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二章
病
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テツとリンは交代で見張りをするものの、一度も横になることはなく、座したまま刀を抱いて、頭をもたげていた。表面上は協力しているものの、身の内では互いに信用していないのだろう。いつ刃を向けられても対応できるよう、警戒しているようだった。
そんな空気のなか、葵は夜通し火起こしに躍起になった。いくら疲労困憊していても、自己嫌悪と不安が胸の内をもやもやとさせて眠れやしない。努力のぶんだけ上達すると言うが、やればやるほど手のひらに傷が増えるだけで、最終的には煙すらあがらなくなってしまった。それがさらに葵の神経を逆撫でし、精神を追い詰めた。
「少しは休めよ。体力つけとかないと、明日はもっと歩かなきゃなんないんだぞ」
「わかってる。でも、どうせ眠れないから……」
見かねたテツに諭されるが、葵は頑固に首を振った。
テツの言うことはもっともだ。しかし、なんの役にも立てていないのに呑気に寝るだなんて、自分が許せない。
「面倒をかけるな」
見張りをしているリンが、背を向けたまま言った。
「お前が倒れても手をかせない。足止めをくらえば追いつかれる危険も増す。死にたいなら別だが」
葵は初めて手を止めた。
確かにその通りだ。食事どころか、体を休めることさえままならない状況下で、険しい道を進むには他人を気遣う余裕などない。それに、迷惑をかけまいとしてやっている事なのに、そうなっては本末転倒である。
役に立ちたい、けれど足を引っ張ってはいけない。その二つの想いの間で揺れる。
劣等感に押しつぶされそうになった時、この場にそぐわぬ軽快な声が洞窟に響いた。
「俺がおぶるさ」
見上げると、声の主は拍子抜けをくらうほど、楽観的な表情をしている。
「お前と話していると、脳天気なガキを相手にしているようだ」
「俺は石頭の爺さんと話してるみたいだぞ」
「いい度胸だ」
「お前から始めたのに!!」
理不尽だと抗議するテツの横で、葵は静かに呟いた。
「その通りだよ」
漠然と、葵にはわかっていた。
自分がもといた国に、水波盛の人間が立ち入ることができないのだと。
「私みたいなのは大人しくしているのが周りに面倒をかけなくてすむのかもしれない。でも、私は家に帰りたい。その為には、今のままじゃいけないんだ」
いつまでも二人が助けてくれるとも限らない。いつか、自力で前に進まなければならない時がくる。もしそうなった時、何もできないままでは帰れなくなる。
再び手を動かし始めた葵を、二人は止めようとはしなかった。
夜が明ける。
結局、ろくに眠れた者はだれ一人としていない。
日が登りきるよりも早く洞窟を抜け、薄暗い森の中を川に沿うように進む。川の流れが緩やかな所では難なく進めるのだが、ちょっとした滝ともなると、崖と呼べるくらいの急斜面に足場は酷く荒れる。それを葵の体力では降りられるわけもなく、迂回しなければならない為にさらに時間をくう。その度に、葵は精神的にも追いつめられていく。
山を下っている実感はあるが、それ以上の体力を奪われ、行く先が見えない不安が常に襲ってくる。まるで森が、簡単には出してなるものか、とでも言っているようだった。
だが、葵に異変が起こるのにそう時間はかからなかった。
ゼェゼェと息を吸う度、頭を金槌で殴られているような痛みが走る。全身燃えるように暑いのに、体の芯は凍ったように寒い。喉がひどく乾いている。
(ダメ……、とても立っていられない)
その場に手をついて四つん這いになると、どっと疲労が押し寄せて、すぐに休んだ事を後悔した。
ぐらりと視界が揺れて、横向きに倒れた。
「おい!?」
冷たい地面に叩きつけられそうになった身体を、テツが慌てて支える。その手に伝わった体温に驚いて、葵の額に手をあてた。
