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彼女の心は止まっている。ー秋ー

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⚫キャラクター紹介
・駿河明仁(するが あきひと)
普通の高校に通う、普通の高校1年生。
渚との出会いをきっかけに、大きく生活が変わっていく事に。

・冬瀬渚(ふゆせ なぎさ)
容姿端麗で世界一の大富豪を父に持つ、住む世界が違う転校生。
ある目的を秘めてこの街に引っ越してくる。

・遠野・S・歩美(とおの・すぷりんぐ・あゆみ)
渚と一緒にやって来た高身長ハーフ転校生。
渚に仕えてメイドをやっているが、それには理由がある様子。

・城ヶ崎未捺(じょうがさき みなつ)
どこかマイペースな、明仁の幼馴染で同級生。
明仁に気がある様子だが、誰にも気づかれていない。
と思っているが、夏休みから少し状況が変わった。

彼女の心は止まっている。3話(秋)
配役表 1:3:0
・明仁♂・・・
・渚♀・・・
・歩美♀・・・
・未捺♀・・・

⚠台本として利用する際の規約⚠
https://writening.net/page?nJG7kt
作者X(@autummoonshiro)でも確認出来ます。




──────本編──────




とある山の中。
とにかく見つからないように隠れながら喋り出す。

明仁:みんなは最後の晩餐という絵を知っているだろうか。
明仁:レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたというキリストと12人の使徒達が食事をしている有名な絵画だ。
明仁:要は信頼出来る仲間と食事を取ってる、ぐらいに俺は思ってる。
明仁:あの絵って、本物はめちゃくちゃデカいんだぜ。
明仁:興味がある奴はサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会に行って、見てきてくれ。
明仁:あ、これ、口に出して言ってみたいカタカナランキング俺の中で1位。
明仁:さて異常気象とまで言われた暑さを抜け出し、気温も落ち着き出した秋。
明仁:俺は忍者のように身を隠しながら、山を這っている。
明仁:タコと言うべきか、カメレオンと言うべきか。
明仁:いや、いくら頑張ってもホモ・サピエンスだ。
明仁:俺がこんな事をしているのにはある理由がある。
明仁:なんとしても見つかる訳には行かないんだ。
明仁:俺は自分の欲望のためになら、喜んでユダになろうじゃないか。


銃声の様なものが聞こえる。


明仁:おっと・・・俺が銀貨30枚握ったクソ野郎だとバレてしまったみたいだ。
明仁:なんでこんなことしてるのかって?
明仁:そんなの、説明してる場合じゃないんでな!
明仁:俺はこのミッション、何がなんでも成功させてやるっっっ!!!


歩美:彼女の心は止まっている。(タイトルコール)


時間は戻り屋敷の中。
渚が階段を降りていると、踏み外してしまう。


渚:「きゃあっ!」

歩美:「危ない!」

明仁:「な、なんだ!」


明仁と未捺が部屋から飛び出してくる。
すると階段の近くで歩美が倒れている。


歩美:「つぅ・・・」

未捺:「なになに~?」

渚:「階段で私がつまずいてしまって、それをかばって歩美(あゆみ)が・・・」

歩美:「これくらい、大丈夫です、お嬢さ、痛っ」

渚:「大丈夫じゃなさそうね」

明仁:「ほら、足見してみ?」

歩美:「あ、ああ・・・」

未捺:「わ~、腫れてるね」

明仁:「いや、軽く言うな!結構だぞ、これ」
渚:「ホント・・・」


歩美の足は真っ赤に腫れ上がっている。


歩美:「大丈夫です、お嬢様。通常の業務に戻りますので」

渚:「駄目よ、何言ってるの!今すぐ医者に来てもらいます」

歩美:「お嬢様・・・申し訳ございません」

渚:「私のせいで、ごめんなさい」

歩美:「お嬢様こそ、お怪我は?」

渚:「ありがとう。歩美のおかげで大丈夫よ」

歩美:「お嬢様が無事なら良かったです。本当に、良かった」


明仁:ホント、遠野(とおの)はいつでも献身的だ。
明仁:それが仕事なんだろうけど、それだけじゃない何かを感じる。
明仁:そもそも、俺たちと同じ歳なのに既に『働いてる』というのが実はあまりよく理解出来ていない。
明仁:何か特別な理由があるのだろうか・・・。
明仁:しばらくして、じいやさんの手配した医者がやって来た。
明仁:診断の結果は捻挫で、全治5日程度らしい。


