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序章
【零話】空と記憶。
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昨日、ボクが見ていた空はこんなに赤くはなかった。
母親に背負われたボクは
状況を理解するのに必死だった。
いつも通りに夕食を食べ、いつも通りに風呂に入り、
いつも通りに布団に入った。
そのままいつも通りに朝を迎えるはずだった。
じゃあ、今は何だ。
何をしているんだ。
なぜ、逃げているんだ。
「っ‼」
母親と一緒に走っていたおばあさんが転んだ。
昨日ボクに飴をくれた優しいおばあさんだ。
助けてあげないのかと母親に問うたが、返答はなかった。
おばあさんは起き上がろうとした。
そこに、黒い影が飛び込んできた。
ボクは反射的に目を閉じた。
何秒かして、目を開けたボクの目に映ったのは
おばあさんではなく、肉塊だった。
それが今起こっていることだと、瞬時に理解した。
さっきの影は何匹もいた。
あっちこっちで今みたいなことが起きているんだ。
沢山の人間が、肉塊になってるんだ。
不思議と悲しさは感じなかった。
その代わり、凄く悔しかった。
おばあさんを助けられなかったこと。
背負われていることしかできない自分。
「嫌だよ」
思っていたことが、つい声に出た。
でもそれは、喧噪の中に霧散する。
「こんなの、ダメだ」
それでもボクは呟いた。
「お前らなんか・・・」
バケモノなんか、この街から。
「居なくなれ‼」
そう叫んだ刹那、ボクの意識は途絶えた。
目を覚ますと、ボクは自分のベッドに居た。
窓から見える空は青く、
ところどころに雲が浮かんでいた。
とても綺麗だ。
寝巻から着替えてリビングに行くと、
母親が朝食を作っていた。
「お母さん、おはよう」
「おはよう、ユーリ」
いつも通りの朝のあいさつ。
でも何か、違和感があった。あいさつにではない。
いつも通りであることにだ。
なにかこう、いつも通りじゃいけない気がした。
それが何か分からないまま、
やはりいつも通りに顔を洗い、朝食を済ませた。
昼まで学校の宿題をやった。
昼からはある約束をしていたことを思い出した。
「お母さん、午後からリーズと遊ぶ約束してるから行ってくるね」
「そう、気を付けていくのよ」
「うん」
リーズは友達の女の子。
向かいの家に住む同い年で、昔からよく遊んでいる。
靴を履いて玄関から外に出た。
すると、なぜか騎士がうろついていた。
騎士は普段、街の出入り口を護っている。
なぜ護るのかと言えば、今は戦争中だかららしい。
人間と、怖いカイブツとの戦いだとか。
ボクの住んでいるこの街は王様の街を護る為の
《砦》の役割があるらしい。
ここを突破されると人間としては面白くないらしいけど、
今のところカイブツがこの街を攻めてきたことは
無かった・・・?
無かったかな・・・。
カイブツ・・・。
ふと、頭の中におばあさんが転ぶ映像が流れた。
昨日ボクに飴をくれた優しいおばさんだ。
何だろう、とても嫌なことが起きている気がした。
おばあさんの家はボクの家の三つ隣だ。
その方向を見ると、騎士が数人何かを話していた。
その中に知り合いのお兄さんを見つけ、慌てて駆け寄った。
「クラウズお兄さん!」
「お、ユーリ。どうしたんだ?」
「おばあさん、どうかしたの?」
「・・・い、いや、どうもしてないよ」
明らかに嘘をついていた。
どうもしてないならこんな所に騎士がいるもんか。
言うかどうか迷ったが、激しく拍動する心臓をよそに、
ボクは勇気を振り絞って訊いてみた。
「亡くなった・・・とか?」
「・・・‼お前、どうして・・・」
嫌な予感は当たっていた。
なぜかボクはおばあさんが亡くなったことを知っていた。
