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3その6
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しばらくが経って剣呑な色味を失ったピンクオパールの瞳は、ぼんやりとしていた。マギエラ自身も何をか考え込んだまま、ふらふらと街路を横断し始める。
そこへ汽笛が、耳を劈きながらけたたましく響いた。見れば、あちこちがボコボコになった、見るも無残な黒塗りの四輪自動車が、すぐ近くまで迫っていた。
「エリー、危ない!」
腕を捕まえて、力の限りに引っ張る。すると機械で出来ているという割に少女は見た目通りに華奢で、勢い余った千早とマギエラの身体は、揃って泥だらけの街路に倒れ込んだ。転ぶ際に彼女を抱え込んでなるだけ庇うようにしたものの、買ったばかりであるモノトーンのドレスは、さすがに汚れたに違いない。
その場で固まったまま、何が起こったか分からない、と言った塩梅にキョトンとした様子のマギエラが、ふと焦点の合わない眼で千早を見て、目をパチクリさせる。焦点が合って、眼が合った。
「エリー、大丈夫?」
「ええと……あの、はい……」
随分としおらしい返事だが、とにかく無事らしい。
「おい、急に飛び出して危な……いや説教は後だな。とにかく二人とも、怪我はないか」
急制動を掛けて四輪自動車を降りたグラント警部が、血相を変えて駆け寄ってくる。
「僕は何ともありません。エリーは……身体は大丈夫みたいですけど、ちょっとだけ怖かったみたいですね」
「べ、べつに怖かったわけじゃ……」
頬を染めて、コホンと咳払いをしている。「それで、グレン。あなた随分と急いでいたようだけれど、どうしたの?」
ああ、と頷いて忌々し気に顔を歪めるグラント警部だ。苦虫を噛み潰したようなその口から続いたのは、予想だにしない言葉だった。
「近くで殺しがあった。被害者は少女だ。またしても、だ。発見を知らせてくれた巡査からは、喉を裂かれていて即死と聞いたが、この手口はジャックの仕業に違いない。マグヌスのお嬢さん……」
警部が、マギエラの腕を引いて立ち上がらせる。「犯人がまだ近くに居るかもしれん。奴に一度狙われている君には、安全のためしばらくわたしの傍に居てもらう。いいな?」
なるほど、グラント警部が急いでいたのは、マギエラの身を案じていたからか。しかしながら、それでいて危うく彼女を轢きかけたという状況は、いかがなものかと思う。
「グレンとだなんて、あまり気が進まないのだけれど……」
「あ、あんまり嫌そうに言ってくれるな。ほら、チハヤ少年も一緒だから、たのむ」
「ふん」
そっぽを向いたマギエラが、ため息をついて、それから肩をすくめた。条件を呑んだらしい。
「けれど警部、これから現場に向かうんですよね?」
「ん? ああ、そのことだが、せっかくの機会だ。マグヌスのお嬢さんにも一度、現場を見てもらおうかと思う」
「……警部、エリーはまだ未成年ですよ」
遺体もそのままだろうに、殺人の現場を、年端もいかない少女に見せようだなんて。心無いというか、酷い大人が居たものだ。
「いやまあ、少年の言いたいことも分かるが……このお嬢さんには、懸賞金付広告欄での実績も沢山あるし、その腕前は、警察の捜査官に勝るとも劣らない、と……だね。だから、ほら、分かるだろう?」
ああ、なるほど。要するに、あれのためか。外装がボロボロであるばかりか機関ランプまで片側を失った、あの四輪自動車。
「あれの修繕費を賄うためにも手柄が欲しい、と……そういうわけですか」
「き、君までそんな顔をしてくれるな」
はて、どんな顔をしていただろう。
まあ、グラント警部の繰る警察車両がこう無惨な姿を晒しているのは、思えば、身の安全も何も考えずに飛び出して行ったマギエラを、フォローすべく追いかけたせいなのだ。当然、責任の一端はこちらにある。だのに、その点を指摘しないあたりは、警部の良心に違いなかった。
褒められた大人ではない。けれど、だからと言って悪人でもない。どうにも憎めない男のようだ。