「おまえ……すげー熱いぞ」
その一言にリンが眉を寄せた。
言わんこっちゃない、そう思われても仕方がなかった。
昨夜の忠告を守らず、足を引っ張ることになってしまったのだから。自分がひどく惨めな生き物のように感じる。思ったよりも早く野垂れ死ぬことになりそうだ。
「大丈夫、全然大丈夫!!」
「え? そうなのか?」
「なわけあるか」
足を引っ張りたくない、そんな気持から出た意地だった。言葉のまま受け取ってしまうテツは信じかけたが、リンが冷静につっこむ。少しの沈黙のあと、事態の重さを認識したテツは狼狽えた。
「──……ど、どうしたらいいんだ!?」
幼い頃から長い間幽閉されていたテツには、看病の仕方などわかるはずもない。この時ばかりは意地を捨ててリンに頼った。が、その真剣な眼を向けられたリンは、微かに動揺をみせた。
「……寝る……」
呟かれた声には普段の力強さはなく、語尾には僅かな疑問が滲んでいた。
「そんなこと……!! 言われなくてもわかるぞ?」
当たり前の回答を受けとったテツは、衝撃をうけながらも質問の仕方を変えた。
「それ以外にどうしたらいいかって聞いてんだよ?」
「知るわけがなかろう!! 私は医者じゃないんだ!!」
「だったら、おまえがこうなった時はどうしてたんだよ?」
「だから寝ていたと言ってるだろう!!」
「──だめだ、参考にならねぇ」
テツが愕然と口にした言葉に、ムッとしたリンが言い返す。
「ならば、貴様こそどうなんだ。すり替えられる前までは、さぞかし手厚く保護されていたんだろう!?」
「んなわけねえだろ、あのおっさんに限って。……けど、ぶっ倒れた時は婆やが付き添ってくれたっけ」
顎に手を添えながら、遠い記憶を思い出す。リンは半ばイライラしながら訊ねた。
「へえ? ならばどうやって治したんだ」
「そりゃあ寝たら治っ──!?」
目を見開いたテツに、リンは「ほらな」とでも言いたげな眼をむける。
「よしわかった!! 葵、死ぬほど寝るんだ!!」
「洒落にならないぞ」
単純な仕組みの脳みそで答えを出したのを、リンは渋い顔をした。
「先行って。あとで、追いつくから……」
「無茶いうなよ」
「……少し、休めば、少し──」
「おい、しっかりしろ」
頭がぼんやりとする。自分がちゃんと話せているのかもわからないし、二人の会話もまともに耳に入ってこなくなっていた。これではもう、口を動かすことすらままならない。
「それは雨風をしのげる屋内での話。こんな森の中では、単純な病も命とりになるかもしれぬ」
「葵を死なせるわけにはいかない」
「そりゃあ貴重な巫女だ。こんなところで死なれては困る」
「そういうことじゃない」
「ああそうか、お前も後味が悪いだろう」
「そんなこと言ってないだろ!!」
「どうだか」
リンの眼には疑念と嘲笑が浮かんでいた。その冷めた眼差しを受けて、テツは身の内に湧き上がっていた熱を、ぐっと抑え込んだ。
「……森を抜けるにはまだかかるのか?」
「わからない」
「──は!?」
予想外の返事にテツは動転した。長くかかる、という返事はある程度覚悟していたが、リンが答えたのは、想定していた返答のどちらでもなく、間抜けな声をあげてしまった。
それにしても、ここまで迷うことなく誘導してきたのだから、てっきり森に詳しいのだと思い込んでいた。それが突然〝わからない〟とはどいういう了見なのか。
「おまえ、森に来たことあるんじゃなかったのか?」
「何度もある。ただ、下界に出たことがないだけだ」
「──つまり、抜け道までは知らないのか」
返事がないのは、肯定を意味している。
「おまっ、それでよく先導してたな!?」
「うるさい。そういう貴様にはできるのか!?」
言い返されて言葉に詰まる。確かに、森の正確な広さはテツも知らない。雪花を連れて森から抜け出した時が、それを知る絶好の機会だったが、森を抜ける前に捕まってしまった。
