いじっぱりなシークレットムーン

奏多

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  Protecting Moon 7

 

 ~Eri Side~

「うわ、香月マジにごめんな。力加減してたとはいえ、腫れ上がっちゃってねぇか、ほっぺ。歯は欠けてねぇよな」

「大丈夫です、俺の……自業自得だから気にしないで下さい」

「いやいや、結城さん、思い切りいったっすよ? 結城さんの力加減は、普通の渾身っす!!」

「うう……お前を傷物にしちまったか。俺責任とって……」

「ああでも、課長は傷物になっても主任が貰ってくれるから、大丈夫っす!!」

 香月が照れ照れとなり、結城が肩を落とす。

「アホらし……」

 正直、香月が忍月財閥の御曹司と聞いて、私は特に驚くことはなかった。

 だってほら、最初からなにかを隠している私みたいなタイプだと思ったし、出来すぎる男だったから、「ああなんだ」程度だった。

 だけど私以外は驚天動地の出来事だったらしく、しばらくは顎が外れるんじゃないかと思うくらい、顎が開ききっていたと思う。

 香月の正体で動じる私ではなかったけれど、専務の口から、その家のために見合いをして、好きでもない女と政略結婚をして後を継げと言われていると聞かされた時、私は人ごとには思えない衝動に叫んだ。

――お前のためなら、皆どこへでも行って土下座をしてでも、必ず勝ち取る。……最初にそう言ったのは、あの真下だぞ!?

 多少誇張はされているが、確かに私は叫んでいた。

 絶対なんとかしたいと。

 陽菜を苦しませたくない、そう思う気持ちも確かにあったけれど、あたしは、香月をかつての私と同じ目に遭わせたくなかったんだ。

 香月の表情の変化は私もわかっている。

 香月が、まだ多少丁寧語は抜けていないものの、私達に"俺"と呼称を変えて、結城の冗談に笑って対応していること。なにか案があったら、まず結城に相談していたこと。

 それは単純に、結城が社長になるからではないだろう。

 陽菜を巡っての三角関係。恋愛の意味では恋敵であっても、結城と香月の間には、信頼関係が築かれて、そこには友情も芽生えていたのだ。
 
 私もなにも疑いもなく、陽菜も香月もシークレットムーンに居て、私達と共にシークレットムーンを大きくさせて雅さんを安心させようと、力を尽くすものだと、そう思っていたから、だから陽菜のバッグから退職願を見た時は、血の気が引いた。

 私達は、彼らが自分のことを話して、私達に相談してくることを望んでいた。少なくとも陽菜は、私達とそうしてきたから、必ずまずなにかあるものと。そうしたら私だって、色々と助言できた。陽菜にも結城にもなにも言ってなかったけれど、それでも香月が置かれた立場がわかるのは、杏奈と……経験者である私だけだと思っていたから。

 私達は、専務の助言通り、恐らくは言い出しにくいだろうふたりから、辛抱強く聞き出して、どうすべきか皆で話し合う……そういうスタンスでいたのに、ふたりは既に決めてしまっていた。

 あの退職願の存在に、私は無価値だと言われた気がした。

 陽菜の一大事に私はなんの役にもたてないとは。

 結城もそう思っただろう。奴は香月にも裏切られた形になったんだから。

 直接言い出しにくいなら、私じゃなくても結城でもいい。言える相手になんでひと言でも、その気持ちを吐露してくれなかったのか。

 なんのために携帯電話がある。なんのためにメールが、LINEがある。

 杏奈と向島専務との一件で、杏奈を励まして向島専務に怒っていた陽菜と香月が、杏奈を取り戻すためにした言動すべてが、流した涙ですら、茶番に思えるじゃない。退職願を見た杏奈の顔、あんた達見てないよね?

