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彼女の心は止まっている。ークリスマスー

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⚫キャラクター紹介
・駿河明仁(するが あきひと)
普通の高校に通う、普通の高校1年生。
渚との出会いをきっかけに、大きく生活が変わっていく事に。

・冬瀬渚(ふゆせ なぎさ)
容姿端麗で世界一の大富豪を父に持つ、住む世界が違う転校生。
子供の頃に出会った「しゅんくん」に会うためにこの街にやってくる。

・遠野・S・歩美(とおの・すぷりんぐ・あゆみ)
渚と一緒にやって来た高身長ハーフ転校生。
渚に仕えてメイドをやっており、幼い頃に心の支えになってくれた渚を慕っている。

・城ヶ崎未捺(じょうがさき みなつ)
どこかマイペースな、明仁の幼馴染で同級生。
明仁に気がある様子だが、誰にも気づかれていない。
と思っているが、夏休みから少し状況が変わった。

彼女の心は止まっている。4話(クリスマス)
配役表 1:3:0
・明仁♂・・・
・渚♀・・・
・歩美♀・・・
・未捺♀・・・

⚠台本として利用する際の規約⚠
https://writening.net/page?nJG7kt
作者X(@autummoonshiro)でも確認出来ます。




──────本編──────




明仁:街ではこの時期お決まりのあの曲やその曲が流れ、そこら中が赤や緑に飾られている。
明仁:おいおい、そんなに赤と緑使ってて茶色にするなよ?
明仁:黄色でもいいけど。
明仁:これだけでも察しの良い人にはもうバレた頃だろう。
明仁:そう、もう12月になった。
明仁:いやー2話くらい前まで暑い暑い言ってた気がするんだけどなぁ。
明仁:寒くなるのが早いぜ全く。
明仁:と、メタいことを言うのはこれくらいにしておきますかね。
明仁:終業式も終わり明日はクリスマス。
明仁:俺はあるイベントの為に買い物に来ていた。
明仁:ん?何のイベントかって~?
明仁:いや、これは言わなくても想像つくか。
明仁:まぁ折角だから、なぜ俺が買い物をしているのか、まずはそれを聞いてくれ。


渚:彼女の心は止まっている。(タイトルコール)


12月、クリスマス前日。
屋敷内での出来事。


歩美:「未捺(みなつ)、ツリーを運ぶから手伝ってくれ」

未捺:「はーい」

明仁:「お、モミの木?」

歩美:「ああ」

未捺:「もしかして、めちゃくちゃ大きかったり~?」

歩美:「いや、そんな事は無い」

渚:「ごめんなさい、普通のクリスマスツリーが良いと私が言ったの。豪華な物の方が良かったかしら?」

未捺:「ううん。運びやすい方が良いよ~」


明仁:北条院の規模なんて計り知れないからな、未捺の言う通りかもしれない。


歩美:「とはいえ、一般家庭の物としては大きい方かもな」

明仁:「あ・・・俺も手伝うよ」

歩美:「いや、大丈夫だ」

明仁:「へ?いや、そんなに大きいなら手伝った方が───」

歩美:「大丈夫だ!」

明仁:「わ、分かったよ・・・」

渚:「ふふ。明仁(あきひと)君、ここは2人に任せましょ。お仕事を奪っちゃいけないわ」

歩美:「裏口の方だ、ついてきてくれ」

未捺:「は~い」


歩美は未捺を連れて裏口へと向かう。


明仁:「大丈夫かな」

渚:「歩美(あゆみ)がいれば大丈夫よ」

明仁:「まぁ、確かに?」

渚:「歩美はアイデンティティを仕事に見い出してると私は思うの。」

明仁:「うん?・・・ああ、なるほど」

渚:「だから、歩美の仕事を奪っちゃ駄目なの。明仁君が優しいのは良い事なんだけど、ね」

明仁:「渚(なぎさ)ちゃんは、ホントよく周りを見てるよね」

渚:「そんな事ないわ。足りない所ばかりだから、歩美に、皆にささえられて暮らしているの」


明仁:気遣いの鬼とでも言おうか。
明仁:俺が知る限り最も優しくて、最も人に気を使う。
明仁:この家で一番偉いハズなのに、この家で1番頭が低い。
明仁:指示は出したりあれをしてこれをしてと言ったりするのに、ワガママだと感じることがないのだ。
明仁:同じ歳の女の子とは思えない。
明仁:・・・『住む世界が違う』のかもしれない。
明仁:ああ、どーーーして俺は、この家にいるんだろう。
明仁:考えすぎて嫌になってきた。