「道がわからないのなら、川に沿ってくだって行けばやがて森を出られるはず。文句はないだろう!!」
確かに道に迷ったら川を探せとは言うが、沢の周りは崖も多く、かなりの体力が削がれる。さらにむき出しの岩肌に足をとられて危険極まりない。
そんな険しい道を人ひとり背負って進む体力は持ち合わせていない。それは互いに言うまでもなく分かっている。
「──社に戻る」
リンが提案したのは現実的で確実なものだが、テツにとっては、当然受け入れ難い。
「本殿には優秀な医者がいる。適当に狼煙でもあげれば追手が気付くだろう。助けを呼びに行くまでもない。葵だけは助かるぞ」
「あそこには戻らない」
「ならどうする?」
「おぶっていく」
「正気か?」
「言っただろ。もしもの時は、俺がおぶるって」
リンは鼻で笑った。
不可能なことを簡単に言ってのける。それではまるで、子供が意地を張っているのと同じだ。
「妖獣から逃げながら、いるかもわからない医者を探して彷徨うのか? 共倒れもいいところだ。それより先に、巫女の体力が尽きるかもしれない」
「戻ったって、どっちにしろ殺されるだろ」
「仕方がない。こいつはそういう運命だったんだ」
「んなもんねぇよ。自分の生き方くらい、自分で決めるもんだ」
「こいつの為に言っている。犬死にするより、国を救って死ぬ方が余程いい」
ふざけるな、と獣の唸るような声がした。
「お前の為だろ」
脇差を握ったテツの手を、リンはどこか期待を込めた目で見た。そっと、己も刀の柄に触れる。指先に硬い糸の感触が伝わった。
しかし、テツはもう片方の手で抑制した為、刃が抜かれることはなかった。
「……猿にも理性があるんだな」
「今はそんな場合じゃねぇ」
リンは感心ような声で言ったが、その顔にはどこか落胆が浮かんでいた。
「──あとで思いっきりぶん殴ってやる」
「その前にくたばらなければいいが」
皮肉を睨み見返すと、テツはぐったりとしている葵を背負った。脚への負担が倍増したが、言ったことを曲げるのは、自分が最も許さない。
「絶対に助ける」
テツは残り少ない体力を、己の意地だけで誤魔化して歩きだした。
そんな空気のなか、葵は夜通し火起こしに躍起になった。いくら疲労困憊していても、自己嫌悪と不安が胸の内をもやもやとさせて眠れやしない。努力のぶんだけ上達すると言うが、やればやるほど手のひらに傷が増えるだけで、最終的には煙すらあがらなくなってしまった。それがさらに葵の神経を逆撫でし、精神を追い詰めた。
「少しは休めよ。体力つけとかないと、明日はもっと歩かなきゃなんないんだぞ」
「わかってる。でも、どうせ眠れないから……」
見かねたテツに諭されるが、葵は頑固に首を振った。
テツの言うことはもっともだ。しかし、なんの役にも立てていないのに呑気に寝るだなんて、自分が許せない。
「面倒をかけるな」
見張りをしているリンが、背を向けたまま言った。
「お前が倒れても手をかせない。足止めをくらえば追いつかれる危険も増す。死にたいなら別だが」
葵は初めて手を止めた。
確かにその通りだ。食事どころか、体を休めることさえままならない状況下で、険しい道を進むには他人を気遣う余裕などない。それに、迷惑をかけまいとしてやっている事なのに、そうなっては本末転倒である。
役に立ちたい、けれど足を引っ張ってはいけない。その二つの想いの間で揺れる。
劣等感に押しつぶされそうになった時、この場にそぐわぬ軽快な声が洞窟に響いた。
「俺がおぶるさ」
見上げると、声の主は拍子抜けをくらうほど、楽観的な表情をしている。
「お前と話していると、脳天気なガキを相手にしているようだ」
「俺は石頭の爺さんと話してるみたいだぞ」
「いい度胸だ」
「お前から始めたのに!!」
理不尽だと抗議するテツの横で、葵は静かに呟いた。
「その通りだよ」
漠然と、葵にはわかっていた。