「エリーに遺体を見せるとか、そんなのはやめて下さいよ」
肩をすくめながら千早は、なんだか悪だくみの片棒を担がされているような、そんな気分になっていた。
そこへ汽笛が、耳を劈きながらけたたましく響いた。見れば、あちこちがボコボコになった、見るも無残な黒塗りの四輪自動車が、すぐ近くまで迫っていた。
「エリー、危ない!」
腕を捕まえて、力の限りに引っ張る。すると機械で出来ているという割に少女は見た目通りに華奢で、勢い余った千早とマギエラの身体は、揃って泥だらけの街路に倒れ込んだ。転ぶ際に彼女を抱え込んでなるだけ庇うようにしたものの、買ったばかりであるモノトーンのドレスは、さすがに汚れたに違いない。
その場で固まったまま、何が起こったか分からない、と言った塩梅にキョトンとした様子のマギエラが、ふと焦点の合わない眼で千早を見て、目をパチクリさせる。焦点が合って、眼が合った。
「エリー、大丈夫?」
「ええと……あの、はい……」
随分としおらしい返事だが、とにかく無事らしい。
「おい、急に飛び出して危な……いや説教は後だな。とにかく二人とも、怪我はないか」
急制動を掛けて四輪自動車を降りたグラント警部が、血相を変えて駆け寄ってくる。
「僕は何ともありません。エリーは……身体は大丈夫みたいですけど、ちょっとだけ怖かったみたいですね」
「べ、べつに怖かったわけじゃ……」
頬を染めて、コホンと咳払いをしている。「それで、グレン。あなた随分と急いでいたようだけれど、どうしたの?」
ああ、と頷いて忌々し気に顔を歪めるグラント警部だ。苦虫を噛み潰したようなその口から続いたのは、予想だにしない言葉だった。
「近くで殺しがあった。被害者は少女だ。またしても、だ。発見を知らせてくれた巡査からは、喉を裂かれていて即死と聞いたが、この手口はジャックの仕業に違いない。マグヌスのお嬢さん……」
警部が、マギエラの腕を引いて立ち上がらせる。「犯人がまだ近くに居るかもしれん。奴に一度狙われている君には、安全のためしばらくわたしの傍に居てもらう。いいな?」
なるほど、グラント警部が急いでいたのは、マギエラの身を案じていたからか。しかしながら、それでいて危うく彼女を轢きかけたという状況は、いかがなものかと思う。
「グレンとだなんて、あまり気が進まないのだけれど……」
「あ、あんまり嫌そうに言ってくれるな。ほら、チハヤ少年も一緒だから、たのむ」
「ふん」
そっぽを向いたマギエラが、ため息をついて、それから肩をすくめた。条件を呑んだらしい。
「けれど警部、これから現場に向かうんですよね?」
「ん? ああ、そのことだが、せっかくの機会だ。マグヌスのお嬢さんにも一度、現場を見てもらおうかと思う」
「……警部、エリーはまだ未成年ですよ」
遺体もそのままだろうに、殺人の現場を、年端もいかない少女に見せようだなんて。心無いというか、酷い大人が居たものだ。
「いやまあ、少年の言いたいことも分かるが……このお嬢さんには、懸賞金付広告欄での実績も沢山あるし、その腕前は、警察の捜査官に勝るとも劣らない、と……だね。だから、ほら、分かるだろう?」
ああ、なるほど。要するに、あれのためか。外装がボロボロであるばかりか機関ランプまで片側を失った、あの四輪自動車。
「あれの修繕費を賄うためにも手柄が欲しい、と……そういうわけですか」
「き、君までそんな顔をしてくれるな」
はて、どんな顔をしていただろう。
まあ、グラント警部の繰る警察車両がこう無惨な姿を晒しているのは、思えば、身の安全も何も考えずに飛び出して行ったマギエラを、フォローすべく追いかけたせいなのだ。当然、責任の一端はこちらにある。だのに、その点を指摘しないあたりは、警部の良心に違いなかった。
褒められた大人ではない。けれど、だからと言って悪人でもない。どうにも憎めない男のようだ。
「エリーに遺体を見せるとか、そんなのはやめて下さいよ」
肩をすくめながら千早は、なんだか悪だくみの片棒を担がされているような、そんな気分になっていた。
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