渚:「明仁くん?」

明仁:「へ、あー、なに?」

渚:「上の空だったみたいですが、体調が優れませんか?」


明仁:ホント、隙がないな。


明仁:「大丈夫だよ、少し考え事しててさ。」

渚:「考え事ですか?」

明仁:「そう、色々ね」

渚:「んー・・・ちょっと、顔をよく見せてください」

明仁:「え!?い、いいけど・・・」


明仁:渚ちゃんが少しかがみ込む様にして、俺の顔を覗き込んでくる。
明仁:かがんでたわんだ服から、谷間が少し見えている。
明仁:覗きまでしようとしといてアレだが、不意の展開にドギマギしてしまう。


渚:「顔、少し赤いですよ?熱があるんじゃ───」

明仁:「熱じゃないよ!」


明仁:胸を見てるなんて、バレるわけ行かない。
明仁:名残惜しいが、ご馳走になりすぎても目が太ってバレてしまう。
明仁:少し目線を上に・・・


明仁:「な、ふぇ!?」


明仁:顔を少しあげると、渚ちゃんと目が合ってその顔の近さに変な声が出てしまった。


渚:「ふふ、胸はもう良いんですか?」

明仁:「ば、バレてる・・・!?」

渚:「あー、やっぱり!」

明仁:「えっ、あれ、俺今墓穴ほった?」

渚:「確信はなかったんです。も~、分かるんですからね」

明仁:「えっと、怒んないの?」

渚:「明仁君がそれで喜んでくれるなら良いです」

明仁:「温泉の時はあんなに怒ってたのに!」

渚:「未捺や歩美の為に怒ったのよ?私だけなら、別に構いません」

明仁:「そっか・・・ごめん」

渚:「温泉の事はあの時反省したんでしょ?」

明仁:「そりゃあもうたっぷり」

渚:「なら別に、今謝ることは何もないわよ」

明仁:「たー・・・しかにぃ?」

渚:「ふふ、変な喋り方!」

明仁:「笑ってもらえて何よりです・・・?」

渚:「明仁君は、本当に楽しいですね」


明仁:渚ちゃんはすごい笑顔で喋ってくれる。
明仁:この笑顔に違和感を感じることがある。
明仁:・・・渚ちゃんの価値観は、どうなっているんだろう。
明仁:自分の価値が低いというか・・・まだ、上手く表現出来ない。
明仁:でも、話をしているとたまに違和感があるんだよな。
明仁:ホントに、ちょっとだけの違和感が。


渚:「話がそれちゃいましたね。体調は本当に大丈夫ですか?」

明仁:「ああ、大丈夫だよ、むしろ元気なくらい」


明仁:何が元気、とは言えないけどな。


渚:「ん、分かりました」

明仁:「伝わって良かったよ」

渚:「歩美達はまだ帰ってこないわね?」

明仁:「そうだね。結構時間かかるのかな?」

渚:「・・・ちょうど良かった」

明仁:「ちょうど?」

渚:「この前みたいに皆に迷惑をかけるくらいなら、私だけにして下さい」

明仁:「私だけって───」

明仁:言いかけた所で、渚ちゃんの手が俺の顔に触れる。
明仁:そのまま顔を掴まれて、強制的に渚ちゃんと目が合う形になる。


明仁:「えっ、は!?」

渚:「私になら、何をしても良いから」

明仁:「な、渚ちゃん・・・?」

渚:「なーに?」

明仁:「え、えっと、どういう・・・?」

渚:「こういうことですよ」

渚:(軽めのリップ音。)


