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木島香の困惑

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 塔子と話をして数日が経ったある日。あまね先輩と図書委員の受付をする日がやって来た。が、
「先輩、やっぱりここに居たんですか」
「ああ、カオちゃん。バレちゃった?」
 少し困った様な顔をしてあまね先輩は私に言った。
「そりゃ、分かりますよ。トイレへ行くって言っておきながらいつまでも帰って来ないんですから」
 今日も今日とて先輩は相も変わらず書庫へ行ってさぼっていたようだった。当然私もそれを察してここへやって来たのだ。
「たはははは。ごめん、ごめん。でもさ、今の時間も多分あまり人は来ないじゃん。カオちゃんも偶にはさ、ゆっくりしようよ~」
 ニコリと笑いながらノンビリ口調で言うあまね先輩。それに対して私は静かに答えた。
「……そうですね。そうしましょうか」
「え?」
 先輩にとって、それは意外な返事だったのだろう。逆に面食らった様な反応を見せた。
「丁度良かったです。私、先輩とじっくりお話したいことがあったんですよ」
 言いながら私はずいっと先輩に少しずつ距離を詰めていく。
「な、なになに? 急に、ど、どうしちゃったの?」
「先輩。私に隠している事ありませんか?」
 半身を棚に預ける様にしてもたれかかっている先輩に逃げ場はない。
「え? 隠してる事って何だろう?」
 先輩はいつもと変わらぬ感じで答えてみせたが目の中に多少の動揺が隠れているようにも見える。
「この間、この書庫で一緒に掃除しましたよね。先輩が脚立を揺らして私が転んだ時のことです」
「あ……。ボクのせいだよね。やっぱり怪我が残っちゃったりしてた?ほ、本当にごめん」
「いえ。違います。謝るなら私の方です。本当に……ごめんなさい」
 私は先輩に向かって頭を下げた。
「な、なんで、カオちゃんが謝るの? 謝られる事なんて」
「あの時、私の飛ばした靴が本に当たったんですよ。それで汚しちゃったんでしょう」
「え……」
私の言葉に先輩はフリーズした様に言葉をなくしてしまう。
「あの時、私の靴が本を汚したっていう事に気づいた先輩はそれを私に伝えずに誤魔化したんですよね。そして、私が気にしないように本を新しいものにわざわざ入れ替えてくれた」
「ち、違うよ。あ、あれはボクが汚してしまったんだ。それを誤魔化す為に自分で本の入れ替えをしたの。ご、ごめん。全部、ボクが悪いんだよ」
「いえ。そんな筈はありません。汚した本はこれですよね」
 私は手に持っていた本を先輩に差し出した。
「そ、それは……」
 学校での本の廃棄は月に一度まとめて行われる。私は塔子の話を聞いた後に廃棄物置き場に行ってあの本を探し当てた。ご丁寧に本の表紙は裏返った状態でついていたのだが、それが却って目に付いて回収することに成功したのだ。そして、靴跡もばっちり残っていた。
「靴跡を合わせたら私のものと一致します。これ、私のものですよね」
「たははは。バレちゃった……んだ。ご、ごめん。どんな理由であれ騙すのは良くないよね」
 流石にここまでされたら否定しても無駄だと思ったのか先輩は肯定してくれた。
「いや……あの、だから謝らないでください。謝るのは私です」
 確かに騙されたのは事実だが、理由が理由だし謝られる様な事ではないと私は想っていた。ただ、疑問の答えはまだだ。
「あの、なんでそんな事までして庇ってくれようとしたんですか」
「だ、だって。カオちゃんが本を汚す人は嫌いって言ってたって聞いたし。自分で汚したって聞いたら傷つくかなって思ったし、そもそも、転ぶ原因を作ったのはボクだから……」
「別に先輩のせいだとは思わないし、後、そもそも、それくらいで先輩の事嫌いにならないですよ」
 だって、いわばこれは不可抗力。前にも言ったように誰かが悪い訳でもないのに責める謂われはない。ましてや相手は親しい先輩だ。
「ほ、本当に?」
 その言葉に先輩は妙に嬉しそうな顔で私を見上げながら言う。
「ええ。先輩こそそんなに私に嫌われるのが嫌なんですか?」
 何だかちょっと意地悪な質問かなと想いながらも私は言葉をぶつけてみる。
「ああ、それは勿論……」
 言いかけた所で、
「ああ、二人共。何やってんの? もう、受付誰もいないじゃん」
 いつのまにやらやって来たノッコ先輩がこちらに顔を出して言う。
「あ、ノッコ先輩。すみません。今、戻ります。先輩、とりあえず戻りましょう」
「うん……。あ、ごめん。ボク、トイレにハンカチわすれてきちゃった。すぐ戻るから」
「もう、しょうがないですね」
 先輩は廊下側からまっすぐ出てトイレへ向かう。私は図書室に直接繋がる扉を開いて受付へむかうが、そこにはノッコ先輩がにやけた顔を向けてくる。
「ごめんね~。良い感じの雰囲気の所邪魔しちゃってさ。でも、逢引するなら他の時間にしなよ」
「逢引? 何言ってんですか。先輩がさぼってたから呼びに行っただけですよ」
「え? ああ、そうなんだ。本当にそれだけ?」
「あの……。本の入れ替えの事聞きました。ノッコ先輩も知ってたんですよね」
「ああ、バレちゃったか~。私は素直に話た方がいいと想ったんだけどね。ふ~ちゃんがさ、黙っといてくれっていうんでね、ごめんごめん」
 と頭を何度か下げるノッコ先輩。でも、そもそもは私が本を汚したことが理由なのだから謝られるのもおかしい。ある意味庇ってくれていた訳だ。でも、そこを突っ込んでも不毛な会話にしかならないない。
「いえ、大丈夫です。こちらこそすみませんでした。ただ、何でそこまでしようとしてくれたのは聞けずじまいだったんですよね」
 可愛い後輩の為にひと肌ぬいだということなのか。何だかそれにしては強引な気もするし……。
「あ、じゃあ、まだなんだね」
 それに対してノッコ先輩は何だか不思議なことを言ってきた。
「まだって?」
「あのさ、これ、私から聞いたって言わないでね。そもそも、カオちゃんが好きな異性のタイプ聞いたのってふ~ちゃんが聞きだして欲しいって言ってきたからなんだよ」
「へ? それってどういう……」
「ごめんごめん。おまたせ~」
 私が問いかけようとしたタイミングで声が聞こえてくる。
目をやると天音楓馬(あまねふうま)先輩が男子トイレから戻って来るのが見えた。

                                 
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