9 / 13
7話「イザベラの善意」
しおりを挟む
王太子主催の慈善オークションから数日。今日は楽しいことをする予定だからと、イザベラに私室へ来るように申しつけられていた。だから指定された午後二時に部屋を訪れたその時。
「ひぃぃ! お、お嬢様っっ!? 一体、私めに、なにをなさるおつもりですかっっ!?」
悲鳴をあげたのは、イザベラ専属のヤングレディーメイドだ。たまたま呼び出されてしまったミレアは、決定的瞬間を見逃さなかった。
「地味で可哀想だから、私が可愛くしてあげたのよ♪」
そう得意げに言いながら、イザベラは満足げにしている。ヤングレディーメイドが着用していた制服の白いエプロン部分に、イザベラが絵の具で塗りつけたようだ。レディーメイドをその場に立たせ、目を閉じるよう命令している隙に、白い部分をキャンパスに仕立てたのだろう。悪戯好きのイザベラならやりかねない。
真っ白だったエプロンは、赤や橙、黄色といったカラフルな絵の具で花を描かれたり、水玉を描かれたり、統一性がまったく感じられない。やられてしまったレディーメイドは困惑している。
このまま邸宅内を歩けば、上司であるハウスキーパーがすごい形相で駆けつけ、侯爵家のメイドとしての自覚はあるのかと説教を食らうだろう。少しでも汚れていると、侯爵家の主人と客人に対して失礼だから、すぐに着替えてきなさいと注意される。メイドの制服は原則として、黒のワンピースに白のエプロンと定められているため、可愛くないという理由であっても勝手に彩ってはならないのだ。
しかし、ここで令嬢であるイザベラの機嫌を損ねてしまうのも面倒だ。だからレディーメイドはミレアに視線を向けて助けを求めている。
(……仕方ないわね)
水縞あいりの生前よりも十も若いメイドが困っているので、助け舟を出すことにした。
「お嬢様。こちらをご覧ください」
イザベラが近頃気に入っている、ひらひらとした五段のフラウンス・スカートが特徴的な水色のデイドレスを手に取り、ミレアは絵の具を手に取った。
「ちょ、ちょっと、なにするのよ!?」
青い絵の具でひらひらした布に色を入れた。イザベラが腕を伸ばしてやめさせようとしても、ミレアは手を止めなかった。一番下の生地には、不揃いの大きさの青い斑点が混在している。これでは目立ってしまうだろう。思わずイザベラは泣き出した。
「なんてことをするのよ! 私のお気に入りなのに、ひどいわ!」
あんたなんかクビよ! とイザベラは怒りを露わにしている。
「可愛くして差し上げたんですよ、お嬢様」
「こんなの、嬉しくないわよ!」
「お嬢様に、いきなりエプロンを汚された彼女も、悲しかったと思いますよ?」
「……あ」
それを指摘した途端、イザベラは押し黙った。自分がやってしまったことに気づいたらしい。
「誰かの服をいきなり染めるのではなく、自分で着てみればいいのですよ」
そうミレアは諭すと、自分のエプロンを脱いでレディーメイドに手渡した。
「そちらのエプロンは私が預かります。替えのものを持ってきてもらえますか?」
「え、ええ。わかったわ」
すぐさま着替えたイザベラ専属のヤングレディーメイドは、ミレアの言葉に頷き、白いエプロンを身に着け部屋から退室した。
「お嬢様。自分で着たくなるように描いてみてください」
「……わかったわ」
「お嬢様のドレスは、私がお預かりしますね」
「ど、どうするの?」
「心配しなくとも、すぐに戻りますから」
エプロンはないが、ドレスで隠れるので平気だろう。足早にキッチンへと向かい、途中で何名か声をかけられたが「お嬢様がはしゃぎすぎたんです」と答えると、それ以上、詮索されることはなかった。
水で青い斑点を洗い流す。水性だったのと色味が近かったこともあり、無事に落とすことに成功した。
デイドレスを抱えてイザベラの部屋に戻ると、予備のエプロンを手にしたレディーメイドが待機していたので、デイドレスとエプロンを交換した。絵の具を落とすために濡らしたので、乾かす必要がある。そのことを伝えていると、イザベラがこちらに気がつき走ってきた。
「あっ、私のドレス!」
「ちゃんと落とせましたよ」
「……よ、よかったぁ!」
「それで、エプロンは完成しましたか?」
「うん! どう? 可愛いでしょ?」
「……え、ええ。そうですね」
誇らしげに見せられ、ミレアは笑って誤魔化した。十一歳の子どもの感性は理解できないが、イザベラは笑顔だ。
「お嬢様が着るともっと可愛いですよ」
「えへへ、ありがとう♪」
派手に汚したエプロンを着用して楽しそうだ。
どうにかイザベラの善意である「可愛くしてあげたい」という思いを踏みにじることなく、行き過ぎた行為を正すことに成功した。一歩間違えれば実際にクビにされかねないので、なかば賭けでもあったが、成功して誰よりもホッとしているのはミレア自身だ。エミールに、他の貴族の邸宅で働けるよう、推薦状を頼むことにならずに済んで助かった。