明仁:その瞬間、俺のくちびるが彼女に奪われる。
明仁:柔らかすぎるその感触に、俺の顔は真っ赤に染め上げられる。
明仁:ほんの一瞬だったけど、一瞬で天国に昇って良いと思えた。


明仁:「な、ななな、渚ちゃん・・・!?」

渚:「ふふ、喜んでもらえたかしら」

明仁:「それはもちろん!めちゃくちゃ嬉しいよ!渚ちゃんがキスしてくれるなんて!」

渚:「良かった。2人が戻ってくる前に、部屋に戻るわね。また明日ね、明仁君」

明仁:「ああ、おやすみ、渚ちゃん」

明仁:何事も無かったかのようにそういうと、渚ちゃんは自分の部屋へと戻っていった。
明仁:でも、その刹那の、ほんの一瞬の、手の震えを俺は見逃さなかった。
明仁:ごめん、渚ちゃん。
明仁:俺は嘘をついた。


明仁:「これは・・・喜べないよ・・・」


明仁:俺は、ちゃんと嘘をつけただろうか。
明仁:渚ちゃんのように、完璧な嘘を。
明仁:俺は超能力者じゃないから、彼女の考えてる事は分からない。
明仁:他人の気持ちは理解出来ない。
明仁:でも、それでも、分かることはあるんだよ。
明仁:君の手は、震えていたって。
明仁:・・・俺も、自分の部屋へと戻った。


未捺と歩美がツリーを運びながら喋り出す。


未捺:「2人ともー、ツリー持ってきたよー!」

歩美:「お待たせ致しました」

未捺:「って、あれ?2人ともいないね」

歩美:「時間がかかってしまったからな」

未捺:「どうする~?」

歩美:「未捺、聞きたいことがある」

未捺:「なーに?」

歩美:「普通の女の子はツリーの飾り付けなどをしたいものだろうか?」

未捺:「うーん、女の子ならそういうのは好きな子のが多いかも?」

歩美:「ではまた後日に、お嬢様と一緒に飾り付けをしよう」

未捺:「はーい!じゃあ、今日はおやすみなさい」

歩美:「ああ、おやすみ。・・・お嬢様が、挨拶もなく部屋に?そんな事、今まであっただろうか・・・」



歩美と未捺はそれぞれ自室へと帰って行った。


明仁:「眠れるわけねぇ~・・・」

明仁:よくあの場を誤魔化して帰ってこれたな、俺。
明仁:めちゃくちゃ褒めてやりたい。
明仁:グッジョブ俺!流石だ俺!最高だぜ俺!!
明仁:・・・はーーーー、紛れるわけねぇ。
明仁:ダリの記憶の固執みたいに世界が蕩けてるみたいだ。
明仁:何もかもが溶けだしたみたいに、掴めない。
明仁:自分の事も、渚ちゃんの事も、全部が俺の思考の海に溶けだして行くようだ。
明仁:あれ、記憶の固執っぽくないこと言ってるな。
明仁:俺の思考がぐにゃぐにゃに溶けだしてるんだよ、つまり。
明仁:いきなりキスされるなんて思わねーじゃん?
明仁:何を思ってキスをしてくれたのかも、分からない。
明仁:分からないよ、全部さ。
明仁:溶けた時計の針はどうやって動かしたらいいんだろうな。
明仁:そうして現実の時計を見る。
明仁:4時半を過ぎている、あと1時間もすればみんなが起き始める時間になる
明仁:結局一睡も出来なかった。


明仁:「・・・シャワーでも、浴びようかな」


明仁:モヤモヤした物を洗い流すために、俺は部屋を出た。
明仁:屋敷の中は真っ暗で、静けさに包み込まれている。


明仁:「あ・・・電気がついてる」


明仁:俺は渚ちゃんの部屋の前で足を止める。
明仁:この部屋だけが電気がついている。
明仁:もう起きているのだろうか。
明仁:それとも、寝れなかったのだろうか。
明仁:いけないことだと思いながらも、聞き耳を立ててみる。すると


