吼える月Ⅰ~玄武の章~

奏多

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第1章 追憶

 五年前の武闘大会 1.

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 ■□━━━・・・・‥‥……

 倭陵大陸は、中枢の皇城に座す皇主を守る四国で護られている、ひとつの大きな国である。
 四国――ひとつは、山で囲まれた北国、神獣玄武を祀る黒陵国。
 ふたつ目は、海に囲まれた東国、神獣青龍を祀る蒼陵国。
 三つ目は、岩に囲まれた南国、神獣朱雀を祀る緋陵国。
 最後は、森に囲まれた西国、神獣白虎を祀る白陵国。
 それら四国の民の統率に、各国に皇主が遣わせたのは、それぞれの神獣を祀る神官である、祠官と呼ばれる者達であり、そして彼らを補佐するのが、その神獣の力を引き出すことが出来るといわれる武神将であり、武神将のみ神獣名を姓に名乗ることが出来る。
 祠官は国主でありながらも、あくまで皇主に絶対的忠誠を誓った臣下であり、皇主代理の立場での統治を原則としている。同時に武神将もそれぞれの祠官を裏切ることは出来ない。
 裏切れば、祠官が祀る神獣に己の身体を裂かれると言われている。   

  ~倭陵国史~

 ■□━━━・・・・‥‥……
 


 遡ること五年前――。

 その日の黒陵国では、一年に一度、四国持ち回りで開催される武闘会が決行され、四国の観客だけではなく、各祠官や武神将、皇主一家も訪れ、大いに盛り上がっていた。
 武神将を含めた倭陵国の強者どもが腕を競い合うこの催し物は、十五歳以下の少年の部と、それ以上の成人の部に分けられる。
 各部において、参加年齢及び性別制限はなく、純粋に倭陵一の強者を決める催しにおいて、成人の部で優勝するのはいつも玄武の武神将のハン=シェンウであった。

 そして今、少年の部での優勝者と開催国の祠官の姫が、祝賀の剣舞を披露し、観客達を魅惑させていた。
 優勝したのは黒髪の少年。ハンの長男サク=シェンウ、今年十四歳。
 鍛えられたがっしりとした体躯を持ち、真摯な面差しには父親譲りの野生の鋭さを秘めている。戦闘技術の勘とすばしっこさは成人の男よりも遙かに勝っていた。
 そのサクが、十一歳になる黒陵国の姫……可憐に成長したユウナとともに、煌びやかな神事の衣装にて舞っていた。
 黒陵が誇る、未来の武神将と美姫と名高いふたりの舞いは、実に息が合って、誰もが感嘆のため息を漏らして魅入るほどに美しい。
 そんなふたりが舞う神楽殿を一瞥すると、すぐにくるりと背にしたハンは、潤む目を伏せ、口を手で覆って木の陰に隠れた。微かに大きな肩が揺れている。

「ハン殿」

 落ち葉を踏みしめて声をかけたのは、成人の部にてハンとの決勝戦に負けた、青龍の武神将……ジウ=チンロン。
 強面で実に厳めしい顔つきをした大男は、浅黄色の服地に藍色の糸で青龍織と呼ばれる伝統的な模様を施した正装をしている。

「四年ぶりの貴公のご子息の優勝は見事であった。我が倅など、三回戦敗退という不甲斐なさ。連続瞬殺は、さすがはハン殿のご子息と感服致したぞ! さあ、ハン殿。どこまでも威厳に満ちた堂々たるあの見事な勝利の舞を、最後まで見届けようではないか。さあ、これで涙を拭いて……」

 言葉を切ったのは、ハンが腹を抱えて大笑いをしていたからである。

「……威厳? 堂々?」

 ハンは笑い上戸である。どんな相手でも物怖じせず我が道を行くハンは、笑い上戸を隠そうとせず、よって武神将の誰もが彼が笑い崩れる現場を何度も目撃している。
 だがそれはハンの弱みにはならず、一度そこに賊が襲いかかったことがあるが、ハンは笑いながら素手の片手一本で、たたきのめした逸話がある。
 〝父親が子供の勇姿に感動した〟説は、完全にジウの勘違いであり、彼の目の前のハンは、ひぃひぃと笑いながら涙を零し、腹を抱えてふるふると震えている。

