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3その4
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鼻息も荒く「追いつく」と宣言したグラント警部だったのだが、結論を言ってしまえば、その後すぐマギエラを見失って、スキットルズ・インまでそのままだった。
「遅かったわね」
文句を言いつつも店の前で待ってくれていたあたり、マギエラの性根は優しいし、また素直なのだろう。もちろん、原形を留めていない四輪自動車に、グラント警部への同情を禁じ得なかったという部分もあるには違いないだろうけれど。
可動反射板搭載型の機関ランプを紛失しただけでおよそ五十ポンドとあって、グラント警部は、先程から青息吐息だ。大きな体も今は小さく見える。
「なんとしても手柄を立てなければ……」
「じゃあ、コレットの部屋まで案内してくれる? わたし、まだ見てないのよ」
「馬鹿なことを、機巧師絡みの事件だぞ? あそこは、一般人は立ち入り禁止だ」
シッ、シッ、と蠅でも払うようにするグラント警部に、「けち」と呟きつつ肩をすくめて、マギエラが通りを歩き出した。
グラント警部に一礼をして、マギエラを追いかける。
「エリー、どこに行くのさ?」
「ミント・インよ。グレンが一緒だと部屋に入れないみたいだから、こっちは昇進したての警部殿に任せて、先に昨晩の現場を見ておくわ」
ええと、つまり……。
「殺人事件を調べるつもりなのかい?」
それはまた随分と危険な気がする。「僕は、てっきりお母さんの行方を捜すものだとばかり思っていたのだけれど……ここに来たのも、その為じゃなかったのかい?」
「あら? さっきは『今のままだと安心して街を歩けないから、警部に協力しないと』って言っていたわよね。それなのに、あなた切り裂き魔の捜査に反対なの?」
目をパチクリさせて、マギエラは「意外だわ」とでも言いたそうな顔だ。
「あれは、警部の質問に答えるべきだ、って意味だよ。素直に答えてあげて欲しい、ってね。殺人事件の捜査をしろ、だなんて危ない事は言わないよ」
あるいは、女の子を相手にそんな事を言う男だと思われていたのだとすれば、ちょっと心外だ。
「なるほど、ね」
ふぅ、とため息をついたマギエラが蒸気パイプを取り出した。灯りの消えた機関ランプの支柱に背中を預けて、パイプに口を付ける。薄桃色をした口の端から、白煙が細くたなびく。
「いいかしら、チハヤ。一度、答える気でよく考えてみなさい。何故シャーロットは殺されたの? 何故わたしが切り付けられたの? どうしてお母様が狙われたの?」
何故、って……そんなこと、分かるはずない。「そう、分からないのよ。目的が分からない以上、お母様が再び襲われることだってあるかもしれない。だから、わたしは犯人を捕まえるために捜すの」
「……言いたい理屈は分かるよ」
とはいえ自分は、ブルーワー街を飛び出していった彼女にある種の危うさを覚えて、そこで脅威から遠ざけたり守ったりすることを選んだのだ。千早が今ここにいる理由がそこにある。だというのに彼女自身は、脅威その物を取り除くことを、平然と選んでいるわけだ。
万事が上手く運べば、問題はないだろう。けれどそれには千早自身が、蒸気機巧術を知る手立てと大事な同居人とを、同時に失う恐れを許容しなければならない。
正直、諸手を上げて賛同する気には、とてもなれない。
「エリーの身が危ないよ。やめた方が良い」
「いいえ、やめないわ。危険は承知だもの。それに……この傷を治せるのは、お母様だけだもの。だから、死んでもらっては困るのよ」
憂い顔になって布の巻かれた首に触れるマギエラの、その表情を前に、千早は肩をすくめるしかなかった。心配で心配で、居ても立っても居られないという感情が、瞳の奥から滲み出ていたのである。これを止めるのは無理だと察した。
「心配なのは、傷の事じゃないよね」
せめて本音だけでも聞いておこうと、これを指摘すれば、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向くマギエラだ。彼女は、どうしてこう基本が素直でないのだろう。性根は真っ直ぐなのに、表面上はそれを認めたがらない。それどころか、パイプから口を放して、さっさと歩いて行ってしまう。
