忌巫女の国士録

真義える

文字の大きさ
8 / 32
第一章

水巫女

しおりを挟む
 それからリンは、何かを迷ったように少し間を置いてから、意を決したように葵を見つめた。

「どちらにせよ、水巫女みずみこのお前にはやってもらう事がある」
「……水巫女?」

 そこからか、という顔をされた。リンが考えていることを表情かおに出したのは初めてだ。

「水巫女には役目が二つある。一つは他者のけがれをはらうこと。そしてもう一つが、国に迫り来る〝災蝕さいしょく〟を止めること。お前がやるのは後者だ」
「さいしょく? ……よくわかんないんですけど?」
災蝕さいしょくが起こると、疫病えきびょう蔓延まんえんし、多くの犠牲が出る。いわば天災てんさいだ。災蝕さいしょくを止められるのは水巫女みずみこだけだ」
「そんな……そんな……」

 そんなファンタジーな話があるか!と、突っ込んでもいいのだろうか。
 いや、それよりも、この男が言っていることはつまり──。

「それって帰す気がない──」

 どこからか、轟音ごうおんが鳴り響き、地が大きく揺れた。余震で家財がガタガタと音を立てる。

「じ、地震!?」
「間隔が短い……次の災蝕さいしょくが近い」

 リンは神妙な面持ちでそらを仰いだ。
 災蝕さいしょくと聞いてもいまいちピンと来ないが、ここが山で、地震の間隔が短くなってきているということは、まさか火山が噴火する前兆なのではないだろうか。疫病えきびょうが火山灰による気管支炎や喘息のことを指しているとすれば、辻褄つじつまも合う。ならば、このやしろが一番危ない。
 葵は焦って、リンに掴みかかった。

「火山じゃないの!? みんな逃げなきゃ!!」

 葵の真っ青な顔を見るなり、リンは小さく鼻を鳴らした。

水波盛みなもりに火山はない」
「え……そ、そうなんですか?」
「どうやら本当に水波盛我が国の者ではないらしい」

 至って常識的な事を言っただけなのに、呆れたように言われて不服に思う。
 だとしたら災蝕さいしょくとは何なのか、ますます理解に苦しむが、どちらにしろ、ただの高校生である葵がどうこうできる問題ではない。
 妙な事態じたいに巻き込まれる前に、おいとまするべきだ。
 そう決心した葵は、すっと立ち上がり、二人に向き直った。

「とにかく勘違いですので! 私、水巫女みずみこってやつじゃないので!! すみませんが帰ります!! 大変お世話になりました!!」
「待て」

 深々と頭を下げて退散しようとしたところを、首根っこを掴まれ、引き戻された。
 「グエッ」と女子校生らしからぬ声を出して、尻もちをつく。

(────雑っ!! 扱い雑っ!!)

 首をさすりながらリンを睨むが、謝るどころか少しも気にした様子もない。
 断言しよう。たとえ天地がひっくり返っても、この男の事は好きになれない。

「お前は洗礼の川を登ってきた。うなじのしるし水巫女みずみこである何よりの証拠」
「これは生まれつきで──!」
「幻覚のようなものが視えるだろう」

 葵は息を呑んだ。なぜそんな事を知っているのか、という事よりも、この男が〝かせ〟の正体を知っている事の方が気になった。

「巫女は他者に触れることで、その者の記憶を視ることが出来る。〝視憶しおく〟というものだ」
「〝視憶しおく〟……?」
「それはまるで、その者に成り代わったかのように視えると聞く。 水巫女みずみこだけが持つ特別な能力ちからだ」

 それがずっと自分の首を絞めていた〝枷〟の正体なのか。
 そんな変な能力ちからを持つのは自分だけだと思っていたが、水波盛ここでは珍しいものでもないらしい。葵以外にも、視憶しおくができる人がいるのだ。
 同じ苦悩を持つ人間がいるなら、是非会ってみたい。
 が、葵は頭を振ってその願望を振り払った。

「……いや、ないです! そんなもの!! 私はただ、早く家に帰りたいだけなんです! さっき送ってくれるって言いましたよね!?」

 リンの着物を掴んですがるように揺さぶると、リンは「おろかな……」と溜息混じりに呟いた。

「お前は全く事態を理解していない」
「はあ?」
「今は、身の安全だけを考えていればいい」
「だったら帰してください! 帰りたいんです!!」

 リンは袖を掴む葵の手を静かに払うと、さとすように言う。

水巫女みずみこ達の中にも、まれ親元おやもとへ帰りたがる者はいる。だが、皆必ずここへ戻ってくる」
「……なぜですか?」

 当たり前のことを聞くな、とでも言いたげな目を向けられる。

「捨て子に帰る家などなかろう」

 身に覚えのある言葉が葵の胸を突き刺す。
 リンは、わかっていたとでも言うように小さく息をつくと、葵に言い聞かせた。

「決して本殿からは出るな。外へ出る際は、必ず私に断りを入れるように。菊乃その者に言えば迎えに来よう。くれぐれも、単独での行動は控えることだ」
「そんな! それじゃあまるで──」
「勝手な行動は許さぬ。──よいな?」

 リンは葵のむなぐらを掴んで念を推すと、返事も聞かずに去っていった。
 人ひとりは殺してるんじゃないかと疑うくらいの眼光に、体が強ばる。完全に脅しである。

(やっぱりヤバい組織に拾われたんだ!!)