渚:「どうしたら、また会えるのかな、シュン君」

明仁:「っ!?」


明仁:昔のあだ名で呼ばれてついハッとしてしまう。
明仁:その勢いで少し体を扉にぶつけしまい、物音がした。


渚:「誰かいるの?」

明仁:「・・・」

明仁:来るな、来るなよ・・・静かにしてればバレないはずだ・・・


渚:「・・・ふふ(小声)」

渚:「あー良かった、誰か来たかと思ったけど気のせいだったのねー」
 

明仁:よっっっし、バレてないバレてない!
明仁:そのまま戻ってくれ~~~


渚:「下着を付けてないから誰か来たら困る所だったなー」


明仁:なん・・・だと!?
明仁:見たい、見たすぎる・・・!!
明仁:なんとか、何とか見る手段は無いのかッ!?


渚:「暖房が暖かいし、服も脱いで寝ちゃおうかしら」


明仁:な、なななな、なんだとおおおおお!?
明仁:渚ちゃんが、この扉の向こうで、裸・・・!?
明仁:あの雪みたいに透き通った肌やら胸やら腰やら丸出し・・・!?
明仁:あーーー、やべ、興奮してきた。
明仁:想像しただけでもう限界かも。


明仁:「・・・すー・・・はぁ」


明仁:あまりにドキドキしすぎて、つい深呼吸をしてしまう。


渚:「ふふ、やっぱり」

明仁:「へ!?」

渚:「明仁君、そこに居るんですか?」


明仁:ドア越しに声かけられてしまった。
明仁:どうやらバレていたらしい。


明仁:「い、いないよ!」

渚:「ふーん・・・」

明仁:「や、ごめん、います、はい」
渚:「んふ、嘘が付けない所、可愛くて好きです」

明仁:「すっ!?え!?」

渚:「キスだけじゃ満足できませんでしたか?」

明仁:「な、え、満足って!?」

渚:「夜這いしにきたんですか?」

明仁:「夜這いって!!そんな事しないよ!!」

渚:「なーんだ、違うんですか?」

明仁:「シャワー浴びようと思って、たまたま通っただけ!ほんと、それだけ、うん」

渚:「・・・。ねぇ、明仁君?」

明仁:「あ、なに?」

渚:「私、本当は寝る時、元から服は一切身につけないんです」

明仁:「そ、それって・・・」

渚:「良かったら、部屋に入りますか?」

明仁:「な、え、ふぇ!?」

渚:「ふふ、明仁君はほんとに可愛いですね。食べたくなっちゃいます」

明仁:「た、たべ・・・そ、その!ほんとに!シャワー浴びにいくとこだから!じゃ、じゃあね!」

渚:「・・・ざーんねん。服、着てたのに」


明仁:俺はダッシュで風呂場に向かった


明仁:「はぁはぁはぁ。なんなんだよ、もう!」

明仁:シャワーを出す。
明仁:頭からお湯をかけ流す。
明仁:ただただ、お湯をかけ流す。
明仁:全身を洗い流す。
明仁:胸に、頭に、思考にこびりついた何かまで、しっかりと洗い流すように。
明仁:渚ちゃんからかけられた言葉も、流すように。
明仁:唇の温もりも、お湯の温度に変えるように。
明仁:どれだけシャワーを浴びても少しも流れていくことはなくて、温もりと衝撃はずっと残っていて。
明仁:・・・いくら浴びても寒いのは、きっと冬のせいなんだ。
明仁:俺には、そう思い込むしかできなかった。


