いじっぱりなシークレットムーン

奏多

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  Protecting Moon 9

 

 ***


 探索グループは、あたしと朱羽、結城と衣里、木島くんと杏奈の三組の他、木島くんの連絡で駆けつけてくれた、他社員合わせて20名あまりがペアになった。

 朱羽と昨夜居た、高台付近を中心として大捜索。

 昨夜車で上ったところを歩いてみるとなかなかの傾斜があり、長く続く……ちょっとした山道だ。これならネコも下るのが大変そうだ。

 雲ひとつなき晴天が広がり、乾いた地面からも豪雨が降ったようには思えないが、脇にある大木の影はまだ濡れていた。

 ネコはどこにいるのだろう。

 雨を凌ぐために頂きに戻ったのか、それとも別のところにいるのか。

 無事ならばいいが、事故にあったとか衰弱していなければいいけれど。

 飼い猫であるのは間違いないから、結城が保健所や市役所に連絡してくれたが、それらしきネコは見かけていないらしい。衣里が営業らと付近の動物病院をスマホで調べ上げて電話したが、特に運ばれてはいないようだ。

 山道を手分けして探すことになった。

 あたしは、ここに来る時近くにあった靴屋で買った、特売の安いスニーカーに履き替えている。
 さすがに朱羽から貰った靴では、汚泥を気にしてしまうため、なにも出来ないからだ。

 激安税込み650円。あたしの靴のサイズに合うのはハートのワッペンがついているのしかなくて、皆に笑われたけれど、もしかすると1回きりになるかもしれないし、それにした。

 そして今、木陰を探索しているあたしの靴は、見事にぬかるみにはまったりと、真っ黒になってしまっている。

 追加組は皆スニーカーで来たからよかったものの、朱羽と結城、木島くんは革靴を、杏奈はブーツを汚してしまっている。

「タマ、シロ、ニャンコ……いないね~」

 杏奈が色々な呼び方で木陰を探すがいないようだ。
 
 あたしと朱羽は頂き……車を停めていた付近を探した。
 昨晩ここに置いたフェラーリで、あたしと朱羽は……。

 回顧して真っ赤になるあたしの前に、スーツ姿で草を掻き分け朱羽は茂みに埋もれて見えなくなる。

 あたしも追いかけて探すが、見つからない。

 一番奥まで行くと、崖のようになっていて、下に落ちる危険性があるらしい。おそるおそる下を覗いてみると、大きな道路になっていて交通量が激しい。

 落ちてしまったら、完全アウトだ。

 どうか落ちていませんように……。

 気づけば夕方四時、空も暗くなってくる。

「夜になった方が見つけやすいのかな……。目が光るから」

「……ねぇ陽菜。昨夜俺達を覗きに来ていたなら、ここでするのもいいかもよ?」

 朱羽が流し目を寄越して、唇をつり上げる。

「あなたの啼き声に反応して、鳴くかも」

「なっ!」

「オスが、可愛いあなたの声にやられて近づいてくるのも癪だな。ネコでも人間でも」

 朱羽はなにやら不機嫌そうな顔つきになる。

「そんなことないから! もうなに恥ずかしいことを……」

「陽ー菜」

 朱羽が後ろから抱きついてくる。

「ちょ……」

 朱羽の手があたしの長い髪をひとつの方向にまとめ、露わになった首筋に朱羽の唇が落ち、耳を愛撫される。

「ん……」

 何度も何度も睦み合ったというのに、触れられる度に初めてのように反応してしまう。

「可愛い……、もっと乱れて?」

 朱羽の手が太股をさすりながら、スカートを持ち上げた。

「……朱羽、駄目っ」

 パンストの上から、足の付け根を……。

「ひゃああ……」

「……光った。やっぱり覗きネコだ」

「え?」

「あっち、光った!!」

 夕陽が雲間に隠れて少し暗くなった瞬間、あたしは朱羽に放られた。朱羽が指をさして駆けた方向に、確かになにかが光っている。


「みゃ~」


「「いたっ!!」」 

 元の場所に戻って来ていたのか。

 しかし朱羽、いやらしいことをして、あたしを啼かせて……炙り出そうとするなんて。やだなあ、えっちの時のあたしの声って、子猫みたいな声なの?

「陽菜、そっちに行った!!」

「え……へっ!?」

 ぼんやりとしている間に、子猫がこちらに来たようだ。

 だけど草が長くて、どこにいるのかがよく見えない。草が揺れているのとがさがさとした音だけを聞いて、ここだと草むらに手を突っ込むが、掴んだのは泥。

「朱羽っ、そっち行った!!」

「陽菜、今度はそっちだ!!」

 朱羽とあたしは、姿が見えない子猫に翻弄される。

 もしかして子猫にとってみれば、遊んでいるつもりだとか?