 葵はそう確信し、床に手を着いたまま俯いている菊乃を見やる。
 先程の菊乃の震えは尋常ではなかった。

(まさか菊乃さんも捕まってるとか?)

 菊乃はリンあいつと違って少しも危ない感じはないし、どこから見ても清楚でか弱い女性だ。きっと、あいつに脅されているに違いない。

(なら、一緒に逃げた方が……!)

 意を決して声をかけようとした時、菊乃が高揚こうようしたようにうっとりと呟いた。

「なんてみやびで優雅な御方おかた……」
「え゛っ……!?」

 菊乃は、赤く染めた頬を押さえながら夢見がちな目で、リンが去った方角を見つめている。
 あんなに雑な扱いを受けていたのに、しかも怖くて震えていたはずなのに、突然何を言い出したのか。

「で、でも……怖くないですか? あの人……」
「ええ、まあ……。されどわたくし、あのような冷たい目を向けられると、なんだか胸の奥の方がうずうずとうずくのです」
「嘘でしょ……」

(この人もヤバい……!!)

 あれは恐怖で震えていたわけではなかったのか。むしろ、あの状況下で悶絶もんぜつしていただなんて、図太いというか、なんというか……。
 菊乃に白い目を向けていると、「いやだ、巫女様まで……」と呟かれた。

(私までなんなの!?)

 けれどその後のことは、聞いてはいけない気がする。

「それにしても、さすが巫女様。神子様みわこさまと冷静にお話が出来るだなんて。わたくしにはとても……」
神子みわこ?」
水波盛国このくにおさめる神王様みわおうのご嫡男ちゃくなんでございます」
「へー……」

(つまり王様の息子か……ん?)

 驚きのあまり思わず声を張り上げた。

「ええっ!? 王子!? あれが!? 嘘でしょ!?」
「しー! 巫女様! 誰かに聞かれでもしたら──!!」
「ありえない!!」

 葵が想像する王子様は、白い歯をチラリと見せて爽やかに微笑わらうイケメンであって、決して女性を雑に扱ったりしない。あんな冷めた目で人を見たりしない。
 夜叉やしゃと言われた方が納得できる。

(でも、そもそもこの話自体が虚言なら関係ないか。うん、そうだ。きっとそう──)

 そう自分に言い聞かせていると、突然、腹の虫が大きな声で鳴いた。葵は咄嗟とっさにお腹を押える。
 顔がみるみる熱くなった。
 そういえば井戸に落ちたあの日、夕食を食べ損ねていた。あれからどのくらい眠っていたのだろう。

(こんな状況でもお腹は減るのか……)

 その音を聞くなり、菊乃が自分の失態を悔いるように、深々と頭を下げた。

「はっ! わたくしとしたことが! すぐにお食事をお持ち致します!」
「す、すみません……」

 菊乃は跳ねるようにして立ち上がると、慌ただしく去っていった。
 ひとり取り残された葵は、改めて居室を見回す。部屋は至って普通の和室で、必要最低限の家財道具は綺麗に整頓され、ホコリひとつない。

(制服、どこにあるんだろう? 携帯は落としちゃったんだっけ……)

 たとえ携帯を持っていたとしても、水没して使えないだろうけれど。
 ひと通りあちこち物色してはみるが、自分の持ち物は何一つ見当たらず、肩を落とす。

災蝕さいしょくって言ってたけど、あんな話ありえないよね。聞いたこともないし)

 あの二人と話していても噛み合わない事だらけだが、ここが日本であることは確かだ。言葉が通じているという事実が、何よりの証拠である。

(これ以上、変なことに巻き込まれる前に退散しよう!)

『捨て子に帰る家などなかろう』

 あの男の言っていたことが引っかかった。
 確かに、帰ったところで家に入れてもらえるかわからない。将来だって、どうなるのかもわからない。
 そう思うと、躊躇ちゅうちょした。

(だったら、このまま──)

 そう思いかけて、慌てて首を振った。
 余計なことを考えるな!と、自分に言い聞かせる。

(大丈夫!! きっと今頃、みんなが居なくなった私を心配してる!!)

 自分を奮い立たせる。

(逃げるんだ!! 今しかないんだから!!)

 当主とやらに礼も無しに出ていくのは後が怖そうだが、なりふり構ってはいられない。
 廻廊かいろうに出た葵は、左右の廊下を交互に見た。
 菊乃は食事を取りに行ったのだから、右に行けば台所があるということか。従業員が集まっていたら人の目を盗んでいくのは難しい。それに菊乃はここに戻ってくる。その時に鉢合わせになってはいけない。

(じゃあ、左に行くしかないや)

 くれぐれもリンにだけは会わないようにしなければ。ドキドキしながら左へ歩き出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...