僕、勇者サマの養い子になりました

76.

至近距離で笑うアヤさんの、青みがかった綺麗な紫水晶の目を見て、ますます動揺した僕は首まで真っ赤になってしまった。

「逃げてないで、ちゃんと近くにおいでよ、イツキ」

呼ばれて、固まる。
でも、呼ばれたからには素直に、最初に座った元の位置まで戻って目を閉じた。

うんうん、先に目を瞑つむれば大丈夫だったんじゃないか。
これなら気恥ずかしい思いをしないで済むぞ。

僕は緊張しつつ目を閉じて大人しく待っていると、額にゴツっと頭突きを喰らい、驚いて目を見開いた。

痛ぁッ！
もう、いきなり頭突きって、一体何で！？

涙目でアヤさんを見ると、したり顔の後、微苦笑を浮かべてアヤさんが口を開いた。

「そんなにカチンコチンに緊張してたら、魔力なんて流せないよ。適当に力抜いて、深呼吸でもしてごらん」
「ご、ごめんなさい」
「謝らなくてもいいよ。期待と不安でドキドキする気持ちは分からなくもないからね。だって魔法だしぃ？」

アヤさんが僕の額にコツンと自分の額をくっ付けて、ニヒヒと悪戯っぽく笑った。

「ほら、大きく深呼吸したら目を閉じてリラックスしててね」

言われて僕は慌てて深呼吸をして、ゆっくりと目を閉じた。

左手…
左手から……

気が付けばギューッとアヤさんの右手を握り締めていた僕は、アヤさんに右手の親指で左手の甲を撫でられて大きく肩で息を吐いた。

そうだった。
力を抜いてリラックスしてって言われてたんだった。

どうしても人と触れ合う事が苦手な僕は、こんな至近距離に誰かが居るってだけで緊張感が半端ないんだ…けど……

でも不思議と、最初からアヤさんだけ・・は割と平気だった…んだよね。

初めて会った時、困り果てている僕の頭を優しく撫でてくれたんだけど、何故かその手を避けようとか、振り払おうとか、無意識にもやらかさなかったし、そういう発想自体が全く浮かばなかった。

もう、どっちかって言うと今では近くに居なければ不安になって、居て貰えれば安心すらするくらいにまでなってしまっている。

僕は左手に意識を向けながらも、身体がホカホカ温かくなってきていて、口の中で欠伸を噛み殺した。

「緊張が解けて身体に熱が戻ってきたみたいだね。だいぶ落ち着いたみたいだし、今から魔力を流すよ」

アヤさんに言われ、僕は頷こうとして出来ず、小さな声で「はい」と答えた。

すぐにアヤさんの右手と繋がれた左の掌がじわじわと熱を持ち始める。

………熱い。

冷えた身体でそっとお風呂に入っていく時を思い出す。

手、手首、肘、腕、肩、胸…
順番に熱が身体中を巡り、じんわりとした余熱だけを身体に残して、やがてその熱はゆっくりと右手から抜け出ていった。

「ふ……ぁ…」

変な溜め息が出てぐったり脱力すると、僕はアヤさんの胸に額をくっ付けて息を整えた。

「イツキ、私の魔力はちゃんと感じ取れたかな？」

聞かれて僕は力無く頷く。
と、アヤさんは少し気怠げに、けれども満足そうな顔をして笑い、そして僕をハグして背中を優しくポンポンしてくれた。