「でも、どうして?」
「病気だよ。そうお医者さんが言ってた」
「病気・・・」
刹那、さっきのように頭の中に映像が流れた。
転んだおばあさんが、一瞬の砂嵐の後、
グチャグチャになるという惨い内容だった。
そうだ。
そうだった。
昨日の晩・・・。
我に返ると、クラウズお兄さんが顔を覗き込んできていた。
「どうした、ぼーっとして。大丈夫か?」
「・・・違う」
「違う?」
「病気なんかじゃない」
「ユーリ?」
「おばあさんはカイブツに殺されたんだ、昨日の晩‼」
「・・・カイブツがこの街に?」
「そうだよ‼思い出したんだ!昨日の晩、この街にカイブツが入ってきて、それで、それで・・・逃げ遅れたおばあさんをカイブツが殺したんだ‼」
「こらユーリ、あんまり変なことを言うんじゃないぞ」
「う、嘘じゃないよ‼本当にカイブツが・・・」
「ユーリ!」
「・・・」
「怖い夢でも見たんじゃないのか?」
「ゆ・・・夢?」
「そう、夢だ。もうこれ以上変なことに首を突っ込むんじゃないぞ」
おかしい。
あんな出来事を覚えていない訳がない。
まあボクも思い出したのはさっきだけど・・・。
騎士のお兄さんが覚えてないのは、やっぱりおかしい。
「ほら」
お兄さんはボクの後ろの方角を指さした。
「彼女が待ってるぞ」
約束の時間を過ぎても呼びにいかなかったボクを探しに、
リーズが玄関を出てキョロキョロしていた。
気になることばかりだけどリーズを待たせては
悪いと思い、一旦忘れることにした。
急ぎ彼女の待つ方へ向かった。
「ごめんごめん」
「ユーリ!心配しちゃったよ、何かあったの?騎士さんが沢山いるけど・・・」
「いや、何でもないって。クラウズお兄さんが言ってた」
「そう?ならいいけど」
嘘をついた。
リーズに悲しい顔をさせたくなかったから。
おばあさんの事は、いずれ彼女にも伝わる。
だから今でなくても良い。そう思った。
「今日は何しよっか・・・」
「結婚式会場の下見!」
「気が早いよリーズ・・・。結婚できるようになるまであと九年もあるんだよ」
リーズは昔から、将来はボクと結婚するのだと言っている。
ボクとしても嫌な気はしないし、むしろうれしいと言った方が正直なのだが、彼女はいつでも急いていた。
「え~、じゃあ街のはずれにある教会を見に行くとか?」
「同じじゃないか・・・」
呆れたような口ぶりで言ってしまったことを
少し後悔した。
興味なさげな態度をとってしまったが、
まあ他にすることもない。
なんだかんだ、彼女と一緒なら何だって楽しいと感じる。
「まあいっか。教会に行こう、リーズ」
後悔を顔や態度に出さないよう、
平然を装って了承の返事をした。
「うん!」
無邪気な笑顔で頷く彼女は、とても嬉しそうだった。
教会はリーズが言った通り街のはずれにある。
歩いていけば小一時間はかかるだろう。
そこで、一昨年の誕生日に父に買ってもらった自転車を引っ張り出し、後ろに彼女を乗せて走った。
目的の教会へは三〇分かからないくらいで到着した。
何度か見たことがあるが、やはりその一帯が別世界であるかのような荘厳な雰囲気がある。
建物の大きさもそうだが、その装飾、そして何より中から聞こえてくるオルガンの音が印象深い。
圧倒的な存在を前にしてなお心が安らぐような、
そんな不思議な感覚を覚えた。
入り口の前であれこれ喋っていると、
通りかかったシスターさんが声をかけてきた。
「もし教会に興味がおありでしたら、中をご案内しましょうか?」
一瞬リーズと顔を合わせ、
せっかくの機会だからと見せてもらうことにした。
「ではどうぞ、お入りください」
「お邪魔しまーす」
古びた木扉が特徴的な音をたてながらゆっくりと開いた。
外観とは一味違った雰囲気の空間が目に飛び込んできた。
それはまさに神秘、というやつだった。
