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Protecting Moon 8
***
全員が集められたリビング室。
「ええと……、ネコ探索?」
たった今、朱羽の言い出したことに、あたしは微妙な顔を向けた。
「はい。名付けて"幸運の白いネコを捕まえろ作戦"です」
腕組をしながら、眼鏡のレンズをキラーン!と光らせる朱羽は、至って真面目らしい。
それはそれでサマになっているから、そのことについては特筆することはないけれど、そのポーズが出てくる状況に、あたし達は思わず訝った顔を見合わせた。
朱羽は験を担ぎたいのだろうか。
気持ちはわからないでもないが、なんでネコ探索なんだ?
大体――。
「あのね、今ネコを探すような状況では……」
朱羽はテーブルにあるパソコンの画面をあたしだけに見せた。
それは、写真。
小さな白いふさふさとした毛を持つネコ。
おすまししているようなネコ。
思わず顔が綻ぶ。
「可愛い~。……だけどあれ? どこかで……」
そう、つい最近。
もっと言えば、夜……星空の元。
"みゃ~"
あたしは声を上げた。
「そうです。昨夜あそこで見たネコだと思います」
朱羽は腕組をしたまま、超然とした面持ちで見下ろしてくる。
……朱羽の調子が戻ったのかと、なんだか嬉しくなる。
だけどにやにやもしていられずに、聞き返す。
「それがなに?」
朱羽は眼差しに憂いを含ませた。
「迷い猫だったんです、このネコ」
「迷い猫?」
まあ確かにあんなところにいるのは迷っていたとしか思えない、首輪をつけた飼い猫だったけれど。
「このネコの飼い主は、かつての俺のような、重度の心臓病を患ったご高齢のご夫人だそうで。亡くなった夫の代わりに可愛がっていた愛猫だったらしく、逃げてしまってからは、病気も悪化してしまったとか」
「なんで香月がそんなこと知ってるんだ?」
結城の問いに、朱羽はパソコンを指さした。
「今の時代、情報は簡単に伝達できるもの。そのご夫人の嘆きように、近所の方々が協力して、猫の外見の特徴を張り紙やSNSに乗せたところ、瞬く間に拡散したそうで。パソコンでもトレンドタグ一位になるほど」
「ああ、それで見てたんだ、香月」
衣里が頷いている。
「協力者が増加しているのに、皆、そのご夫人の家の周辺しか探していない。俺達が見たのは、もっと離れていたのに」
「……そんな遠くまでなにをしに行ったっすか?」
木島くん、そこはスルーでいいから!
スルーを決め込んだのは朱羽で、話を続ける。
「さらに! 心ない人達が、似せ猫を連れてご夫人をぬか喜びさせて、謝礼金をぶん捕ろうとしているらしい」
カチン。
なんだそれは。
「うわ、ひっどいね。杏奈、そういうの許せない」
「ですよね。俺も同感です。陽菜はどう思います?」
「あたしも同感よ、すぐ本物を見つけてあげないと!! あのふさふさネコちゃんびくびくしていたから、もしかするとまた上に戻っているかもしれない。下にいたとしても隠れているかもしれないし。他のひとに探索頼んだら、またきっとそのおばあさん、お金とか色々毟り取られるだろうから、あたし達が探すわ」
あたしは、皆にパソコンを見せるように、パソコンをくるりと向きを変えて言った。
「ターゲットはこのふさふさの毛並みをした白いネコ。首輪が赤いの。すっごい可愛いネコで、"みゃ~"って泣くの」
鼻息荒く簡潔に説明したつもりだったけれど、皆の反応は微妙そうだ。
「それだけかよ、名前は?」
結城が腕組をして言った。
「知らない。名前を色々呼んでたら、行き着くんじゃない? おばあさんやおじいさんが名付けたのなら、"タマ"とか"シロ"とかだと思う」
また、なんとも言えない……哀れむような目が向けられる。
「だけど陽菜。相手は移動できる動物なんだよ? もしかするとそこらへん一帯にはいないかもしれないじゃない」
衣里の声を、朱羽が受けた。
「行方不明時は夕方四時。そこから八時間後には、ご夫人の家から、西武多摩川線ひと駅圏内にネコはいて、辺鄙な登り坂のところで蹲っていた。多分、空腹と疲労で動けなかったんじゃないかな。そこを無理矢理下に行かせたけれど、そこから歩けても大した距離を動いていない気がする」
木島くんが、朱羽をフォローする。
「そうっすよ、動けませんよ。明け方にかけて何度か雨降りましたっすし。雷鳴轟いてざあざあ……え、課長は気づきませんでしたか? 朝方は晴れてたっすが、あれだけ凄い降りで?」
朱羽は何度か咳払いをして、詰るようにちらちらとあたしを見た。
え、朱羽が気づかなかったのはあたしのせい!?