「ハ、ハン殿、いかがなされた?」
「ジウ殿。馬鹿息子の顔をよぉく見てやってくれよ、俺に似た女泣かせの色男の顔を。余裕めいたフリして剣舞を披露してはいるが、その実……完全に鼻の下伸ばして、無様な緩みまくった顔を隠そうと、あの強張ったおかしな顔。くっくっくっ」
「は?」
「あいつがなんで四年ぶりに優勝したか、あんたに特別に教えてやろう」

 そしてハンは再び、ひっひっと引き攣るような笑いを見せた。

「四年ごと、黒陵で武闘会がやるからだ。な、馬鹿だろう?」
「な、なにが馬鹿なのか……」
「わからねぇ? 優勝者が踊るのは開催国の姫と決まっているだろ? だからあいつは、姫さんと踊りたいがために武闘会で優勝し、そして念願叶って、着飾った綺麗な姫さんを一番近くで拝んで惚けてやがんだ。一見すました顔してるがな、手と足があってねぇんだよ。くくく」
「……ならば、黒陵国以外での開催地において初戦敗退していたのは」
「やる気がねぇだけの、ただの棄権」
「なんと……! しかしそれをハン殿は知って……?」
「あいつは成人の部でも通用する。子羊の戦いに子狼を投じて、わざわざ他の奴の戦意喪失させても悪ぃだろ? まあその分、俺がみっちりと扱いてやったがな」
「子羊の闘いに、敗退した我が倅……」

 外見上は猛者風でも繊細な心を持つジウは、不出来な息子を嘆いてがっくりと肩を落としてしまった。

「まあまあ、将来化けるかもしんねぇし。あんたの血を引くんだからな。よぉし、じゃあそろそろ馬鹿息子の腑抜けた面を拝みにいこうかな。きっと今頃いじけてめそめそしてるはずだから」
「いじけ……?」
「ああ。愛しの姫さんは、姫さんが大好きな未来の〝参謀〟に優勝者を自慢しに、馬鹿息子引き摺って走り回るだろうからな。じゃ俺、もう行くわ。口が悪い馬鹿息子が、報われねぇ腹いせに、きっとまた俺を呼ぶだろうから。早く親離れしてくれねぇと親は大変だよな、お互い」

 ハンはひらひらと手を振り、ジウから去る。

「あの華奢なユウナ姫が、ハン殿のご子息を引き摺り走り回る? またまた冗談を」

 笑うジウは、花よ蝶よと謳われる可憐な姫が、ハン指導のもと、ハン率いる警備兵を打ち負かしている事実を知らない。




 静謐な空気が漂う、玄武殿と呼ばれる屋敷の別棟にある書庫。
 本しかないこの黴臭い部屋が、ユウナは大の苦手だ。
 それでもここ最近は通い詰めて、やっと慣れた空間になった。

「あのね、リュカ……」

 笑顔で語りかけるユウナに柔らかな微笑みを見せるのは、中性的な顔容の、すらりとした体躯の白皙の少年。
 黒みがかった赤銅色の髪を、質素な生成りの服の胸元で緩く三つ編みにしている。
 サクと同い年の落ち着いた物腰のこの少年は、サクとは実に対照的な美貌を持っていた。

「本当にサクは凄いな。さすがは成人の部常勝のハン様の長男。サクの勇姿、ユウナから聞いてるだけで興奮するよ」
「でしょう? 優勝した時、あたし大歓声あげたいの必死に我慢してたんだから!」

 自分のことが話題とはいえ、仲睦まじいふたりを見て、その間の位置に胡座をかいて床に座るサクは、ふてくされている。
 今日の主役は自分であり、それをユウナは自慢しにきたはずなのに、ふたりだけの世界のものとなり、サクは完全に疎外されている。
 次第にサクの唇がへの字型になり、貧乏揺すりで足がカタカタと震える。
 両耳からぶらさがる白い牙の耳飾りも、苛立ちの震動で揺れた。