 仲間仲間といいながら、大事なことはなにひとつ相談しないこのふたりを、真実の仲間だと思っていた私達の心はどこに向かえばいい。

 怒りが湧いた。悲しくてたまらなかった。

 だけど、結城はその気持ちを呑み込んで、私達の存在をわからせた。私の怒りすら、結城は抱えてくれた。

 私がどんなに営業の仕事をとっても、こういうところが結城には敵わない。彼が課長の肩書きを持っているのは、雅さんに認められているのは、その仕事ぶりだけではないのだと、結城の凄さを目の当たりにした。

 雅さんの会社を守る社長に相応しいと、本当に思った。

 この頼もしさ、その懐の大きさ。

 この男に、社員の……私の命も預けてもいいと、そう思った。
 
 結城に見たのは、雅さんのような"希望"。

 なんとかなるんだと思わせるだけの力に溢れていた。

 結城が社長になるシークレットムーンは変わる。

 結城が率いるシークレットムーンの社員全員が後押しするんだ、これから伸びるこの会社に、陽菜と香月がいないなんてありえない。

 危機なんて、皆で力を合わせればなんとかなること、思い知ってきたでしょう?

 財閥がなんなのよ。
 本当になんだというのよ。

 陽菜達はひとりじゃないんだよ。

 険しい山ならば、私達が踏みつけてあげるから、私達の身体を踏んで上を目指せばいい。

 私達はいつだって緩衝材になれるのに。

 陽菜、私は同性の友達がいなかった。

 私の世界は雅さんがすべてで、友達なんてどうでもいいと思ってて。むしろそんな友情ごっこをする暇に、いかに雅さんの会社を大きくするか考えた方が楽しいと思ってた。

 家を出た私は、雅さんが用意してくれたマンションに住み、雅さんが勧めてくれた大学に行きがてら(お金は借りて、もう返した)、社会勉強のためにとファミレスを始めとした、接客業のアルバイトをした。

 本当は陽菜と結城が通っていた大学を勧められたけれど、私は、雅さんが唯一褒めてくれた営業力を磨きたかったから、行動心理学科がある大学にした。もし勧められるところに行ってたら、陽菜と結城に会えてたのかな。

 雅さんの会社にようやく入社できた時、同期で入って来たのが、結城とあんただった。

 最初はおどおどして私の顔色を窺ってばかりいたあんただったから、私もあえて声をかけずにつーんとしていたかもしれないけど、それでもあんたが勇気を出して、週末に鍋パーティに誘ってくれたから。泊まらせてくれたから。

 そこにいつしか結城も加わって、色々なところに行って遊んだね。色々なことを話したね。

 私にとっての友達は、陽菜……あんたが最初だったんだよ。

 あんたのおかげで、私は……、雅さん以外にも笑うことが出来た。頑張ろうっていうガッツを貰った。

 ……過去を言わなくても、結構いい友達出来ていると思ったんだけどね。

 私は初めて出来た友達という存在を、軽視しすぎていたのかもしれない。

 もっともっと、枯れないように育てていかないといけないものなんじゃないかと思うようになった。
 
 香月にも、色々助けて貰ってたじゃない。

 陽菜しか見ていない男だけれど、それでも……会社の危機には、涼しい顔をしながらも、私達がなにも言わないのに率先して助けてくれたじゃない。

 私、恩知らずじゃないのになあ。

 結城と香月、代わる代わるのボケとツッコミ、見ていて結構面白かったんだよ。多分、香月は無自覚だろうけど、とても活き活きとしてた。

 私が多大なる友情と恩を持っていることに、どうしてあんた達は気づかなかったのかな。
 
 それが悔しくてたまらない。

 誰一人頼られなかった皆は、きっと同じことを思ってる。

 自分の無力さを。

 だから皆は、各々の持ち分生かして動くだろう。

 はは、陽菜。結果オーライかもよ?