自分がもといた国に、水波盛の人間が立ち入ることができないのだと。
「私みたいなのは大人しくしているのが周りに面倒をかけなくてすむのかもしれない。でも、私は家に帰りたい。その為には、今のままじゃいけないんだ」
いつまでも二人が助けてくれるとも限らない。いつか、自力で前に進まなければならない時がくる。もしそうなった時、何もできないままでは帰れなくなる。
再び手を動かし始めた葵を、二人は止めようとはしなかった。
夜が明ける。
結局、ろくに眠れた者はだれ一人としていない。
日が登りきるよりも早く洞窟を抜け、薄暗い森の中を川に沿うように進む。川の流れが緩やかな所では難なく進めるのだが、ちょっとした滝ともなると、崖と呼べるくらいの急斜面に足場は酷く荒れる。それを葵の体力では降りられるわけもなく、迂回しなければならない為にさらに時間をくう。その度に、葵は精神的にも追いつめられていく。
山を下っている実感はあるが、それ以上の体力を奪われ、行く先が見えない不安が常に襲ってくる。まるで森が、簡単には出してなるものか、とでも言っているようだった。
だが、葵に異変が起こるのにそう時間はかからなかった。
ゼェゼェと息を吸う度、頭を金槌で殴られているような痛みが走る。全身燃えるように暑いのに、体の芯は凍ったように寒い。喉がひどく乾いている。
(ダメ……、とても立っていられない)
その場に手をついて四つん這いになると、どっと疲労が押し寄せて、すぐに休んだ事を後悔した。
ぐらりと視界が揺れて、横向きに倒れた。
「おい!?」
冷たい地面に叩きつけられそうになった身体を、テツが慌てて支える。その手に伝わった体温に驚いて、葵の額に手をあてた。
「おまえ……すげー熱いぞ」
その一言にリンが眉を寄せた。
言わんこっちゃない、そう思われても仕方がなかった。
昨夜の忠告を守らず、足を引っ張ることになってしまったのだから。自分がひどく惨めな生き物のように感じる。思ったよりも早く野垂れ死ぬことになりそうだ。
「大丈夫、全然大丈夫!!」
「え? そうなのか?」
「なわけあるか」
足を引っ張りたくない、そんな気持から出た意地だった。言葉のまま受け取ってしまうテツは信じかけたが、リンが冷静につっこむ。少しの沈黙のあと、事態の重さを認識したテツは狼狽えた。
「──……ど、どうしたらいいんだ!?」
幼い頃から長い間幽閉されていたテツには、看病の仕方などわかるはずもない。この時ばかりは意地を捨ててリンに頼った。が、その真剣な眼を向けられたリンは、微かに動揺をみせた。
「……寝る……」
呟かれた声には普段の力強さはなく、語尾には僅かな疑問が滲んでいた。
「そんなこと……!! 言われなくてもわかるぞ?」
当たり前の回答を受けとったテツは、衝撃をうけながらも質問の仕方を変えた。
「それ以外にどうしたらいいかって聞いてんだよ?」
「知るわけがなかろう!! 私は医者じゃないんだ!!」
「だったら、おまえがこうなった時はどうしてたんだよ?」
「だから寝ていたと言ってるだろう!!」
「──だめだ、参考にならねぇ」
テツが愕然と口にした言葉に、ムッとしたリンが言い返す。
「ならば、貴様こそどうなんだ。すり替えられる前までは、さぞかし手厚く保護されていたんだろう!?」
「んなわけねえだろ、あのおっさんに限って。……けど、ぶっ倒れた時は婆やが付き添ってくれたっけ」
顎に手を添えながら、遠い記憶を思い出す。リンは半ばイライラしながら訊ねた。
「へえ? ならばどうやって治したんだ」
「そりゃあ寝たら治っ──!?」
目を見開いたテツに、リンは「ほらな」とでも言いたげな眼をむける。
「よしわかった!! 葵、死ぬほど寝るんだ!!」
「洒落にならないぞ」
単純な仕組みの脳みそで答えを出したのを、リンは渋い顔をした。
「先行って。あとで、追いつくから……」
「無茶いうなよ」
「……少し、休めば、少し──」
「おい、しっかりしろ」