「姫様、俺帰る!」

 耐えきれずサクは立ち上がった。
 面白くない。
 全く面白くない。
 少し前まではユウナとふたりだけの空間にいて、共に同じ空気を吸い、呼吸をしていて、ひとつになる悦びに心躍らせていたというのに、彼女はリュカに合うと、サクを忘れたように完全放置する。
 どんなに怒りめいた顔をしていても、どんなに苦しげな顔をしていても、どんなに切なげな顔をしていても、リュカと一緒のユウナは、まったくサクの様子に気づかない。
 リュカがいない時は、母親のように小うるさく、何でも目聡く自分の変化を見つけてくれるのに、リュカの前では、サクの知らない女の顔になる。嬉しくてたまらないという、艶めいた顔になるのだ。
 ……その顔を、自分だけに向けて貰いたいのに。

 「サク」

 消沈して背中を向けたサクに、リュカが柔らかな声をかけた。
 その穏やかな声音が、優位性を見せつけているようで彼を苛立たせる。

「なんだよっ!」

 振り向いた瞬間、ユウナが密やかに前もって用意していた籐の籠の中から、山にある花びらを手で掬って、彼に振りかけた。

「優勝おめでとう~。サクはあたしの自慢だよ?」

 ユウナが嬉しそうにふわりと笑う。
 完全不意打ち。
 頭に花びらを乗せながら、サクは呆けたように突っ立った。

「サク、優勝おめでとう。見られなかったけれど、僕は君が優勝すると信じていた。だから……贈り物。おめでとうと友情の印に」

 リュカが差し出したのは腕輪だった。

「玄武模様が彫られた、黒水晶の腕輪。未来の武神将に」

 それをつけたサクは、大人びて見えた。

「リュカ……」

 サクの漆黒の瞳に、感動の薄い膜が出来る。

「あたしは首輪。同じ黒水晶が揺れるの。似合うわよ」

 さらに首筋に手を回してつけて貰う、愛しい姫からの贈り物。

「姫様……」

 嬉しくて感激して、胸がドキドキした。

「どうせなら三人ともお揃いの黒水晶を持とうという話になって。あたしとリュカは」

 ふたりは右手を見せた。

「………」

 ふたりはお揃いの指輪だった。
 サクは一気にいじけて、体を丸める。

「なんでお揃いなんだよ。しかもなんで指輪なんだよ」
「ん~。あたしがリュカに買ったのが、リュカがあたしに買ったのと同じだったの。偶然かぶっちゃって」
「偶然って凄いよね」
「ね~」
「偶然なんてあるはずないだろ!! しかも姫様の護衛役の俺に内緒で、ふたりでこっそり買い物行くなんて! いつだよ、いつふたりでこっそり!」

 サクの目は、完全に潤んでいる。

「サクの贈り物買いに、サクを連れてどうするの。ほら、数日前にサクがハンに怒られて、素振り千回と警護兵全員との組手やらされた時。ハンにリュカと連れて行って貰ったの。サクのはあたしが選んだんだけど、リュカのは、ハンが指輪がいいんじゃないかって言ったから」
「僕はハン様にユウナにはこの指輪が似合うと薦められたから。大きさは違えど同じ意匠のものとは、びっくりしたけど」
「あたしも。だけど、なんでハンは同じ指輪だと教えてくれなかったんだろう。買った時、凄く笑い転げていたけれど」
「ユウナの時も? 僕の時も笑い転げてたよ、ひいひい言いながら」

 俯いたサクの握られた拳に力が込められ、ふるふると震えた。

「……そうか、黒幕は親父か。またあの暇人、息子からかって遊んでるのか」

 そして吼えた。

「あんのクソ親父! いつか、シメてやる!」
「お~、出来るならやってみろ、クソ息子。早く俺を打ち負かして、悠々自適の隠遁生活させてくれ」
 笑いながら書庫に入ってきたのはハンだった。

 
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