「よし、捕まえたぞ!!」

 朱羽が持ち上げたのは、汚泥で真っ黒い毛を濡らして貧弱な輪郭を見せる、"なにこの奇妙な生き物"状態のもの。

 泥で汚れた黒い首輪だけが、飼い猫の証。

「本当にこのネコ? 随分と……きゃああああ!!」

 あたしが覗き込んだ途端、ネコはフーッと威嚇するようにして、あたしに向けてぶるぶるしたのだ。

 べちょっ、べちょっ。

 あたしの顔に、ネコの汚泥の飛沫。

「……っ」

 朱羽にはかけずに、器用にあたしだけかけるってそれはどういう了見?

 そうコメカミに青筋を浮き立たせながらも、まあ子猫のしたことにいい大人が本気で怒るのもどうかと思って、笑顔でその奇妙な黒い顔を覗き込むと。

 ぺちん。

 真っ黒く汚れた肉球が、あたしの頬を叩く。ネコパンチだ。

「みゃ~」

 ぷきゅっ、ぷきゅっ。

 さらには顔の至る処を肉球で押され、爪で引っかかれた。

「痛っ!」

「みゃ~」

 勝ち誇ったような子猫の声。

 随分、元気じゃないか。ひとの秘め事覗いて、探してきてあげたのに、そんな態度大きくていいの!?

「みゃ~」

 ぶるぶるっ。

「………」

「陽菜……」

 凄く、性格悪いネコだ。

 ……ネコにいたぶられたあたしは今、どんな顔をしているのだろう。
 そう思って朱羽を見上げれば、朱羽はなんとも気の毒そうな顔であたしを見ている。
 
「……なんで、あたしだけなのかね、このネコちゃんは」

 ギンと睨むと、子猫は恐怖を感じたのか暴れて朱羽の手から逃れた。

 宙からそのまま綺麗に着地すると、走って坂道を下る。

「結城さん、そいつです!! 捕まえて!!」

「え? なんか黒いものが……こいつがあのネコ!?」

「え、結城さん、いたっすか……うわあああ、ひとにぶるぶるなんて、ひどいっ……真下さん、そっちです!!」

「なにこれ!? ネコちゃん、ネコ早っ……杏奈、そっち!!」

「了解!! うわっ早っ、違うのよ遊んでいるんじゃなくて……逃げちゃった!! 皆、捕まえて、それよそれだからっ!!」

 シークレットムーン総出の、汚いモップのような子猫の捕獲。

 上だ下だと叫びながら、追い詰めるが中々に捕まらない。

 ネコは喜びながら木陰の泥を身に纏い、弾むようにして走る。

「「待て~っ!!」」

「みゃ~」
 
 完全に、子猫に遊ばれている人間の図だ。

 そして……あたしはわかった。
 このネコ、あたしと木島くんだけぶるぶるをする。

 イケメンと美女にはみゃーみゃー可愛く鳴くくせに、あたしと木島くんが近くに行くと、ふぎーっと威嚇してぶるぶる。

 なんだよ、ねぇそれひどいじゃないか!!
 あたし、木島くんと同列!?

