宣誓のその先へ

ねこかもめ

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第一章

【二話】少年と少女。(2)

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翌朝。
右腕に感じる体温の主に声をかける。

「アイシャー」
「・・・スー・・・スー・・・」
「・・・」
「スー・・・ッ⁈・・・もう、えっち」
「起きてるんじゃん」
「ずるい」
「さあ起きて着替えんしゃい」
「はーい」

アイシャは俺のベッドの脇から事前に用意したであろう
シャツと防具インナーを着るために寝巻を脱ぎ始めた。

「ってまたここで着替えるんかい」
「あーずれてる」

寝相のせいでずれてしまった下着を、
俺の前であろうと平気で直している。

「きゃー見えちゃうよアイシャちゃーん」
「・・・揉んだくせに」

と、いつもの茶番を繰り広げていると、ノックが聞こえた。

「起きてる~?」

お姉ちゃんの声だ。扉を少し開けて顔を出した。

「起きてますよ」

「アイシャが見当たらないんだけど」

あー・・・。まあそうでしょうね。

「私ならここにいますよ」

俺の肩にあごを乗せる形で顔を出すアイシャ。
あの、背中に・・・。当ててるんだろうなぁ。

「あら、お姉ちゃん邪魔しちゃった?どうぞごゆっくり~」
「いやあの!すぐ行きますから!あの!」

真面目な話、遅れるのは非常にまずいので、
さっさと着替えを済ませてリビングへ。
これで全員の出発準備が終了した。

「全員そろったわね。それじゃあ魔特班、出撃よ。各員の健闘を祈る」
「なんで司令官目線なんだよ」
「さあ今日も魔物をばっさばっさ斬り倒すわよ」
「おーこわ。んで俺のツッコミは無視かい」
「まあまあリーフさん、チャンスはまた来ますよ」
「あきらめずにリベンジ、応援してますからね」
「おいフラれたみたいに言うなよ、おい‼」

背が高く、厳つい見た目から怖いと思われがちなリーフさんだが、
実際はやさしくて親しみやすい人だと思う。

さて、最初の仕事は馬車への積み込みだ。
力仕事は俺とリーフさんが中心となって行う。
何を積むのかの指示はお姉ちゃんが出す。
アイシャは王都からここまで走ってきた馬のケアを担当している。
彼女はなぜか昔から動物に好かれやすい。
以前、何か好かれるコツでもあるのかと聞いてみた。
帰ってきた答えは「さあ?私がかわいいからじゃない?」
という言葉とウィンクだった。
その時俺は確かにと納得してしまった。

「まずは各員の装備品、これは座席車ね。」

鎧や剣といった装備品は普段、屋敷の武具倉庫にしまってある。
取り出しは自由なので、空いた時間があれば
各個人で整備をしている。
今は、例えば俺の装備が入ったボックスは俺が座る席に積んでいる。移動中に装備するためだ。
今着けてしまっては重くてこの作業でばててしまう可能性がある。
まあ、そんなにやわな体力をしていない自信はあるが。

「次はこっち。中身は・・・救援物資か。これは荷台ね」

非常用の保存食やらけがの治療に使う薬剤などが入っている。
屋敷一階の物置から馬車へ積む。結構重い箱が十以上はあった。
今回はそこそこ大規模な作戦であるが故、
魔特班で所持しているものも
ほとんど全て補給品とするらしい。

「やれやれ・・・これで全部ですか?」
「ええ。ご苦労様」

お姉ちゃんはそれに続けて小声で言った。

「こんどお姉ちゃんからご褒美♡あげちゃうからね」
「あはは・・・楽しみに・・・お待ちしてまーす・・・」

オン・オフの差が無限大だなこの人は。
と思ったが決して口にはしない。
またアイス屋のおじさんに厄介になる可能性が出てくるからだ。
積み込みがひと段落して出発を待っていると、
馭者さんが声をかけてきた。