明仁:「明日からちょうどシルバーウィークで学校も休みだし、しっかり休めよ」

歩美:「そんな訳に行くか!休んでなど、いたっ」

未捺:「無理しない方がいいよ~」

渚:「歩美、ちゃんと休んで足を治して。治すまでは、私のお付は未捺(みなつ)とじいやにしてもらうわ」

歩美:「なっ、は、え、お、お嬢様!?」

未捺:「かっしこまりました~!」

渚:「学校も休みだし、北条院の保養地に行きましょう。紅葉が見える温泉旅館があるのを知ってるわ。そこなら、歩美も仕事をせずにしっかり休めるでしょ?」

歩美:「お、おじょ、お嬢様!な、ななな、何を言っているのですか!?私が、お嬢様の、お付でなくなる・・・?」

渚:「思えば、ちゃんとした休みがなかったものね。ちょうどいい機会だわ」

歩美:「これは、実質、クビ・・・私が・・・足を捻ったばかりに・・・」

明仁:「いや、クビとは言ってなかっただろ?しっかり休めばいいじゃん」

歩美:「ああ・・・。そうだな・・・」

明仁:「あ、全然聞いてないなコレ」

歩美:「クビ・・・お嬢様・・・」

渚:「(ため息)」

明仁:「んじゃ、サクッと準備してその旅館?向かおうぜ!」

未捺:「お~!」

渚:「ふふ。歩美の為に行くけど、2人も楽しんでね」

明仁:「うん!」

未捺:「ありがと~」


場所は変わり北条院の所有する旅館へ。


明仁:こうして俺達は北条院の所有する山奥の温泉旅館へと向かう事になった。
明仁:温泉か~・・・また皆の浴衣着てる所が見れるなぁ。
明仁:・・・遠野の事は心配だけど、まぁ全治5日なら大丈夫だろう。


歩美:「お嬢様のお付でなくなる・・・私が・・・そんな・・・」


明仁:・・・もっと別の問題を抱えてそうだけどな。
明仁:とはいえ、俺に口出し出来ることでもないかな。
明仁:もう4ヶ月見てきてるんだ、いやでも分かる。
明仁:アイツが求めてるのは俺の言葉じゃないんだってな。


渚:「折角だからしっかり休んでね、歩美」

歩美:「はい・・・」


明仁:なんてやり取りしてたけど、どこまで聞いてるんだかなぁ・・・。
明仁:旅館に着くと、各々自分の部屋へと向かっていく。
明仁:さ、俺は俺で大事な確認をしないとな。
明仁:という訳で早速渚(なぎさ)ちゃんの部屋の前。


明仁:「ねぇ、渚ちゃん」

渚:「なんですか?」

明仁:「温泉旅館って話だったけど、露天風呂はあるのかな?」

渚:「もちろん付いてますよ?」

明仁:いよっっっっっしゃああああ!!!!
明仁:心の中の俺が盛大なガッツポーズを決める。
明仁:魔王を倒した勇者でもこんなガッツポーズをすることはないだろう。

渚:「この時期なら、露天風呂から紅葉が見えてものすごく綺麗なんですよ。明仁(あきひと)君も行ってみてね」

明仁:「ありがとう、渚ちゃん。本当にありがとう!!!」

渚:「ふふ。そんなに喜んでくれるなんて、私も嬉しいわ」

明仁:「それじゃあ、また後で!」

渚:「あ、覗いたりしないでね?」

明仁:「そんな事しないよ!」

明仁:ごめんね、渚ちゃん・・・。
明仁:ええ、死ぬほど喜んでおりますとも。
明仁:紅葉が見れるなんて情報までくれるとはな。
明仁:いかんいかん、顔がにやけてしまう。
明仁:あくまで紳士にスマートに、こんな所でバレるわけには行かないからな。
明仁:天使のように眩しい笑顔を尻目に、俺の心は腐りきってて胸が痛いぜ・・・。
明仁:ユダってこんな気持ちだったんだろうか。
明仁:さー、作戦を遂行していこう。
明仁:続いて未捺の部屋へ。


