そのΩ売りました。オークションで。

塒 七巳

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「…体調はどう?」
 大学の東條の部屋に呼ばれた瑞稀はソファに座り、東條が入れてくれたコーヒーの香りを楽しんでいた。
 
「あんまりパッとしません。ヒートが不規則なのかもしれないって渚ちゃんも言ってて…。来るのがそもそも遅かったので」
 カップを持ったまま、香りを楽しめど中々口に運ぶ気に瑞稀はなれなかった。
 
 ここ何日かはホルモンバランスのせいか味覚が過敏だからだ。
 
 
「僕等の体は、本当に気まぐれだよね。 一体なぜかって僕もよく考えたものだよ」
 東條は穏やかな顔でコーヒーを啜った。
 
 その余裕さは、やはり、ヒートがもたらす恐怖から解放されているからだろうか。
 
 
「αを産むためですよね?Ωって、その為に存在してるっていうか」
 瑞稀がそう言うと、渚は少しだけ目を伏せて、コーヒーを机へ置いた。
 
「勿論、そう考える事も出来るね。あとは絶対の運命の人を確実に見つけれるってお墨付きもあるかな。現実離れしているようで、1番近くにそれがあるのがΩ…。ロマンチックな割に、生き方は過酷だけど…」
 
 そんな考え方が出来るんだ…と瑞稀は目を丸くする。
 
 東條も、言わないだけで、過去には様々な事があっただろう。
 
 
 
「僕もαが嫌いだった。居なくなって欲しいって思ってたよ。だけど、僕は1番Ωが嫌いだった。ヒートが来てから、毎日死ぬ事ばかり考えて、どう死のうか考えれば心が安らいだ。だけど、それでも勉強して抑制剤を作ろうとか…矛盾してるけど…生きたかったんだろうね。Ωに打ち勝つって希望を捨てられなかったんだよ。まぁ今も打ち勝ったかは分からないけど。思い返せば、いろんな人が居た。…αだって悪い人ばかりじゃなかったよ」
 東條はそう言って自らのうなじを摩る。
 
 
 生きたかった…その言葉に瑞稀は共感するものがあった。
 
 Ωを捨てれば、人間として生きていける
 
 そう確信があったのに…
 
 手術すると言いながら、将来の自分は今の自分の選択をどう思うか考えてしまうことがあった。
 感謝してるのか、後悔してるのか…
 
 
 
「…」
 正解を自分で導き出さなくてはならない。正解になるような人生を歩まなくては…きっと希望まで消えて無くなってしまう。
 
 瑞稀はコーヒーをほんの少し啜った。
 
 
 
 それと同時に、瑞稀のポケットに入れたスマホが震える。
 
 取り出した画面には、よく知る人物から一度会って話したい…そう記されたメッセージが映されていた。
 
 
 
 瑞稀は待ち合わせ場所をよく知っている。
 数ヶ月までは足繁く通ったものだ。
 
 もしかしたら…を期待して、少しでもそのもし、の確率を上げたくて…
 
 
「須藤、ごめん。待った?」
 ぼんやりと前を見ていた瑞稀の頭の上から、耳に付いて離れない声が降ってくる。きっと何処にいても、この声がしたら、その声の主を自分は探すのだろう…瑞稀はそんな風に思った。
 
「全然」
 瑞稀が軽く顔を左右に振り、隣に伊瀬が座る。
 
 
「「…この間」」
 2人の声が重なった。
 
 思いがけないことに驚いて、2人目を見開いて見つめ合う。
 
 ごめん…と伊瀬が呟くと、2人どちらとも無く笑みが漏れた。
 
 
「この間はありがとう。私が自分で対処しないといけないのに…」
 瑞稀がそう言うと、伊瀬が首を振る。
 
 もう伊瀬とこんな風に過ごす日は来ないと瑞稀は思っていた。
 
 穏やかで、ゆっくりで、暖かい…そんな空気感が懐かしくもあり、どこか居心地が悪い。
 
 自分が変わってしまったのを、瑞稀は嫌でも自覚した。
 
「…須藤、俺が嫌?」
 伊瀬は大きな体を小さくして、瑞稀にそう尋ねる。
 

「嫌とか…!そういう…」
 瑞稀は咄嗟に体を背もたれから離し、それを否定した。
 
「むしろ…私みたいな…私みたいな人間、伊瀬くんが気持ち悪いかなって。申し訳無いっていうか」
 纏まりの無い気持ちを瑞稀が溢すと、伊瀬は眉間に皺を寄せて、瑞稀をじっと見つめる。
 
「須藤が決めたんだ。何も、誰も悪く無い。気持ち悪いなんて、1ミリも思ってないよ」
 瑞稀は伊瀬の目が見れなかった。
 見れば同情を誘い、善意に付け込んで纏わりつこうと卑怯な自分が出て来そうになる。
 
 自分で決めた事だ。苦しむのも耐えるのも、1人でするしか無い。
 

「むしろ自分が嫌になる。…俺にもっと金があったら、とか。あいつみたいな凄い家に産まれて、とかだったら…須藤の事もっと手伝えたかもしれない。須藤がどうなっちゃうか、ずっと心配だった。あいつが良い奴なら…それで構わなかったけど。あいつは須藤より、Ωに興味がある感じだったから…」
 
 伊瀬の言葉が、瑞稀の脳内におかしな妄想を連れてくる。
 伊瀬がまるで…瑞稀を特別に思ってくれているような、そんなくだらない妄想が恥ずかしくなった。
 
 
 
 
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