「エプロンを着用するのは、お部屋の中だけにしてくださいね」
「どうして?」
「真似されないためですよ。お嬢様は、お出かけ中に、同じデザインのドレスの人を目にしたら、もう着たくないって思いませんか?」
イザベラの性格を念頭に置いて質問してみた。
「ど、どうして知ってるの?」
「うふふ。内緒です!」
どうやら当たったらしい。フランドル侯爵夫人に見つかってしまえば、苦言を呈されることは容易に想像できる。自室で着用するように助言したのは、自分で着用することを勧めた以上、イザベラが嫌な思いをしないように、なにかしたかったのかもしれない。罪悪感を軽減させたかっただけだ。自分のためだ。
「では、私はスフレパンケーキの準備をしてきますね」
「うん。お願い!」
結局、イザベラの要件はなんだったのか聞いていなかったが、エプロンを見せたかったんだろうなと勝手に解釈した。この対応で更生できるのか。確信は持てなかったが、今、出来る限りのことだけはしようと改めて誓った。
イザベラの専属メイドからは、後日、エプロンのお礼としてスコーンをプレゼントされた。焼き立てで美味しかった。
「ひぃぃ! お、お嬢様っっ!? 一体、私めに、なにをなさるおつもりですかっっ!?」
悲鳴をあげたのは、イザベラ専属のヤングレディーメイドだ。たまたま呼び出されてしまったミレアは、決定的瞬間を見逃さなかった。
「地味で可哀想だから、私が可愛くしてあげたのよ♪」
そう得意げに言いながら、イザベラは満足げにしている。ヤングレディーメイドが着用していた制服の白いエプロン部分に、イザベラが絵の具で塗りつけたようだ。レディーメイドをその場に立たせ、目を閉じるよう命令している隙に、白い部分をキャンパスに仕立てたのだろう。悪戯好きのイザベラならやりかねない。
真っ白だったエプロンは、赤や橙、黄色といったカラフルな絵の具で花を描かれたり、水玉を描かれたり、統一性がまったく感じられない。やられてしまったレディーメイドは困惑している。
このまま邸宅内を歩けば、上司であるハウスキーパーがすごい形相で駆けつけ、侯爵家のメイドとしての自覚はあるのかと説教を食らうだろう。少しでも汚れていると、侯爵家の主人と客人に対して失礼だから、すぐに着替えてきなさいと注意される。メイドの制服は原則として、黒のワンピースに白のエプロンと定められているため、可愛くないという理由であっても勝手に彩ってはならないのだ。
しかし、ここで令嬢であるイザベラの機嫌を損ねてしまうのも面倒だ。だからレディーメイドはミレアに視線を向けて助けを求めている。
(……仕方ないわね)
水縞あいりの生前よりも十も若いメイドが困っているので、助け舟を出すことにした。
「お嬢様。こちらをご覧ください」
イザベラが近頃気に入っている、ひらひらとした五段のフラウンス・スカートが特徴的な水色のデイドレスを手に取り、ミレアは絵の具を手に取った。
「ちょ、ちょっと、なにするのよ!?」
青い絵の具でひらひらした布に色を入れた。イザベラが腕を伸ばしてやめさせようとしても、ミレアは手を止めなかった。一番下の生地には、不揃いの大きさの青い斑点が混在している。これでは目立ってしまうだろう。思わずイザベラは泣き出した。
「なんてことをするのよ! 私のお気に入りなのに、ひどいわ!」
あんたなんかクビよ! とイザベラは怒りを露わにしている。
「可愛くして差し上げたんですよ、お嬢様」
「こんなの、嬉しくないわよ!」
「お嬢様に、いきなりエプロンを汚された彼女も、悲しかったと思いますよ?」
「……あ」
それを指摘した途端、イザベラは押し黙った。自分がやってしまったことに気づいたらしい。
「誰かの服をいきなり染めるのではなく、自分で着てみればいいのですよ」
そうミレアは諭すと、自分のエプロンを脱いでレディーメイドに手渡した。
「そちらのエプロンは私が預かります。替えのものを持ってきてもらえますか?」
「え、ええ。わかったわ」
すぐさま着替えたイザベラ専属のヤングレディーメイドは、ミレアの言葉に頷き、白いエプロンを身に着け部屋から退室した。
「お嬢様。自分で着たくなるように描いてみてください」
「……わかったわ」
「お嬢様のドレスは、私がお預かりしますね」
「ど、どうするの?」
「心配しなくとも、すぐに戻りますから」
エプロンはないが、ドレスで隠れるので平気だろう。足早にキッチンへと向かい、途中で何名か声をかけられたが「お嬢様がはしゃぎすぎたんです」と答えると、それ以上、詮索されることはなかった。
水で青い斑点を洗い流す。水性だったのと色味が近かったこともあり、無事に落とすことに成功した。