思わず、ため息が漏れた。
ボディ―ガードとやらをして欲しいなら、あまり勝手に歩き回らないで欲しいものだ。
「遅かったわね」
文句を言いつつも店の前で待ってくれていたあたり、マギエラの性根は優しいし、また素直なのだろう。もちろん、原形を留めていない四輪自動車に、グラント警部への同情を禁じ得なかったという部分もあるには違いないだろうけれど。
可動反射板搭載型の機関ランプを紛失しただけでおよそ五十ポンドとあって、グラント警部は、先程から青息吐息だ。大きな体も今は小さく見える。
「なんとしても手柄を立てなければ……」
「じゃあ、コレットの部屋まで案内してくれる? わたし、まだ見てないのよ」
「馬鹿なことを、機巧師絡みの事件だぞ? あそこは、一般人は立ち入り禁止だ」
シッ、シッ、と蠅でも払うようにするグラント警部に、「けち」と呟きつつ肩をすくめて、マギエラが通りを歩き出した。
グラント警部に一礼をして、マギエラを追いかける。
「エリー、どこに行くのさ?」
「ミント・インよ。グレンが一緒だと部屋に入れないみたいだから、こっちは昇進したての警部殿に任せて、先に昨晩の現場を見ておくわ」
ええと、つまり……。
「殺人事件を調べるつもりなのかい?」
それはまた随分と危険な気がする。「僕は、てっきりお母さんの行方を捜すものだとばかり思っていたのだけれど……ここに来たのも、その為じゃなかったのかい?」
「あら? さっきは『今のままだと安心して街を歩けないから、警部に協力しないと』って言っていたわよね。それなのに、あなた切り裂き魔の捜査に反対なの?」
目をパチクリさせて、マギエラは「意外だわ」とでも言いたそうな顔だ。
「あれは、警部の質問に答えるべきだ、って意味だよ。素直に答えてあげて欲しい、ってね。殺人事件の捜査をしろ、だなんて危ない事は言わないよ」
あるいは、女の子を相手にそんな事を言う男だと思われていたのだとすれば、ちょっと心外だ。
「なるほど、ね」
ふぅ、とため息をついたマギエラが蒸気パイプを取り出した。灯りの消えた機関ランプの支柱に背中を預けて、パイプに口を付ける。薄桃色をした口の端から、白煙が細くたなびく。
「いいかしら、チハヤ。一度、答える気でよく考えてみなさい。何故シャーロットは殺されたの? 何故わたしが切り付けられたの? どうしてお母様が狙われたの?」
何故、って……そんなこと、分かるはずない。「そう、分からないのよ。目的が分からない以上、お母様が再び襲われることだってあるかもしれない。だから、わたしは犯人を捕まえるために捜すの」
「……言いたい理屈は分かるよ」
とはいえ自分は、ブルーワー街を飛び出していった彼女にある種の危うさを覚えて、そこで脅威から遠ざけたり守ったりすることを選んだのだ。千早が今ここにいる理由がそこにある。だというのに彼女自身は、脅威その物を取り除くことを、平然と選んでいるわけだ。
万事が上手く運べば、問題はないだろう。けれどそれには千早自身が、蒸気機巧術を知る手立てと大事な同居人とを、同時に失う恐れを許容しなければならない。
正直、諸手を上げて賛同する気には、とてもなれない。
「エリーの身が危ないよ。やめた方が良い」
「いいえ、やめないわ。危険は承知だもの。それに……この傷を治せるのは、お母様だけだもの。だから、死んでもらっては困るのよ」
憂い顔になって布の巻かれた首に触れるマギエラの、その表情を前に、千早は肩をすくめるしかなかった。心配で心配で、居ても立っても居られないという感情が、瞳の奥から滲み出ていたのである。これを止めるのは無理だと察した。
「心配なのは、傷の事じゃないよね」
せめて本音だけでも聞いておこうと、これを指摘すれば、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向くマギエラだ。彼女は、どうしてこう基本が素直でないのだろう。性根は真っ直ぐなのに、表面上はそれを認めたがらない。それどころか、パイプから口を放して、さっさと歩いて行ってしまう。
思わず、ため息が漏れた。
ボディ―ガードとやらをして欲しいなら、あまり勝手に歩き回らないで欲しいものだ。
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