「すごく綺麗!こんな所で結婚式が出来るなんて夢みたいだね」
リーズのセリフを聞いたシスターさんが不思議そうに訊いてきた。
「結婚式?」
・・・当然の疑問だ。
「そう。私たちね、大きくなったら結婚するの。今日はその下見なの」
「おやおや、そうですか。それじゃあ立派な式にしないとね」
「うん!」
その後は建物の中を色々見せてもらった。
大昔、教会が建てられる前からあったらしい
女神様の像がかなり心に残った。
また、いくつかの昔話、神話とかの類を聞かせてくれた。
三匹のサルが出てくる話は当分頭から離れそうにない。
時刻はすでに午後五時を過ぎていた。
外は薄暗くなり始めている。
「あ、もうこんな時間。そろそろ帰らないとお父さんに怒られちゃう」
「じゃ、今日は帰ろうか。」
「うん」
教会から少し行ったところまで
シスターさんが見送りに来てくれた。
「それでは、気を付けてお帰り下さいね」
「はい、今日はありがとうございました」
お礼の言葉とともに軽く頭を下げた。
リーズもそれに倣う。
自転車にまたがり、走り出す。
シスターさんはボクらが見えなくなるまで
見守ってくれるようだ。
「綺麗だったね」
「確かに、見惚れちゃったよ」
「シスターさんに?」
「ははは、まさか」
あながち間違ってもない鋭い指摘に、思わず嘘を返した。
子供ながら、本当の美人というものを知った気がする。
それはさておき、教会は本当に美しかった。
宗教とやらはよくわからないが、
もう一度見たいと思った。
今度はお母さんやお父さんにも・・・。
お父さん・・・?
今日は休日。
だけど食卓にいたのはボクとお母さんだけだった気がした。
いや、間違いなくそうだ。
今日どこかに出かけるとかそう言った話をしていたか
記憶を巡ってみるも、どうも思い出せない。
何だろう。
何かが・・・。
「・・・リ!」
「・・・」
「ユーリってば」
「・・・っ!ごめん、なにか言った?」
「どうしたの、さっきからずっとぼーっとしてたよ」
「いや、なんでもないよ。ホントにごめん」
「大丈夫ならいいけど・・・」
いつの間にかリーズ宅前まで来ていた。
籠に入れていたリーズの手荷物を確かに渡し挨拶をした。
「じゃ、またね」
「うん、また明日」
手でバイバイ、とジェスチャーをして自宅の方に
自転車を向けて進もうとした時、
リーズに呼び止められた。
「ユーリ」
「ん?」
振り向くと、彼女はボクにキスをして
もう一度「またね」と言った。
ボクは何も言えず、ただ家に入るリーズを見送った。
今度こそ帰路に就く。
昼頃にうろうろしていた騎士はもういなかった。
いったい何だったんだろう。
無論、おばあさんが亡くなったことは悲しい。
だけどそれ以上に、騎士の数がいたずらに多かったことがとても気になった。
だがそれも、リーズのキスを思い出すだけで気にする余裕が一切なくなった。
また明日リーズに会いたい。
一緒に学校に行き、一緒に弁当を食べて、いつものようにくだらない会話に胸を躍らせたい。
それだけを考えていれば心が楽な気がした。
うちに帰ると、母が夕飯を食卓に並べていた。
食器は二人分だった。やはり父の分は用意されていない。
なぜかボクは激しく緊張していた。
それでも、答えを知りたかったボクは
勇気を振り絞って訊いてみることにした。
「お母さん」
「どうしたの?」
「あ、あの・・・お父さんは?」
どうしてこんなに拍動が激しいのか。
答えはほとんど分かりきっているのに。
「ユーリ」
「?」
お父さんは居る。
何かの用事で留守にしている。
そう理解しているはずなのに、なんで・・・。
「前にも言ったでしょ、お父さんはユーリが産まれる前に亡くなったのよ。」
「・・・え?」
母の答えは、残念ながら緊張の理由を示していた。
父は、居ない。
ボクが産まれる前にはもう・・・。
でも本当にそうか・・・?