明仁:翌日、というか数時間後。
明仁:皆で朝食を取り終えると、話題は昨日のツリーの話へとなった。


歩美:「お嬢様、飾り付け等はいかが致しましょうか?」

渚:「あら、歩美のしたいように飾り付けていいのよ。貴方がクリスマスツリーの話をしてたんじゃない」

未捺:「あれ、そうなの~?」

歩美:「確かに、クリスマスの話はしましたが・・・」

渚:「いらなかったかしら?」

歩美:「いえ、そんな事は。では、飾りは私がしておきます」

渚:「うん、ありがとう、歩美」

明仁:「・・・クリスマスツリーにさ、少しだけスペース残しといてくれる?」

歩美:「構わないが、何をするんだ?」

明仁:「ちょっと考えがあってさ。今はまだ秘密」

歩美:「良いだろう」

明仁:「まぁ、ほんのちょこっとでいいからさ」

未捺:「面白いこと~?」

明仁:「んー、どうだろ?」

未捺:「えー・・・」

明仁:「じゃ、飾り付けは任せて俺は少し準備に出かけるよ」

渚:「あら、どこに行くの?」

明仁:「少し行ったとこにあるショッピングモールに行こうかなって」

渚:「それは私が着いて行ってもいいのかしら?」

明仁:「・・・いいよ、誘おうと思ってたんだ」

渚:「ふふ、嬉しい!じゃあ準備をしたら玄関に待ち合わせね」

明仁:「ああ」


渚はそれだけ言うと自室へと戻って行った。


歩美:「それでは私もご一緒を───」

明仁:「歩美、飾り付けよろしくな」

歩美:「そういう訳には───」

明仁:「頼む」

歩美:「何か理由があるのか?」

明仁:「ああ。頼む。俺が絶対に守るからさ」

歩美:「・・・そうか」

未捺:「ふーん、楽しそうだね」

明仁:「大したことじゃないけど、まぁ、楽しみにしといてくれ。それじゃあな」


明仁も自室へと戻る。


歩美:「未捺はどんな飾り付けがいい?」

未捺:「ん~そうだなぁ、キャンディとかジンジャーブレッドはやっぱり定番かな~?」

歩美:「よし、必要なものをリストアップしてくれ。じいやに頼んで手配してもらおう」

未捺:「おっけ~!」


残された2人はそのままクリスマスツリーの制作へと取り掛かった。
明仁と渚は屋敷を出る。


明仁:「歩きでもいい?」

渚:「明仁君がそうしたいなら」

明仁:「うん、じゃあ歩こう」

渚:「歩美が居なくて、2人で出かけるなんて初めてじゃないかしら」

明仁:「確かに、いつも一緒にいるよね」

渚:「歩美がそうしたいと言ってくれるからね」


明仁:これだ。
明仁:渚ちゃんと話していると違和感を感じることがある。
明仁:今確信した、俺の考えは間違ってない。


明仁:「仲良いもんね」

渚:「明仁くんと未捺が仲良いのと変わらないわ」

明仁:「俺と未捺は幼馴染みだからさ」

渚:「幼馴染み・・・良い響きね」

明仁:「渚ちゃんにはいないの?」

渚:「私は、環境が特殊だったから」

明仁:「特殊って言うと?」

渚:「小学校も中学校も北条院がバックについた学校で、どんな事でもお父様の言う通りになる学校だったの」

明仁:「それでもそこに通ってる子達には関係なくない?」

渚:「ううん、皆が身分に囚われているの。私の北条院の一人娘という身分にね。歩美と知り合うのは中学校になった時よ」

明仁:「中学からだったんだ」

渚:「歩美は、身分とか嘘にまみれた好意じゃなくて、本当の好意を向けてくれている気がしたの。少なくとも、他の子達とは違った」

明仁:「なるほどね。確かに、そうなんだろうな。歩美は本当に渚ちゃんが大好きだよ」

渚:「んー・・・ねぇ?」

明仁:「ん?」

渚:「私の事は呼び捨てにしてくれないの?」

明仁:「へ?ああ、別にいいけど・・・」

渚:「ふふ、じゃあ、今から私の事は渚って呼んで?私は明仁って呼ぶわ」

明仁:「いいけど・・・どうして?」

渚:「えー、明仁が呼び捨てにしてほしそうだったから、きっかけが欲しいのかなぁって」

明仁:「・・・そっか」

渚:「違いました?」

明仁:「いや、嬉しいよ、すごく」

渚:「ふふ、それなら良かったです」


明仁:話をしたかったから、2人で一緒に歩いてきた。
明仁:話せば話すほど、俺の中に生まれた違和感は確信に変わる。
明仁:渚ちゃん・・・いや、渚は一体何を抱えているのだろう。
明仁:未捺も、歩美も、皆何かしら過去を背負って生きている。
明仁:渚もそうなのかもしれない。
明仁:渚に対して俺が出来ることを必死に考えた結果、俺が買いに来たのは


