吼える月Ⅰ~玄武の章~

奏多

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第2章 終わらぬ宴

 変幻 5.

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 本来であれば直ぐにでも、ユウナを愛する男として、一滴も残らず欲の残滓を掻き出したかったけれど、そんなことをしている余裕はなかった。
 サクの指先がユウナの花芯に触れると、明らかに湯ではない、ぬめったものを感じた。それが金色の精なのか、自分に反応してくれた愛液なのかはサクにはわからない。
 恐怖に引き攣った、蒼白なユウナの顔。見るのも耐えがたいほどの後遺症を植え付けたのは、まぎれもなく光輝く蹂躙者なのだ。

「姫様、大丈夫。大丈夫ですから……俺を見ていて下さい」

 サクは怨恨を忌まわしい色にぶつけて暴れたいのを必死に堪え、ユウナに優しげに微笑みながら、花弁を割り花芯を指で擦った。

「――っ!!」

 快感など感じる余裕はないのだろう。
 明らかに恐怖が勝るその表情は痛々しい。
 やめようかとも思った。
 だがこの先、もしもユウナが身籠もってしまったら……。
 ユウナを残す身としては、最悪の場合を想定すると心が引きちぎられそうになる。サクが唇をか噛みしめ、その先を躊躇した時だった。

「サク……いいよ」

 ユウナは、煩悶するサクを信じ切って、身を任せようとしていた。

「……サクだから……信じる。怖いけど、サクだから……」
「ありがとうございます。……姫様、姫様が痛がることはしません。だから安心して、俺を見ていてください」
「……うん」

 視線が絡み合う。
 緊張に唇を戦慄かせるユウナに、大丈夫だと訴える微笑みを向けながら、サクは、その指を膣の入り口に宛てた。

「やっ!!」

 拒絶。

「ち、違うの!!」

 そして受容。理性と本能がせめぎ合っているのだろう。ユウナはサクの手を挟んだまま両足を閉じ、サクの首に手を回して抱きついてくる。
 彼女自身、心で体を制御出来ずにいるようだった。それだけ、ユウナに残された傷跡は大きいのだ。

「姫様、これは洗浄の一環です。俺はあいつらと違います。信じて下さい」

 サクはユウナの頭に唇を落とした。

「俺はあんな浅ましく、男の欲を姫様に向けませんから。姫様を傷つけたりはしません。だから……もう少しだけ、我慢してくれませんか?」

 真摯なサクの目をじっと見つめていたユウナは、返事の代わりに、勇気を出して足を僅かに拡げた。

「ありがとうございます、姫様」

 強張るユウナの体をぎゅっと抱きしめ、笑った。
 サクとて、余裕ぶって笑える状況ではないのだ。なにが嬉しくて、愛おしい女の胎内から、他の男の精を掻き出さねばならないのか。
 だがユウナのためになら、道化のように笑おうと思う。泣きたくても怒りたくても、ユウナを安心させるためならば、どんなことでも堪え忍ぶ。
 無力な護衛のために身体を捧げた、愛する姫のためになら。

「姫様、指を入れます」

 そして――。

「……っ」

 ユウナの眉間に皺が寄り、長い睫毛がふるふると震えた。
 初めて入るユウナの中。その熱さと狭さに、サクの息が乱れた。

「大丈夫ですか、姫様。痛いですか……?」
「……大丈夫」

 サクの指を押し出そうと拒むものの、辛抱強くそこに居座れば、次第にサクの指を受容するかのように花開く。

「……少し動かします」

 この熱いぬめりはならず者の精液ではないことを祈りながら、これは女として反応してくれた証なのだと思い、膣壁を擦るようにしてゆっくりと指を動かせば、まだ苦しげな顔を見せるユウナが、体を捻るようにしてサクの首筋にしがみついてくる。

 掠める頬と頬。
 甘いユウナの匂いにくらくらする。
 服越しに伝わる、ユウナの豊かな胸の感触。
 指が感じるのは、とろりとしたユウナの蜜と、絡みつくように蠢く花襞。
 それはサクを愛撫するように蠕動して、引き抜こうとするのを阻止するかのようにきつく収縮してくる。
 湯の熱さとともに、サクはユウナの女にのぼせそうだった。
 なにせサクは初心者であり、想い人の身体に触れて緊張しているのだ。そこから来る自分の不手際でユウナを不安にさせまいと、自分の感情よりもユウナの心配を優先する。