マンションが防音設備がいいせいじゃ?
「そんなに雨が降ったのなら、小さなネコだし、びくびくして震えていそうです。俺は、まだあそこ周辺にいると思う」
さすがはネコのスタンプを使うほど、ネコの気持ちがわかる男だ。
「ちょっとあたし見てくる。自己満足でもいいから、探してきたい。もしかすると居るかもしれないのに、見殺しには出来ないよ。電車で行ってみる」
「陽菜、私も行く!」
「俺も」
「杏奈も!」
「俺も行くっす。あ、吾川さん、いいところに来た。ネコ探しに行くんで、社長よろしくっす!」
「はい!? ネコ探し!?」
「渉さん。あのパソコン見ていて下さい。幸福の白いネコなら、きっといいことがあると思いますので。正解か不正解かはまたご連絡します」
「え、おい、朱羽……」
「では、行ってきます」
皆で乗ったエレベーター。
1階で降りた時、木島くんがすぐ横にあるトイレに行きたいと言いだし、結城と衣里、杏奈も追従した。
あたしと朱羽がぽつんと残る。
朱羽がすっと傍に寄った。ふわりと漂う朱羽の匂いの中、彼は言う。
「……ごめん。もう二度と言わないから、許して」
切なそうな視線が、あたしに落ちた。
「結城さんのおかげで、目が覚めた」
「少し腫れたね……」
頬に伸ばした手は握られ、唇を奪われた。
「あなたの幸せのあるところが、俺の幸せだ」
朱羽はふっと笑みを零した。そこには迷いはなく。
たまらなく抱きつきたい衝動に駆られた時、トイレの扉が開く気配がして、慌てて離れたあたし達は、互いに顔を背け合って、濡れた唇を拭う。
「よし、じゃあにゃんこ探しに行こうか!」
「俺、他の社員にも連絡しておいたっす。現地集合で」
「でかした! 木島」
「全員で、絶対見つけるよ~」
……最後列、密やかに視線が合うと、朱羽は顔を傾け、唇をキスの形にして艶めかしく笑う。
いまだ魅惑される、最愛のひと――。
~Wataru Side~
「渉、向島取り下げたって! ネットにも出てるし、木島弁護士から連絡があった!」
カバと話している時、そう沙紀が喜んで飛び込んできた。
俺もカバの後を追って部屋から出ようとした時、俺の電話が鳴った。
"向島宗司 携帯"
ここ何年も、かかってきたことがない電話だった。
沙紀が見守る中、俺は電話を取った。
『そういうことだ』
開口一番、なんだそれは。
「意味がわからん」
『ま、渋々嫌々ながら、仲良くしようや』
なんだこの茶化したような物言いは。
「お前、喧嘩売ってるのか?」
『ああ、腹立たしいからな。お前の弟といい、その仲間といい。とにかくお前が非常にムカつく』
「俺は愚痴を聞いている暇はないぞ。それだけなら」
『……月曜の株主総会、荒れるぞ』
低いその声は、冗談には思えない響きがあった。
「え?」
『あいつを抑えられる切り札を用意しておけ』
"あいつ"
直感的に、副社長のことだと思った。
「どういう意味だ、おい、向島っ」
言うだけ言って、電源まで切りやがった。
「くそっ、なんか知ってるならそれを言えよっ、この陰険野郎めっ!!」
スマホに向かって怒鳴ると、沙紀が心配そうに見ていた。
「なんだって?」
「株主総会に、副社長がなにか仕掛けそうだ」
「やっぱりね。渉や月代社長が心配していた通りか。副社長を抑える策、あるの?」
「月代さんが、名取川文乃を落とせってカバに言ったらしい」
「名取川……文乃? あの影の女ボス!?」
「ああ。しかもどうやら月代さんは、電話番号を知っているらしい」
「は……、なんなのあのひと! どこまでコネあるの!?」
「惜しいな、現役から引退しているのは。どれだけ忍月コーポレーションが支えられてきたのか。あのひとのアドレス帳、きっと名取川文乃級にすげぇの出てきそうだ」
「しかし……なんで陽菜ちゃん? 結城くんの方が……」
「ああ、だけどカバは、朱羽の補佐があったとはいえ、やじまホテルもとってきたからな。あながちミスマッチとも言えねぇのかもしれん。なにより月代さんの采配なら、間違いねぇだろう」
「株主総会について、話し合わないと駄目ね。簡単にいかないのなら、いい案を話し合いましょう。まずは忍月問題の前に、結城くんを社長にさせて地盤を安定させないと」
「ああ、そうだな」
俺は沙紀の肩に手を回して、部屋から出た。
その時だ。
「俺も行くっす。あ、吾川さん、いいところに来た。ネコ探しに行くんで、社長よろしくっす!」
「はい!? ネコ探し!?」
木島がおかしなことを言って、病室から出た。そして朱羽までも。
「渉さん。あのパソコン見ていて下さい。幸福の白いネコなら、きっといいことがあると思いますので。正解か不正解かはまたご連絡します」
「え、おい、朱羽……」
「では、行ってきます」
病室には、俺と沙紀と月代さんしかいない。
なにやら他の連中は、"幸福の白いネコ"を探しに行ったらしい。
「なんだそりゃ……」
そこまで切羽詰まっていたのか?