ショッピングモールの中にある文房具屋に2人はいた。


渚:「短冊、ですか?」

明仁:「ああ」

渚:「何に使うんですか?」

明仁:「使ったことない?」

渚:「何かは知ってますけど、あんまり使ったとこは・・・」

明仁:「願い事書くのに使うんだよ、短冊って」

渚:「七夕とかで使いますよね」

明仁:「そ。今回はクリスマスだけどさ。普通はサンタクロースに欲しいものをお願いしたりするんだけど、願い事でもいいでしょ。サンタがプレゼントをくれる歳でもないし」

渚:「そう、ですね・・・」

明仁:「まぁ、渚に叶わない願いなんてないのかもしれないけど」

渚:「・・・・・・」

明仁:「歩美なんか『北条院に不可能はない』って散々言ってたもんな」

渚:「・・・そんなこと、ないですよ」

明仁:「そう?ってことは、お願い事があるって事だよね?」

渚:「少し、考えてみます」

明仁:「あ、じゃあさ、そこのベンチに座っててよ。俺ちょっとトイレ行くからさ」

渚:「おトイレですか?分かりました」


渚をベンチに残して明仁はその場を離れる。


明仁:とかいって、こっそり買い物。
明仁:ま、クリスマスだしね。
明仁:あんまり待たす訳にも行かないし、サクッと行くかな。
明仁:渚には、どうしても渡したいプレゼンがあるんだ。