「兄ちゃん、飲みな」
「あ、ありがとうございます。助かります」

ボトルに入った水をくれた。
高めな気温の中、なんだかんだで三十分以上は動いた。
それ故、水を飲むだけで大げさかもしれないが
生き返ったと感じる。

「それからほれ、二人にも」
「はい、渡しておきます」

お姉ちゃんはもう貰っているみたいだ。
まず、馬車に寄りかかって自分の剣を見ている
リーフさんにボトルを渡す。

「リーフさん、お疲れ様です。馭者さんから水です」
「おう、おつかれ。にしても今日はあちぃな。なんだって今日に限って気温が上がるんだ」
「確かに暑いですね。リーフさん寒い地域出身なんですよね?無理は禁物ですよ」
「ああ、分かってるさ。魔物と戦う前に気温に殺されちゃあたまんねえからな」

リーフさんとそんな会話をし、
今度はアイシャの元へ。
彼女は馬の頭を撫でていた。

「ほれ」
「ひゃっ」

首元に水のボトルを当てると、
いかにも素であるかのような驚き方をした。

「もう、びっくりしたじゃない」

と、わざとらしく頬を膨らませる。

「ウソをおっしゃい。俺が今までに一回でもアイシャへの奇襲を成功させたことがあったか?」
「ちぇー、せっかくカップルっぽい事しようと思ったのに」
「いつもしてるでしょ・・・。ほれ、水」
「ん、ありがと」

水を渡して、何となく馬を眺めていた。
顔でっけえなぁ・・・。
とか思っていると、アイシャがそんな俺を見て言った。

「ユウもこの子みたいにナデナデしてほしいの?」
「いや帰ったらでいいよ」
「あ、帰ったらするんだ」

俺は何を言っているんだ・・・?
最近、とっさに出る言葉が本能的すぎて
やばいのではないかと感じる。

とか何とか言っているうちにお姉ちゃんから集合の指示だ。

「改めて作戦の確認よ。我々は騎士団の作戦に参加。三つに分かれるの。私が二班でリーフは三班、ユウとアイシャは一班よ。各班に指揮官が居るはずだから、指示に従うこと。おーけー?」

「「「おーけー」」」
「それと」

もう一つ指示があるらしい。

「私たちが行くからには、死傷者を一人たりとも増やさない事」

時々すごくいいことを言うこの御姉様。
どっちがこの人の素なのだろう・・・。

屋敷から目的地、アルプトラオム基地までは二時間弱。
移動中は各々、装備の点検や仮眠をした。

そしてあっという間にその時は来た。

馬車が止まり、全員降車。
本作戦の最高司令官が出迎えてくれたらしい。
お姉ちゃんがお姉ちゃんとは思えない表情や態度で接している。

「魔特班各位、到着いたしました。」
「諸君らの協力に感謝する。」
「いえ。我々は今回班を三つに分け、一班に二名、二班、三班に一名ずつ参加しようと考えています。司令官から承認を頂ければ、ですが」
「構わんよ。君たちは騎士団から独立しているんだ。自由にやりたまえ」
「ありがとうございます。では・・・。」

お姉ちゃん・・・いや、班長はこちらに振り向いた。

「各位、作戦通り各班に合流。昨日、及び先刻指示した内容は遵守するように。作戦終了後はこの場所へ集合。」

了解、と全員で返事をし、各班の元へと散った。

一班に合流と指示された俺たちは急いで指定された場所へ向かった。
解散場所から数分歩くと、だんだん人の話し声が聞こえてきた。
さっきから人の隊列は見えていたが、
声を聴くとその人数の多さを実感させられる。
さらに歩いて列のもとに到着した。

「すみません、魔特班の者です。この班の司令官はどちらに?」
「ん?ああ、司令官ならあっちだよ」

教えてくれた騎士は、列の中央の方を指さした。

「わかりました、ありがとうございます。」
「アンタ、ユウだろ?」
「え?そうですけど・・・」
「騎士校で有名だったぜ、超強いってな。」
「いえ、そんな」

どうやら有名人らしい。
恥ずかしさと優越感とが共存したような気持ちだ。

「まあ謙遜するなって。もしかして、この班に入るのか?」
「はい、僕とこの・・・」
「アイシャ、だろ」
「どうも」

アイシャは丁寧に会釈をする。
外面の良さに感服いたしました。
あ、俺もか。

「お前たちがここに参加するなら、楽な戦いになりそうだ」
「全力はつくしますけど・・・」
「頑張ってくれよな。俺もやるだけやるが。っと、引き留めて悪かったな」
「いえ。では失礼します」