父は居た。ボクも会っている。
記憶がそう主張する。
きちんと記憶に残っている。
最近の父は、あまり好きではなかった。
一昨年くらいまでは、とても優しくて、
他人に誇れるような人だった。
だけど職を失ってからは毎日のように酒に酔い、
ある時は暴力も目立った。
だけど。
それでも・・・‼
「う、嘘・・・だよね?だって昨日までお父さんは・・・!」
「ユーリ・・・」
嘘かどうかを聞いたが、
お母さんの顔は嘘を言っているような感じではない。
第一、そんな不謹慎な嘘を言うような人でないことは
息子のボクだからよく分かっている。
「じゃ、じゃあ・・・」
そうだ、父が存在した証拠はある。
今日リーズを乗せた自転車だ。
あれは間違いなく一昨年父がボクに買ってくれたもの。
それは揺ぎ無い事実のはずだ。
「あの自転車は?あれは一昨年、お父さんが」
「あれはクラウズお兄さんが買ってくれたでしょ?」
「そんな・・・」
何かが・・・やはり何かが起きている。
そう理解した。
父のことだけではない。
騎士のクラウズお兄さんも覚えていないバケモノの襲撃。
食い違うおばあさんの死因。
それに、昼間外にいた騎士の数からして、
亡くなったのはきっとおばあさんだけじゃない。
「うっ・・・‼」
ふと、頭痛がした。
痛みは一瞬で消えたが、脳内に映像が流れた。
昼にもあったやつだ。
燃える街並み。
悲鳴、そして血の匂い。
肉塊に変えられていく人々。
昨晩見たはずの光景だった。
そんな映像を思い出し、吐き気がした。
無意識に口を押えた。
「ユーリ?体調が悪いの?」
「だ、大丈夫・・・変なこと言ってごめんなさい・・・」
「今日はもうお休みなさい。怖い夢でも見たのでしょ」
夢・・・、夢か。
クラウズお兄さんも夢だと言っていた。
そうか、夢だ。そうに違いない。
おばあさんのことも偶然だ。
あの光景はボクが見た悪夢だったんだ。
お母さんに言われた通り、
お風呂に入って寝ることにした。
食事はどうも喉を通らなそうだ。
夢だと認識しても、あの光景は頭から離れなかった。
そうだ、リーズ。
彼女のことだけを考えれば魘されずに済む。
今日は彼女と教会に行った。すごく楽しかった。
かけがえのない時間だ。
そして別れ際・・・。
こうやって楽しい事で頭の中を埋め尽くした。
窓から見える星空はまるで、
彼女のことを考える脳内を反映しているかのようだ。
そしていつの間にか、ボクはいつも通りに眠りについた。
母親に背負われたボクは
状況を理解するのに必死だった。
いつも通りに夕食を食べ、いつも通りに風呂に入り、
いつも通りに布団に入った。
そのままいつも通りに朝を迎えるはずだった。
じゃあ、今は何だ。
何をしているんだ。
なぜ、逃げているんだ。
「っ‼」
母親と一緒に走っていたおばあさんが転んだ。
昨日ボクに飴をくれた優しいおばあさんだ。
助けてあげないのかと母親に問うたが、返答はなかった。
おばあさんは起き上がろうとした。
そこに、黒い影が飛び込んできた。
ボクは反射的に目を閉じた。
何秒かして、目を開けたボクの目に映ったのは
おばあさんではなく、肉塊だった。
それが今起こっていることだと、瞬時に理解した。
さっきの影は何匹もいた。
あっちこっちで今みたいなことが起きているんだ。
沢山の人間が、肉塊になってるんだ。
不思議と悲しさは感じなかった。
その代わり、凄く悔しかった。
おばあさんを助けられなかったこと。
背負われていることしかできない自分。
「嫌だよ」
思っていたことが、つい声に出た。
でもそれは、喧噪の中に霧散する。
「こんなの、ダメだ」
それでもボクは呟いた。
「お前らなんか・・・」
バケモノなんか、この街から。
「居なくなれ‼」
そう叫んだ刹那、ボクの意識は途絶えた。
目を覚ますと、ボクは自分のベッドに居た。
窓から見える空は青く、
ところどころに雲が浮かんでいた。
とても綺麗だ。
寝巻から着替えてリビングに行くと、
母親が朝食を作っていた。
「お母さん、おはよう」
「おはよう、ユーリ」
いつも通りの朝のあいさつ。
でも何か、違和感があった。あいさつにではない。
いつも通りであることにだ。
なにかこう、いつも通りじゃいけない気がした。
それが何か分からないまま、
やはりいつも通りに顔を洗い、朝食を済ませた。
昼まで学校の宿題をやった。
昼からはある約束をしていたことを思い出した。
「お母さん、午後からリーズと遊ぶ約束してるから行ってくるね」
「そう、気を付けていくのよ」
「うん」
リーズは友達の女の子。
向かいの家に住む同い年で、昔からよく遊んでいる。
靴を履いて玄関から外に出た。
すると、なぜか騎士がうろついていた。
騎士は普段、街の出入り口を護っている。
なぜ護るのかと言えば、今は戦争中だかららしい。
人間と、怖いカイブツとの戦いだとか。
ボクの住んでいるこの街は王様の街を護る為の
《砦》の役割があるらしい。
ここを突破されると人間としては面白くないらしいけど、
今のところカイブツがこの街を攻めてきたことは
無かった・・・?