「大丈夫ですか? 湯の中だから少しは摩擦もマシだとは思いますが、痛くないですか? 滲みたりは?」
「ん……。痛くもないし……滲みない」
「それはよかった。では……」

 窮屈な中で引っ掻くように指を少しくいと曲げて掻き出してみれば、ユウナの表情に、苦痛以外の困惑めいた悩ましげなものを見つけて、少しサクの緊張が解れてくる。

「ああ、大分俺の指に慣れてきましたね」

 溢れる蜜の量が増し、指の滑りがよくなってきたのを感じたサクが、ゆるゆると指全体を大きく動かせば、ユウナが喘ぐ素振りを見せた。
 それをサクは愛おしげに、嬉しそうに見つめる。

「……姫様。今の気分はどうですか?」

 自然と声を甘やかにさせたサクは、熱い吐息を零すユウナの顔を覗き込む。
 その顔は扇情的に蕩けた女のもので、サクの欲情に火を付けた。

「……サクが動くと……お腹の奥がきゅうとなって、……気持ちいいの」

 こんなに素直なのは、よほどその感覚に酔い痴れているからなのだろう。
 サクはふっと笑い、白銀色の髪をユウナの耳にかけると、露わになったユウナの耳もとに囁いた。

「それはよかった。俺も気持ちいいですよ、姫様のナカ」

 うっとりとその鼓膜に言葉を押し込めば、ユウナがぶるりと震えた。

「舐めたら……どんな甘い味がするんでしょう?」
「サク……っ」

 ユウナの興奮の余波は、サクの指に直接的に響いてくる。

「ふふふ。姫様、今……想像したんですか? 姫様が望むなら、ここ……洗浄しますよ? 綺麗に俺の舌で、男達の痕跡を全て拭い取ります」
「……っ、サク……変なこと言わないで!」
「変なこと? ……洗浄って変なことですか? 俺の舌はお嫌いですか? 姫様、あんなに胸だけで気持ちよさげな声を上げてたのに?」

 疑問系ばかりを連ねたサクが、わざと舌で唇を舐めて見せると、ユウナは赤い顔をしてぶるぶる震え……、同時に興奮のぬめりが多くなった。
 サクの指の抽送が、さらにしやすくなる。

「姫様。俺の指、すっげぇ歓迎されているようです。ここまで期待されるのなら、もっと真剣に姫様を洗浄しないといけませんね、俺」

 湯の中で動くサクの指は、ユウナの膣から腹立たしい男の残滓を掻き出しながら、ユウナの隅々まで味わうような卑猥な動きを見せていった。

「ああ、サク……っ、それ違う、洗って……ないっ、なにか違う!!」
「洗い方も色々あるんですよ、姫様。擦る、引っ掻くだけでも、こうやって直線状に……。或いはこうやって捻るように回転したり、部分的にまたは全体に……」
「はぁぁっ、サ、ク……っ、全部やらなくて……いいからっ、あああ、もう、普通でいいからっ、ねぇ、なんか変になりそうだから……っ、早く洗い終って……だからそれ、いやぁぁっ!」

 痛みを薄めさせる快感を感じ始めたユウナは、サクの指の動きの変化に都度反応し、びくんびくんと体を跳ねさせた。

「え、嫌ですか? だったらやめないと」

 快感の最中に突如なくなった刺激に、ユウナはボカボカとサクの背中を叩いた。

「サク……ぅっ、意地悪……しないで……っ」
「意地悪? だったら姫様は指が動いて欲しいんですか?」
「……そんなこと、口で言わな……ぁぁあっ」

 予告なしにサクの指が抜き差しされる。ユウナがはぁはぁと息を乱しながら、なにかを訴えるような切ない顔をサクに向ければ、サクはたまらないといった顔つきになる。

 想い合う恋人同士の睦み合いとはかけ離れた、まるで子供のような些細な意地悪。
 ……そうでもしてまぎらわせていなければ、洗浄という名目で触れているサクの理性が、ユウナの艶めかしさに壊れてしまいそうだった。

「どの〝洗浄〟も……気持ちよさそうですね、姫様。姫様は本当に俺の洗浄がお好きなようだ。俺……これから姫様専用の洗浄役に転職した方がいいですか? それとも兼任を許して貰えます?」