あまり油を売るわけにもいかないので、
すぐ司令官が居ると言われた方へ。
隊列の真ん中らへんにつくと、確かにそれらしい人が居た。

「失礼いたします。魔特班の者です。班長より指令を受け、こちらに参加することになりました。」
「そうか。私は司令官のカミュだ。」
「ユウです」
「アイシャです」
「合流したばかりの所悪いが、間もなく作戦開始だ。そっちの班長から他に指示は?」

あったにはあったが・・・。

「ありません」
「ほう。では君たちの好きなように戦いたまえ。その力、期待しているよ」
「ありがとうございます」

礼をし、指揮官が下がるのを見送った。
一班は二列で横に並んでいる。
さらにその後ろから状況を視、指示を出すのだろう。
俺たちは自由にやれと言われたので、前列中央へ行った。

「アイシャ、周辺の人にだけでも事情を話しておこう」
「そうね」

まあ左右五人くらいずつに話せばいいか。
一人、二人、三人、四人。順番に声をかけた。
そして最後の五人目に、もう慣れた説明をするために声をかけようと顔を見ると、俺もその人も互いを指さして「あー‼」
とそこそこの声量で言った。騎士校時代の友人だった。

「クリス!久しぶり」
「おおユウ、もう半年以上か!どうだ、アイシャとは」
「久しぶりに会ってまずそれか」
「お前と言えばアイシャだからな」
「まあ変わらずさ。そっちは?何か面白いことはあったか?」
「いや、上官に絞られる毎日さ。この作戦が成功したら有給貰えるらしいけど」
「そっか、大変そうだな」
「お前はどうだ?やっぱり魔特班の班長はキツ感じか?」
「あ、いや・・・おね・・・班長は全然。親しみやすい良い人だよ」
「そっか、アタリの上官だな・・・おね?」

お姉ちゃんと言いかけたことに食いつかれた。

「こっちの話さ・・・近々飯でも食おう、有給が出たらな」
「そうだな。って、そういえばここで何を?」

あ、忘れてた。

「そうそう、それを言いに来たんだった。」

この班にオレとアイシャが参加する、という説明をした。

「お前たちがここにか・・・有給は決まったようなものだな。助かったぜ」
「気ぃ抜くなよな・・・」

あまり長話をするわけにもいかないのでその場はいったん別れ、
元の場所に戻った。

アイシャは先に戻っていた。

「長話でもしてたの?」
「ああ悪い。クリスが居てさ。ちょっと話してた。」
「クリス・・・?ああ、トイレで紙が無かった人ね」
「そういやそんな事もあったな・・・」

なんて酷い思い出し方・・・。
と、その瞬間。
爆発音と火薬のにおい。
空には赤色の火花が散った。
作戦開始の合図である。
会話を楽しむ暇もなく、俺たち一班は前進を開始した。
五分弱歩くと、そこはもう魔物の領地だ。油断はできない。
遥か右の方では、もう戦闘が始まっているらしい。


作戦開始から十分後
ついに魔物の群れが俺たちの前に姿を見せた。
オオカミ型だ。
魔物には数多くの種類が存在し、その骨格から
人間が知っている動物に例えた呼び方をされる。
それを見た俺たちの後ろにいる騎士たちは剣を抜き、臨戦態勢だ。
一方で魔物は牙をむき、こちらへ突き進んできている。
猪突猛進だ。
狼だけど。

「相手は四匹。競争よ、ユウ。はいよーいスタート」
「ちょっ!ずる!」

まっすぐ向かってくる魔物に、
これまたまっすぐ突っ込むアイシャ。
後ろの騎士たちはたぶんクリスを除いて全員戦慄したことだろう。
通常、魔物との戦闘では三人程度のチームを組むことが
推奨されているからだ。