無かったかな・・・。
カイブツ・・・。
ふと、頭の中におばあさんが転ぶ映像が流れた。
昨日ボクに飴をくれた優しいおばさんだ。
何だろう、とても嫌なことが起きている気がした。
おばあさんの家はボクの家の三つ隣だ。
その方向を見ると、騎士が数人何かを話していた。
その中に知り合いのお兄さんを見つけ、慌てて駆け寄った。
「クラウズお兄さん!」
「お、ユーリ。どうしたんだ?」
「おばあさん、どうかしたの?」
「・・・い、いや、どうもしてないよ」
明らかに嘘をついていた。
どうもしてないならこんな所に騎士がいるもんか。
言うかどうか迷ったが、激しく拍動する心臓をよそに、
ボクは勇気を振り絞って訊いてみた。
「亡くなった・・・とか?」
「・・・‼お前、どうして・・・」
嫌な予感は当たっていた。
なぜかボクはおばあさんが亡くなったことを知っていた。
「でも、どうして?」
「病気だよ。そうお医者さんが言ってた」
「病気・・・」
刹那、さっきのように頭の中に映像が流れた。
転んだおばあさんが、一瞬の砂嵐の後、
グチャグチャになるという惨い内容だった。
そうだ。
そうだった。
昨日の晩・・・。
我に返ると、クラウズお兄さんが顔を覗き込んできていた。
「どうした、ぼーっとして。大丈夫か?」
「・・・違う」
「違う?」
「病気なんかじゃない」
「ユーリ?」
「おばあさんはカイブツに殺されたんだ、昨日の晩‼」
「・・・カイブツがこの街に?」
「そうだよ‼思い出したんだ!昨日の晩、この街にカイブツが入ってきて、それで、それで・・・逃げ遅れたおばあさんをカイブツが殺したんだ‼」
「こらユーリ、あんまり変なことを言うんじゃないぞ」
「う、嘘じゃないよ‼本当にカイブツが・・・」
「ユーリ!」
「・・・」
「怖い夢でも見たんじゃないのか?」
「ゆ・・・夢?」
「そう、夢だ。もうこれ以上変なことに首を突っ込むんじゃないぞ」
おかしい。
あんな出来事を覚えていない訳がない。
まあボクも思い出したのはさっきだけど・・・。
騎士のお兄さんが覚えてないのは、やっぱりおかしい。
「ほら」
お兄さんはボクの後ろの方角を指さした。
「彼女が待ってるぞ」
約束の時間を過ぎても呼びにいかなかったボクを探しに、
リーズが玄関を出てキョロキョロしていた。
気になることばかりだけどリーズを待たせては
悪いと思い、一旦忘れることにした。
急ぎ彼女の待つ方へ向かった。
「ごめんごめん」
「ユーリ!心配しちゃったよ、何かあったの?騎士さんが沢山いるけど・・・」
「いや、何でもないって。クラウズお兄さんが言ってた」
「そう?ならいいけど」
嘘をついた。
リーズに悲しい顔をさせたくなかったから。
おばあさんの事は、いずれ彼女にも伝わる。
だから今でなくても良い。そう思った。
「今日は何しよっか・・・」
「結婚式会場の下見!」
「気が早いよリーズ・・・。結婚できるようになるまであと九年もあるんだよ」
リーズは昔から、将来はボクと結婚するのだと言っている。
ボクとしても嫌な気はしないし、むしろうれしいと言った方が正直なのだが、彼女はいつでも急いていた。