頭がぼんやりとする。自分がちゃんと話せているのかもわからないし、二人の会話もまともに耳に入ってこなくなっていた。これではもう、口を動かすことすらままならない。
「それは雨風をしのげる屋内での話。こんな森の中では、単純な病も命とりになるかもしれぬ」
「葵を死なせるわけにはいかない」
「そりゃあ貴重な巫女だ。こんなところで死なれては困る」
「そういうことじゃない」
「ああそうか、お前も後味が悪いだろう」
「そんなこと言ってないだろ!!」
「どうだか」
リンの眼には疑念と嘲笑が浮かんでいた。その冷めた眼差しを受けて、テツは身の内に湧き上がっていた熱を、ぐっと抑え込んだ。
「……森を抜けるにはまだかかるのか?」
「わからない」
「──は!?」
予想外の返事にテツは動転した。長くかかる、という返事はある程度覚悟していたが、リンが答えたのは、想定していた返答のどちらでもなく、間抜けな声をあげてしまった。
それにしても、ここまで迷うことなく誘導してきたのだから、てっきり森に詳しいのだと思い込んでいた。それが突然〝わからない〟とはどいういう了見なのか。
「おまえ、森に来たことあるんじゃなかったのか?」
「何度もある。ただ、下界に出たことがないだけだ」
「──つまり、抜け道までは知らないのか」
返事がないのは、肯定を意味している。
「おまっ、それでよく先導してたな!?」
「うるさい。そういう貴様にはできるのか!?」
言い返されて言葉に詰まる。確かに、森の正確な広さはテツも知らない。雪花を連れて森から抜け出した時が、それを知る絶好の機会だったが、森を抜ける前に捕まってしまった。
「道がわからないのなら、川に沿ってくだって行けばやがて森を出られるはず。文句はないだろう!!」
確かに道に迷ったら川を探せとは言うが、沢の周りは崖も多く、かなりの体力が削がれる。さらにむき出しの岩肌に足をとられて危険極まりない。
そんな険しい道を人ひとり背負って進む体力は持ち合わせていない。それは互いに言うまでもなく分かっている。
「──社に戻る」
リンが提案したのは現実的で確実なものだが、テツにとっては、当然受け入れ難い。
「本殿には優秀な医者がいる。適当に狼煙でもあげれば追手が気付くだろう。助けを呼びに行くまでもない。葵だけは助かるぞ」
「あそこには戻らない」
「ならどうする?」
「おぶっていく」
「正気か?」
「言っただろ。もしもの時は、俺がおぶるって」
リンは鼻で笑った。
不可能なことを簡単に言ってのける。それではまるで、子供が意地を張っているのと同じだ。
「妖獣から逃げながら、いるかもわからない医者を探して彷徨うのか? 共倒れもいいところだ。それより先に、巫女の体力が尽きるかもしれない」
「戻ったって、どっちにしろ殺されるだろ」
「仕方がない。こいつはそういう運命だったんだ」
「んなもんねぇよ。自分の生き方くらい、自分で決めるもんだ」
「こいつの為に言っている。犬死にするより、国を救って死ぬ方が余程いい」
ふざけるな、と獣の唸るような声がした。
「お前の為だろ」
脇差を握ったテツの手を、リンはどこか期待を込めた目で見た。そっと、己も刀の柄に触れる。指先に硬い糸の感触が伝わった。
しかし、テツはもう片方の手で抑制した為、刃が抜かれることはなかった。
「……猿にも理性があるんだな」
「今はそんな場合じゃねぇ」
リンは感心ような声で言ったが、その顔にはどこか落胆が浮かんでいた。
「──あとで思いっきりぶん殴ってやる」
「その前にくたばらなければいいが」
皮肉を睨み見返すと、テツはぐったりとしている葵を背負った。脚への負担が倍増したが、言ったことを曲げるのは、自分が最も許さない。
「絶対に助ける」
テツは残り少ない体力を、己の意地だけで誤魔化して歩きだした。
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