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塵芥のための舞台(終)
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「その後の体調にお変わりはないか?ウランフ殿?」
出立の挨拶に訪れたウランフに、近衛騎士団の副団長格である騎士隊長が問う。その言葉に嫌味は無い。かの宴にも警備責任者として出席していた、この年嵩の騎士は、最後の最後まで自らの国のため力を尽くしたウランフに、率直な好意を向けているようであった。
「お陰様を持ちまして…。」
自ら噛み砕いた、奥歯のあたりを撫でながらウランフは曖昧に答える。ジュチ・ウルスからの使節団にも医者はいたが、砕けた奥歯をどの様に処置するかは心得ていなかった。そこに王国からの好意として医官が派遣され、多少の苦痛と引き換えにではあるが、砕けた奥歯を綺麗にウランフから除いてくれた。ただし、機密でもないウランフの病状はあまねく王国側の知ることになったらしい。
「それは重畳。来週にも出発なさるとか?」
ウランフが主君の意識を刈り取ってから、武官たちがバトゥを舞台から引きずり下ろし、口から流血しつつも、決死の表情で謝罪の口上を述べるウランフの後を、ウルスの宰相殿が引き取った。
宰相殿の謝罪に対し、王国側からも「大事にされることは望まない」との言質をいただいた直後、ウランフは意識を失った。極度の緊張による疲労から、まる一日意識を失ったのち、筆頭武官たちによって厳重に監禁されたバトゥに謁見し、厳重に恨み言を述べてから、先にバトゥをウルスに送り返した。
その後は宰相殿と共に様々な後片付けをおこなっていたウランフも、主君から一月ほど遅れたいま、いったんウルスへの帰途につこうとしている。この後は当初予定されていた通り、王国に駐在する駐在武官、駐在文官たちが王国とウルスの窓口になるだろう。
「皆様方のおかげを持ちまして、無事に出立の運びとなりました…。」
文官たち、特に外務を担当する文官たちは普段交渉相手に本音を見せない。しかしこの一言は間違い無くウランフの本心であった。
「時間が許せば、直接お礼を申し上げたい方もいらっしゃるのですが…。」
これは、ウランフの本心ではあったが、赤毛の騎士と誼を結びたいという、下心も含まないわけではない。
「それは、ジークベルト・キルヒアイス殿のことですか?」
武官である騎士隊長は率直に問う。
「そのようなお名前なのでしょうか?燃える様な赤毛の精悍な騎士殿でありましたが?」
ウランフはしめたという表情を出さずに重ねて問う。
「それであれば、キルヒアイス殿に間違いはないでしょう。しかし、直接は難しい。かの御仁は騎士爵でな、先週御領地に戻られた。何でも外せぬ御用があるそうで…。」
「さようでございますか…。」
ウランフは浮き立つ心が表情に出ぬよう気をつけて答える。騎士爵は貴族とは言えど最下級、領地と言っても普通の村であれば二つ、よくて街道外れの小さな町が一つというところだろう。話の流れによってはウルスに招くこともできるかも知れぬ、宰相殿の孫にはちょうど年頃の気立の良い娘がいることもウランフは知っていた。
「悪い顔をされていますな?」
年嵩の騎士の誰何にウランフは驚く。ウランフは腐っても宰相の補佐、歴戦の外交官でもある。武官に腹を見抜かれるなどありえぬ。
「いやいや、申し訳ない。実は私も同じ穴のむじななのですよ。」
年嵩の騎士が笑って答える。
「目立つわけでは決してないが、素晴らしい若者だ。今回の任務で出会い、感じ入ることが実に多い。辺境伯の寄り子であるが、騎士爵ならばあるいは、貰い受けることも不可能ではない。末の娘とどうかと考え申した…。」
この騎士は武門の名家である子爵家の当主である。一門に騎士爵を迎え入れる考えは、ないことではないがかなり珍しい。それだけ買っているのだろう。
「しかし、わしもウランフ殿も遅すぎた…。来年にはキルヒアイス殿は女伯爵家の御当主と結婚される。」
なんと、幼馴染だそうですよ、と続ける騎士からは孫の出世を喜ぶような純粋な好意が滲み出ていた。
その夜、宿地に戻ったウランフは机に向かい一人考えていた。机には由緒正しい子爵家当主でもある近衛の騎士殿より道中の供にと頂戴した上物の蒸留酒が置かれている。
「考えようによっては悪くない…。」
今回、突発的な出来事とはいえ、辺境の伯爵家へ伝ができた。また王国と共に歩こうと考えているウルスにとって、王国が有望な人材が然るべく遇されている国であることは決して悪くない。女伯爵がどのような人物であるかはおいおい調べるとして、あの騎士殿を夫にと望んだ人物であるならば、それほど失望させられることはあるまい。