明仁:「未捺ー、ちょっといいか?」

未捺:「どうしたの?」

明仁:「少しお願いがあるんだが」

未捺:「お願い?」

明仁:「この周辺の地図と、今日の予定をじいやさんに聞いてくれないか?」

未捺:「荷物置いたら夕飯に集まって、その後は大露天風呂をどうぞってさっき言ってたよ?」

明仁:「あー、そっかそっか!そんなこと言ってたっけー!」
明仁:自分のことに夢中で聞いてなかった。
明仁:抜かりないな、じいや。

未捺:「地図は旅館のパンフレットとかにあるんじゃない?」

明仁:「あー、確かに。それと、悪いんだけど夕飯はいらないっていうのも伝えといてくれ 」

未捺「え、体調悪い?」

明仁「まぁ、そんなとこかなー。やりたいことがあってさー」

未捺:「ふ~ん、わかった」


明仁:こういう時に未捺のいい加減さは本当に助かる。
明仁:皆が食事してるうちに準備をすればいいな。
明仁:うへへっへっへっ!
明仁:俺はやる、やってやるぞ!!
明仁:遠野の部屋は・・・特に用無し。
明仁:と思って部屋の前を通り過ぎようとしていると、丁度遠野が出てきた。


歩美:「・・・明仁か」

明仁:「よぉ。もう準備が済んだのか?」

歩美:「・・・特に、荷物もないからな」

明仁:「着替えとかは?」

歩美:「メイド服しか私服はないと言っただろ。今日の服も今日の為にお嬢様が用意してくださった物だ」

明仁:「ああ、言ってたな、それ。ふーん・・・」


明仁:言われてみると渚ちゃんの服に似てる気がする。
明仁:渚ちゃんの趣味の服ってことなんだろうか。
明仁:特注の服とか着てそうだもんなぁ。


歩美:「明仁こそ、もう準備は済ませたのか」

明仁:「ああ、俺は、ちょっとな」

歩美:「何かくだらない事でもたくらんでいるのか?」

明仁:「へ!?いや、まぁ、あはは・・・」

歩美:「・・・そうか」

明仁:「え、お、おい」

歩美:「なんだ?」

明仁:「止めないのかよ?」

歩美:「・・・好きにしろ」

明仁:「好きにしろって・・・」

歩美:「私はもうお嬢様のお付ではなく、暇を貰っている身だ。お前が何をしていようと私には関係ない。どうせ怪我をしてる私は、お嬢様の邪魔でしかない」

明仁:「邪魔でしかないって・・・」
明仁:・・・調子狂うなぁ


明仁:遠野は少し俯くと、絞り出したようなか細い声で喋り始めた。


歩美:「・・・ねぇ、明仁?」


明仁:急な変化に戸惑ってしまう。
明仁:初めて見る顔で、初めて聞く声で、遠野が俺の名前を呼ぶ。


明仁:「・・・何?」

歩美:「渚のお付じゃない私は、ここに居ていいのかな」

明仁:「・・・・・・」

歩美:「私にその価値が───」

未捺:「なーに話してんの?」

明仁:「おお、もう準備済んだのか?」

未捺:「へへーん、バッチリ!歩美は?」

歩美:「すまない。体調も優れないから、私は夕飯は別で頂くことにする。お嬢様にもよろしく伝えておいてくれ」

明仁:そこにさっきまでの遠野・スプリング・歩美は居なかった。
明仁:遠野はそれだけ言うと、自室に戻り鍵をかけた。


歩美:『私にその価値が───』


明仁:・・・なんて言うつもりだったんだろう。
明仁:ある程度想像はつくけど、それはもしかして・・・。
明仁:あー、調子狂うなぁ、もう・・・。


明仁:こうして俺は皆と別行動を取り、紅葉の山へと向かった。
明仁:超高性能の双眼鏡や、撮影機能の付いたドローンやら、完璧な装備でな。
明仁:じいやは夕飯が済んだら大露天風呂を、と言っていた。
明仁:つまり俺に許された時間は夕飯の時間だけ。
明仁:そろそろ俺の目的が君たちにもバレた頃だろう。

 
未捺:「渚~、また大きくなったんじゃない?」

渚:「えっ、そうかしら・・・?」

未捺:「ふーーーむ・・・とぅっ!」

渚:「ひゃあっ!あ、ちょっと、んんぅ」

未捺:「揉み心地が海の時より良いですのう」

渚:「み、未捺!やめてっ!ああんっ!」

未捺:「良いですのう、良いですのう」

渚:「あっ、やっ、もうっ、あ~~~ん!」


明仁:ぐっっっっはぁ!!!!
明仁:やべぇ、鼻血が止まらん・・・。
明仁:最高か?最高かよ、未捺!
明仁:そんなに良いですのうしちゃうのかよ未捺ぅ!!
明仁:そしてそんなに成長してるのかよ渚ちゃんっっっ!!
明仁:と、ああ、いかんいかん。
明仁:今のはあくまで俺の都合の良い想像だ。
明仁:だが、想像で終わらせないために、俺は何としても・・・