おっと、競争だったな。

「はあっ!さようなら、来世はもっと可愛い犬だといいわね。」

突進してくる魔物。
その腹下をスライディングで潜り抜け、
背後をとって跳び、首に一撃。
今アイシャがとった行動を言葉にするならそんな感じだ。
スライディングはおそらく、魔物の初動を見てからしたのだろう。
その反射神経と運動能力は並大抵じゃない。
俺も負けまいと敵を斬りに向かう。
動きで翻弄するアイシャの戦い方に対して、
俺は慎重な戦闘をする。
それには訳があるのだが・・・。

「おい、お手」

魔物の正面に立ち、お手を催促。
すると、オオカミ型は鋭い爪を俺めがけて振り下ろしてくる。

「よ~し、いい子だ!」

その攻撃を剣で受け止める。

刹那、俺は《能力》を使う。

能力とは、黒い霧事件以降、人類が獲得した超常的な力の総称だ。
今のところ、全人類が能力を持つわけではないが、
年々その数は増えているらしい。
サイコキネシスだったり空中浮遊だったり
その内容は人によって異なる。
俺の能力は受けた力を任意方向へ反射するというもの。
発動するタイミングも完全に任意だ。
つまり今、魔物のお手をわざと受け
その力を向こうに返してやったわけだ。
その巨体から放たれた攻撃の勢いはすさまじい。
そんな力を不意にくらった魔物は怯み、必ず大きな隙が出来る。

「でやあっ‼」

その隙に腹なり首なりを叩き斬ってやる。
さて、他の三匹は・・・。

「おぉ・・・早いな・・・」

アイシャの方を見ると、三匹の死骸と一人の悪魔が居た。
魔物が蹂躙されるのを見ていた他の騎士たちから
歓声があがっている。
さっきも言ったように、魔物には三人ほどで対抗する。
それが普通であり、騎士校でもその戦い方が基本であると
叩き込まれる。
だが今のは、人数比がむしろ逆である。
特にアイシャは一人で三匹を相手し
傷一つ負わずに涼しい顔をしているのだ。
そりゃあ歓声の一つや二つあがるだろう。
そんな拍手喝采をよそに、アイシャは俺に言う。

「私の勝ち~」
「いやあ、アイシャには敵わんよ」
「ラムステーキでいいよ♡」
「・・・マジですか」

アイスより財布を軽くしそうだ・・・。
まあそれは良いとして。
何を隠そう、戦闘技能の成績はアイシャの方が高いのだ。
俺だって魔特班の一員だ。
それなりの自信と誇りは持っている。
それでも、アイシャの身軽さとそこから生まれるスピード、
そして身体能力には恐れ入る。
ちなみにアイシャも能力を持つ。
しかし、今挙げたのは彼女に目覚めた能力ではなく、素の力だ。
戦闘に応用できる能力を得た俺は、それを用いて
戦闘スタイルを会得した。
一方で能力が戦闘向けのものでなかったアイシャは
彼女自身の力を磨くことに専念した。
それがこの結果なのかもしれない。
正直に言うと、アイシャが勝てない魔物なんか
いないんじゃないかとさえ思う。

さて、その後もさらに前進を続けた。
途中さっきのより大規模なオオカミの群れに遭遇した。
流石に二人では捌けず、大乱戦となったがこれを何とか退けた。

一班が前列と後列に分かれているのは、敵が現れた際、その列の間に魔物を誘い込んで挟み撃ちしやすいようにする策であるようだ。これは巧い事機能していて、今まで死傷者は出ていない。

だが、今起きている問題は結構重大だ。
それを引き起こしたのは、大乱戦突破後の
精神的安堵が残ったこのタイミングに現れた
巨大なクモ型の魔物である。
めったに姿を見せない種類で、ほとんどの場合
群れを成さない一匹狼だ。
その危険度は非常に高く、接触危惧種に認定されている。
好くないことに、今回のは様子が違う。
周辺に子分のサル型を引き連れている。
これはなかなかレアな光景だ・・・運がいいんだか悪いんだか。

だが、その重大な問題というのは、コイツが現れたことではない。
魔特班の仕事では接触危惧種を相手にすることがほとんどであり、
コイツを一人で相手することもある。
それ故に、俺だけが戦闘前から問題を理解していた。

「ひぃっ・・・」
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