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しおりを挟む「遂に出したんだ!本当に出すとは思わなかった!」
有紗が一際甲高い声を上げた。
「勧めたの有彩じゃん……」
もう飲ませない方が良いな……といつもの有紗の部屋で、青葉はその飲酒ペースに気を配る。
「あははっ——!そうだけどさーなんだかんだそういうのしないと思ってんだもーん、青葉って」
楽しそうに顔を赤らめて笑う有紗から、青葉はそっと酒類をテーブルの端の方へ遠ざける。
「まだ決まってないよ。申請通るかわかんないし……。若い訳でも無いし」
「Ωは需要高いから大丈夫でしょ!
私も出来ればしたかったー……処女膜再生手術受けようかな?
でもダメか、バレるね、最初する時。
確かに凄いもん、処女のヒート最強だよ?私もお金は貰ったけど、相手は結構なおじいさんだしオークションの時程お金も貰えてないしー……
惜しい事したなー。でも、おじいさん相手でも凄い良かったよ」
有紗の彫刻のような彫りの深い顔は満遍なく赤く染まり、常に笑みを浮かべて、青葉が聞いてもいない事を話しだす。
普段あっけらかんと明け透けもない話をする有紗でも、そんな話初めて聞いた……——と青葉も意外だった。
「でもさーその後どこで聞きつけたのか私の実の母親と今の旦那?って人達から連絡来てさー……。
捨ててごめんね、とかいろいろ謝られてこれからは仲良くしたいって言われたんだよね。
私もまだ若かったし、純粋だから嬉しくなって……。でも会う度に生活苦しいとか病気とかいろいろ言ってくるわけ。
だから、あげちゃうじゃん?お金。
そしたら、親戚って人にあの人うちには金の卵を産む鶏が居るからって豪遊してるから、早く逃げなさいって言われて……。それでもしつこく付き纏って来るから、αの有力者の愛人業始めて……って、そんなの青葉付き合い長いから知ってるか」
有紗はそう言って、ワインボトルにぐいっと手を伸ばす。
「私は鶏じゃないっつーの。それに、あいつらに食べられる位なら……——」
飲み過ぎだよ、と青葉が制しても、有紗はふふっと嬉しそうな顔で青葉の手をやんわり振り払い、グラスに並々とワインを注ぐ。
「ああ、そういえばあのオークション、結婚する人達も居るんだってー。稀に。
お互いが若いと結構そのままいっちゃう人も居るとか聞いた。
……愛なのかな?まぁ愛って事にしとくとロマンチックか、番なんて。
Ωと番ってある種ステイタスだし、憧れる人も多いもんね。αも番持ちってなぜか誠実そうに見えるじゃ無い?
バカだよねー……ただの持って産まれた性質なのにさー。
愛だって錯覚して結婚してまたα産むの……散々自分を苦しめた、αを……」
ニコニコしていた有彩の顔が段々と無表情になっていく。そして長くキラキラした爪で握っていたグラスは、不意にするりと手から滑り落ちた。
ガシャンッと音を立て、グラスの破片と赤いワインが床に広がる。
「有紗、今日本当飲み過ぎだよ……」
勝手知ったる有紗の部屋から、青葉は慌てて雑巾や掃除機を取り出した。
手元もおぼつかず動きも遅い有紗に代わって、青葉は手慣れた手つきで後始末を始める。
有紗は青葉の様子をぼーっと眺めながらなんとかその手伝いをしようとするが、青葉はその手を取って有紗を安全な場所に移動させた。
背の高い有紗を支え、なんとか青葉は有紗をソファの上に座らせる。
「いいじゃん、たまには……。あの人2週間位来ないし。家族旅行だってさ。私のヒートに合わせてこっち寄るみたい」
ソファに腰掛けた有紗は、ソファと同じ素材で出来た大きめのクッションを抱いて目を閉じる。
「……離婚するとか言っといて」
青葉は片付けながら、ついあの人の悪態を突いてしまった。
だがどうしても、ヒートに合わせて……というところが青葉は気に食わない。
「そんなもんだよ。私のようなΩはただただあの人が来た時に慰めて……
前みたいな離婚するしないのああいう演技に付き合うのも仕事……。現実逃避みたいな?私だってヒートの時の相手は必要だし……」
そう言って有紗はクッションを投げ出すと、フラフラと部屋に面した大きなガラス窓の方へ進む。そこからは階下の夜景が一望出来る。
「なんなんだろうねー私達って……番なんてさ、それでもなれるのは一握り。
死ぬまで一人で苦しむΩも居るのに……。
何かを得るためには努力するしか無いけど、私たちの場合……どう足掻いても得られない……。
生きるためなのに、失う物の方が多くて……。……もし、望んだものを得られたとして、今度はそれを失ったり裏切られたりする事に、ずっと怯える事になる……」
有紗は大きな窓ガラスに軽く手を付き、夜景を見下ろす。
後処理を続ける青葉は、その様子をチラチラと横目で眺めていた。
有紗の言い方は、番を否定しながら、どこかそれに憧れているような印象を青葉は感じた。
「有紗……番とか欲しいの?」
青葉が何気なく有紗にそう尋ねる。
「……そりゃヒートから解放されるなら、愛してなくてもお願いしたいよ。こんな性欲まみれの脳みそ作り変えて、普通に生きてみたい……。
普通に働いてーいつでもどこでも遊びに行ってー好きな人が居てー失恋したり、ときめいてみたり……。
周りにビクビクしなくても良い……そんな人生……」
有紗が青葉の方へ、顔だけ振り返った。
有紗の周りには遥か遠くの光が暗闇の中で数え切れない程の光の粒となり、煌めいている。
「でもそんな事想像したって無駄でしょ?人生はやり直せ無い、二度とね……」
タンクトップにホットパンツ姿の有紗は、そのスタイルの良さを家の中で青葉だけにでもまざまざと見せつけていた。
細く、長い手足……——
その長い腕には、よくよく見ると薄らとリストカットの線が数え切れない程幾つもあるのを、青葉は知っている。
薄くなって鈍く、細く光るその一つ一つの線は、数えきれないほど絶望した証拠だろう。
「……ああそうだ、要らない服とか全部あそこ纏めといたからスーツケースごと持ってってよ青葉。必要でしょ?オークションの時とか」
そう言って、有紗は振り向きざま開けたままの衣装部屋を指差す。
「……売ればいいじゃん。ブランドものばっかりだし貰ってもいつも困るよ。私、使う場所無いもん」
青葉はその指の先を見ながら、軽く首を振る。
「私の好みじゃないし、似合うとかって勝手に押し付けてくるだけなんだもん、あの人。
向こうも似合うとも思ってないし、ただのご機嫌取りだから。気に入ったのだけ着て、あとは売っていいよ。それなりの金額になるはずだから」
有紗はそう言って鼻歌を歌い始め、また窓の外に広がる階下を見下ろす。
「まだオークションも決まった訳じゃ無いのに……」
青葉が溜め息を吐くと、有紗は青葉を振り返り、イタズラっぽい笑みを浮かべた。その表情は少女の様な幼さを醸し出す。
決まったら焼肉奢ってー、と言って有紗は笑った。
「ふふ……。私達出会ってもう何年だっけ?もうすっかり、良い年になってきたよね……。若さが無くなったら、Ωでも価値、無いんだろうなー……そしたらさ——」
その先は知っている……
酷く酔うといつもアリサはそう言うのだ。
死んじゃおっか、と——
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