明仁:「露 天 風 呂 を 覗 く ! !」


明仁:ボディガードを兼ねてるはずの遠野はいない。
明仁:代わりに着いた未捺はスキだらけ。
明仁:紅葉が見れるように外に開けているという露天風呂。
明仁:これはつまり、紅葉側からなら、露天風呂が覗けるということだ!!!
明仁:こんなん、やるしかねぇだろ!!!
明仁:パンフレットの地図を元に俺は露天風呂の向かいの最高のポジションを確保した。
明仁:さーて、そろそろいい時間のはずだ。
明仁:行けっ、北条院の人にこっそり用意して貰ったドローン!


ドローンを取り出した瞬間、銃声がしてドローンが撃ち抜かれる


明仁:「なにっ!?くそっ!」

明仁:俺は慌てて落ち葉に身を隠す。
明仁:何が起きたって言うんだ・・・
明仁:俺はドローンを拾い上げると、撃たれた場所を見た。

明仁:「小さな、ゴム弾・・・?」

明仁:正確にレンズを撃ち抜かれて、もう録画機能は働きそうにない。
明仁:クソ・・・どうなってやがるんだ!
明仁:俺に覗きを諦めろって言うのか!?
明仁:俺の心が折れかけた瞬間、ドローンについた超超超高性能マイクがある声をキャッチした。


未捺:「露天風呂かー、楽しみ~!」

渚:「私も一年ぶりだから楽しみだわ」

歩美:「私まで、ありがとうございます」


明仁:「んんんんんんん!?!?!?」


明仁:あきらめ・・・られない!!!
明仁:チクショウ、どうする、どうする俺!?


未捺:「渚はやっぱりブラ大きいなぁ」

渚:「そうかしら・・・?」

歩美:「未捺だって、充分あるだろう。私なんて・・・」

渚:「あら、私は歩美みたいに何を着ても似合うスタイルが羨ましいわ」

歩美:「そ、そうでしょうか・・・?」

未捺:「そうだよ~、私なんて太ってるだけだもん」

渚:「太ってるなんてことないでしょ」

未捺:「お屋敷に来てからご飯が美味しくて・・・」


明仁:「はぁはぁはぁはぁ」
明仁:え、やっば、既に最高なんだが?
明仁:妄想が捗りすぎるんだが??
明仁:超高性能マイクつんどいてよかっ───
 

また銃声が響き、ドローンのマイクを破壊する。


明仁:くっっ!!
明仁:やられた!!
明仁:命中精度良すぎだろ!!
明仁:もうこの双眼鏡で覗くしかない・・・
明仁:敵のスナイパーの位置はどこだ。
明仁:俺が撃たれたら元も子もない。
明仁:俺は双眼鏡で、弾が飛んでくる方を見た。


明仁:「じいや!?」


明仁:しまった・・・!
明仁:遠野だけだと思い込んでいた・・・。
明仁:じいや、まさかスナイパーライフルを持っているとは。
明仁:って、あれ、口パクしてる・・・?


明仁:「あ、し、も、と、を、み、ろ・・・?」

明仁:足元って・・・あれ、掘り返したような跡がある。
明仁:これは、手紙か?

明仁:「『諦めろ小僧。次は頭を撃ち抜くぞ』」


明仁:俺がここを陣取る事までじいやの想定の範囲内だっつうのかよ!
明仁:どうしたらいい、どうすべきだ。
明仁:諦めるしか───


未捺:「わー、すっごい綺麗!!」

渚:「ほんと!!見事な紅葉ね!」

歩美:「こんなに綺麗とは・・・時期があって良かった」


明仁:諦めちゃダメだ。諦めちゃダメだ。諦めちゃダメだ。諦めちゃダメだ。諦めちゃダメだ。諦めちゃダメだ。諦めちゃダメだ。諦めちゃダメだ。諦めちゃダメだ。諦めちゃダメだ。諦めちゃダメだ。諦めちゃダメだ。諦めちゃダメだ。諦めちゃダメだ。諦めちゃダメだ。