「せいぜい、豪華な祝いを贈るとしよう…。」
そうするだけの恩を、ウルスは受けたのだから…。誰に聞かれるでも無く、ウランフは呟き、杯を重ねるのであった。
出立の挨拶に訪れたウランフに、近衛騎士団の副団長格である騎士隊長が問う。その言葉に嫌味は無い。かの宴にも警備責任者として出席していた、この年嵩の騎士は、最後の最後まで自らの国のため力を尽くしたウランフに、率直な好意を向けているようであった。
「お陰様を持ちまして…。」
自ら噛み砕いた、奥歯のあたりを撫でながらウランフは曖昧に答える。ジュチ・ウルスからの使節団にも医者はいたが、砕けた奥歯をどの様に処置するかは心得ていなかった。そこに王国からの好意として医官が派遣され、多少の苦痛と引き換えにではあるが、砕けた奥歯を綺麗にウランフから除いてくれた。ただし、機密でもないウランフの病状はあまねく王国側の知ることになったらしい。
「それは重畳。来週にも出発なさるとか?」
ウランフが主君の意識を刈り取ってから、武官たちがバトゥを舞台から引きずり下ろし、口から流血しつつも、決死の表情で謝罪の口上を述べるウランフの後を、ウルスの宰相殿が引き取った。
宰相殿の謝罪に対し、王国側からも「大事にされることは望まない」との言質をいただいた直後、ウランフは意識を失った。極度の緊張による疲労から、まる一日意識を失ったのち、筆頭武官たちによって厳重に監禁されたバトゥに謁見し、厳重に恨み言を述べてから、先にバトゥをウルスに送り返した。
その後は宰相殿と共に様々な後片付けをおこなっていたウランフも、主君から一月ほど遅れたいま、いったんウルスへの帰途につこうとしている。この後は当初予定されていた通り、王国に駐在する駐在武官、駐在文官たちが王国とウルスの窓口になるだろう。
「皆様方のおかげを持ちまして、無事に出立の運びとなりました…。」
文官たち、特に外務を担当する文官たちは普段交渉相手に本音を見せない。しかしこの一言は間違い無くウランフの本心であった。
「時間が許せば、直接お礼を申し上げたい方もいらっしゃるのですが…。」
これは、ウランフの本心ではあったが、赤毛の騎士と誼を結びたいという、下心も含まないわけではない。
「それは、ジークベルト・キルヒアイス殿のことですか?」
武官である騎士隊長は率直に問う。
「そのようなお名前なのでしょうか?燃える様な赤毛の精悍な騎士殿でありましたが?」
ウランフはしめたという表情を出さずに重ねて問う。
「それであれば、キルヒアイス殿に間違いはないでしょう。しかし、直接は難しい。かの御仁は騎士爵でな、先週御領地に戻られた。何でも外せぬ御用があるそうで…。」
「さようでございますか…。」
ウランフは浮き立つ心が表情に出ぬよう気をつけて答える。騎士爵は貴族とは言えど最下級、領地と言っても普通の村であれば二つ、よくて街道外れの小さな町が一つというところだろう。話の流れによってはウルスに招くこともできるかも知れぬ、宰相殿の孫にはちょうど年頃の気立の良い娘がいることもウランフは知っていた。
「悪い顔をされていますな?」
年嵩の騎士の誰何にウランフは驚く。ウランフは腐っても宰相の補佐、歴戦の外交官でもある。武官に腹を見抜かれるなどありえぬ。
「いやいや、申し訳ない。実は私も同じ穴のむじななのですよ。」
年嵩の騎士が笑って答える。
「目立つわけでは決してないが、素晴らしい若者だ。今回の任務で出会い、感じ入ることが実に多い。辺境伯の寄り子であるが、騎士爵ならばあるいは、貰い受けることも不可能ではない。末の娘とどうかと考え申した…。」
この騎士は武門の名家である子爵家の当主である。一門に騎士爵を迎え入れる考えは、ないことではないがかなり珍しい。それだけ買っているのだろう。
「しかし、わしもウランフ殿も遅すぎた…。来年にはキルヒアイス殿は女伯爵家の御当主と結婚される。」
なんと、幼馴染だそうですよ、と続ける騎士からは孫の出世を喜ぶような純粋な好意が滲み出ていた。
その夜、宿地に戻ったウランフは机に向かい一人考えていた。机には由緒正しい子爵家当主でもある近衛の騎士殿より道中の供にと頂戴した上物の蒸留酒が置かれている。
「考えようによっては悪くない…。」
今回、突発的な出来事とはいえ、辺境の伯爵家へ伝ができた。また王国と共に歩こうと考えているウルスにとって、王国が有望な人材が然るべく遇されている国であることは決して悪くない。女伯爵がどのような人物であるかはおいおい調べるとして、あの騎士殿を夫にと望んだ人物であるならば、それほど失望させられることはあるまい。
「せいぜい、豪華な祝いを贈るとしよう…。」
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