数分後、明仁が戻ってくる。


明仁:「ごめーん、トイレ混んでて時間がかかっちゃった」

渚:「ふふ、大丈夫ですよ。それじゃあ、帰りましょうか」

明仁:「うん、用事はそれくらいかな」


2人は屋敷に向かって歩き始める。


渚:「明仁はなにかお願いはあるんですか?」

明仁:「へ?俺のお願い?」

渚:「私に聞いてたから、自分はあるのかな?って思ったんです」

明仁:「あー・・・考えてなかったなぁ」

渚:「たくさん、あるんじゃないですか?」

明仁:「まぁ、ありすぎて絞れないかな」

渚:「ふふ、今日こそ私の部屋に来ますか?」

明仁:「なっ、そんなこと考えてばっかじゃないよ!」

渚:「ふーん・・・また、キスしましょうか?」


明仁:不意に渚が耳元で囁いてくる。
明仁:正直嬉しい。
明仁:ドキっとした。
明仁:でも、今はその気持ちを抑え込む。


明仁:「ねぇ」

渚:「何ですか?」

明仁:「無理しなくていいよ」

渚:「え?」

明仁:「無理しなくていい」

渚:「無理なんか───」

明仁:「してるよ。渚は無理をしてる」

渚:「・・・・・・」

明仁:「そんなこと嫌々されても、俺は喜ばない。嬉しくない」

渚:「喜んで、なかったんですか?」

明仁:「嬉しいよ、喜んでるよ。俺は渚が大好きだから」

渚:「それなら───」

明仁:「ちゃんと聞けよ!」

渚:「っ・・・」

明仁:「俺は嫌々されても嬉しくないって言ったんだ」

渚:「嫌じゃないですよ」

明仁:「・・・そう。君に、どうしても言いたいことがある」

渚:「なんですか?」

明仁:「君の願いをちゃんと聞かせてくれ」

渚:「・・・どういう意味ですか?」

明仁:「渚はお嬢様で、なんでも願いが叶う」

渚:「ええ、その通りです」

明仁:「そう見えるだけだ」

渚:「そう見える・・・?」

明仁:「海に行ったのは、未捺が海に行きたいと言ったからだった。旅館に行ったのは、歩美が怪我をしたから」

渚:「ぁ・・・」

明仁:「今回のクリスマスツリーも歩美が言ったからと言っていた。キスも、部屋に行った時も、家を出る時も全部俺に合わせているだけだ」

渚:「・・・・・・」

明仁:「俺には、渚が分からないよ」

渚:「そうですか?」

明仁:「それもだ」

渚:「え」

明仁:「ですます調で喋ったり、タメ口で喋ったり。渚は何も考えずに、相手が喜ぶ事をその場しのぎの様にしてるだけなんじゃないか?」

渚:「あー・・・バレちゃったか。上手くやれてると思ってたんだけどな」

明仁:「渚・・・」

渚:「皆に喜んで欲しいの。私は普通じゃないから。誰よりもお金持ちで、どんな願いも叶う。なら、私が叶えてあげなきゃ。それでみんなが喜んでくれて、それで幸せでいいじゃない?」

明仁:「良くないよ」

渚:「明仁、私はずっとそれでやってきたの。貴方に会うより前からずっと」

明仁:「それがなんだよ」

渚:「私はこうやって生きてきたし、これからもこうやって生きていく。私の邪魔をしないで」

明仁:「邪魔なんかして───」

渚:「してるのよ!!」


明仁:目尻に涙が溜まっている。
明仁:涙混じりの表情と、震える声に気圧されて俺は黙ってしまった。


明仁:「・・・・・・」

渚:「貴方に会って、もう半年以上になるわね。貴方は、貴方は、、、どうして、誰にでもそんなに優しいの?そんな優しさを振りまかないでよ。それは私の役目よ。私は皆の道具でいい。皆が喜ぶことを指示するだけでいい。それで皆が幸せなんだから」

明仁:「それじゃダメだ!!」

渚:「私は北条院のお嬢様で、私には誰も逆らわない。私の言うことはなんでも出来る、叶う。海に行って楽しかったでしょ?旅館に行って楽しかったでしょ?喜んでくれたでしょ?」

明仁:「楽しかったよ」

渚:「ほら!!私、何かおかしなこと言ってる?楽しかったって自分で言ってるじゃない!皆が喜ぶ選択を私はしてる!それの何がダメだっていうの!!」

明仁:「ダメだよ」

渚:「だから───」

明仁:「皆は喜んでない。皆じゃない」

渚:「は?」

明仁:「そうやって自分の事は無視で周りを喜ばせて、皆が幸せになってる?」

渚:「そうでしょ」

明仁:「それじゃあ、渚が幸せになってないだろ!未捺の海に行きたいっていう願いを叶えて、歩美の渚の側に居たいという願いも叶えて、最後に俺だったんだ。今君のそばにいる人間で、願いが叶ってないのは俺だけだ。だから、こんな事をしてるんだろう?」

渚:「・・・・・・」

明仁:「俺はハッキリ言う。気持ちのこもってないキスなんか、嬉しくない。そんなんじゃ俺は喜ばない!」

渚:「どうして・・・?」

明仁:「俺は渚が大好きだから。嫌々で気持ちのこもってない行為で喜んだり出来ない。それに、俺の願いはそんなことじゃない」

渚:「貴方は自分の望みを口にしない。こうしたいとか、ああしたいとかは絶対に言わない。どうしたら貴方は喜んでくれるの・・・?」

明仁:「君の幸せが、俺の幸せだ。君が心の底から、ちゃんと笑顔になる所が見たいんだ。太陽のように眩しい、今まで見てきた中で1番の笑顔を君は振りまく。ことある事にふふ、と笑顔になってみせる。でもそれは、そうする習慣が身に付いているだけだったんだ」

渚:「ふふ。・・・私の事、良く見てるのね」

明仁:「当たり前だろ」

渚:「当たり前かな?」

明仁:「少なくとも、俺にとっては」

渚:「でもね。私はこうやって生きてきたし、育って来たから。今更、変えられないの」

明仁:「渚・・・」

渚:「私の周りには私の言うことをただ聞いてくれる人しかいないから、気持ちをぶつけてくれて嬉しかった。私にとって明仁は本当に異質な存在だったの。」

明仁:「異質、って?」

渚:「みんな私に媚びを売る。誰もが私に媚びを売る。それが当たり前。でも貴方は、未捺と仲良くして、歩美とも仲良くして、私には一定の距離をとったまま。そんな人今までいなかった。だから、自分から近づいてみたくなった。貴方がどうしたら喜ぶか必死で考えてた。他の人みたいに言うことを叶えるという事が貴方には出来なかったから!」