未捺:「渚ー、紅葉とバッチリ似合ってる!ホント可愛いよね」

歩美:「流石です。お嬢様」

渚:「ふふ、歩美が教えてくれたおかげよ」


明仁:3人が露天風呂に出てきたからだろうか、よく声が聞こえる。
明仁:一体何の話をしてるんだ?
明仁:じいやから隠れてるせいで何も覗きようがない。
明仁:・・・行く。
明仁:俺は行くぞ、じいやーーーッッッ!
明仁:覗いていいのは、撃たれる覚悟がある奴だけだ!!
明仁:うおおおおおおおお!!!
明仁:俺は木の影から飛び出し、全身を晒しながらも双眼鏡を構えて、露天風呂を覗いた。


渚:「紅葉に似合う様、じいやが選んでくれたのよ」

未捺:「私のも選んでもらったの~」

歩美:「やはり、和の雰囲気と言うものをよく分かってらっしゃる」


明仁:「全員水着来てんじゃねぇかぁぁぁぁあ!!!」

明仁:そして俺は

明仁:じいやに頭を撃たれて

明仁:気絶した。

明仁:後で分かったことだが、俺の手にしていたパンフレットには『紅葉が見えるように露天風呂の壁が低くなっておりますので、必ず水着を着用の上でご利用ください』と大きく、とても大きく、誰でも分かるように、最後の晩餐かよってくらい大きく、しっかりと書いてあった。

明仁:俺は薄れる意識の中で、微笑むじいやの顔に向かって叫んだ。

明仁:「ちっっっくしょおおおおお!!!!」


渚:「今、何か聞こえませんでしたか?」

未捺:「え~、気のせいじゃないかな?」

歩美:「・・・バカ」

渚:「歩美?」

未捺:「バカって?」

歩美:「あ、いえ、なんでもありません」

渚:「そう・・・?」

歩美:「あの、お嬢様。捻挫の炎症で湯船にはつかれませんので、私はこれで」

未捺:「えっ、そうなの!?」

渚:「分かったわ、付き合ってくれてありがとう、歩美」

歩美:「あ・・・その、私も、こんな形でも、オシャレが出来て嬉しかった、よ」

未捺:「わ、可愛い」

歩美:「はぇっ!?」

渚:「ふふ、やっぱり歩美は敬語じゃない方が良いわ」

歩美:「そ、そんな、私ごときが、か、かかか、かわいいなんてことは!その、ありえませんので!」

未捺:「可愛いよ~?」

渚:「未捺の言う通りよ」

歩美:「そ、そんな、ことは、あの、その、えっと・・・し、しつれいしましゅ~!!!」

未捺「あはは!」

渚:「うふふ!」


歩美は一人先に露天風呂を後にした。
それからしばらくして、明仁は歩美の部屋で目を覚ます。
明仁は歩美に膝枕をされながら横になっている。


明仁:頭に柔らかいものが当たっている気がする。
明仁:暖かくて、どこか優しい感じ。
明仁:時折頭を撫でられているような感触もある。
明仁:ああ、思い出してきた。
明仁:俺は寝てるのか。
明仁:起きなくちゃ・・・