「いやいや、主任もひどいっす!!」

「そう?」

 全員泥まみれになりながら、時折道路に出ようとして皆身体を張って止めながら、なんとか結城が捕まえたのは午後六時。

 あたりが真っ暗になった中で、ネコの目だけが光る。

 そして木島くんが飼い主に電話してくれて、飼い主を待つこと数十分。
 キキーッとブレーキがかかる車の音がして、ドアが開いてひとが出てきた。

 藤色の着物を着たおばあさんと、運転してきたらしい若い男と、まとめ髪をして黒いワンピースを着た女性だ。おばあさんが飼い主で、あとは家族のひとか近所のひとだろう。
 
「はい、捕まえました」

 満面の笑みで、結城が両手で挟み込むようにして渡すと、まとめ髪の女性が呟いた。

「きったない。これどこがヴァイスなのよ」

 ヴァイスというのがこのネコの名前か。

「お風呂入れてあげてください。そうしたら元の白いネコに戻ると思います」

 あたしは極力おばあさんの方だけを見ていった。

「よかったですね、おばあさん。お体のお加減はいかがですか? これでご病気がよくなっていけばいいですね」

 そうおばあさんの顔を覗き込むと。

「はぁ? 私はただの使用人です、お嬢さん」

「へ?」

「ありがとうございました。よかったですね、奥様。ヴァイスが見つかって」

「奥様!?」

 あたし達は、不遜の態度をとる女性を見た。

「こんな汚いネコいらないわ。私は、美しいものがいい。捨てておしまい」

「「ちょっと待ったあ!」」

 あたし達は一同声を揃えた。

「生きてるネコなんですよ!? お風呂に入れば綺麗になる……」

「綺麗なネコをまた買えばいいだけの話」

「違います!!」

 あたしが反論すると女性は、剣呑な光を細めた目に宿した。

「少なくとも名前をつけて可愛がっていたネコなら、また可愛がって下さい。あたし達必死に探しました」

 おばあさんが死ぬかと思って。

 後で朱羽に問い質すのは必須として、誰が飼っていようとも、これは玩具ではないのだ。

「ちゃんと元気「ああ、お金ならあげるわ」」

 彼女はポケットから取り出した札束を、地面に叩きつけるようにした。

 一万円札に帯がついている。
 これは百万?
 
「帰るわよ、懸賞金は取り下げて」

 踵を返すようにして背中を向けた女性と、気の毒そうな顔をしてぺこりと頭を下げて車に向かう、運転手と老婆。

 あたしは――、

「待って下さい!! なんなんですか、このお金!!」

 腹の底から憤った。

 女性は頭だけこちらを振り返る。

「懸賞金よ。だからそんな姿になるまで、ネコを探していたんでしょう? もしかするとあなたも他の奴らみたいに、偽者を本物のように仕立てたかもしれないけど、そこら辺はあなた達のその姿を哀れんで、お金はやるわよ」

「いりませんよ、お金目当ての連中と一緒にしないで下さい!!」

 あたしが叫び、お金を拾った結城も突き返して言った。

「俺達は、心臓病の老婆を助けたい一心で探しました。偽物を掴まされている飼い主が可哀想で。お金目当てではありません」

「あらそ。行くわよ」

 彼女は差し出された札束を、不愉快そうに毟り取った。

「……家族じゃないんですか!?」

 あたしは声を張り上げた。

「家族だから探していたんじゃないんですか!?」

 いまだあたしを見るとぶるぶるする憎たらしいネコだけれど、それもこの飼い主の根性悪に似たのだと妙に納得できる部分もあるけれど。

「家族に、会いたくても会えないひとだっているんです!! あなたにとっての家族だったこの子を、悲しませる気ですか!!」

 杏奈が横に立って頭を下げた。

「親の都合で捨てないで下さい。お願いします」

 衣里も頭を下げた。

「この子は、親の道具ではないんです」

 切なく思えるほどの真摯な声音に、女性はため息をついた。

「そのネコを、あなた達は知っていたの?」

 朱羽が言った。

「昨日、ここ付近で見かけて危ないからと移動させました。それでネットで迷い猫の記事が出ていたのを見て、いてもたってもいられず、社員全員で駆けつけました」

 なんだか少し誇張されているような気もするが……。

「飼い主の笑顔を見たいために、社員は皆、身体を張ったんです」

 朱羽の悲痛にも聞こえるその声に、女性は笑う。

「たかがネコよ?」

「されどネコです」

 あたしは言った。
 
「ネコのこの姿がお気に召さないのなら、綺麗にしてからお伺いします。きちんと綺麗にしますから、どうか代わりのものを用意しないで、唯一無二のこのネコに愛情を注いで下さい」

「私に指図する気?」

「……どう思われても構いません。ですが、せっかく助かったこの命を、飼い主であったあなたが奪わないで下さい。あたし達が全力で守った命を、どうか大切にして下さい。あたし達の自己満足で終わらせないで下さい。飼い主さんがいて、初めてこの子は生きれるんです」

 あたしは大きくお辞儀をする。

「「お願いします!!」」

 全員、あたしの後ろで頭を下げた。

 そして続く沈黙を破ったのは、女性の方だった。

「あなた達の会社の名前は?」

「か、会社? シークレットムーンです」

「………。あなたの名前は?」

 あたしの名前を尋ねられる。

「鹿沼、陽菜です……」

 すると女性は嘲るように笑った。

「帰るわよ」

「ちょ……」

「車を汚したくないから、あなた達がヴァイスを私の家まで運んできてちょうだい。お風呂と夕食ぐらいは、用意します」

「へ……」

 後部座席に乗り込んだ女性は、窓をあけて言う。

 それは優雅に、上品そうな物腰で。

「まだ名乗っていなかったわね。私の名前は名取川文乃。……初めて見る他人のネコのために熱くなれるような社員さん達だとは、月代さんもいい部下を持ったわね。……あなた達に興味を持ったわ」

 そして住所を言うと、車が発進した。

「名取川、文乃……?」

 あたしはしばし呆然としていた。

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