法術省 特務公安課 ‐第1章‐『火の複眼』

秋山武々

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狭い道に乱雑に置かれている生ゴミやダンボールにぶつかりながら、ジグザグに走る。

あと少し、あと少し!!

通りに出たら通行人に助けを求める。

人がいなくても防犯カメラは設置されている通りだ。

こんな開けた通りで殺人なんてできっこない。

急に抜け道から見える灯りが少なくなる。

人のシルエット。

そこに立っていたのは荒巻だった。

どうやって?私の後ろにいたはずだ。

「さすが空手やってただけはある。意外と足が速いんだな。驚いたなあ。」

荒巻はねっとりした気味の悪い笑みを浮かべながら意気揚々と佐々木を見ている。

抜け道があるのか。あいつはそれを知っている。だから、先回りできたんだ。

佐々木は来た道を戻る。

荒巻はやれやれといった表情を浮かべながら、その場に佇む。

佐々木が30メートル程走ったところで3階建ての非常階段から声がする。

「おーい、もう諦めて殺されろよ。・・・ああ、でも、泣いて詫びてくれたら見逃すかもな。」

ありえない。

なぜ、あんなところに一瞬で移動できる。

不安と動機から佐々木をその場に両膝を付き、嘔吐した。

「うわあ、きったねえなあ。住人に迷惑だろうが。」

嗚咽と共に声がする方を見上げる。

荒巻は非常階段の手すりに立ち、佐々木を見下ろしている。

そっちいくわ、と荒巻は手すりから飛び降り、佐々木のそばにすっと着地した。

佐々木は這いずりながら荒巻の足元で、助けてくれ、と懇願する。

「助けて、じゃねえだろ。許して下さい、だろうが!」

足元に縋る佐々木の手を振りほどき、荒巻は彼の痛々しい右手を何度も踏みつける。

「                          !!!!!!」

言葉にならない悲鳴。

苦しいというだけの叫びは、もはやただのノイズでしかない。

「お前は俺が3日徹夜して作った企画書をこんな風にみんなの前で踏みにじったんだ。思い出したか!?」

佐々木はほぼ感覚がなくなってきた右手を庇いながら朦朧とした意識の中で荒巻に言われたことを必死に思い出す。

・・・思い出せない。

荒巻のような若い社員の多くに相当に厳しく当たってきた。

なぜなら、自分が若手社員の頃に上司から何度も何度も責められ罵られながも、折れずに今の地位まで登りつめたからだ。

若手の避けられない登竜門。

これが仇となって自分の身に返ってくるとは。

「すまかった。許してくれ。」

佐々木は先程までの威勢がなくなり、老人のような声で荒巻に許しを乞う。

荒巻は膝を折りしゃがんで右手で佐々木の髪の毛をぐしゃりと掴むと

「俺がそうやって謝った時に何て言ったか。覚えてるか。」

荒巻は目にうっすらと涙を浮かべながら呟く。

佐々木の目にも涙が。

両者の涙の根幹は明らかに違う。

憎しみと後悔。

佐々木は最後の力を振り絞り、あうあうと口を動かす。

荒巻はその声を聞こうと佐々木の口元に耳を近づける。

「違いますよー。佐々木部長。・・・正解は死ねよ。だ!」

荒巻の右手が赤く光り出すと佐々木の眉から頭頂部までが火に包まれる。

地面を這いずりながら悶絶する佐々木。

もはや声は出ない。

その苦悶の表情を涙を流し笑いながら見下ろす荒巻。

荒巻は両手を佐々木の方に差し出し、近付くと左手、右大腿、右肩と順に火に包んでいく。

数分後。

コートのフードを被った男がポケットに両手を突っ込んで路地裏から出てくる。

男はそのまま繁華街への消えていった。

路地裏には何かが焼き焦げた異様な臭いと直径10センチメートル程の白い煙が上がっていた。
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