 上擦った声を出しながら、サクは錯覚しそうになっていた。
 指ではなく、自分自身を挿れているようだ――と。
 喘ぐユウナに同調するように息を合わせ、密やかに同様な悦楽の息を漏らしながら、あえて軽口を叩いて、自身の欲の昂ぶりを鎮めていた。
 今まで、色街で萎えて使いモノにならなかった自分自身が嘘のように、熱く反応している。ユウナの中に入りたいと、大きく存在を主張していた。……痛いほどに。

「……ぁ……んんっ、んっ……ぁぁああっ」
「……ひめ……さ、ま……」

 互いの乱れた吐息が、至近距離で顔にかかる。
 同時にサクの指の動きも深く大きなものとなり、一本から二本に増えて激しさを増したことを、ユウナは知らず。そこまでする予定もなかったサクを煽ったのは、彼女の扇情的な表情だということも知らない。
 ユウナが乱れれば乱れる程、それを見つめるサクの面差しが切なげなものとなり、口を開く余裕を失っていった。

「……サク、ああ……サク、あたし……」
「……。いいですよ、姫様……俺で達して下さい」
「達する……?」
「そう。憂い事のない、幸せな世界へです」
「ん……んぅぅぅっ、はっ、はぁっ、そ、そこに……サクは……サクはいるの?」

 サクは悲しげに微笑んだ。

「俺は……こちら側にいます。イクのは……姫様だけです」
「や、それは嫌。サクが……サクも一緒じゃないと……ああっ、サク、サク……っ」

 絡み合う熱を帯びたふたりの双眸が、互いの熱を吸収し合いたいかのように蕩けて潤んでいけば、互いの半開きになった唇が自然と近づきあう。

「俺は、見送る係です」

 だが触れあうことを拒否したのはサク。

「サク……ねぇ……んっ……」

 与えられる刺激により、頭が朦朧としているユウナは、サクと唇を重ねたいというように、唇を突き出してねだった。

「それは駄目です」
「は、あっ、ああああっ、サク、ねぇ……サクっ!!」
「唇を重ねれば……俺が我慢出来なくなります。ただの護衛だということを忘れてしまう」

 果ての近いユウナを押し上げながら、サクはただユウナの頬に自分の頬を擦るだけに留めて、泣きそうな声で言った。

「姫様にとっては洗浄でも……俺にとっては……っ」
「サク、サク……なにか……っ、クるの……サク、サク一緒にっ!!」
「どんなに一緒に果てたくても、俺は……っ」
「サク、一緒に来て。サク、離れないで。ずっと一緒に、は……っ、ああ、ああ、嫌、嫌……サクと一緒じゃなきゃ嫌……っ」

 さらに激しくなるサクの抽送。

「ずっと一緒は……叶わない望みになりました。だから俺は……っ、姫様が! 俺がいなくても姫様が幸せになれるのならっ」
「サク、サク――っ!!」
「俺ができるのは……姫様を幸せな世界に送り出すことだけだからっ」

 ユウナの伸ばした手を、サクは取らなかった。
 サクに拒まれたユウナは、快感と同時に苦痛を覚えてもがいた。……リュカに与えられた〝苦痛〟を彷彿させるほどの。

 サクが離れていく――そんな苦痛。

「せめて、姫様……。姫様を、幸せな世界に連れていく男の名前を……呼んで下さい。それだけでいいですから、それだけで俺は残りの日々を耐えられますから。だから……俺に夢見させて下さい。一緒に、姫様が永遠に一緒にいきたい……男の名前を……っ」

――苦しみ続けろ、永遠に。

 どくん。

 ユウナの中で、記憶の蘇生は突然だった。
 ユウナが感じた〝苦痛〟と、サクが紡いだ〝永遠〟。そして――。 

――覚えておけ、僕の名を。

 〝名前〟。

 快感と苦しみが同時に迫り上がり、ユウナは絶頂の声を上げた。
 その声は、あの惨劇の悲鳴の記憶と重なった。
 記憶に刻まれた、激しい憎悪を見せたリュカの声音が、彼がかけた呪詛の発動とばかりに、ユウナの全身に熱く駆け巡る。

――さあ、言え、僕は誰だ!? 

「姫様、姫様が幸せを感じる男の名前を――っ!!」

――言うんだ!

「リュ……カ……」

――もう一度言えよ、お前を心から憎悪している男は誰だ!?

「リュカ――っ!!」

――苦しみ続けろ、永遠に。

 薄れゆくユウナの意識の中――

「くっそぉぉぉぉぉぉ!!」

 どこかで誰かが吼え……、そしてむせび泣く声が聞こえた気がした。

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