まあ立て続けに色々あった。朱羽や俺の素性も、驚愕の一因ではあるだろうから、そこには同情の余地がある。
だけど、なんで朱羽はあんなに溌剌として出かけていったんだ?
朱羽、お前どうしちまった?
テーブルに置かれた、三上のノート型パソコンがこちらを向いていた。
画面には白いネコの写真。
「可愛い~、真っ白いスコティッシュフォールドの子供!? お人形みたい」
ネコ好きの沙紀が画面に張り付いた。
「スコティッシュフォールドって、幸福の白いネコとか意味があるのか?」
「知らない、初めて聞いたよ、そんなこと。首輪しているから、飼い猫なのかしら。ああ、このふさふさに顔を埋めたいわ~」
ふと、朱羽が言ったことを思い出す。
――渉さん。あのパソコン見ていて下さい。幸福の白いネコなら、きっといいことがあると思いますので。正解か不正解かはまたご連絡します。
正解? 不正解?
俺はマウスを使って前の頁に戻った。
『迷い猫! 見つけたら100万円!』
そんなTwitter記事が見えた。
「迷い猫?」
そんな時、俺達が用意したチャイムが鳴った。
月代さんがお呼びだ。
「渉、鹿沼を呼んでくれねぇか?」
月代さんはスマホを握りしめていた。
「それがですね、今全員で……迷い猫を探しに行ったようなんです」
俺は頬を掻きながら言う。
「迷い猫?」
「はい。朱羽まで笑顔で、幸福の白いネコだとか。ネットでTwitterの記事なんか見ていたようで」
月代さんはなにかを考えるようにして言った。
「香月が、先頭に立ったのか?」
「まあ全員が探しに行くことに反対がないということは、朱羽がさしずめカバあたりを扇動していたとは思いますがね、そうでないと退職願出すほど思い詰めていたカバと朱羽が、ネコを探しに皆を連れて出かけないと思うんですが。それがなにか?」
月代さんは薄く笑った。
「渉、その飼い主は誰だ?」
「さあ? 懸賞金が付いているから金持ちだとは思いますけど」
「名取川文乃がな、カバと会う条件を出してきたんだよ。だからカバを呼ぼうとしたんだが」
月代さんは、その内容を口にする。
「それが、ネコを探せというんだ。昨日から家出をした……真っ白い、スコティッシュフォールドの子猫を。彼女もSNSを使って懸賞金をかけるほど、切羽詰まっているらしい。話を聞ける状態ではないと言うんだ」
「……は? ま、まさか……」
名取川文乃のネコを探しに行ったのか!?
わかってて!?
それとも、知らずに!?
「名取川さんは気難しい。そして自分のネームバリューをわかっているから、近づく者達を警戒する。その中で、鹿沼達がどう彼女の心をほぐすか、見てみようじゃないか」
月代さんは、弱いながらも声をたてて笑った。
「天は、俺達をまだ見捨ててはいないようだ、渉」
すべては繋がっている――。
そうカバに話したばかりで、迷い込んできた"幸福の白いネコ"。
……さあ、捕まえてこい!!
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