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しおりを挟む「…分かりました。戻ります。外で…待っていて下さい…」
瑞稀からそれだけ聞くと、喬一はくるりと身を翻した。
瑞稀は伊勢の方を一切見ずに部屋へ戻ると、淡々と少ない荷物を大きなトートバックに仕舞っていく。
「須藤…須藤、須藤!」
不意に瑞稀の手が止まる。
隣には、伊瀬が居た。
「待って、須藤。あいつに脅されてんの?」
伊瀬は、大きく暖かな手で瑞稀が荷物を仕舞っている手を掴んでいる。
瑞稀はゆっくりと、首を振った。
「…オークションに出て自分を売ったの。 そうすれば、奨学金は返せるから…経済的な不安を消したくて。これから、まともに働けるかも分からないから…」
瑞稀の言葉に、伊瀬は何も言わない。
伊瀬がどんな顔をしているか、瑞稀は確かめようとも思わなかった。
「…きっと、こういう生き方しか出来ないんだよね。今まで仲良くしてくれてありがとう。でも、もう会えない。会わない方がいい。
私は私がいるべき場所で、伊瀬くんは伊瀬くんのいるべき場所に居た方がいい」
本心だ。嘘じゃ無い。
もし、とか願望や夢を描く事があっても、所詮叶わないと分かってたから描けた。それでも、胸がときめいた時があったのだから、それだけで幸せだと瑞稀は思うようにしていた。
落ち込めば、何度も、何度も、伊瀬と走った二人三脚を思い出す。
きっと、これからも。
「何だよ、それ…今俺たち同じ場所にいるじゃん…」
伊瀬の苛立った声がした。
「…私は所詮Ωなんだよ。まともな人間らしい人生なんて送れない。伊瀬くんや…渚ちゃんみたいに…なんて、生きれない。結局αに生かして貰ってるだけ。
あの人のお父さんが、私をオークションで落札したんだって、あの人の誕生日プレゼントに。初めてを経験するΩは凄いって…」
「やめろっ!」
瑞稀の腕を掴む伊瀬の力がグッと強くなった。
「だけど…伊瀬くんには、伊瀬くんにだけは…知られたく無かったなぁ…」
瑞稀は体中の力が抜ける感覚がした。
遂に、空っぽになったのかも…
瑞稀の母も、こんな思いを幾度となく経験したのだろうか…
声を上げて泣きたいのに、涙さえ、もう一滴も出てこなかった。
「…俺、須藤がΩって知ってた。いや嘘…そうじゃ無いかなって、思ってた」
絞り出す様に告げる伊瀬の言葉に、瑞稀は驚きの余り伊瀬を見上げる。
「なん…で…」
「…高校の時、須藤αの奴が近づくとあからさまに避けてたから。避けるって言うか近付かないようにっていうか…。
だから、リレーの時も…本番以外は近付かなかった。須藤が、嫌かなって…思って…」
伊瀬は太陽のような人だと思っていた。
いつも人に囲まれて、キラキラと輝いて見えていた。
その暖かさは、やはり本物だったらしい。
こんなにも、優しい人なのだと実感すると、胸に込み上げるものがあった。
居なくなったまま帰ってこない方が良かったかもしれない。
あの分相応のマンションで、煌びやかなものに囲まれて、αの男に弄ばれて喜んでいる自分の体は、既に心とは別の場所にあった。
伊瀬がそばにいると、瑞稀の心と体、その2つはどんどん引き裂かれて、取り返しのつかない深い亀裂を作り出す。
自分が、1番最初に手放さないといけなかったものを、自分はまだ後生大事に取ってある。
それが、きっと、こんな苦しみを運んできた。
「伊瀬くん、私伊瀬くんにはずっと幸せでいて欲しい。
それと、後悔はしないで欲しい。…彼女に会いに行ったら?会えばきっと、何か変わるかもしれない。
ううん…絶対、何かが変わるよ…
…もう会えないけど、ずっと、伊瀬くんのこと忘れない。ありがとう」
さようなら、そう言って瑞稀は伊瀬の掴んだ手を振り解いて立ち上がる。
後は、決して振り返らなかった
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