイ思いができる。まあ頑張れ。

 そんな幻影大隊はともかく、肝心の悪魔対策に関しては年末に各方面に指示をしてある。

 まずは悪魔のことを恋人たちに説明したあと、カーラに大急ぎで結界の塔の建造を頼んだ。本人はまかせてって嬉しそうに言って作ってくれているけど、この二週間ほどはほとんど寝ていないと聞いている。俺が行かないと飯も食わないから、ちょこちょこデビルキャッスルの裏に作った研究施設に行って様子を見に行っている。

 カーラは雑に羽織った白衣から見える下着が、日に日に過激になって行ってるんだよな。相変わらず下着だけで寝ている時もあるし。そのうち襲ってしまいそうで怖い。でも生活力0のカーラには、ここしか居場所がないからな。そんなカーラに手を出したら、彼女も断れないだろうし。それは卑劣だよな。

 カーラに結界の塔やその他の防御兵器の依頼をした後は、沖田と東日本総督の桜木さんに直接住民の避難施設の増設と、月に一度の全領民の避難訓練を義務付けるよう命令した。

 東日本総督府は沖田を介さず初めて俺が直接命令したからか、かなり気合を入れて取り組んでいるようだ。正月から行政議会を開き、緊急予算を組んで各市町村でランク持ちの人間で青年団を作らせ、住民の護衛として運用することも決まったそうだ。

 話に聞いていた通り桜木総督はやり手のようだ。いずれ沖田の補佐をしてもらう予定だから、彼には長生きしてもらわないとな。

 沖田にも東日本総督府にも、帝国より厄介な敵が1年以内に現れるとしか伝えていない。魔界から悪魔がやってくるなんて言ったら領内が大パニックになるかもしれないからな。恐らくダンジョンの魔物が今より多く出てくる程度だと思っているだろう。

 魔帝は魔界の悪魔軍はすぐにはやってこないと言った。その辺を年明けに詳しく確認したら、過去の文献からインプが現れてから1年ほど経って大軍がやってきたという記録を根拠に言ったらしい。

 そんな2千年以上前の文献なんてアテになるわけがない。魔界の悪魔が軍を集め侵攻してくるまで、半年と見ておかないと危険だ。さすがにそれよりは早くはないと思う。

 軍も今以上に増強する。これまで維持だけで精一杯だった帝国本土の寄子貴族から取り上げた軍も、5個艦隊に再編成してフォースターが鍛えている。指揮官は全員俺の魂縛のスキルで縛ってあるから裏切らないとは思うが、念のため指揮官の船には獣人の督戦部隊も同乗させるつもりだ。なんたってあっちの艦隊は全員帝国人だからな。

 おかげで公爵家の金庫は空っぽだ。寄子が管理している中東の石油を増産させているがそれでも足らない。俺が古代ダンジョンで空の魔石を満タンにして売ってやっと回っている状態だ。

 また白亜の宮殿が遠くなったことにティナが悲しい顔をしていたよ。それでも必要だからと予算の承認をしてくれる彼女には頭が上がらない。

 でもまだ安全対策は万全じゃない。守る領土が広すぎる。もしも結界の塔ができる前に悪魔どもがやってきたら? 結界の塔の結界すら壊す強力な悪魔が現れたら? 

 日本にはギルドや軍で働く者たちの家族がたくさん住んでいるんだ。犠牲を最小限に収めるための努力を怠るわけにはいかない。まだもっとできることがあるはずだ。まだ何か……

 俺はこの日から数日間。悪魔がやってくる半年後の7月までに、まだ何かできることがあるんじゃないかとずっと考えていた。



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