明仁:「う、ううん・・・」

歩美:「目が覚めたか?」

明仁:「え、遠野・・・?」

歩美:「まだ動くな。気絶してたんだから」

明仁:「お、おう・・・」

歩美:「好きにしろとは言ったが、本当にやるとはな」

明仁:「うぐ・・・」

歩美:「頭の傷を見ると、痛い目にあった様だな」

明仁:「ああ、そうだよ」

歩美:「少しは懲りたか?」

明仁:「・・・懲りた」

歩美:「それで何をしようとしたんだ?」

明仁:「露天風呂を、覗こうと・・・」

歩美:「なるほどな・・・。全く、なにをしているんだか・・・」

明仁:「うるさいな、見たかったんだよ」

歩美:「水着をか?プライベートビーチに行った時に見ていたじゃないか」

明仁:「露天風呂は覗きたくなるものなんだよ!・・・水着だって知らなかったし」

歩美:「まぁ、お嬢様は本当に美人だからな。それも当然だ」

明仁:「ん?」

歩美:「どうした?」

明仁:「別に俺が見たかったのは渚ちゃんだけじゃないぞ」

歩美:「は?」

明仁:「三人が来ると思ってたからさ」

歩美:「な!?その、私もか・・・?」

明仁:「当たり前だろ」

歩美:「む、胸を張って言うことか!」

明仁:「悪かったって・・・」

歩美:「全く・・・。怪我は大丈夫か?じいやがあまり大きな怪我をさせるとも思えないが」

明仁:「ゴム弾で頭を撃たれただけだから、大丈夫。ヒリヒリするけど」

歩美:「確かに、赤くなっているな」


明仁:遠野が手を伸ばして、傷跡をさすってくる。
明仁:痛いとかよりくすぐったいような、不思議な気持ちになってくる。
明仁:こそばゆい、っていうのかな。


歩美:「ふ、ほんと、大きな怪我じゃなくて良かったな」


明仁:遠野が優しい笑顔で微笑んで、俺の頭を撫でてくる。
明仁:その笑顔に不覚にもドキッとしてしまった。
明仁:・・・きっと、あまり見なれていないからだな。


明仁:「なんか、今日はずっと変な感じだ」

歩美:「そうか?」

明仁:「そうだろ」

歩美:「・・・私はな、お暇、つまり休みを貰うのが初めてなんだ。だから、どうしたらいいか分からなくてな」

明仁:「普通に過ごしたらいいだろ?」

歩美:「お前はよくそれを言っているな」

明仁:「そうか?」

歩美:「ああ。・・・・普通とは、一体なんだ?」

明仁:「へ?改めて言われると困るな・・・」
明仁:あんまり深く考えたことがなかった。
明仁:当たり前のように使うワードで、そこに深い意味は存在してない。
明仁:会話をするのに口を開くみたいな、歩くために足を動かすみたいな。
明仁:俺にとってはそれぐらい、『普通』って言葉を使うのは、『普通』の事なんだ。
明仁:でも、確かに言われてみると、『普通』って言葉はすごく曖昧だ。
明仁:喋ることが出来なくて『普通』に手話を使う人がいたり、足がなくて車椅子で動くのが『普通』の人もいるわけだ。


歩美:「なぁ、明仁」

明仁:「ん?」
明仁:しまった、めっちゃ考え込んでた。

歩美:「少しだけ、私の話を聞いてくれるか?」

明仁:「・・・いいよ」

歩美:「私は、本当に女なんだろうか」

明仁:「はぁ!?どうした急に」

歩美:「本気で聞いているんだ」

明仁:「膝枕をしてくれて、頭も撫でてくれて、心配もしてくれて、しかもこんなスタイル良くて、可愛い顔してて・・・。まだまだあるけど?」

歩美:「む、うぅ・・・。明仁は、優しいからな。本当か分からん」

明仁:「確かに男勝りだなって思うことはあるけど、遠野は確かに女の子だよ」

歩美:「それだ!」

明仁:「は?」

歩美:「明仁は、私のことを遠野って呼ぶじゃないか」

明仁:「え、それが何か?」

歩美:「お嬢様も未捺も名前で呼ぶのに、私の事だけ名字で呼ぶ。それは私とあの二人は違うってことだろう?」

明仁:「あー・・・そんなの、深い意味ないよ。そんなこと気にしてるなんて知らなかった」

歩美:「本当か?」

明仁:「別に歩美って呼んだ方がいいならそう呼ぶけど?」

歩美:「な、なら、そうしてくれ。その方が嬉しいから」

明仁:「・・・」

歩美:「・・・」

明仁:「歩美はさ」

歩美:「へっ!?あ、ああ、なんだ?」

明仁:「何かあったの?」

歩美:「何かとは?」

明仁:「普通がどうのとか、女の子がどうのとかさ」

歩美:「ああ・・・。明仁の小学校にはハーフは居たか?」

明仁:「んん?いや、テレビとかでハーフタレントを見たことはあるけど、ハーフに会ったのは歩美が初めてかな」

歩美:「日本で普通に暮らしていれば、ハーフの出生率というのは全人口の2%程度だ」

明仁:「・・・少ないな」

歩美:「ああ。あったことがないというのも当然だ」

明仁:「それで?」

歩美:「イジメられていたんだ」


明仁:ああ、なるほど・・・。
明仁:そういう話になるのか・・・。


歩美:「私はクラスで1番身長が高かった。クラスどころか、学校全体で見ても高い方だったろう。胸は育つことなくスレンダー、顔付きは鋭く、目の色も違う。小学生の『普通』からしたら、私はさぞ『異常』な存在に見えたことだろう」


明仁:歩美の語る声が、少しずつ震えていく。
明仁:丁寧に紡ぐ言葉の中に紛れたほつれを、歩美は隠せてはいない。
明仁:俺は歩美の瞳を見た。
明仁:気にしたことがなかったが、綺麗に透き通った青い瞳をしている。