「え~、じゃあ街のはずれにある教会を見に行くとか?」
「同じじゃないか・・・」
呆れたような口ぶりで言ってしまったことを
少し後悔した。
興味なさげな態度をとってしまったが、
まあ他にすることもない。
なんだかんだ、彼女と一緒なら何だって楽しいと感じる。
「まあいっか。教会に行こう、リーズ」
後悔を顔や態度に出さないよう、
平然を装って了承の返事をした。
「うん!」
無邪気な笑顔で頷く彼女は、とても嬉しそうだった。
教会はリーズが言った通り街のはずれにある。
歩いていけば小一時間はかかるだろう。
そこで、一昨年の誕生日に父に買ってもらった自転車を引っ張り出し、後ろに彼女を乗せて走った。
目的の教会へは三〇分かからないくらいで到着した。
何度か見たことがあるが、やはりその一帯が別世界であるかのような荘厳な雰囲気がある。
建物の大きさもそうだが、その装飾、そして何より中から聞こえてくるオルガンの音が印象深い。
圧倒的な存在を前にしてなお心が安らぐような、
そんな不思議な感覚を覚えた。
入り口の前であれこれ喋っていると、
通りかかったシスターさんが声をかけてきた。
「もし教会に興味がおありでしたら、中をご案内しましょうか?」
一瞬リーズと顔を合わせ、
せっかくの機会だからと見せてもらうことにした。
「ではどうぞ、お入りください」
「お邪魔しまーす」
古びた木扉が特徴的な音をたてながらゆっくりと開いた。
外観とは一味違った雰囲気の空間が目に飛び込んできた。
それはまさに神秘、というやつだった。
「すごく綺麗!こんな所で結婚式が出来るなんて夢みたいだね」
リーズのセリフを聞いたシスターさんが不思議そうに訊いてきた。
「結婚式?」
・・・当然の疑問だ。
「そう。私たちね、大きくなったら結婚するの。今日はその下見なの」
「おやおや、そうですか。それじゃあ立派な式にしないとね」
「うん!」
その後は建物の中を色々見せてもらった。
大昔、教会が建てられる前からあったらしい
女神様の像がかなり心に残った。
また、いくつかの昔話、神話とかの類を聞かせてくれた。
三匹のサルが出てくる話は当分頭から離れそうにない。
時刻はすでに午後五時を過ぎていた。
外は薄暗くなり始めている。
「あ、もうこんな時間。そろそろ帰らないとお父さんに怒られちゃう」
「じゃ、今日は帰ろうか。」
「うん」
教会から少し行ったところまで
シスターさんが見送りに来てくれた。
「それでは、気を付けてお帰り下さいね」
「はい、今日はありがとうございました」
お礼の言葉とともに軽く頭を下げた。
リーズもそれに倣う。
自転車にまたがり、走り出す。
シスターさんはボクらが見えなくなるまで
見守ってくれるようだ。
「綺麗だったね」
「確かに、見惚れちゃったよ」
「シスターさんに?」
「ははは、まさか」
あながち間違ってもない鋭い指摘に、思わず嘘を返した。
子供ながら、本当の美人というものを知った気がする。
それはさておき、教会は本当に美しかった。
宗教とやらはよくわからないが、
もう一度見たいと思った。
今度はお母さんやお父さんにも・・・。
お父さん・・・?