若干の静寂。


渚:「明仁、貴方勘違いしてることがある」

明仁:「何?」

渚:「私は確かに自分を蔑ろにしているわ。相手が喜ぶなら肉体も使うかもしれない。そう、思わせてるかもしれない。でも、いくら私でも、嫌々で誰にでもキスはしない」

明仁:「それは・・・」

渚:「私にとって異質な存在だったから、貴方のことを沢山考えたの。本当に沢山。そうしているうちにね、好きになってしまったの。海で未捺と良い雰囲気だったのも、旅館で歩美と2人きりだったのも、羨ましくて仕方なくなってしまったの。だから、私も踏み込んでしまいたくなった。初めてのキスも貴方にならいいかもと思えた!」

明仁:「渚・・・」

渚:「本当はね、シュン君に会いにこの街に来たの。思い出のあの子に会いたくて、でも、浮気しちゃったな」

明仁:「思い出の、シュン君?」

渚:「子供の時に一度だけこの街に来たことがあるの。その時に私を助けてくれた男の子がいるの。私には特別な事だったのにそれをするのは普通だっていって、いなくなった。覚えてるのはその子を呼んだ女の子が『シュン君』って言ってたことだけ」

明仁:「それってやっぱり───」

渚:「シュン君の事、何か知ってるの!?」

明仁:「ああ、多分知ってるよ」

渚:「なんでもいいから、どんな事でもいいから教えて!!」

明仁:「・・・多分、未捺も含めて話した方が早いよ」

渚:「分かったわ、それじゃあ早く帰りましょ!」


明仁:そう言って彼女は少し浮き足立った様子で俺の前を歩き始めた。
明仁:どこか上の空で、どこか嬉しそうで。
明仁:今までしてた話なんて、何処かへ吹き飛んでしまったかの様だ。
明仁:その様子が、初めて見る彼女の新しい姿が、可愛くて、愛おしくて、俺も上の空で、その姿を見ていた。
明仁:だから気付かなかった。
明仁:渚が、赤信号の歩道に踏み出してしまっている事に。
明仁:けたたましいクラクションが聞こえた。


明仁:「なぎさぁぁぁ!!危なぁぁぁい!!!」


明仁:口で言うよりも早く足は動いていて。
明仁:気づいた時には渚を突き飛ばして、俺はトラックの前に立っていた。


渚:「えっ」


明仁:君が無事で良かった。
明仁:・・・これじゃあ、ホントにあの時と同じみたいだな。
明仁:それを認識すると同時に、俺の意識はなくなった。


未捺:「2人とも全然帰ってこないね~」

歩美:「確かに。もう日も沈むというのに」

未捺:「ボディーガードとして、大丈夫?」

歩美:「明仁を信頼しているからな」

未捺:「ふ~ん・・・じゃ、夕飯作ろ!」

歩美:「未捺がか?」

未捺:「ツリー整えたらクリスマス気分になっちゃったし、ちょっと豪華なものでも作っちゃお?北条院のご馳走には負けるけど、気持ちで勝つから」

歩美:「分かった、私も手伝おう」

未捺:「アキ、喜んでくれるかなぁ」


明仁:その日、冬瀬渚の屋敷には豪華な料理が振る舞われた。
明仁:心のこもった、とても豪華な料理が。
明仁:しかし、その料理が・・・食べられることは無かった。


渚:「明仁!!明仁ぉっ!!」


明仁:彼女の慟哭が、降り出した雪に包まれ、虚しく響き渡った。
明仁:俺が目を覚ましたのはクリスマスはもう終わり、新年を迎えた後だった


続く。
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