明仁:「知らなかった。目が青いんだな」

歩美:「怖いか?」

明仁:「ああ?そんな訳あるかよ!すごく綺麗な目で、羨ましいくらいだ」

歩美:「明仁、君は、本当に、本当に・・・」

明仁:「おいおい、褒めてんのに泣くなよ」


明仁:俺は歩美の瞳に手を伸ばして、目尻に溜まったその想いの欠片をぬぐい取る。

歩美:「なぁっ・・・」(驚き)

明仁:こんな小さな欠片でも、そこに詰まった想いは、どれだけ重たかった事だろう。

明仁:「それで?」

歩美:「あ、ああ・・・。その時に本当は男なんだろ、と散々言われてな。女に見えない、同じ人間とは思えない、ふつうじゃない・・・色々言われたんだ」

明仁:「子供だなぁ・・・」

歩美:「あの時の私にはそうやって受け流すことが出来なかった。私は本当は何者なんだろうと葛藤する日々だった。そうして私は、受け入れたんだ」

明仁:「受け入れた?」

歩美:「異常な物を受け入れるのは難しい。異常に生まれてしまった私がいけないのだ。だから、私が合わせなければいけないんだ、と」

明仁:きっと彼女は大人だったんだ。
明仁:その学校で誰よりも、大人だったんだ。
明仁:だからこそ、受け入れてしまった。
明仁:重く伸し掛る同調圧力を避ける術を思いつくだけの知能が、彼女にはあってしまった。
明仁:きっと、そういう事なんだろう。


歩美:「私は男なんだ。普通の人間ではないんだ、と。そうして私は女をやめた。普通を諦めた」


明仁:なんて、悲しい言葉なんだろうか。
明仁:歩美はきっとその時、『心を止めた』
明仁:そしてそのまま、ここに居るんだ、俺の前に。
明仁:俺を膝枕で抱える大きな少女に、俺はなんと声をかけていいか分からなくなってしまった。
明仁:しばらくの静寂が訪れる。
明仁:悩んだ末に俺の口から出たのは、至極当たり前の事だった。


明仁:「なぁ、歩美」

歩美:「なんだ?」

明仁:「お前はお前だよ。男とか女とかハーフと普通とか、そういうのどうでもいいんだ。お前は遠野・スプリング・歩美。それだけだ」

歩美「・・・っ!」


はっとしたように息を大きく吸い込む歩美。
明仁は一切気にすることなく続ける。


明仁:「性別なんか関係ない、どうでもいい!同じ人間だ。身長も目の色も体型も何もかも全部ひっくるめて、遠野・スプリング・歩美っていう、一人の人間だよ」

歩美:「な・・・あ、うぐ・・・あ、あきひとぉ」


歩美は大粒の涙を流す。


明仁:「だから、なんで泣くんだよ」

歩美:「あき、ひとがぁ・・・優しい、からぁ・・・」

明仁:「当たり前のことを言ってるだけだよ」

歩美:「それがぁ・・・もう・・・もうぅ~・・・!!!」

明仁:「・・・おいで」

歩美:「ふぇ!?」

明仁:「無理に強がんなくていいんだよ」


明仁:俺は体を起こしながら、歩美を強く抱きしめて、背中をさすってやる。


歩美:「う、えぐ、うぐ、うぁぁぁぁん」(大号泣)


明仁:歩美は言葉にもならない言葉で強く泣いた。
明仁:人目を気にすることも無い、ただ純粋な慟哭だった。
明仁:俺の胸の中に居るのは、きっとイジメ受けてたっていうあの頃の歩美だ。
明仁:純粋な青い瞳で俺を見つめている。
明仁:何かを訴えるように強く、強く見つめてくる。
明仁:その時の少女に、俺がしてやれることは無い。
明仁:だから、今は、ただ胸を貸してやる事にした。