今日は休日。
だけど食卓にいたのはボクとお母さんだけだった気がした。
いや、間違いなくそうだ。
今日どこかに出かけるとかそう言った話をしていたか
記憶を巡ってみるも、どうも思い出せない。
何だろう。
何かが・・・。
「・・・リ!」
「・・・」
「ユーリってば」
「・・・っ!ごめん、なにか言った?」
「どうしたの、さっきからずっとぼーっとしてたよ」
「いや、なんでもないよ。ホントにごめん」
「大丈夫ならいいけど・・・」
いつの間にかリーズ宅前まで来ていた。
籠に入れていたリーズの手荷物を確かに渡し挨拶をした。
「じゃ、またね」
「うん、また明日」
手でバイバイ、とジェスチャーをして自宅の方に
自転車を向けて進もうとした時、
リーズに呼び止められた。
「ユーリ」
「ん?」
振り向くと、彼女はボクにキスをして
もう一度「またね」と言った。
ボクは何も言えず、ただ家に入るリーズを見送った。
今度こそ帰路に就く。
昼頃にうろうろしていた騎士はもういなかった。
いったい何だったんだろう。
無論、おばあさんが亡くなったことは悲しい。
だけどそれ以上に、騎士の数がいたずらに多かったことがとても気になった。
だがそれも、リーズのキスを思い出すだけで気にする余裕が一切なくなった。
また明日リーズに会いたい。
一緒に学校に行き、一緒に弁当を食べて、いつものようにくだらない会話に胸を躍らせたい。
それだけを考えていれば心が楽な気がした。
うちに帰ると、母が夕飯を食卓に並べていた。
食器は二人分だった。やはり父の分は用意されていない。
なぜかボクは激しく緊張していた。
それでも、答えを知りたかったボクは
勇気を振り絞って訊いてみることにした。
「お母さん」
「どうしたの?」
「あ、あの・・・お父さんは?」
どうしてこんなに拍動が激しいのか。
答えはほとんど分かりきっているのに。
「ユーリ」
「?」
お父さんは居る。
何かの用事で留守にしている。
そう理解しているはずなのに、なんで・・・。
「前にも言ったでしょ、お父さんはユーリが産まれる前に亡くなったのよ。」
「・・・え?」
母の答えは、残念ながら緊張の理由を示していた。
父は、居ない。
ボクが産まれる前にはもう・・・。
でも本当にそうか・・・?
父は居た。ボクも会っている。
記憶がそう主張する。
きちんと記憶に残っている。
最近の父は、あまり好きではなかった。
一昨年くらいまでは、とても優しくて、
他人に誇れるような人だった。
だけど職を失ってからは毎日のように酒に酔い、
ある時は暴力も目立った。
だけど。
それでも・・・‼
「う、嘘・・・だよね?だって昨日までお父さんは・・・!」
「ユーリ・・・」
嘘かどうかを聞いたが、
お母さんの顔は嘘を言っているような感じではない。
第一、そんな不謹慎な嘘を言うような人でないことは
息子のボクだからよく分かっている。
「じゃ、じゃあ・・・」
そうだ、父が存在した証拠はある。
今日リーズを乗せた自転車だ。
あれは間違いなく一昨年父がボクに買ってくれたもの。
それは揺ぎ無い事実のはずだ。
「あの自転車は?あれは一昨年、お父さんが」
「あれはクラウズお兄さんが買ってくれたでしょ?」
「そんな・・・」
何かが・・・やはり何かが起きている。
そう理解した。
父のことだけではない。
騎士のクラウズお兄さんも覚えていないバケモノの襲撃。
食い違うおばあさんの死因。
それに、昼間外にいた騎士の数からして、
亡くなったのはきっとおばあさんだけじゃない。
「うっ・・・‼」
ふと、頭痛がした。
痛みは一瞬で消えたが、脳内に映像が流れた。
昼にもあったやつだ。
燃える街並み。
悲鳴、そして血の匂い。
肉塊に変えられていく人々。
昨晩見たはずの光景だった。
そんな映像を思い出し、吐き気がした。
無意識に口を押えた。
「ユーリ?体調が悪いの?」
「だ、大丈夫・・・変なこと言ってごめんなさい・・・」
「今日はもうお休みなさい。怖い夢でも見たのでしょ」
夢・・・、夢か。
クラウズお兄さんも夢だと言っていた。
そうか、夢だ。そうに違いない。
おばあさんのことも偶然だ。
あの光景はボクが見た悪夢だったんだ。
お母さんに言われた通り、
お風呂に入って寝ることにした。
食事はどうも喉を通らなそうだ。
夢だと認識しても、あの光景は頭から離れなかった。
そうだ、リーズ。
彼女のことだけを考えれば魘されずに済む。
今日は彼女と教会に行った。すごく楽しかった。
かけがえのない時間だ。
そして別れ際・・・。
こうやって楽しい事で頭の中を埋め尽くした。
窓から見える星空はまるで、
彼女のことを考える脳内を反映しているかのようだ。
そしていつの間にか、ボクはいつも通りに眠りについた。
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疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
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