 少なくとも、あんた方があたし達にとってかけがえのない存在だということを再確認する、いいスパイスになった。

 今度は、また捨てられないように、動かなきゃね。

「なあ香月。お前と鹿沼が本家に滞在することになっても、お前達は戻るまで休職扱いで、どこまでも籍を置いておく。忍月にだって、きっちりはっきり言ってやるから。香月も鹿沼もうちのものだって」

「結城さん……」

「香月、鹿沼とここが"帰る場所"だ。だからいつでも帰ってこいよ、お前のすべてを、無条件で俺達は受け入れるから。お前がたとえ、忍月の次期当主になっても、俺は偉そうにお前の友達兼、お兄様だ。お前と鹿沼が生きている限り、俺達の家族だからな。俺達家族は、お前達を守るために走る。家族なんだから、当然だ。だから頑張ろうな」

「はい」

「それと、鹿沼を離す前に俺に言え。俺がまたお前をぶん殴って、踏みとどまらせてやるから」

「はい。ありがとうございます……」

「ぐすっ、俺、結城さんに惚れそうっす!! あんなにお揃いのスマホカバーを嘆いて、くったりしてたのに」

「お前、それ言うなよ、アホ木島!! う、羨ましかっただけだ。いいカバーだから……邪推するなよ香月、なんだよその目!」

「はは」

「笑うなよ、なんで笑うんだよ、香月っ!!」

 ……ようやく私は動ける。
 これはね、いいきっかけだったと思うんだ。

 雅さんも専務も、私がどこの誰かを知っているくせになにも言わないから、本当に背中がむずむずしてたんだ。

 私は初めて、あの家に生まれてきてよかったと思うよ。
 

「皆、聞いてっ!!」


 吾川さんと戻ってきた杏奈が、溌剌とした声を出した。

「向島、訴訟取り下げたって!!」

「本当か!?」

「うん。ネット記事、向島に関する記事があったら杏奈のスマホに流れるようにしてたの。ちょっと待ってね」

 杏奈は私の横にある分厚い、まるで軍事用のようなごついノート型パソコンでなにやらカタカタと音をたてた。

「よし、これ!!」

 私は身体を傾けて画面を眺めた。


『向島開発、訴訟を取り下げ』


 そんなネット記事の見出しが見えた。
 
 結城が駆けてきて、杏奈と私の間の真っ正面から、画面を覗き込んだ。不意に触れそうなところに顔があり、驚いて私は離れる。

 そこに木島の顔(厳密に言えば分厚い唇)があり、私はまた仰け反る。

「やったっすね、真下さん!」

 なんだよ、心臓に悪いよ。

 香月が私のポジションを奪い、画面を覗いた。

「……。ネットが先ですか」

「なんだかさ、こっちに最初に電話くれねぇのって、向島専務の精一杯の抵抗のような気がしね?」

「同感です。まあそれでも、株主総会の前に取り下げてくれたんですね、この記事が正しかったら、ですが」

 その時、「おお牧場はみどり」のメロディーが鳴り、爽やかさとは無縁の木島がそれを取り、声を上げて泣き出した。

「うおおおおお!!」

 ……本当にこいつは、顔芸も出来そうなほど表情が豊かだ。

 どこかの御曹司とは全く逆で。

「今、親父から電話きたっす! 訴訟取り下げたと親父の方に、正式に通知がきたっす! それで和解に応じると!!」

「おめでとう! 私、渉に伝えてくる!」

 目を擦りながら消える吾川さん。

「やったああああ!」

 結城は、無理矢理掴んで上に向けた香月の手のひらに、無理矢理パチンと手を叩き、そして奴は木島の手も叩き、木島が杏奈の手を叩いて、杏奈が私の手を叩いた。

 輪にはなったが木島。なんで隣にいる私の手ではなく、私の方が近い杏奈の手を叩いた?

「あれ、香月ちゃんなにを見てるの?」

「……はい、トレンドタグの一位が"迷い猫"だったんで、覗いてみたら」

「みたら?」

「見覚えあるネコでして」

 香月の眼鏡のレンズが光った。

「幸運の白ネコならいいなと」

 なんだそりゃ。

 陽菜の恋人は、おかしなことを言った。

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