しばらくの間。
2人は立ち上がり、向かい合うようにして喋っている。


明仁:「歩美は、人に甘えるってことを覚えないとな。力になれることがあったら、なんでも言ってくれよ」

歩美:「うん・・・」

明仁:「・・・スッキリした?」
 
歩美:「渚がね」

明仁:「?」

歩美:「渚がね、同じこと言ってくれたの。学校でひとり嫌われて浮いてた私に」

明仁:「なんて言ったの?」

歩美:「何を言われても気にすることは無いわ。貴方は立派な女の子、遠野・スプリング・歩美だから。何かあったら何でも言いなさい。って」

明仁:「・・・そっか。渚ちゃんには頭が上がらないなぁ」

歩美:「私はね、その言葉に救われたの。渚は私の事を救ってくれた、天使のような存在なの。その日から、私はずっと渚が大好きで、渚のお付として毎日を過ごしてきたの」

明仁:「その時からなんだ」

歩美:「必死に勉強して、北条院家に認められるメイドになろうって。そしたら、渚がじいやに掛け合ってくれて、今の私がいるの」

明仁:「男みたいに振る舞う歩美を受け入れてくれた、と」

歩美:「うん。私なんかでも受け入れてくれたの。それからは今までみたいな感じ」

明仁:「知ってるよ」

歩美:「だから、思うの」

明仁:「何を?」

歩美:「お嬢様のお付でなくなった私に、ここに居る価値があるのかなって」


明仁:ああ、さっきの言葉だ。
明仁:言いかけたのはこれか。
明仁:こんなの、考えるまでもない

明仁:「あるに決まってる」

歩美:「どうして、そう言いきれるの?」

明仁:「渚ちゃんにとって、歩美が大切だから、大事だから心配してるんだ」

歩美:「だと、いいな・・・」

明仁:「そうに決まってるよ」

歩美:「・・・ありがとう」

明仁:「本当のこと言ってるだけ。感謝されることじゃないよ」

歩美:「・・・。」


歩美は何かを覚悟するように、黙って深呼吸をする。


歩美「それからね、お暇を貰って、少し変わったというか・・・分かったことがあるの」

明仁:「ほう?」

歩美:「私のこの渚への思いは恋愛じゃなくて、憧れだった。私が今好きなのは───」


明仁:その時、部屋の扉がいきなり開いた。


未捺:「アキ!こんな所にいた!」

明仁:「へ!?」

未捺:「渚ちゃーーん!アキこっちにいたー!!」


明仁:走る足音がして渚ちゃんも部屋に入ってきた。


渚:「あー!!いましたねー?」

明仁:「な、なになになに!?」

渚:「明仁君!!」

明仁:「はいっ!」

渚:「じいやから全部聞きました。 」

明仁:「げ」


明仁:仏の様な優しい笑顔をしてるのに・・・。
明仁:何故だろう、般若のような牙とツノが同時に見えている気がする。


未捺:「露天風呂、覗こうとしたんだってねーーえ?」

明仁:「・・・へ、へぇー、そうなんだ。覗きねー、そんなことする奴いるんだー怖いねーじゃあもう夜も遅いし俺は部屋に戻るよそれじゃあ(早口)」


渚:「逃がしません♡」


明仁:渚ちゃんの横をすり抜けて部屋に戻ろうとしたら服を掴まれた。
明仁:あ、あー、笑顔が怖い。
明仁:さて、もう一度君たちに問おう。
明仁:最後の晩餐って知ってる?
明仁:あれに描かれた裏切り者のユダは、最終的に自分のやったことを後悔して首を吊るらしい。
明仁:君達にはそんなふうになって欲しくない。
明仁:俺はユダと違って自殺せずに、ちゃんと悔い改めることができる人間だ。
明仁:だから、はっきりとこう言おう。


明仁:「ごめんなさーーーーい!!!」

未捺:「許しません♡」(同時)

渚:「許しません♡」(同時)

歩美:「まったく、忙しいな、明仁」

未捺:「捕まえててくれてありがとう、歩美!」

渚:「歩美も手伝ってくれる?」

歩美:「・・・はい、かしこまりました、お嬢様」

明仁:「え、あの、ちょ、ちょっと・・・なんで三人でせまってくるのかなぁ!?ねぇ、聞いてる!?・・・んぎゃぁぁぁぁぁあ!!!!!」


明仁:そして響いた俺の悲鳴と共に、秋は深まり空気が徐々に冷えだしていく。
明仁:俺の気がついた時には、歩美はまたいつものお堅いメイドに戻っていた。
明仁:優しい少女のような側面を俺は知ってしまった。
明仁:もう今までのようには話せないかもしれない。
明仁:・・・っていうのは嘘。
明仁:だって、遠野・スプリング・歩美という一人の人間と話すだけなのだから。
明仁:肌寒い空気が体を通り抜ける。
明仁:色んな関係の変化を季節の変化と一緒に運んできているのかもしれない。
明仁:静かに近づいてくる冬が、俺にそんなことを考えさせるのであった。


続く。
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