デイドレスを抱えてイザベラの部屋に戻ると、予備のエプロンを手にしたレディーメイドが待機していたので、デイドレスとエプロンを交換した。絵の具を落とすために濡らしたので、乾かす必要がある。そのことを伝えていると、イザベラがこちらに気がつき走ってきた。
「あっ、私のドレス!」
「ちゃんと落とせましたよ」
「……よ、よかったぁ!」
「それで、エプロンは完成しましたか?」
「うん! どう? 可愛いでしょ?」
「……え、ええ。そうですね」
誇らしげに見せられ、ミレアは笑って誤魔化した。十一歳の子どもの感性は理解できないが、イザベラは笑顔だ。
「お嬢様が着るともっと可愛いですよ」
「えへへ、ありがとう♪」
派手に汚したエプロンを着用して楽しそうだ。
どうにかイザベラの善意である「可愛くしてあげたい」という思いを踏みにじることなく、行き過ぎた行為を正すことに成功した。一歩間違えれば実際にクビにされかねないので、なかば賭けでもあったが、成功して誰よりもホッとしているのはミレア自身だ。エミールに、他の貴族の邸宅で働けるよう、推薦状を頼むことにならずに済んで助かった。
「エプロンを着用するのは、お部屋の中だけにしてくださいね」
「どうして?」
「真似されないためですよ。お嬢様は、お出かけ中に、同じデザインのドレスの人を目にしたら、もう着たくないって思いませんか?」
イザベラの性格を念頭に置いて質問してみた。
「ど、どうして知ってるの?」
「うふふ。内緒です!」
どうやら当たったらしい。フランドル侯爵夫人に見つかってしまえば、苦言を呈されることは容易に想像できる。自室で着用するように助言したのは、自分で着用することを勧めた以上、イザベラが嫌な思いをしないように、なにかしたかったのかもしれない。罪悪感を軽減させたかっただけだ。自分のためだ。
「では、私はスフレパンケーキの準備をしてきますね」
「うん。お願い!」
結局、イザベラの要件はなんだったのか聞いていなかったが、エプロンを見せたかったんだろうなと勝手に解釈した。この対応で更生できるのか。確信は持てなかったが、今、出来る限りのことだけはしようと改めて誓った。
イザベラの専属メイドからは、後日、エプロンのお礼としてスコーンをプレゼントされた。焼き立てで美味しかった。
20
あなたにおすすめの小説
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
嫌われ公女に転生したけど、愛されたい願望を捨てたら全員がデレてきた
桃瀬さら
恋愛
嫌われ公女ナディアは、婚約破棄され学園で孤立し、家族からも見放されていた。
どれほど努力しようが周囲からは「嫌われ公女」と蔑まれ、誰も味方なんていない。
「もういい。愛されたいなんて、くだらない」
そう心に誓った瞬間から、状況が一変した。
第二王子が婚約破棄を撤回し跪き、寡黙な騎士団長が「君を守りたい」と熱く迫ってくる。
そして、冷ややかな兄まで「婚約など認めない。家を出ることは許さない」と……。
愛されることを諦めた途端、なぜか執着される。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜
具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、
前世の記憶を取り戻す。
前世は日本の女子学生。
家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、
息苦しい毎日を過ごしていた。
ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。
転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。
女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。
だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、
横暴さを誇るのが「普通」だった。
けれどベアトリーチェは違う。
前世で身につけた「空気を読む力」と、
本を愛する静かな心を持っていた。
そんな彼女には二人の婚約者がいる。
――父違いの、血を分けた兄たち。
彼らは溺愛どころではなく、
「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。
ベアトリーチェは戸惑いながらも、
この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。
※表紙はAI画像です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる